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12 夢

夜、Dクラス生用の居住区画にある古びた部屋。

アルドは扉に鍵をかけ、小さなランタンの柔らかな光の下、茶色いウイッグを丁寧に外した。

すると、隠されていた白銀の短髪が露わになり、先ほどまで“美少女”だった印象が、見る間に筋肉質な“美少年”へと変わっていく。

インナー姿となった上半身には引き締まった筋肉が浮かび、儚げな美しさが、凛々しく逞しい雰囲気へと移り変わる。

そのまま、狭い空間に身を預けながら、アルドは夕暮れに起きた出来事を思案する。


Cクラスの連中を格闘術と策略で退け、イルマを救出できた。

彼女は「Cクラスに勝つなんて!」と驚きと称賛を露わにし、心底喜んでくれたが、アルド自身は強くなれた実感よりも、自分の中に限界を感じていた。


Cクラス程度なら、事前準備と工夫次第で倒せる。

だが、Bクラス以上となると話は別だ。

彼らは精霊術を自在に操り、魔力制御を身につけている。

生身の人間が、ちょっとした策略や身体能力で対処できるような相手ではない。


アルドは眉をひそめる。


Bクラス以上の精霊術士は、まるで堅固な要塞を支配する領主のような存在だ。

素手で石壁を崩すなど、努力でどうにかなるものではない。

Cクラス程度なら、脆い柵を蹴倒すような強引な突破も可能かもしれないが、Bクラスという石造りの砦には手も足も出ないだろう。

今夜の闇は、その厳しい現実を容赦なく突きつけているかのようだった。


無事にCクラスのやつらを撃退できたとはいえ、先を思うと実力不足が歯がゆい。


「もっと力が必要だ……」


低い囁きが埃まみれの空気に溶けて消える。

妹を救い、真相を明らかにするには、Aクラス特権が不可欠だ。

昇格への道は、魔力を操る者たちが門番のように立ちはだかる。


今のままでは、どうやって上位クラスに食らいつけばいいのか、見当もつかない。


悶々とした思いを抱えたまま、アルドは灯りを落とし、ボロいベッドに横たわった。

薄いマットレスと軋むばねが背中を突き、眠りは浅くなりそうだが、疲労は無視できない。

深く呼吸し、瞼を閉じる。静寂の中、弱い光が消え、微かな決意だけが胸に残った。



光と影が交錯する朧な空間。

夢の中、アルドは8歳頃の記憶へ引き戻されていた。


あの時、髪が本来の茶色から白銀へと変わったのは、まるで一夜にして季節が狂ったかのような衝撃だった。

朝、鏡に映った自分を見た瞬間、幼い心は不安と疑問でいっぱいになった。


「どうしてこんなことに……」


戸惑う声を押し殺し、震える指先で白銀の髪を摘み、何度も瞬きを繰り返した。

周囲は騒然とした。

ご近所の人たちは「何か呪われたのでは?」と囁き、同年代の子ども達は怖がったり、からかったりする者もいた。

不穏な視線や誤解に満ちた噂が、幼いアルドを苦しめる。

でも、リーシェだけは違った。


「アルド兄さん、その髪、まるで月の光が溶け込んだみたいで、とても素敵よ」


リーシェは真っ直ぐな笑顔で、変わってしまった兄を受け止めてくれた。

その優しさが唯一の救いだったが、周囲の視線は冷たかった。


それまでは双子のアルドとリーシェは、瓜二つで見分けがつかないほど似ていた。

しかし、その日、白銀へと変わった髪色が、二人の間に決定的な差異を刻みつけた。


さらに、10歳で行われる精霊契約の儀式でも、アルドは別の絶望を味わうことになる。

周りの子供たちが順番に精霊と繋がり、嬉々として新たな魔力の流れを感じ取る中、アルドは精霊と契約することができず何の反応も得られなかった。


小さな祭壇で目を閉じても、空っぽの静寂が広がるだけ。


「契約できないなんて……」


周囲が怪訝な顔をする。教師が何度か試しても結果は同じで、友人たちが次々と精霊術への道を開いていく中、アルドだけがその輪に入れず取り残された。


精霊契約は資質の要素が大きいが、全く不可能なケースは極めて珍しい。

どんなに弱く小さな精霊でも、普通は何らかの繋がりを結べるはずなのに、それすらできないという事実が、異常さを際立たせていた。


妹はもちろん励ましてくれたが、対照的な才能が際立ち、周りとの落差が増すばかりだった。

リーシェは輝く才能を示し、人々の目を惹きつける。一方、自分は精霊術の基盤すら築けない。


10歳の儀式の後、周囲の視線は「不思議な髪色の子」から「精霊術を持たない無能」へと変わり、冷たい沈黙と失望が追い打ちをかけた。


8歳の髪色変化、10歳の契約失敗――

それらの出来事が、今は夢の中で曖昧な映像となり、幼いアルドを囲むように揺らめいている。


夢の中で、幼い自分は頭を抱え、誰もいないはずの空気に向かって問いかける。


「どうして……?」


声はか細く震え、答えのない闇に溶けていく。

この不可解な記憶は、彼が求める力とどう繋がるのか、今はまだわからない。

しかし、この夢を見た今、アルドの心には、再びあの日の戸惑いと不安が滲み出していた。


声は震え、歯が鳴るほど不安だった。


「…………」


そのとき、何かがいるような、いないような、形容しがたい存在を感じる。

人ではない、精霊でもない、得体の知れない存在が、空気の裏側で囁いているようだ。

はっきりとした声は聞こえないが、風に溶ける音のように伝わってくる気がする。


背後の存在は、まるで遠くから語りかけるように、しかし声なき声で何かを伝えようとしている。


「誰……? 何が言いたい?」


問いかけるが答えはない。

ただ、薄暗い場所で震える自分と、その不可視の存在が揺らめくだけ。

まるで、力を渇望する今のアルドに、過去からの呼び声を届けようとしているかのよう。


突如、視界がぶれ、夢の中の空気がひび割れるような感覚が走る。

記憶の中で、何かが近づき、幼い自分が振り向こうとしたその瞬間、全てが途切れた。


アルドははっと目を開き、荒い呼吸を整える。

汗が額に滲み、闇の中で白銀の髪が微かに光を反射する。


「……なんで、こんな昔の夢を……」


呟く声が狭い部屋で跳ね返る。

アルドは枕に顔をうずめ、再び瞼を閉じた。

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