第3話 唯一無二にゃる吾輩の秘策
間に合わんかったー。
『ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~…………』
変な声出しつつ、空中を漂っているファントム。
そして、その下で地面に横たわってピクリとも動かない真咲嬢。
「んみゃんッ!」
『あふん』
吾輩、ファントムを一喝して消滅させ、すぐさま真咲嬢のもとにテテテと駆け寄る。
微塵も動かない彼女の体を肉球でテシテシ。
……あ、生きてる。
一応、生きてはいる。
しかしながら、生命力のほとんどをファントムに吸い尽くされている。
これは、正確には『死にかけている』であるな。
彼女の命は回復しない。自然治癒力が発揮されるほどの生命力も残されていない。
このまま何もしなければ、彼女は死ぬ。間違いなく死ぬ。
唯一の救いは、その死に様が配信に載らないことだ。
ダンジョン内での動画撮影、生配信は『機材術式』の魔法によって行なわれる。
設定さえしておけば、あとは魔力の続く限り自動で働くのがこの魔法の特徴だ。
魔力がなくなるか、術者の意識が途切れればこの魔法も消失する。
Bowtubeでの生配信も、彼女が気絶した時点で切れているはずである。
吾輩が来た以上、真咲嬢の周りにモンスターが近づくことはなくなった。
しかし、彼女はほどなく死ぬ。
駆け出しの身で最高難易度ダンジョンに来てしまった以上、これは半ば必然の結果。
だが、ダンジョン内で死んだのならば、蘇生は可能だ。
そのための保険に加入していれば、死んだ直後に専用の病院に転移できる。
真咲嬢はそれに入っている。
だからウチに来たのだと、吾輩はそう思っていたが――、
「……にゃ~ん?」
あ、入ってないわ、これ。
吾輩のダンジョン猫アイは全ての魔力を見通す不思議なおめめ。
それでわかった。
今の真咲嬢には一切、何の魔力も働いていない。
保険に加入しているなら転移発動用の魔力が働いているはずだが、その気配もない。
何てこった、真咲嬢は保険に加入せずにここに来たのか。さすがに無謀ぞ。
このままでは、この少女は蘇生されずに終わってしまう。
蘇生可能なのは死後24時間以内と聞く。死んだ直後に転移するのはそのためだ。
真咲嬢は死ぬ。
そして、誰かが助けない限り、24時間が経過して彼女は蘇生不可能となる。
目立ちたいからと、身の丈に合わないダンジョンに突入して、破滅する。
それは、どのダンジョンでも起こりうるありふれた悲劇だ。
日本全国に存在する全てのダンジョンで発生しうる、愚か者の末路だ。
玉響真咲も、そうした『よくある死に方』をしただけの愚物の一人にすぎない。
それは確かにその通りであろう。しかし、しかしだ……!
『おい、ダンジョン犬』
吾輩は、最下層にいるはずのポツィに念話を送る。
『はいはい! 何ですかダンジョン猫様! こちら、あんたがだらけてる分まで仕事してる忠実にして勤勉な中ボスのダンジョン犬のポツィさんですけど!』
『そんなにキレるな。ダンジョン内での仕事など、ほとんどなかろうが』
『最下層でモンスターの乱闘が発生してるんですけど~!』
『放っておけ、どれかがくたばったところで魔力に還元されて別個体で新生する』
ポツィのヤツは犬なのもあってか、何故か無駄に仕事を頑張ろうとする。
それが必要でも不要でも、自分が仕事だと思ったことはこなさずにはいられない。
真面目といえば真面目なのだろうが、吾輩から見るとワーカーホリックぞ。
だが、今はポツィの事情などどうでもよろしいのだ。
『ところでポツィよ、吾輩、今現在地下一階にいる』
『存じてますけど、それが?』
『吾輩の前に、探索者が倒れている。駆け出しの少女だ』
『えッ、二か月ぶりに来たんですか!? ……って、倒れてる?』
『うむ。ファントムに憑依されて生命力を吸われ尽くしてな』
『あ~らら、ファントム程度にやられるよわよわですか~』
『うむ』
そこでうなずく吾輩に、ポツィは何かを感じ取ったらしく、声をひそめて尋ねる。
『……ちょっと、ダンジョン猫様。あんた、何考えてるんです?』
『ニャッフフ、さすがは我が中ボスと書いて腹心、鋭いな』
『ちょっと、変なこと考えてないでしょうね……?』
『吾輩、この少女を飼い主として、ダンジョンの外に出るぞ。飼い猫になる!』
『見事に変なこと考えてたァ――――ッ!』
失礼な中ボスめ。これぞまさに奇貨。降って湧いた幸運とわからぬか。
吾輩は、玉響真咲嬢を飼い主とすることで、念願の飼い猫デビューを果たすのだ!
『え、でもドラゴンの群れを突破できるような探索者じゃないとダメなんじゃ……?』
『そうだな、前までは吾輩もそのように考えていた』
最高に可愛い吾輩を飼う以上、飼い主もまた最高であらねばならない。
二か月前のあの日まで、確かにそう考えていた。
『だがな、ポツィよ。吾輩は思ったのだ』
『な、何をです……?』
『在野に最高の飼い主がいないなら、吾輩の手で最高にしてしまえばよいではないか』
『え? あの、ちょっと、私、猛烈にイヤな予感がするんですけど……?』
『なかなかによき勘働きであるな。その感覚を大事にせよ、ポツィ』
『あんた、何する気なんです……!?』
このダンジョンに住まう者として、ポツィの勘の鋭さは実に頼もしい。
しかし、それはそれ。これはこれである。そんなもので吾輩を止めることはできん!
『これより、玉響真咲を生体ダンジョンコアに造り変えるッッ!』
『な――』
絶句するポツィ。吾輩の狙いがわかったのだろう。
『あんたがさっき言ってた準備って、まさか、それなんですかッ!?』
そうよ、これこそが吾輩が外に出ても圧倒的実力を失わぬ唯一にして無二なる手段。
『ダンジョンコアからの魔力供給が途絶えて吾輩がただの猫になるならば、吾輩のすぐ近くにダンジョンコアを置けばいいのだ! それこそ即ち、我が飼い主よ!』
『そ、そんなアホなコトを……』
『アホなものか。吾輩が生体ダンジョンコアをそばに置いておけば、万が一ダンジョンが攻略されてコアが破壊されても、吾輩も貴様も消えずにすむのだぞ!』
『あ、そっか……、予備のコアがあれば……!』
そういうことである。
ついでに、これによってポツィは我が策略を止めることができなくなった。
『な、なかなかとんでもないコトを考えますね、ダンジョン猫様……』
『ニャッフッフ~、そうであろう、そうであろう?』
よいのであるぞ?
もっともっと、称賛と礼賛と賛美と、あと万歳三唱とかしてもよいのであるぞ?
『コアがなくなっても、予備のコアがあればダンジョン再建もできますね』
『はぁ~~ん!? にゃんだァ、貴様、我が飼い主に人じゃなくなれってのかァ~?』
『今まさにその飼い主を人じゃないモノにしようとしてるあんたが怒んなよ!?』
『順序が逆だぞ、ポツィ。彼女は人ではなくなることで、吾輩の飼い主となる資格を得るのだ。そこを勘違いされては困るというものだが、貴様には少し難しかったか?』
にゃふふん。やはりワンコにはわかりづらかったかな~、ワンコには。
『ホント、ちょっと感心すればすぐこれだよ! 理不尽だなァ!? これだから猫は! もう、さっさとやっちゃってダンジョン出ていけばいいんじゃないですか!』
言われんでも、そうするとも。
吾輩は頭上に莫大な量の魔力を収束させ、黒き太陽とも呼ぶべきものを形成する。
直径は優に10mを越えている。
吾輩の魔力の九割を用いた、生体情報を上書きする転生魔法である。
さぁ、玉響真咲よ。
このまま愚かな木っ端探索者として死にゆく君を、吾輩が救ってやろう。
君は、この魔法によって生まれ変わるのだ。
強大な力を宿した生体ダンジョンコアとして。そして、我が飼い主として。
そして、今日から君と吾輩とで共に歩もうではないか。
世界最高にチヤホヤされるための、約束された栄光のロードをッッ!
「にゃんにゃにゃあああああァァァァァァァァ~~~~んッッ!」
意訳:我が飼い主となるのだ、玉響真咲よォ~~~~ッッ!