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流言あつめ

作者: ろうでい



「先輩、知ってます?この業界の有名な話」


「怖い話って、あんまり聞きすぎると……どこか違う世界に、引き込まれちゃうんですって」


―――


「……んなワケあるかよ」


 出張前に後輩社員からかけられた言葉がふと頭の片隅によぎり、俺は苦笑して呟く。

 ワイシャツの胸ポケットからタバコの箱を取り出し、一本を口に銜えてライターで火をつけた。

 紫煙が、どんよりとした曇り空の灰色に昇り、溶け込み、消えていく。

 コンビニ外の喫煙スペースにいたのは俺一人。気兼ねなく煙を吐き出せるのが有り難い。


「……ふぅむ」


 タバコから手を離し、俺は鞄から取り出した手帳を開く。

 我ながら汚い文字で書き綴った内容にざっと目を通しながら俺は頭の中の記憶を呼び起こしていった。


 三流オカルト雑誌のライター。それが俺の肩書きだ。

 UFO、宇宙人、都市伝説……読者が求めるそんな怪奇、心霊、オカルトの話題を文章にして、記事にする。

 本当か嘘かはどうでもいい。客が求めるような引きのある文章を作り出して、さも深刻で、いかにも真実のような記事に仕立て上げて雑誌として流していく。それが俺の仕事だった。


 とはいえ、今回の取材はかなり手の込んだものだ。

 「夏の怪談特集」ということで、編集部は大々的に全国に散らばった怪談を集めようと号令をかけ、ライター数人を全国に派遣して実際に怖い話を知っている人に怪談を聞いて集めようという企画。

 誰も聞いたことのない、記事として全国に出たことのない「怖い話」を集めて雑誌いっぱいを埋め尽くそうという大胆な内容だった。


 そんなわけで、その雑誌のライターである俺は数日をかけて全国を飛び回り、「怖い話」を集めてきたというわけだ。


「あるところにはあるもんだなぁ」


 飲み屋で知り合った人間や、街頭でのインタビュー。

 それ以外にも飲食店や商店街、公園や駅前なんかでそれらしい人に話を聞き、知っていそうな人間に繋げてもらい、怪談を聞いて回ったりもした。


 親切な人が多い、という感想以上に、人というのは怪談を話す欲求というのがどこかに存在しているものだと実感した。

 辿り着いた怪談士達は実に怖い話を俺に話してくれ、それらはどれも記事になりそうな内容のあるものばかり。

 予想を遙かに超える素晴らしい怪談達に出会え、仕事としては実に順調に経過している。


 とある町に伝わる、惧山という場所と病院にいたという少年、そして少女の悲しくも綺麗な怪談。

 「箱の中」という、抽象的ではあるが実に読者の想像力をかき立てる怪談。

 晒根町という町に存在するという遊園地の、お化け屋敷に関わる実に奇妙な怪談。

 ある中学校に在籍していたという男性教諭の失踪事件に関する恐怖の怪談。 

 昔ここらにいた武士と猫……そして神隠しと廃寺に関する伝承的ながらも美しい怪談。

 学校で起きた「A」という謎の存在に関わってしまった、委員長の実に不幸な怪談。

 実際に起きた「革友会」という宗教組織について起きた恐怖の実話と、それに携わった探偵の怪談。

 どこかの会社の飲み会で突然始まった「天井のシミ」についての……そして、それが伝染していくという怪談。

 日本のどこかにあるという「不老不死の祠」についての噂。祠自体が人を誘い込み、怪異に飲み込むという怪談。

 青年と、その叔父。この世界のどこかに住む二人が巻き込まれる、恐ろしくもどこか切なく、楽しく、美しい怪談の数々。



 ……本当に、随分と色々と話が集まったものだ。

 これだけ集まれば記事には困らないだろう。

 

 俺は短くなったタバコを吸い殻入れに捨て、手帳を鞄にしまった。

 インタビューはもう十分だ。

 あとは滞在先のホテルや自宅にこもり、これら怪談を記事としてまとめ上げる。腕の見せ所の作業だ。


 順調に進みつつある仕事の展望に俺は笑みを浮かべながら連泊しているビジネスホテルへと歩を進めた。



「先輩、知ってます?この業界の有名な話」


「怖い話って、あんまり聞きすぎると……どこか違う世界に、引き込まれちゃうんですって」



 コツ、コツ、コツ。


 自分の足音がコンクリートの道に響く。


 ……今更、何言ってるんだアイツは。


 この業界にいてそんな流言を嬉々として伝えてくる人間もそうそういないだろう。

 「怖い話」を聞くのが仕事だというのに、聞きすぎると怖いことが起きる……などと。小学生の雑談レベルの話だ。

  

 確かに、そんな噂はどこかで飛び回っている。

 怪談を聞いて集めていたライターが幽霊に取り憑かれて不幸続きになっただとか、事故にあっただとか、お祓いをしてもらう騒ぎになっただとか。

 怪談を聞いて回ればそれだけ「この世ならざるもの」に近づくことになるので、怪異の世界からこちらが認識され、やがて引きずり込まれてしまう……などと。


 ……ははは。

 それならば、この世にいる怪談好き、ホラー好きは一体何人失踪しているというんだ。

 俺は鼻で笑いながら歩き続けた。


 まったく、おかしいヤツだ。

 オカルト雑誌のライターならばむしろ、そういう事も楽しんで仕事をしろと言いたいものだ。

 いっそ、ヤツのそんな流言も記事にしてしまおうか。


 そんな事を考えていた、矢先だった。



「……ん?」



 …………。


 おかしい。


 この角を曲がれば、連泊して滞在しているビジネスホテルに辿り着くはずだった。


 朱色に近いレンガのような壁の、五階建ての古びたビル。

 汚れて曇ったガラスと、古い昭和のフォントで書かれたホテル名。

 オンボロの安宿。すでに三日滞在しているホテルに……俺は、辿り着くはずなのだ。


 …………。


「え……?」


 どこだ、ここは。


 見覚えのない家。


 高い、灰色のコンクリート塀に囲まれた通り。


 誰一人としてすれ違わない、人気のなさ。


 どの家もカーテンを閉め切っていて、生活音さえまるで聞こえてこない。


 どこだ、ここは。


 後ろを振り返っても、同じようなコンクリートの塀と家々と曲がり角がずっと続いているだけで、どこからどう来たのかが既に分からなくなっている。

 少し道を戻ってみても、Y字路、T字路の連続でどこからどうやってきたのかも思い出せない。考え事をしながら歩いてきたのだから、尚更だ。

 

 初めてくる道。土地。

 曇り空は次第に夜の闇に染まり、辺りを暗くしていく。


 静けさが、五月蠅い。


 鳥のさえずりも、人の声も、何もかもがなく、自分の荒い息しか周りには聞こえない。


 感覚で、分かった。


 ここは……。

 


「やめろ……やめてくれ……」


 

 気付いた。


 自分の周りを取り囲む家々。

 全ての窓にカーテンが締め切ってある家。


 その隙間から、無数の眼が、俺を覗き込んでいる。



「なんだよ……どうしてだよ……!!」



 夜の闇は、どんどんと色濃くなる。


 街灯の一つすらない通り。

 月明かりの一つも差し込まない通り。


 カーテンの隙間から俺を覗き込む、数多の瞳。




「先輩、知ってます?この業界の有名な話」


「怖い話って、あんまり聞きすぎると……どこか違う世界に、引き込まれちゃうんですって」



 そして俺は、その意味を理解した。




 俺は、今。



 その流言の一つに、なろうとしているのだということを。



―――


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