11 無事に
安全な場所まで離れ、イルマは壁にもたれかかりながら荒い呼吸を整える。
先ほどの恐怖がまだ体内に残っているが、少し落ち着きを取り戻し、リーシェ姿のアルドに視線を向けた。
「……助かった……ありがとう。」
声は震えながらも感謝が滲む。
先ほどまで状況を軽く見ていた自分が恥ずかしくなるほど、危険な場面だった。
もし“リーシェ”が現れなければ、どうなっていたか想像したくない。
リーシェ《アルド》は埃を払いながら、ほっとしたように一言。
「君が無事で良かった」
その柔らかな声と笑みを向けられた瞬間、イルマの頬が微かに染まる。
(いやいや、リーシェは女の子だし……私、そういう趣味ないはず……なのに、なんでこんなにドキッとしちゃうの?)
胸の奥で微かな鼓動が跳ね上がるのを感じ、イルマは目を逸らし気味に胸に手を当てながら、自分でも理解できない感情に戸惑っていた。
イルマは胸の鼓動を誤魔化すように疑問に思ったことを尋ねる。
「そういえば、なんでここへ来られたの?」
昼間に素材を取りに行く話はしたが、彼女が本当に追ってくるとは考えていなかった。
少し戸惑いながら問いかけるが、アルドは正確な説明を避けるように視線を揺らす。
「実は、Cクラス側でいろいろ調べ物をしていてね。詳しくはまだ言えないけど……その最中に、さっきの連中が話しているのを偶然聞いたんだ。彼らが“最近Dクラスのやつが生意気にも素材倉庫を漁ってる”って言った瞬間、君のことが浮かんでさ。放課後、君が素材倉庫に行くって言ってたから、ちょっと不安になってやつらの後を追った。結局、心配が当たってしまったわけだけど、間に合って良かったよ」
イルマはその言葉を聞き、胸の奥が暖まるような感覚を覚えた。
「そっか……ありがとう。助けてもらったことだけじゃなくて、私が危ないかもって考えてくれたことが嬉しい」
彼女は少し照れたように視線を落としながら笑みを浮かべる。
(知り合って間もないのに、ここまで気にかけてくれるなんて……)
イルマは微かな微笑と感謝の気持ちを胸に抱きながらも、もう一つ拭えない疑問があった。
先日の実習でも感じた違和感が、いま再び頭をもたげる。
「あと……もう一つ、聞いてもいい?」
躊躇するように一度唇を噛み、言葉を選びながら続ける。
「なぜ、そんなに強くなろうとしてるの?」
イルマは視線を揺らしながら、慎重に問いかける。
その瞳には純粋な好奇心と、相手を理解したいという気持ちがこめられていた。
もし、煌めく頂点から暗い底へと一気に転落すれば、たいていの者は意気消沈し、あらゆる可能性を諦めてしまうだろう。
困難を逆手に取ってなお前進する、その原動力は何なのか。
アルドは困ったように微笑んで、目を伏せる。
一瞬考え込むように息を吐き「今は言えない。……でも、ここで止まるわけにはいかないんだ」とだけ告げる。
その言葉は、堅く閉ざされた扉の前で「中に何かある」と示唆するかのようだった。
イルマは納得しきれない表情を浮かべたが、追及せず口を開く。
「そっか、きっとリーシェには何か深い理由があるんだろうね……わかった。今はこれ以上聞かない。でも、もし私にできることがあれば言ってね」
その声は静かだが、確かな信頼と気遣いがこもっていた。
誰もが投げ出す状況でも前に進む力、精霊術なしで格上を退ける技量、そして隠された目的。
それらへの疑問を胸に抱きながら、イルマは不安定な呼吸を整え、夕闇の中、二人でDクラス生用の居住区画へ戻る足音を響かせた。