39 闇の啓示
アルドとマリアが衝突する、その少し前。
検査会場では、Bクラスの検査を終え、Aクラスを対象とした査問会がちょうど始まろうとしていた。
周囲に異様な緊張感が漂う中、マリアは片腕の痛みを感じさせないほど険しい表情を浮かべながら、堂々と検査場を歩き回る。
「闇属性の犯人を必ずあぶり出してやる」とでも言わんばかりの冷ややかな視線は、周囲を圧倒していた。
今回の査問会では、事前に得られた情報から、光属性を持つ者が優先的に検査を受けることになっていた。光属性は、闇属性ほどではないが、それでも非常に希少な属性だ。会場には、緊張と不安を隠せない光属性の生徒たちが集められ、順番を待っていた。
メリディアは、ケーナと共に、検査の様子を見守っていた。自分と同じように光属性を持つアリシアが、検査を受ける番になった。
アリシアは、検査に対する気負いなどは微塵も感じさせない落ち着いた様子で検査官の前に進み出る。
「アリシア・フォン・フェルベール様、属性検査を開始します」
検査官が厳かな声で告げ、魔力分析器を操作し始めた。機械が微かな音を立て、アリシアの周囲に淡い光の粒子が舞う。
「アリシア様は……光と水……事前の内容通りです」
検査官は、記録用紙に何かを書き込みながら、事務的な口調で結果を告げた。会場に僅かな安堵の空気が流れた。
ケーナは、周囲の様子を窺うように、落ち着かない様子でそわそわと視線を彷徨わせていた。対照的に、メリディアは「ふふ、大丈夫よ。あの方に間違いなどないわ」と、白銀の裁定者への絶対的な信頼を滲ませた微笑みを浮かべていた。
そして、いよいよメリディアの番が回ってきた。係員に名前を呼ばれ、彼女は静かに立ち上がった。白銀の裁定者の力を信じてはいる。彼が闇属性の繋がりを一時的に断ち切ってくれたのだから、検査で問題が起こるはずがない。そう頭では理解していても、やはり心臓の鼓動は早くなっていた。
(……どうか、無事に終わりますように……)
メリディアは、深呼吸を一つし、検査官の前に進み出た。先ほどのアリシアと同様の手順で検査が進められていく。機械が音を立て、メリディアの周囲にも光の粒子が舞う。
「メリディア・リィト・ヴァイスロート様、魔力分析結果……光属性以外の波動は検出されません。事前の内容通りです」
検査官は、淡々とした口調で結果を告げた。事前に報告されていた通り、光属性のみの検出。問題なし。メリディアは、内心でほっと胸を撫で下ろした。心臓の高鳴りが、ようやく落ち着いていくのを感じた。
その後も、Aクラスの光属性を持つ生徒たちの検査は、滞りなく進んでいった。しかし、マリアは、検査の結果を見て、明らかに不満そうな表情を浮かべていた。彼女の眉間には深い皺が刻まれ、舌打ちをする様子も見られた。
全ての検査が終わり、マリアはアリシアとメリディアに近づいてきた。その表情は、先程までの余裕から一転、苛立ちと疑念に満ちていた。
「現場に来ていたあんたたち光持ちがあの仮面の人物かと思ったけど……違ったようね」
マリアは、嫌味たっぷりの口調で言った。その言葉には、当てが外れたことへの苛立ちと、二人への疑念が入り混じっていた。
「そんなわけないじゃない」アリシアは、眉をひそめて反論した。
「ええ、まさか」メリディアも、平静を装って答えた。しかし、内心では複雑な感情が渦巻いていた。
メリディアは唇を噛んだ。もし自分があのとき足手まといにならなければ、白銀の裁定者様はとっくにこの腐りきった魂を断罪していたはず――
私は、なんて未熟なのだろう。彼の力を借りなければ、何一つ成し遂げられない――そんな無力さが胸を締めつける。
同時に、彼が示してくれた恩寵への感謝が、涙となって溢れそうになる。
彼の力を借りなければ、何一つ成し遂げられない無力な自分――
その思いが胸を締めつけると同時に、彼が示してくれた恩寵への感謝が涙となってあふれそうになる。
(……私は、何をしているの? もっと強くならなければ……)
メリディアは、自身の無力さを痛感し、僅かに俯いた。自信を失いかけている自分に気づき、内心で焦りを覚えた。
マリアは、結果が出なかったことにいら立ちを募らせ、他の役人たちにも当たり散らしながら、扉を乱暴に開けて検査場から出て行った。残されたアリシアとメリディアの間には、重い沈黙が流れた。
その後もAクラスの検査は続いたが、闇属性の兆候を示す者はいなかった。
「本当に闇属性の使い手なんて存在するのだろうか……?」
周囲の生徒たちからも、疑念と諦めが入り混じったような声が漏れ始めた。検査官たちも、僅かに焦燥の色を滲ませ始めていた。
その時だった。静まり返っていた会場の外から、鋭い悲鳴が複数上がった。悲鳴は、次第に大きくなり、会場内にもはっきりと聞こえるようになった。人々の間に緊張が走り、ざわめきが起こる。
悲鳴を聞いた瞬間、アリシアは反射的に立ち上がった。彼女の表情は、先程までの落ち着きから一変、深刻なものに変わっていた。
「一体何が……?」
アリシアは、周囲の状況を確認する間もなく、扉に向かって走り出した。メリディアも、何事かと、アリシアの後を追った。
会場の外に出ると、そこには目を覆うような光景が広がっていた。数人の生徒が、倒れているマリアを取り囲んでいた。
青ざめた表情で、誰もが怯えた表情をしている。
「マリア様……!? 返事をしてください!」
周りの生徒が青ざめながら声をかけるが、返事はない。
彼女の身体には、目立った外傷は見当たらず、周囲には争ったような痕跡もない。それなのに、彼女の身体はまるで力を失った人形のように崩れ落ちていた。
まさに“不審死”と呼ぶにふさわしい状況だ。
アリシアは、変わり果てたマリアの姿を見て、その場に膝をついた。瞳には、過去の惨劇が重なっているのだろうか。
「また……こんなことに……」
震える声で呟く彼女の肩は小刻みに揺れ、見るからに動揺を隠しきれていない。
しかし、メリディアは、アリシアとは全く違う感情に支配されていた。
彼女は、マリアの姿を見た瞬間、全てを瞬時に理解したのだ。
(……ああ……神だ……これは……私の力……"闇"……)
彼女の心の中で、歓喜の叫びが轟いた。理解した。
これは、白銀の裁定者——彼が、わざわざ私の闇を使って裁定を下してくれたのだと。この惨劇は、彼の、私への、そして私を通して世界へのメッセージなのだと。
メリディアの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。歓喜、畏敬、そして何よりも、彼への深い感謝の涙だった。彼女にとって、これはまさに神の啓示だった。
メリディアの様子を見たアリシアは、彼女が悲しみに暮れているのだと勘違いしたらしく、優しくメリディアの肩に手を置いた。
「あなたも……また、事件を防げなかったことを……悔やんでいるのね……」
アリシアの言葉に、メリディアははっと我に返った。自分が感極まってしまっていたことに気づき、慌てて平静を装った。
「……ええ……そうね……私も……残念だわ……」
メリディアは、何とか平静を装って答えた。こんなところで感情を露わにしてはいけない。白銀の裁定者の思惑を、無にしてしまうかもしれない。
メリディアは、冷静を努めようと意識するが胸の鼓動を抑えられない。心の中で、天を仰ぎ見るように、白銀の裁定者——彼女にとっての神に、祈りを捧げた。
(あぁ、やはり……あなたは、私の……)
その表情は、先程までの動揺が嘘のように、静かで、穏やかだった。