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あのころとおんなじだ


「遊びにって……あの……」


「ちょっとだけ、ちょっとだけだからー」


 私の精神状態的にそんな余裕はなかったし、美里ちゃんも四ツ足さんとのことを知ってるはずなのに。ゴールデンウィークで忘れてしまったんだろうか。私はとりあえず断ろうと思ったけど、結局美里ちゃんの強引さに負けてついていくことになってしまった。


 適当な服に、白い春物のカーディガンを羽織って自分の自転車に乗る。久しぶりに浴びた太陽の光はあの子の笑顔を思い出させて、私の心を照らすなんてことはなく逆に影を落とすみたいだった。


「……それで美里ちゃん、どこ行くの?」


「ん、スーパー。こっから30分くらい先の」 


「す、すーぱー?」


 田舎の中学生とはいえ、そんなとこに遊びに行くためにわざわざ私を誘ったんだろうか。しかもそんな遠くに、スーパーなんて私の家の近くにもあるのに。


 私の気を紛らわそうとしてくれてるとするなら、悪いけど見当違いだ。そんなことで心が晴れるわけない。


 とはいっても付いてきてしまった以上今更帰ると言い出せなくて、しょうがなくペダルを踏んで前を走る美里ちゃんを追った。


 *


「小実ー。今日日曜でしょー? お母さんいつも通り出かけるから買い物行ってきてー」


 階段からお母さんの呼ぶ声が聞こえて、わたしはカーペットにひっくり返って固く閉じていた目を開けた。寝てたわけじゃない。むしろこのゴールデンウィーク中、熟睡できたことなんてなかった。


 思うのは漆さんのこと。2週間彼女と会っていなくても。結局学校を休んでも、漆さんの机を全然運べていなくても、思うのはあの子のことばかりだった。


「えー、お母さんがいけばいいじゃん」


「出かけるって言ってるでしょーが。ほら、はーやーくー」


 ぶつくさ言ってみるけど、扉の向こうから怒られて黙る。吉井さんには話したかな? お母さんは毎週日曜のお昼に出かけるから、わたしが買い物に行くのがルールになってるのだ。


 吉井さん、か。漆さんと楽し気に話していたあの姿が思い浮かんでお腹が痛くなる。本当は買い物なんて行きたくなかった。でも、学校を2日休んだ挙句ゴールデンウィーク中全く家から出なかった我が一人娘を見てお母さんがどう思うかはなんとなく分かる。なのでせめてでも、と重い腰を上げた。


 ここから自転車で5分もかからないところにあるスーパーだ。すぐ帰って家に引きこもってればいい。漆さんを傷つけて、なおも彼女から逃げてるわたしにはそれがお似合いだと思うから。


 *


「ふー、着いた着いた。あ、千草ちゃんそこで待っててねー」


「…………」


 30分かけてほんとにやってきたところは何の変哲もないスーパーだった。自転車を止めた後何故か駐輪場を1周して知らない人の自転車を物色してる美里ちゃんを唖然と見ながら私は立ち尽くしていた。


「よーし、じゃあ行こ行こー」


「美里ちゃん……ほんとにここで遊ぶの……?」

 

 しばらくして戻ってきた美里ちゃんは、朗らかに言って私の背中をぐいぐい押してきた。何がそこまでこの子を駆り立てるんだろう。私はため息を付きながら入口の自動ドアまで歩く。


 と、不意に後ろの美里ちゃんが立ち止まった。スーパーの店内まであと3歩ほどだっていうのに。


「……ごめんね、千草ちゃん」


「え? なんで――」


 なぜか囁いた美里ちゃんが発した言葉は謝罪で。私は訳も分からずに振り返る。


「ほんとはこんな荒療治、するべきじゃないんだろうけどさ。でも、そうでもしないとあんたら勝手に誤解して勝手に悩んで勝手に終わっちゃいそうだったから」


 つい、と背中に添えられた手に力が籠る。そのまま美里ちゃんは私を軽く突き飛ばしたのだ。結果的に私はよろけて店内へ入ってしまう。


「ちょ、美里ちゃん――?」


 自動ドアのガラス越しに何やってんだこの子とばかりに美里ちゃんを見ると、彼女は眼鏡の奥の鋭い瞳で、こちらへ強い視線を送っていた。


「んじゃね。()()()()()()()()

 

 言うなり、なんと美里ちゃんは出口に向かって駆け出す。しかもそのまま自分の自転車に飛び乗ってどこかへ走り去ってしまった。


「え、ええええええ……?」


 ほんとに何がしたいんだあの子は。急に家に来たときから美里ちゃんのやってることが全く理解できない。どうしようか迷うけど、別にスーパーに用事があるわけでもない。私も帰っていいの? と出口へと歩こうとする――。


 そのときだった。


「え……うるしさん……?」


 どこかで聞いた声。いや、忘れるはずもない声。そんな声が急に後ろから聞こえてきて、振り返る。


 目をまんまるにして私を見上げる、おさげ髪で背の小さい女の子がいた。


「よつあし……さん……」


 あっという間に、世界が彼女だけになった。


 *


 最初は人違いだと思った。わたしが漆さんのことを考えすぎていて、知らない女の子のことを漆さんだと認識してるんじゃないかって。だって漆さんがこんなとこのスーパーまで来るわけがないんだし。


 でも、どう見てもその後ろ姿はいつも見ていた漆さんで。わたしは口を滑らせるみたいに声をかけてしまった。


 少女はわたしの声に錆びついたロボットのように振り返る。


「よつあし……さん……」


 その透き通ったミネラルウォーターみたいな声も、前髪を分けてるヘアピンも、顔も瞳も唇も細身な身体も、色が違うけど私服でも着てるカーディガンも。どこもかしこも紛れもなく漆さんだった。


 うれしい。ほっとする。でも苦しい。胸が捻じれてきゅうっと締まる。


 でも、どうしよう。喉がからっからになって、言葉に詰まる。漆さんも何も言わずそのまま突っ立っていたけど――。


「あ……あれ……? なんで……」


 ぼろぼろって。急に漆さんと大きな瞳から涙がこぼれてスーパーの床を濡らした。そのまま漆さんはしゃがみこむようにして、自分の顔を片手で覆った。


「う……うるしさん……!? おちついて……」


 わたしは思わず彼女に駆け寄ってしゃがんで、背中をさすろうとして――その手を引っ込めた。わたしが嫌いすぎてもし泣いたのなら触られたくないに決まってる。


「ごめんなさい……。でも……わ、わたし……わたし……よつあしさんに言わなきゃいけないことがあるの……。どこか……ふたりっきりで話せるとこ……ない……?」


 漆さんはときおりしゃくりあげながら、わたしに向かってそう言った。お前のことが嫌いだ。とか一生近づくな、とかその内容で思い浮かぶことはいっぱいあったけど。そんなこと忘れてしまう。触られたくないだろうとか思ったこともどっか行った。


 わたしはバカだから。こういうとき考える間もなく動いちゃうんだ。


 漆さんの手を取って、なんとか立ち上がらせる。そのまま手を引いて駐輪場まで。わたしの自転車の鍵を開けて跨って――、彼女に手を伸ばす。


「後ろ乗って、漆さん!」


「え……」


「わたしんち、行こう! すぐそこだし、今誰もいないから!」


「……!」

 

 漆さん漆さんは涙をぬぐいながら困惑したように呟いたけど、すぐにぎこちなく自転車の荷台に跨った。


「頼んないかもだけどさ、わたしの腰持っててね。あとスカート巻き込まれないように気ぃ付けて、ね!」


「……ありがとう。やっぱり優しいね、よつあしさんは」


 小さな声が初夏の風に乗ってわたしの耳まで届いて、染み渡っていく。背に触れた手が腰に回されて、漆さんはわたしにぴったりと身を寄せた。


「そんなこと、ないよ……。それより漆さん。行くね」


「……うん」


 胸がはちきれそうだった。表現ができないけど溢れてくる、漆さんが。あんなことをしておいて、まだ謝れてないのに。吉井さんと付き合ってるはずなのに。2週間ぶりに再会してもわたしの心は全然変わっていなかった。


 ペダルを踏みながら思う。彼女のぬくもりを感じながら思う。


 まだわたし、漆さんが好きなんだ。


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