サファイア
葉月、弥生…これは日本の月の和名…
異世界恋愛が人気の時代でなくとも、コスチューム時代劇は女子率高めの文芸部の人気のジャンルで、麗しい時代劇を表現するために部員には仮の名前が与えられ、それらしい作法と言葉を使うのが伝統だ。
八月、三月は、彼女たちの誕生月。こうやって、なんか、宝石、高級食器などの単語に慣れさせるのが我が文芸部の伝統なの。
まあ、昔の頃はガチで『若紫』『ロビンフット』『ランスロット』なんてのがあったらしいわ。恐ろしい。
「ごきげんよう。久しぶりですね、『シスター・サファイア』」
ゲゲッ(○_○)!!
アッコちゃん…
いきなり、中二病黒歴史の名を呼ばれて私は叫びあげそうになる。
アッコちゃん…飯綱温子は、中学の文芸部の顧問だ。
褐色のくせ毛の彼女は、『赤毛のアン』を読んで教師を目指した…と言うプロフィールとアッコちゃんのあだ名が代々引き継がれている。
なんか、あだ名を生徒につけてはいけないとか、問題になった時、
「言葉は、言を発しなくては身につきませんわ。
そして、思春期に美しい言葉を発することは、将来の本当の財産です。
皆さんは、子供たちからそれを取り上げておしまいになるのでしょうか?」
と、一人、果敢に立ち向かって、伝統を守った…小柄の見た目とは違う強さを持つ先生だ。
そして、私の中学時代の黒歴史を伝説にまで持ち上げた人物である。
シスター・サファイア…
サファイアの異名は、昭和の時代から欠番として、『ひかるの君』と並んで使われていなかった。
なんか、良くわからないけど、凄く崇高なイメージがあって、その名を名乗れる人が現れなかったらしい。
私の時代は、それほど意識はされてなかったけど、欠番は守られていたのよ…
私、皆の小説…と言うか、恋の台詞を王子さまボイスで披露していてね…なんか、ふざけて友達がファンクラブを作って、それが盛り上がっちゃったのよ。
で、文芸部以外の子が、サファイア王子とか呼び出しちゃって…私も、それにのっかっちゃったのよ。
あー恥い。
まあ、若かったわ。
昭和の欠番とか、馬鹿馬鹿しいとかイキっちゃって、文芸部の子ともめたんだけど…アッコちゃんが、仲裁してくれたのよ。
で、それ以来、私は『シスター・サファイア』と呼ばれる言になったわ。
最後までこの事に反対していた一年先輩が不満げに
「サファイアは高貴な宝石… けれど、お気をつけあそばせ。サファイアは、それ故にいさかいを持ち込むのよ。『悪魔の貴重品』と呼ばれるほどに。確かに、あなたにはお似合いかもしれませんわ。」
と、捨て台詞を残してくれたけど、今、その威力を感じるわ。
天竜ママ…なんか、怖い顔で私を見ながら立ち上がったもん…まじ、ホラーだよ。
校長先生なんて、金縛り状態で脳死してるわ。
「あなたがサファイアをいただいた娘…」
低く…重い声で天竜ママは私を見たわ。
普通に話してるだけなのに、なんか存在感のある声にビビった。
でも、ここで素に戻ったら負ける気がしたの…
何と戦ってるのかわからないけれど、戦姫の気を纏った以上、幕が下りるまで続けなくてはいけない気がしたの。
だって、私、マジで声優になるんだもん。
ここで折れるメンタルじゃ、オーデションどころか、三者面談も希望が通らないわ。