ルーティーン
有明先輩は、自分では冷静にノートを見ている演技をするけど、少し慌ててる表情を隠しきれてないの。
で、木曽先輩は窓を拭き終わると雑巾を片付けに部屋を出る…引き戸が閉まる音がして、有明先輩が引き戸を見つめて、とても切なげにため息を一つ…
その、『恋をしています。』って顔に私は胸がキュンとなるのよ。
はぁ…
こっちまでため息が出ちゃう。
有明先輩は、いつも不機嫌そうな顔であまり人と関わらないから、無愛想な印象なんだけれど、意外と顔のパーツは整ってる。
転校したての時は、服装なんて無頓着で、髪もぼさぼさっ…としてたんだけど、二学期に入って…ある日をさかいに急に身なりを整え始めたのよね。
あ、引き戸が開いた。木曽先輩が帰ってきたわ。
本当に、毎週、シナリオでもあるみたいに同じなのよ。
ほら、先輩が図書室に入ると、有明先輩は慌てるの。ここは、鉛筆を落としたり、テーブルに広げてあるノートを探したり、多少、バージョンはあるんだけど、先輩のやりたい事は1つよ。
木曽先輩をデートに誘うの。
多分、秋の薔薇が咲き乱れる、あの植物園とか。
でも、この調子だと、薔薇、枯れちゃいそうでハラハラするのよ。
先輩はノートにチケットをしおりのように挟んでいて、木曽先輩が近づいたときに、偶然を装って見せながら誘うつもりなのよ。
ほら、今も、木曽先輩の所に、随分と怪しげな、自然な姿で有明先輩は近づくの。で、郷土資料の棚を眺める木曽先輩の後ろから声をかけようとするわけよ。
ここで、私はいつもドキドキしちゃうのよね。
男の子が初めてのデートを誘う、まさに、歴史的な瞬間を目撃する事になるんだもの。
でもね、ここは図書館で、木曽先輩は、そう言うことには鈍感なのよ。
そうして、ここで必ず、邪魔者が登場するの。
大川 遥希。
木曽先輩と同じ郷土資料部の部員。
で、必ず馴れ馴れしく有明先輩にくっつこうとするのよ。
「本を探すなら、俺も手伝うぞ。」
大川先輩は、そう言って有明先輩の肩を嬉しそうに叩くのよ。
それを、有明先輩は露骨に嫌な顔で返すけれど、大川先輩は、それすら嬉しそうなのよね。
主人が帰ってきた大型犬みたい。
で、今日も木曽先輩に逃げられちゃうのよ。
はぁ…
毎度、分かっているんだけれど、つい、緊張しちゃうのよ。ついでに、図書館に通わずにはいられないのよね。
私も、ここで、エジプトの神々のついた背表紙に苦笑をして、それから、こっそりと図書室をぬけるのかルーティーンなの。
あら、言っておくけれど、私の方が先輩たちより早く図書館に来てるんですからね、覗きなんて、人聞き悪い言い方はしないで欲しいわ。
ついでに、私も、秋までにエジプトをテーマにしたミステリーを考え中なのよ。
すっかり、顔見知りになった背表紙の書記の神トトに笑顔で別れを告げて、私もこの場を去ることにしたわ。
中間テストが終わると、文化祭に向けて忙しいんだから。なにか、一万字くらいの短編を作らなきゃ、だし。
と、そっと、壁ぎわの本棚に隠れるように出て行こうとしたのよ、いつもの通りににね、でも、今日は、いつもと違うことがおこったわ。
いきなり、校内放送で名前を呼ばれちゃったのよ。
カウンター近くを歩く私を木曽先輩が見つけて、その声に驚いて有明先輩がノートを落としたわ。
そこで、1ヶ月ちかく、この日の偶然を待っていたチケットが木曽先輩の目の前に宙を舞いながら登場(°∇°;)
そして、チケットは…大川先輩が、男らしく片手でぐっと掴んじゃったわ。
どうなるのっ。
気になって立ちすくむ私を、先生が慌てたように呼びに来たわ。
「八乙女さん、早く、校長室に。」
ああっ、先生。あと、1分…と、いう暇もなく、私は校長室へとつれて行かれたのよ。