第1話 吾輩はダンジョン猫である
吾輩はダンジョン猫である。名前はまだない。
しいていうなら『ダンジョン猫』というのが吾輩の名前である。種族名だが。
見た目は体小さめの茶トラ模様の一歳オスである。
何という恵まれた容姿であろうか。茶トラ模様が実に猫的である。あいむにゃんこ。
ここは、日本とかいう国のクソ地方のド田舎にあるダンジョンである。
大体一年前、吾輩はこのダンジョンと共に生まれた。
吾輩はこのダンジョンのボスモンスターである。
本来であればダンジョンの最下層にて探索者を待ち構えねばならぬ。
しかし吾輩は同時に猫でもある。
そんなめんどくさくてかったるいことは、到底やってられないのであった。
そもそも、定位置で待たねばならぬというのが気に食わん。
吾輩はダンジョンボスである。このダンジョンで一番偉いのである。
なのに何だ、待ってなきゃいけないって。
誰がそんなことを吾輩に命じたのだ。気に食わん。すこぶる気に食わん。
神か魔王かは知らんが、頭ごなしにやれと言われたことなどやってたまるか。
吾輩、猫ぞ。
気高く肉食獣にして、丸く小さく愛くるしき生まれつきの覇権マスコット、猫ぞ!
しかもただの猫ではない。ダンジョン猫である!
吾輩、肉体の構造上人語は喋れぬが、聞き取って理解することはできるのだ。
さらには、ダンジョンの外に飛び交う様々な情報をキャッチできるのだ。
何せ吾輩は猫にしてボスモンスターであるからして。ドヤ~ん。
この小さき体に宿る無限の魔力によって、吾輩はダンジョン外の様子を観察できる。
今は二十一世紀、令和の世。
日本をはじめとする世界各国にダンジョンが存在する、大ダンジョン社会。
何故、ダンジョンがあるのかなど知らぬ。
吾輩は猫なのだから、自分が生まれる前の出来事など微塵も興味ない。
ダンジョンがあり、吾輩がいる。
それこそが吾輩の全てであり、そして、吾輩を苛む退屈の根源なのである。
そう、吾輩は退屈している。
とても、退屈している。
吾輩がいるダンジョンは深く、広く、お散歩するには困らない。
――だが、遊んでくれる相手がいないのである!
このダンジョンに存在するモンスターは全て吾輩のしもべである。
中にはドラゴンやらデーモンやら、高位に分類されるモンスターもいたりはする。
しかし、その全てがバカなのだ。
所詮はモンスターはモンスターでしかなく、ドラゴンなんてただのデケェトカゲだ。
吾輩はダンジョン猫である。
だから遊びたいんだよ! 構ってほしいんだよ! 吾輩だけを見てほしいの!
しかし、それを訴えてもだ~っれも理解しやしないのである。
加えてモンスター共は全て吾輩の配下である。
そのため、全員がボスである吾輩に対し本能的な畏怖と畏敬を心に刻んでいる。
これじゃあ追いかけっこもできやしねぇ!
ちょっと追いかけただけで泣くな、ドラゴン! それでもつよつよモンスターか!?
一応中ボスモンスターもいる。
そやつとだけは会話が成り立つが、しかし、吾輩とは全くソリが合わんのだ。
と、いうワケで吾輩はダンジョンの中でず~~~~っと寝ている。
だって他にすることがないのだ。寝る子と書いてネコと読む。吾輩、悪くないモン!
ダンジョンのあらゆる場所を寝尽くした吾輩は、もはや寝心地レビュアーである。
だが残念ながら、このダンジョン内には吾輩が満足する寝場所はない。
甘く見積もっても、レビュアーとしては100点満点で70点が限界なのだ。
それもまた吾輩がこのダンジョンに嫌気が差している理由の一つである。
吾輩がこの世に生を受けて一年。
やることもなくひたすら寝てる吾輩の中に、最近、新たに一つの欲求が生まれた。
……飼い猫になりたい。
吾輩は、究極につよつよなボスモンスターである。
ゆえにダンジョンの外にある人間共の社会についても常に情報を集めている。
そんな中、ここ三か月のマイブームは動画を見ることだった。
空間を飛ぶ電波を受信し、人間共が見ているネット動画とやらを盗み見ているのだ。
何もしないでも、視聴していれば様々な情報が飛び込んでくる。
これは、なかなか優れた娯楽だった。人間の文明も捨てたモノではない。
吾輩が主に見る動画ジャンルは二つ。
それが人に飼われている動物の動画と、ダンジョンの攻略生配信だ。
前者は、外の猫共の暮らしぶりが気になって見始めた。
後者は、人間がダンジョンに立ち向かう様子に興味を持って見始めた。
結果、吾輩の中に宿ったのは、羨望。嫉妬。羨望。嫉妬! 羨望ッ! 嫉妬ッッ!
外の世界の猫共に対して、尽きえぬ嫉妬が果てぬ憎悪となって膨れ上がる!
何故だッッ!
何故、外の猫共の方が吾輩よりも明らかに気楽で優雅な暮らしをしているのだッ!?
連中、ただの猫であるぞ?
対して吾輩、最強の肉体と無限の魔力と最カワの容姿を持つダンジョン猫ぞ!
どう考えても、吾輩の方が上位互換ではないか!
なのに生活環境は吾輩の方が圧ッッッッ倒的に下位互換! 下位! 互換ッッ!
この甚だしい環境格差は何なのだ。愛され度合いに至っては比較もできぬ。
な、な、納得がゆかぬ……ッ!
いや、いや、まだそれだけなら羨望は生じれども嫉妬には至らぬ。
問題は、ダンジョン攻略生配信の方なのだ!
ペットと一緒のモフモフ攻略配信だとォォォォォォォォォォォォ~~~~ッ!?
最近、ダンジョン探索者の間でペット連れソロ攻略が流行っているらしい。
もちろん、連れていくのはただのペットではない。
世間では守護獣などと呼ばれている、人類友好種モンスターである。
連中、普段は小さいモフモフだが、戦闘となれば本性を表す擬態の使い手だ。
つまり、ニセモノなんだよ、ニセモノ!
そのモフモフ、本物のモフモフじゃないぞ! 看板に偽りありだぞ、人間共ォ!
それなのに、これがまぁ、チヤホヤされおってからに!
守護獣が何かアクションを起こすたび、爆速と化すコメント欄。飛び交うスパチャ。
あああああああああああああああああああああ! 腹立たしや! 憎々しや!
貴様ら程度がそこまで愛されるなら、吾輩なんて百億倍は可愛がられて当然ぞッ!
……飼われたい。
最近、とみにそう思うようになっている吾輩である。
ダンジョンボスの座など適当に誰かに投げて、吾輩はどこかで飼い猫になりたい。
そして、今の知能と実力を保ったまま、バカな人間にクソ甘やかされたい。
何の苦労もなく、一切の危険もなく、メシも遊びも保証された環境に身を置きたい。
吾輩にはそれが許されるべきではないか。
何故なら、吾輩はダンジョン猫。可愛いだけでなく強い上に頭もいい。
愛玩家畜としてはこれ以上なく理想の存在ではないか。
その吾輩に相応しい環境を、誰か、吾輩のために用意するべきではないか?
何故無能な猫共や、ニセモフモフ共ばかりが愛され続けているのだ。理解ができん!
全く、世の中は不条理と理不尽を煮詰めた地獄の如き場所よ。
あ~~、ここの寝心地、53点……。
『……相変わらず世の中ナメてますねぇ、ダンジョン猫様』
突然届く魔力念話。
それは、このダンジョンで唯一、吾輩以外に人語を解するモンスターからだった。
『何か用か、ダンジョン犬よ』
『ポツィです。ポツィ。中ボスモンスターのダンジョン犬のポツィです』
『自分で自分に名前をつけるとか、貴様、むなしくはならんのか?』
名前って、誰かにつけてもらうものであろう。
『うるさいですよ、自分で気に入ってるんだからいいでしょうが』
『そうか。まぁ、貴様がそう言うなら吾輩は何も言わぬが……。で、何事だ?』
『何事だ、じゃなくて……。いい加減、モンスターの配置を直してくださいよッ!』
ああ、何だ。またその件か。
全く何度も何度も、しつこいヤツだな、この柴犬型中ボスは。
『ちょっと入り口付近にエンシェントドラゴンの群れを配置しただけではないか。それの何が悪い? 有能な探索者であれば凌げる程度の戦力であろうがよ』
『あんたのいう有能は『歴史に名を遺すレベルの探索者』でしょうが! ハードル高すぎなんですよ! 本来の配置は最下層でしょ、そのドラゴン達は!』
あ~あ~あ~あ~、聞こえん聞こえん、聞こえんなぁ~~~~!
『ちょっと、ダンジョン猫様! 聞こえないフリしてんじゃねぇぞ、茶トラ!』
『茶トラの何が悪い! この丸まり尻尾め! 貴様の体毛、ゴワゴワなんだよッ!』
『ワァ~~ンですってぇ~~~~?』
『にゃあァ~ン? にゃんのか、貴様ァ~~~~?』
本ッ当~~に、こいつは合わぬ! 吾輩、こいつだけは致命的に合わぬ!
『何で入り口すぐそばに最上位のドラゴン配置しちゃうかなぁ~……?』
ポツィの困ったような念話が届く。
愚かな、そんなこともわからんとは。全くもって、愚かな。
『決まっておろうよ』
仕方がないから、吾輩はこの愚かで無知蒙昧な中ボスに深淵たる我が目的を教えた。
『無論、吾輩の飼い主になるに相応しい人間を選抜するためよォ~~~~!』
吾輩は人に飼われたい。
しかし、飼うのがただの人間では吾輩の格に釣り合わぬこと、これ必定。
最高の環境と、そして、最高の飼い主。
せめて、そのくらいは用意してもらわねば、我も飼われてはやれんなぁ~。
そして最高の飼い主ともなれば、エンシェントドラゴン程度は軽くあしらえるはず。
たったそれだけの、非常に軽くてゆるく、簡単で明瞭で、易しい条件ではないか。
『…………』
が、返ってきたのは何か冷たい感じの無言だった。
呆れの気配だけが、ありありと伝わってくる。
『おい、何だその『こいつ、マジどうしょもねぇな~』という感じの沈黙は?』
『こいつ、マジどうしょもねぇな~』
『吾輩に言い当てられたからって、抑揚のない声でそのまま読み上げるな!』
ゆっくりか、貴様!
『ダンジョン猫様』
と、ダンジョン犬のポツィが何やら改まった様子で吾輩に呼びかけてくる。
『あんたは日がな一日ず~っと動画ばっか見てたから知らんでしょうけどねぇ……』
『な、何だ……?』
『あんたがやったいらん配置換えのおかげで、このダンジョン、先日めでたく『難易度ランクSSS』に認定されましたよ。国内で四例目です。おめでとうございます』
『ほぉ、世界ダンジョン協会が定める最高難易度だな。……それが?』
『人が来なくなりますよ』
『へ?』
『ただでさえ交通の便が悪いド田舎の山奥の、しかも最高難易度ダンジョンなんて、誰も攻略しようなんて思いませんよ。今よりもっと人が来なくなりますよ』
『今より、もっと……?』
あれ、今って、月に何人くらい探索者来てたっけ?
『ちなみに先月の攻略挑戦者、五人です』
『ご、五ッ!?』
たったの、五ッッ!!?
『先々月が七人です』
『な、なな、ななななな……!』
『人数ですか、ビックリですか?』
両方に決まってんだろ!
『言っときますけど、今後はもっと減りますよ。間違いなくゼロです、ゼロ!』
『ゼロォォォォォォォォォォォォォォォォ!!?』
そ、そ、そ、そんなバカなッ!? それでは、そ、それでは……!
『吾輩の飼い主はどうなるというんだァァァァァ~~~~!?』
『自業自得ですよ。このバカボスニャンコ!』
「ニャアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ~~~~ンッッ!?」
深い深い地の底に、可愛らしい吾輩の悲鳴がこだましたのであった。