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10 資材倉庫にて

放課後、D5の教室では、生徒たちが帰り支度を始めていた。

机上のノートやインク瓶を片付け、古い鞄に詰め込む音がそこかしこで響く。

その中で、イルマはいつもより慌ただしく、自分の道具を整理しているようだった。

普段なら魔道具の部品を慎重に扱う彼女が、妙に急いでいるのが目立つ。


「最近はいつも授業中慌てて帰り支度してるね、どうしたの?」


声は落ち着いていて、周囲にも特に違和感はない。

イルマは一瞬迷ったような表情を浮かべ、それから小さく笑みを作る。


「ちょっと足りない素材があってね、最近Cクラス寄りの資材置き場に通っているの」


教室には疲れた顔の生徒が多く、誰もこの会話に深く関与しようとはしない。

Cクラス寄りと言ってもDクラスの領域だ。ただの資材置き場で人が訪れるような場所でもない。


いつも行っているなら問題ないと判断して、アルドは「気をつけてね」と軽く声をかける。

イルマは「うん! 行ってくる!」と気楽に応じた。

特に不安要素は感じられず、二人とも深刻に考えなかった。



夕方、陽が傾きかけた頃、イルマはDクラスから離れた敷地外れの一角へ足を運んでいた。

Cクラス側に近い場所にある古びた資材置き場。

木材や金属片など、学園内で使い古された道具が雑多に積み上げられ、人通りはほとんどない。


薄暗い場所で、イルマは小さなランタンを片手に、机で描いたメモを頼りに素材を探す。


「確か、この辺に似た部品があるって噂なんだけど……」


自問自答の呟きが静寂に染み込む。

最初は誰もいないようだった。

埃をかぶった箱を開け、中身を探っていくイルマ。

目当ての部品を発見するまで時間がかかりそうだが、特に邪魔される気配はない。


しかし、ほどなくして、空気が微妙に重くなった気がした。

イルマが振り向くと、そこにCクラスの生徒が数人立っていた。

男数名が薄く笑い、


「Dクラスのやつが素材を狙いに来るとは、いい度胸だな」


と声をあげる。


イルマは息を呑む。


「ここはDクラスの領域でしょう、それにちょっと探し物してただけなの」


イルマの言葉に、彼らは嘲笑混じりに首を振る。


「ここは俺らが使ってるんだよ。勝手に漁るなんて無礼だね? ちょっと思い知らせてやるか」


イルマが後ずさりしようとすると、Cクラス生たちの瞳が淡く光り、風や火花が指先に集まる。

精霊術を行使できる彼らは、威嚇的に小術を発し、雷鳴に似た微かな音や火花を散らして脅しをかけてくる。


「ほれほれ、無事に帰れると思うなよ」


逃げ場は狭い。

イルマは魔道具で反撃を試みるが、準備する間もなく小さな風の刃が傍を駆け抜け、危うく袖を切り裂きかける。


「ひっ……!」


思わず悲鳴をこらえる。

このままでは一方的な脅しで終わらないかもしれない。


次の瞬間、彼らは火属性の簡易術を展開しようと魔力を纏める。


「これでおとなしくなるだろう?」


と薄ら笑いを浮かべるCクラス生徒。

イルマが後退しようと足を動かしても、後ろは壁と散乱した素材、すぐには逃げられない。


絶体絶命――

このまま黙って素材を諦めるか。いや、それだけで済む保証もない。

イルマが硬直し、焦燥に駆られる中、不意に横合いから物音が響いた。


「待ちなよ」


軽い足音が一つ、闇を裂くように近づく。

Cクラス生たちが目を向けると、そこに現れたのは“リーシェ”の姿だった。

後方からまっすぐこの場に現れ、イルマとCクラス生徒たちの間に割り込むように、彼女は鋭い光を瞳に宿し、静かに立っていた。


「……リーシェ?」


イルマは信じられないといった表情で、救いが来たとばかりに目を見開く。

Cクラス連中も戸惑いの色を見せ、動きが鈍る。


「まさか、リーシェ・ヴァルディス……? AクラスからDクラスに落ちた天才か? なんでここに……?」


Cクラスの生徒たちは驚愕に目を見開き、一瞬動きを止める。

イルマは震える足を押さえながら上目遣いにその姿を見ていた。

(リーシェが……ここに? 助けに来てくれたの?)

混乱と安堵が入り混じる中、イルマは強張った呼吸を整えようとする。


リーシェ(アルド)は多くを語らず、代わりに素早く行動に移った。

周囲に転がる廃材や小石を一瞥し、器用に拾い上げる。

Cクラス生が魔力をこめた風や小さな火花を起こそうと腕を伸ばすが、リーシェは一瞬早く手を振り、石つぶてを正確に投げ込んだ。


「ぐっ!」


一人が眼前で石を受けて体勢を崩す。ほんの一瞬の隙。

その隙に“リーシェ”は足元の落ちた鉄片を蹴り飛ばし、別の相手の足元に絡ませるように転がす。

もう一人は「しまった」と避けようとするが、足が取られ、バランスを失った。


「何を……!」


Cクラスたちは焦り、精霊術発動のテンポが乱れる。

本来、魔力行使には集中と距離が必要だが、リーシェは間合いを詰めて格闘戦へ持ち込み、術発動の余裕を与えない。


金属片を避けた相手へ、リーシェは軽いステップで接近し、相手の腕を掴んで勢いよく引く。

体格で上回らなくても、タイミングと重心を利用すれば容易に崩せる。

Cクラス生が驚愕の声を上げ、


「こいつ……精霊術なしでこれを……?」


と声を絞る。


イルマは目を見張りながら、そのやり取りを見つめる。

(昨日の実技やトラップ戦術だけじゃない、こんな数人相手の格闘戦闘まで……?)

心臓が高鳴る。

あの“リーシェ”が、実技で見せた知略を、授業とは異なり殺意の入り乱れる戦闘で発揮している。


Cクラスの一人が焦って火花を指先で散らそうとするが、リーシェは一瞬の回り込みで相手の手首を押さえ、発動を中断させる。


「くっ……!」


苦しむ相手を振りほどくと、相手は力任せに突きかかろうとするが、その前に膝で軽く衝撃を与え、再び動きを止める。


息が詰まるような数秒のやり取りで、Cクラス生たちは完全にペースを乱された。


「なんて奴だ……D落ちのくせに!」


「こんなの聞いてない……!」


歯噛みしながら、彼らは後退する。

幸いリーシェは深追いせず、イルマをかばう位置にいる。

Cクラス勢はこれ以上不利な状況を招きたくないと判断し、不満と罵りの声を残して逃げていく。


「なんだアイツは、D落ちめが!」


と捨て台詞を吐きながら、彼らは姿を消す。

静寂が戻る中、イルマは恐る恐る身体を起こし、リーシェを見上げる。


「助かった……ありがとう……」


声はまだ少し震えているが、確かな感謝が滲む。

リーシェは腕に付いた埃を払い、微笑む代わりに軽く頷く。

何も言わず、リーシェはイルマに「立てる?」と視線で問いかける。

イルマはゆっくり立ち上がり、再び深呼吸。


「……大丈夫、なんとか」


その横顔には先ほどまでの不安が薄れ、尊敬と驚きが混じった光が宿っていた。


(精霊術なしでこれほど強いなんて……)


元来、CクラスとDクラスの間には実力と待遇の大きな差があり、ましてや複数人を相手に上位者を撃退するなど前例がない。


この瞬間、学園の底辺層と呼ばれるDクラス生が、その既成概念を静かに覆したのだった。

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