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第4話 吾輩と契約して、飼い主になってよ!

 玉響真咲の指先が、ピクリと動きを示す。

 地下一階の白く乾いた地面に横たわる彼女の瞳が、少しの間を置いてゆっくり開く。


「…………ぁ」


 かすかに開かれた、その可憐な唇より漏れる声。

 目を開けた彼女は見るであろう、小さな舌先で自分の頬を舐める愛らしき茶トラを。


 ――そう、吾輩よ! ダンジョン猫様よ!


「ぁ。あ……、あれ……、わたし、何で、地面に寝て……?」


 真咲嬢は不思議そうに呟きながら、上体だけを起こしてその場に座り込む。

 そしてその大きな瞳が、吾輩のことを見やった。


「……猫?」

「なぁう」


 吾輩は応じるように鳴いて、真咲嬢の太ももに頭を擦りつける。

 ほぉ~れ、ほぉ~れ、吾輩は可愛かろう? こんな仕草もできちゃうんだぞ~?


「…………」


 真咲嬢は、ややボ~ッとした様子で吾輩を見つめている。

 生まれ変わった直後だけあって、まだ色々とピントが合っていないのだろう。


「もしかして、きみがわたしを助けてくれたの、かな……?」


 真咲嬢はおずおずと手を伸ばして、吾輩の頭を撫でる。

 すると、彼女の瞳が小さな驚きによって見開かれる。


「え、魔力……? きみ、魔力があるの?」

「にゃあぅ」


 ニャッフフフ、感じられたであろう、我が魔力を。

 そして、違和感を覚えなかったであろう。自分が魔力を感じられた事実に対して。


 我が秘策たる転生魔法、見事成功せり!

 玉響真咲は、人であると同時に生体ダンジョンコアとして生まれ変わったのだ!


「もしかしてきみって、守護獣(ガーディアン)だったりするのかな?」


 吾輩をそっと抱き上げて、真咲嬢が顔を近づけてくる。

 無論、吾輩は守護獣などではない。

 しかし今後、真咲嬢に飼われるためには、守護獣を演じるのが手っ取り早いのだ。


「にゃあ~」


 真咲嬢に応えるが如き鳴き声を出して、吾輩は真咲嬢の手を舐める。

 あ~、それにしても顔がいい。

 真咲嬢ってば、間近で見ると実に顔がいい。最高だ。


 まず輪郭からしてちっちゃ~い。

 しかも瞳がクリッとしてて大きめで、よく見るとやや垂れ目気味。


 それは幼さや子供っぽさにも通じるが、太めの眉がそれを緩和している。

 鼻筋はスッと通っていて、唇も小ぶりな、スマートでスッキリした印象の美少女よ。


 色気やら艶やら、そういう大人成分はほぼ皆無。

 しかし、だからこその可愛げに満ちた健康的な魅力が、今の彼女の持ち味である。


 これは人気が出る。

 今より少しでも垢抜ければ、その容貌だけで相当な登録者が見込めるぞ。


 ただし、それは真咲嬢の魅力を殺す垢抜け方ではダメだ。

 まぁ、それについては今後吾輩が彼女を導いてやれば済む話であるな。


「何か不思議。きみとは初めて出会ったのに、初めてな気がしないや」


 それは当然であろう。

 真咲嬢はすでに生体ダンジョンコアとなっているのだ。


 吾輩とも深い部分で魔力的な繋がりを得ている。

 それを絆と呼ぶか魔力供給路と呼ぶかは人によりけりだろうが、吾輩は絆と呼びたい。


「確か、守護獣って名前をつけることで名付け親との契約が成立するんだよね?」


 その通りである。

 そして、真咲嬢と吾輩の関係性についても、それは何ら変わらない。


 彼女と吾輩の今の関係性は、魔力供給源と供給を受けるボスモンスターでしかない。

 だが、ここで真咲嬢が吾輩に名前をつければ、その瞬間『契約』は成立する。


 我らはモンスター。

 本来は主を持たずに、己の思うがままに振る舞う魔性である。


 しかし、誰かと通じ合い、名前を与えられることで『契約』を結ぶことができる。

 名前を与えた者は、そのモンスターに守られるべき存在となる。

 その一方で、自らの名前を得たモンスターは明確な自我に目覚め、強い力を得られる。


 ダンジョンの中で名無しのまま自我を持てるのは、ボスモンスターだけである。

 だから、ウチには吾輩と遊んでくれる相手がいないのだ。何と嘆かわしい。


 ポツィのヤツが自らに名前をつけてしまったのも無意識化に自我を求めてのことだ。

 あやつも、名無しだった頃は今ほどクソ生意気ではなかったからなー。


「ん~~~~……」


 真咲嬢が、吾輩を抱き上げたまま悩むように唸る。


「わたしを助けてくれた、茶トラの猫ちゃん……」


 はい、吾輩、茶トラのオスのダンジョン猫と申します。名前はまだない。


「う~ん、茶トラちゃん、茶トラちゃん、助けてくれた茶トラちゃん……」


 真咲嬢を懐に抱きしめ、真咲嬢は深く考え込み始める。

 むむッ、硬いレザーアーマーの下にかすかながら感じられるふくよかなるもの。


 玉響真咲、実は顔だけでなく、プロポーションも優れているだと……!?

 こ、これは何たることだ。

 ビジュアルのよさに留まることなく、さらに隠れナイスバディとは!


 どんどんと、真咲嬢がつよつよ探索者になるためのピースが揃っていく。

 しかも、才能の片鱗を感じさせるのはそれだけではない。


 彼女の行動力と大胆さも、なかなかバカにはできない。

 駆け出しのぺーぺーなのにこのクソダンジョンに来ている時点で、相当に大胆である。


 その胆力は、一見すれば無謀さと隣り合わせではあろう。

 事実、吾輩がいなければ彼女は死んでいた。それは確実であった。


 だがこうして、彼女は吾輩を抱きしめている。見事に生き延びたからだ。

 結果論ではあるが、その結果へと繋がったのは真咲嬢の無謀さがあってのこと。


 成功へと至るために最も必要なモノ。

 それは『運』。

 玉響真咲には『運』を引き寄せ、掴み取る力がある。吾輩はそう感じた。


 ああ、玉響真咲よ、君は何という少女なのだ。

 君の腕の中にいる吾輩は、今、可能性しか感じていないぞ。君こそは未完の大器よ!

 と、そんな風に軽く浸っていたら――、


「うんッ、決めた!」


 真咲嬢が声を張り上げ、吾輩に顔を近づける。お鼻とお鼻がぴったんこ。


「わたしを助けてくれたから、今日からきみは『タスケ』だ!」


 ……タスケ。


 それが、吾輩の名前であるか。

 素晴らしい。何と素晴らしい名前だ。


 溢れるセンスが虹の如く煌めいているようではないか。

 うむ、気に入ったぞ、真咲嬢。

 今、この瞬間から、名無しであった吾輩はダンジョン猫のタスケとなったのだ!


「あ、すごい。感じる。タスケとわたし、何か繋がってるのがわかるよ……!」


 吾輩と真咲嬢は互いに淡い光に包まれる。

 これこそ『契約』が成立した証である。吾輩はこれより玉響真咲の飼い猫タスケだ。


『ま、よかったんじゃないですかぁ~?』


 このタイミングで、ポツィが吾輩に念話を送ってくる。


『私より先に飼い主見つけるとか、猫のクセに生意気な』


 ニャッフフ、随分とつっけんどんな物言いをするではないか、この中ボス。

 だが感じるぞ、吾輩、感じちゃってるぞぉ~。


『貴様、そんなに悔しいか? ん? ん? 飼い猫になった吾輩が羨ましいか~?』

『ちょっと『契約』結んだからって、ちょーし乗ってんじゃねーですよ?』


 うわ、ダンジョン犬さん、怖いにゃ~ん!


『このバカボス、腹立つわ~!』

『拗ねるな拗ねるな。ダンジョンの運営は任せるぞ。たまには戻ってくるからな』

『当分、帰ってこなくていいですよ。どうせ誰も来やしませんって』


 言いよるわ。

 しかし、ボスモンスターが留守してる最高難易度ダンジョンか。前代未聞だな。


『人に飼われるボスモンスターがすでに前代未聞でしょ。何言ってるんですか』


 いちいち突っかかってくるクソ生意気な中ボスに、吾輩はニヤリと笑って言ってやる。


『貴様もいずれは誰かに飼われてみるといいぞ』

『うるさいんですよ! このなまけボスニャンコが! ……いってらっしゃいませ』

『ああ。ちょっとチヤホヤされてくる』


 こうして、吾輩は玉響真咲と『契約』を結び、ダンジョンの外に出ていった。

 吾輩はダンジョン猫である。名前は、タスケという。

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