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いつか魔王になろう!  作者: Red/春日玲音
第一章 魔王になろう
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異世界転生⁉

導入部分なので、プロローグとがらりと世界観が変わります。

 「っつ!」


躱したと思った爪の先が腕を抉る。武器を落としそうになるが気力で耐える。

攻撃の後の一瞬のスキを見逃してはいけない。


ここだ!

「セイクリッド・ブルーソード!」

相手の攻撃に合わせてカウンターを放つ。

クリティカルの表示が出て、相手は硬直する。追撃のチャンスだ。


「セイクリッド・レッドソード!」

俺は逆の手に持った武器で、さらに必殺技を放つ。

普通ならこれで終わりだが、今相手にしているのは古のドラゴンだ。中々倒れてくれない。

一旦下がって、距離を取る。古のドラゴンといえども先ほどの連撃はかなり効いたようだ。あと1撃を与えれば倒すことができるだろう。


俺は繰り出される尻尾攻撃をかわしながら最後の一撃のためのエナジーをチャージしていく。


「あとは任せて!ラストアタックもらいっ!」

突然俺の後ろから飛び出していく巫女装束の女の子。

体に似合わない大きなメイスを振りかざして突っ込んでいく。


「バカッ!止せ。まだ早い!」


ドラゴンの頭がこっちを向いている。ブレスを吐く直前行動だ。

ブレスを吐かれる前に倒せると思っているのか、もしくは気づいていないのか。

どちらにしてもあのタイミングでは間に合わない。このままではブレスに焼かれてやられてしまうだろう。


「チッ!間に合うか?セイクリッドカウンターシールド!」


俺はチャージをやめて彼女の前に聖なる盾を呼び出す。

盾が生成されると同時にドラゴンのブレスが吐かれる。


ギリギリ間に合ったが、ドラゴンも最後の力を振り絞っているのだろう。すごい力でブレスが押し寄せてくる。チャージ途中のエナジー残量で最後まで持つかどうか。


盾を維持しながら、巫女装束の女の子にメッセージを飛ばす。


「カナ!今のうちにスキルチャージをして、ブレスが止むと同時にぶち込め!俺の方は盾を維持するだけで一杯だ。」


「了解!任せてっ!」


元気一杯な返事が返ってくる。こっちは盾の維持で一杯だというのに呑気なことだ。


「カナ!そろそろブレスが止むぞ。タイミング合わせて・・・3・2・1・・・」


「ゼロ~!」


 ブレスの終わりとともに盾を解除する。同時にカナが飛び出しドラゴンにファイナルアタックをかける。


 カナの必殺技のエフェクトが画面いっぱいに広がる。これで終わりだろうとは思うが念のためチャージをしておく。ここまで来て反撃を食らったら目も当てられないからな。


 エフェクトの光が収束していく。本来ならここでドラゴンが倒れるはずだが……チッ!やっぱりか。エンシェントはしぶとい。


「ファイナルバニッシュ!」


わずかばかり残ったHPバーを確認して俺は今使える最大威力の技を放つ。

魔力の籠った武器を一つ犠牲にして放つ技だ。必要エナジーは少なくて済むが、犠牲にする武器は最低限レアクラスの物が必要になる。正直痛い出費だが、負けてデスペナ食らうよりはマシだろう。


エフェクトが消えると同時にドラゴンが倒れ、クエスト終了の文字が画面に出る。

ふぅ、何とか終わったか。


 カナに大丈夫かとメッセージを送り、ドラゴンのもとに進む。


 「レイにぃ、ラストアタック持ってくなんてずるい~」


 カナが文句をつけてくる。そうはいっても、あそこでとどめを刺さなければ二人ともやられていただろうに。


 「お前のタイミングの悪さと火力不足に文句を言え。下手したら、今頃はデスペナで泣いていたぞ」


 「うっ。でも火力不足は仕方がないよ。私クレリックだし、火力より女子力にポイント振ってるしぃ」


 「はぁ~、クレリックが前に出るなよ。あと寝言は寝てからな。」


 火力より、女子力って、なんだよそれ・・・


 「レイにぃって、頭いいくせに女心がわかんない人だよねー。今回の装備だって初披露の新作なのにぃ」


 ほらほら、と着ている服を見せる。


 どうやら今回のために新調したらしい。言われてみれば以前の巫女服より、色合いが少し違う気もするが……よくわからん……防御力がなさそうって事だけはわかるが。

 


 カナは、自分で言うように見た目に力を入れてプレイしている。本人曰く「同じプレイするなら可愛いキャラを見ていたいじゃないですか!」とのこと。


 確かに可愛くないよりは可愛い方がいいが、見た目重視で火属性攻撃のモンスター相手に火属性弱点の衣装を着て来た時には本気でどうしようかと思う。


 本人は「やられる前にやっちゃえば問題ないと思うよ」と言っているが彼女のジョブはヒーラー、つまり負担は全部俺に来るわけで……。


 「レイにぃ、今日も飛ばしてたもんね~。なんだっけ・せい・・・セイクリッドなんちゃらとか、ノリノリだねぇ。」


 カナが、からかうように言ってくる。戦闘中必殺技を出した時の事を言ってるに違いないが、あれは仕方がないのだ。


 このゲームでは必殺技に名前を付けることが出来る。また発動時にセリフを付けることも。

 始めた頃、その場のノリと勢いで付けたものが未だに残っている。当時は、必殺技を繰り出すときは技名を叫ぶのがかっこいいと思って一生懸命に考えて付けたのだが……、黒歴史として封印したい。


……ただね、変更するにはお金がかかるんだよ・・・。


    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 俺が今プレイしているのは「アルティメットセカンドライフ・オンライン」略して「USO」だ。


USOはMMORPGの草分けともいわれる存在で、30年以上続いている古参のネトゲの一つだ。古いゲーマーからは「始祖」とも呼ばれているが、「マジック&ゾルディック」通称MAZOと呼ばれるもう一つの古参のタイトルとどちらが「始祖」に相応しいかなどと常日頃から議論を醸し出している。


 ……俺にとってはどうでもいいことだ。


 USOは究極のセカンドライフの名を冠している通り、中々にリアルな作りをしている。


 スキル制で、用意されているスキルは100以上あり、スキルの取得によって様々な個性が出る。


 戦闘に明け暮れてもよし、生産で身を立てるもよし、商売して大富豪になるのも、農夫としてのんびり暮らすのもよい。プレイヤーの数だけライフスタイルがあるというのがこのゲームの最大の特徴であり、魅力でもある。



 中学2年の時、PCを手に入れて始めてからもう10年近くになる。

月額2000円かかるこのゲームだが、制限があるものの無課金でもプレイすることはできるので、中学生の少ない小遣いの中でやりくりとかは考えなくてもよかった。


 しかし半年もやっていれば、無課金の制限がきつく行き詰ってくる。そこでお年玉を使って1年分の課金をしたことにより更にハマるようになった。


 1年の課金が切れる頃になると完全に中毒になっていて、平日は夜遅くまで休日は丸一日、空いた時間は常にUSOのことだけを考えていた。自分の人生はUSOの中にあるとさえ思っていた。


 そんなんだから、追加の課金をしようとすると当然親に止められることになる。

受験も控えているため、親の言う事の方が正しいと理解はしても感情は納得できなかった。


 折しもUSOでは大型アップデートをしたばかりだったので尚更だった。

 アップデートの中では3年・5年の長期課金割引などもあり、それに伴うレアアイテム特典もあって、俺の頭の中は、5年課金すれば手に入るアイテムのことだけで一杯になり、必死になって親を説得した。


 5年課金にすれば月当たりに換算すると半額になること、手に入るアイテムでさらに素晴らしいセカンドライフを満喫できること、他人より有利にプレイできることなどを熱弁したが両親の理解を得ることはできなかった。


 当時小学生だった妹だけが「楽しそうでいいなぁ」と興味を示していた。


 結局、県内トップの進学校に入学できるのならUSOを続けてもよいという事で両親との話しに折り合いをつけた。


 両親はどうせ無理だろうと思って出した条件のつもりだったのだろうが、俺にとっては「計画通り」とニヤリと笑いたくなる気分だった。


 結局、世間体が悪くなければ問題ないのだろう。


 条件である県内トップの進学校……瑞龍学園は自宅から最も近く、ゲームに時間を費やしたい俺にとっては優良物件である。


 また、進学校に通う奴らはがり勉に必死で、他人の趣味とかに興味のない奴らばかりだろうから、うざったいコミュニケーションもないだろう。


 ゲームに集中していても、誰も何も気にかけないだろうから気楽だと思う。


 それらの理由により、親に言われるまでもなく狙っていた高校だ。しかも、模試ではA判定を取っているから無茶ぶりというほどのことでもなかった。


 そして、両親の希望通りの高校に入学した俺は約束通り5年の長期課金をしてUSO三昧の高校生活を送ることが出来た。


 今から思えば、なぜそこまで固執していたかわからなくなるが、当時の俺は十分充実した高校生活だったと思う。



 しかし、さすがに長期間プレイしていれば飽きも来る。

 高校卒業してそれなりの大学に入る頃にはUSOにインする時間はかなり減っていた。


 他に面白いタイトルが沢山出てきたのも要因の一つだが、USO自体に飽きてきたという事もあり、色々なタイトルをプレイしては飽きてまたUSOに戻るという感じだった。


 すでに課金はしていなかったが、無課金でもそれなりには遊べるのがUSOのいいところだと思う。

 

 ある日、最近評判の「歌姫」と呼ばれる人気プレイヤーがイベントをすると聞いたので、どんなものか見てみようと久しぶりにインしてみた。


 ……結論から言えば「歌姫」を見ることはできなかった代わりに、カナに出会った。

 


 「おい、なんだよこれ?」


 イベント会場に行ってみたらそこは戦場だった。


 モンスターが湧き出ているわ、プレイヤー同士で魔法を打ち合っているわ、混乱をいいことにPKが出没しているわで混沌としていた。


 何が起こっているかよくわからなかったので、近くのプレイヤーに聞いてみる。


 「あぁ、レモンちゃんに付きまとってるストーカーがいてさ、今日も朝からまとわりついていて、キレたモスクさんが斬りつけたんだ。」


 「いや、モスクさんは悪くないだろ。ムライの奴がやり過ぎ。正直最近のアイツウザ過ぎ。モスクさんじゃなくたってキレるわ。」


 「いやいや、だからって、こんなに人がいるところでの広範囲魔法はやり過ぎじゃない?」


 「ムライがモンスターなんか呼び出すから仕方がないだろ。」


 どうやら、人気の「歌姫」だけに最近はストーカーまがいの粘着プレイヤーに付きまとわれていたらしい。

 今回のイベントに関しても邪魔されつつ何とか実行まで来たものの、開演前の嫌がらせにそばにいたスタッフ役のプレイヤーがキレて、相手はモンスターを召喚して対抗、それに対処しているうちに騒ぎが大きくなり、今の状況になっているという。


 「そっか、ま、よくあることだね。」


 「そういえば、あんた見かけない顔だけど、新人さん?・・・じゃないか。装備を見たところ復帰者かな?」


 「復帰者だよ。久しぶりにインしたんだけどね。それより見かけない顔ってプレイヤー全員知ってるわけじゃないだろうw」


 「いや最近は人減ってきてるし、この町以外に人が集まることがほとんどないんだよ。」


 だから、毎日インしていればそれなりにインしているプレイヤーを覚えるとのことだった。


 「おっと、そろそろこのあたりもヤバいね。普通装備だから、着替えてくるわ。」


 「あぁ、色々情報助かった。またな。」


 最近のアイテムの相場などの情報を聞いていたが、近くまでモンスターが出てくるようになってきたので、移動しようとしたときに一人の女の子キャラがモンスターに襲われているのが目に入る。


 「セイクリッド・カウンターシールド!」


 反射的に、女の子の前に聖なる盾を出現させる。


 「フラッシュ・セイバー!」


 手持ちの武器に光属性をエンチャントする。イベントを見るつもりで来ていたのでまともな装備がないが、あのモンスターぐらいなら、これで十分だろう。


 盾がモンスターを阻んでいる間に駆け寄り、女の子に「逃げろ」と叫ぶ。


 「セイクリッド・レッドソード!」


 刀身に紅い光が重なりモンスターを貫く。それほどレベルが高くなくて助かった。


 俺は元々戦闘向きのキャラじゃないのであまり高レベルだと手に余るのだ。


 「大丈夫か?怪我無いか?」


 モンスターが動かなくなったのを確認し、振り返って女の子に声をかける。


 「あ、ありが・・・あーっ!」


 彼女がいきなり叫んだ。


 「そ、そのブレスレット。『光魔の雫』ですよね。ほしいです。売ってください!3M、いや5M出します!え、少ないですか?でも私復帰したばかりなので10M以上はちょっと・・・」


 「落ち着け!」


 いきなり騒ぎ出した女の子にツッコミを入れる。


 「すー、はぁ~、すー、はぁ~・・・落ち着きました。取り乱してごめんなさい。」


 何とか落ち着いてくれたようだ。


 「それでですね、あなたのしているその腕輪ずっと探していたんです。手に入らないまま一旦辞めることになっちゃったけど、復帰したからには必ず手に入れようと誓ったんです!」


 いや、まだ落ち着いて無い様だ。ここは立ち去るに限る。


 「あぁ~、ソウダネ~。じゃぁまたね~」


 「待ってください!。逃げないでください!」


 立ち去ろうとした俺の腕をつかむ。


 「私何でもしますから~、どんなことでも耐えて見せますから~、見捨てないで~」


 とんでもないことを口走る奴だ。心なしか、周りの視線が痛い。


 これはヤバい。さっきのプレイヤーも全員顔見知りみたいなことを言っていたから、ろくでもない噂が広まるのも早い気がする。


 俺はとっさに彼女の腕をつかむと「帰還《リターン》」と唱えた。



 「帰還《リターン》」は登録してある場所に一瞬で移動できる魔法だ。なので唱えた後場所を指定する必要があるが緊急時には省略することもできる。その場合は自動で初期登録場所への移動となる。


 「へぇー、ここがレイフォードさんのホームなんですね。静かでよいところですねぇ。私プレイヤーホームって初めて見ました。」


 「ん?結構あっちこっちに建ってるだろ?」


 俺の場合「帰還《リターン》」の初期登録は自宅にしているため、彼女を連れてくることになり、プレイヤーホームを見たことがないという彼女は、興味深そうに眺めている。


 「確かに建っていますけど、中まで見せてくれる友達いないですし。」


 「あぁ、確かに最近はホーム建てるプレイヤーは少ないって聞くな」


 プレイヤーホームはその名の通りプレイヤーのための家である。ホームを建てると、アイテムを保管することが出来、外観も内装も自由に変更できるので、一時期は公式がハウジングコンテストまで開くという熱狂ぶりだった。


 ただホーム自体の価格が高く、また内装とか外観を変えるためにはそれなりのアイテムやスキルが必要となり、こだわるとあっという間にお金が無くなるという、運営がお金を回収するためのシステムだったりする。


 結局、アイテムを保管しておくだけなら、街中の宿屋や賃貸マンションの1室を借りても同じなので、今では大手ギルドがお金を出し合ってたまり場的に建てるぐらいらしい。


 「なんか、倉庫みたい」


 「いや、倉庫だし」


 俺は特にハウジングとかには興味なかったが、生産職なので作業する場が欲しくてホームを手に入れたのだ。


 当時の職人仲間の中には立派な『工房』にしたやつもいたが、俺は作業さえできればよかったので、素材をしまう場所と作業ができるだけの広いスペースがあればよかった。


 なので、ここは倉庫で間違いない。


 「えぇー、もったいないー。」


 「カナミさんならどうする?」


 なんか、ハウジングに対して夢がありそうな感じなので聞いてみる。


 「え、私の好きに出来るんですか?うれしいですぅ。あと『カナ』でいいですよ。年上っぽい人にさん付けされると違和感バリバリです!」


 「いや、ホームに興味がないやつらが多いので、聞いてみただけ。ここ変えるのめんどくさいから当面はこのままだな。後、俺のことも『レイ』でいいよ。レイフォードって長くてめんどくさいだろ?」


 「レイさんはめんどくさがり屋さん。あ、私のホームだったら、って話でしたね。」


 カナは少し考えるそぶりを見せてから話し出す。


 「そうですねー,まずは1階をお店風にします。プライベートな部屋は2階にして、1階はみんなが気軽に来れるようにしたいな。」


 「居酒屋でもやるの?」


 USOのプレイスタイルに居酒屋がある。ホームを居酒屋風に作り上げ、料理とお酒を提供し、プレイヤーはそこで店員や他のプレイヤーたちと会話を楽しむのだ。


 実際そこで会話するためだけに続けているプレイヤーも少なからずいるらしい。


 「んー、居酒屋というより、カフェとかギャラリーかな。お茶を飲んでくつろぎながら、飾ってある私のコレクションを見てもらうの・・・そう!コレクションです。その話が途中です。その『光魔の雫』を売ってください。」


 「倉庫にいくつか眠っているから、あげてもいいんだけどね。でもなんでコレなの?腕装備なら『光武』の方が性能いいし、安いでしょ?」


 カナが欲しがっている『光魔の雫』は昔のイベントで手に入れたものだ。イベントアイテムは後々高値で売れるので、当時はイベントを何回も周回してかなりの数を手に入れた。


 しかし、イベント期間が短かったこともあり、参加できずにアイテムを手に入れることが出来なかった数多くのプレイヤーたちのクレームを受け、その後常設クエストボスのドロップアイテムとして復刻することになった。


 ただ、クエストの煩雑さと難易度に対し、割に合わない報酬であること、またその後の他のイベントで『光武』という上位互換の腕装備の小手が出回ったため、今では『手に入りにくい』以外には何の価値もないアイテムだと思う。


 「レイさん、本気で言っているんですか?『光武』なんて可愛さの欠片もないじゃないですか!腕に装備するなら『光魔の雫』一択に決まってますよ!」


 なぜか怒られた。


 その後、見た目重視の必要性や可愛い装備についてのアレコレ等延々と聞かされることになり、光魔の雫を献上することによって難を逃れることが出来た。


 その後も他愛のないおしゃべりを楽しんでいると、カナが「そろそろ帰るね」と言ってきた。


 時間を見ると結構遅い時間だ。


 「あー、ゴメン。つい時間を忘れて引き止めちゃったね」


 「ううん、こちらこそいきなりのお願いでごめんなさい。後、助けてくれてありがとうございました。」


 そういえばモンスターから助けたのがきっかけだったっけ。そのあとのインパクトが強すぎてすっかり忘れていたよ。


 その日はカナとフレンド登録をして別れたが、別れ際の「またレイさんのお話聞きたいです。レアアイテムのこともっと教えてほしいです。」という言葉がなぜか心に残った。


 その後、何度かUSO内で顔を合わせることが多くなり、一緒にプレイしているうちに仲良くなり、今では二人で固定パーティを組むのが当たり前のようになっているわけだが・・・


    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「よし、分かった。これが今回のラストアタックのアイテムだ。後、素材剥ぎを頼んだ。俺は依頼人のところに行ってくる」


 カナに口止め料としてレアアイテムを押し付け、その場から逃げ出すことにした。


 付き合いも長くなってくれば気安くもなり、また、色々なことがバレる事でもある。


出会った当時は『厨二』という言葉は知っていてもあまり理解が出来ていなかったカナも、今では十分理解し、今回のように事ある毎に古傷を抉るようにからかってくる。


 お互い本気じゃないことをわかっているからできるコミュニケーションであり、それを楽しいと感じている自分がいる。それはとても大事なことではないかと思いつつ、意識を今のクエストのことに切り替えた。


 カナは「ドラゴン素材~♪」と呑気に歌いながら素材を剥いでいる。まぁ、任せておけば大丈夫だろう。


 俺は、今回の依頼アイテムである鱗を1枚はぎ取り、素材採集をカナに任せて後ろの建物の中にいる依頼人に声をかける。


「これであと一つでよかったよな?」


「えぇ、今回のエンシェントドラゴンからとれる「古の鱗」で、必要素材は全てそろいましたので、あとは「魔力の泉」で儀式を行うだけですわ。」


微笑みながらそういう彼女に「古の鱗」を渡す。


 「魔女の泉の場所はわかっているのか?」


 「えぇ、大丈夫ですよ、ただ、ちょっと奥深くまで行きますので、エスコートお願いしますね。」


 

「古の儀式の復活を手伝ってほしい」


 彼女…「ミルメ」から受けたクエストの内容だ。

 カナに頼まれた素材を探して市場を見ているときに、突然声を掛けられた。

 それが1週間前のことだった。


    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「んー、なんか怪しくないですかぁ?彼方センパイも知らない人なんでしょ?引き受けたんですか?」


膝の上に置いたランチBOXからサンドイッチを取り出しながら香奈美が聞いてくる。


 「いや、それを相談しようと思ってさ、今夜返事をすることになっている。おっ、これ美味いな。」


 香奈美の用意したサンドイッチをもらいながら答える。


 「一応受けても損はないと思うんだよね。いつかは行こうと思っていた場所もあるし。」


 ミルメが提示してきた条件と、現状を香奈美に伝える。


 カナ…香奈美とは、今ではこうしてリアルでも会う間柄だ。


 きっかけは香奈美が高校に入学したことだった。


 その頃、カナと俺はUSO内でも時々リアルの話をするぐらい仲良くなっていた。実際受験のころにはUSO内で家庭教師みたいなことをしたこともあった。


 高校に受かったと嬉しそうにカナが話すのを聞いてなんとなく既視感を覚えたのだが、その後もカナがの話す高校の描写を聞くたびに益々既視感が強くなっていった。


 「カナ、間違っていたらゴメン、それとこんなこと聞くのはマナー違反かもしれないけど・・・カナの通う高校って瑞龍学園?」


 ある日、思い切ってカナに聞いてみることにした。


 「・・・レイにぃってエスパー?それともストーカー?」


 少しの沈黙の後カナが答える。心なしか緊張している感じだ。


 この頃はカナもかなり打ち解けていて、口調も年相応に砕けてきて「お兄ちゃんみたい」と俺のことを「レイにぃ」と呼ぶようになっていた。俺としては「お兄ちゃん」でもよかったのだが、実妹と混同しそうなのでやめてもらった。


 「いや、ストーカーじゃないし。」


 不名誉な称号をもらいそうなので慌てて否定する。


 「カナが話している内容がさ、身に覚えのあることが多いんだよ。ほら、窓から見える公園の桜並木とか・・・俺も瑞学通ってたから」


 「レイにぃってセンパイだったんだ!頭よさそうとは思っていたけどホントに頭よかったんだね。びっくりだよ。」


 「オィ・・・それって遠回しに自分が頭いいって言ってるぞw」


 「イエイエ、私なんぞは必死にがり勉して、レイにぃに家庭教師までしてもらってギリギリの入学ですからw」


 冗談めかして言っているが、たぶん本音だろう。家庭教師まがいのことをしていたからカナの大体の学力は想像できる。正直言って瑞龍学園を受験するのは厳しかったに違いない。


 「頑張ったな。」


 だからついほめてやりたくなってしまった。ありきたりの言葉にしかならなかったけど。


 「ウン・・・頑張った」


 カナが答えてくるがその後が続かなかった。


 「あ、そうだ!図書館行けば卒アルあるよね。レイにぃの素顔が見れる!レイにぃって何年卒?」


 沈黙に耐えかねたのか、カナが突然そんなことを言ってくる。何か話題を探していたんだろう。せっかくなので乗っかることにする。


 「いや、名前わからないと探せないだろ。まぁ、学年一のイケメンを探せばすぐばれるかもしれないが」


 「わかった!イケメンだね!明日さっそく図書館に行ってくる。」


 「いや、マテ、ゴメン、俺が悪かった。ゴメンナサイ、少々盛りました。イケメンじゃないです」


 俺の言葉を真に受けるカナに対し、慌てて謝罪する。


 「レイにぃがそこまで言うんだったら・・・今度会いませんか?オフ会というやつです。実際に見てイケメンかどうか判断してあげるよー」


 「ほんとイケメンじゃないけどそれでも良ければ、ね。」


 唐突な誘いにびっくりしたが、実際のカナに会いたいという気持ちもありOKの返事をする。


 「イケメンはともかくとして、近くに住んでいるなら会ってみたいです。家庭教師の事本当に感謝しているので直接お礼言いたい。」


 「そこまで気にすることじゃないけど、わかった、じゃぁ今度の日曜日空いてる?」


 その後細かい日時や待ち合わせ場所を決め、念のためにチャットアプリのIDも交換しておく。


 その夜は期待と不安で眠れず、翌日寝不足のままバイト先へ顔を出すことになった。



 カナと初めてのオフ会の日、やっぱり前日は寝付けず寝不足気味のまま出かける準備をする。


 待ち合わせ場所には思いのほか早くついてしまった。まだ約束の時間まで1時間近くある。遅刻するよりいいんだろうけど、こういう場合、どれくらいの時間が妥当なんだろうか…待ち合わせ時間について思索してみると…思えば同性異性問わず誰かと待ち合わせるなんてことは、妹以外したことがないことに気付く。


 以前妹と待ち合わせたときには30分前に着き「30分も早く来るなんて引くわー」とドン引きされた・・・すでに待ち合わせ場所にいたお前は何なんだと言いたかったけどね。


 とりとめもないことを考えながらボーっとしていると、白いフレアスカートにサマーセーター姿の女の子が視界に入る。


誰かと待ち合せだろうか?何かを思い出したかのように笑顔になったり、かと思えばちょっと困ったような表情を見せ、時折誰かを探しているかのようにあたりを見回している。


 高校生くらいだろうか?表情豊かでとっても可愛い子だなと思いみていると彼女と目が合った。


 ヤバい、女子高生を凝視している変な人って通報されるかも。慌てて視線をそらそうとすると、彼女がこちらに近づいてくる。一旦この場を離れたほうがいいかと考えているうちに彼女が目の前に来る。


 「あの・・・」


 「あ、えーっと君を見ていたわけじゃなく、たまたま視界に入ったというかなんというか…」


 声をかけてくる彼女に慌てて言い訳をするがしどろもどろになり、もはや自分でも何を言っているかわからなくなる。


 「あ、いえ、それはいいんですが…レイにぃですか?」


 一瞬時が止まる。今この子「レイにぃ」って言った?じゃぁ、この子がカナ???


 「えっ・・・とカナ?」


 「はい、USOのカナこと水上香奈美です。」


 どこか緊張しているようで、それでも精いっぱいの笑顔で目の前の彼女・・・カナが答える。



 「へぇー、じゃぁレイにぃ…じゃなかった彼方センパイは3年前に卒業したんですね。」


 あれから立ち話もなんだし、と近くのファミレスに場所を変えて、お互いのリアルについて話をしている。


 自己紹介で「星野彼方」と本名を教えたら「じゃぁ、かなにぃ…んーなんかゴロ悪いなぁ、やっぱりお兄ちゃん?」とか呼び方で悩んでいた。

 だからお兄ちゃんは実妹と混同するから止めて欲しいんだって…。結局瑞学のOBということで「彼方センパイ」で落ち着いたらしい。


 カナは「香奈美と呼んでください」と言って譲らなかった。

 キャラネームも「カナミ」なのでそのまま「カナ」でもいい気がするが「私だけ呼び方を変えてるのズルい」というわけのわからない理論で押し通された。


 呼び捨ては何となく抵抗があるため「せめて香奈美ちゃんで・・・」というと「ちゃん付けは子ども扱いされているようでイヤ」だそうだ。むつかしい年ごろだね。


 ちなみにキャラネームの由来は単に名前を入れてくださいと言われたので本名のカナミといれたそうだ。カタカナなのは漢字変換が出来ない仕様になっているせいだ。



 最初こそ緊張してたものの話しているうちにいつものような雰囲気が戻ってくる。

 カナも同じ事を考えていたのか「でも不思議。今日初めて会ったのに初めての気がしないね。」と言ってくる。

 まぁ、1年以上ほぼ毎日USO内で会話していたんだから、話している分には初めての気がしないのも当たり前だと思う。


 途中、お昼を挟みつつUSOのこと、学校の事などを話していると、あっという間に夕方になる。

もっと話していたいとも思うけど、相手は高校生だ。あまり遅くまで引き留めることはできない。


 「彼方センパイ、帰る前に学校に寄ってみませんか?」


 香奈美の方も、このままもう少し一緒にいたいと思ってくれているのかもしれない。


 「いや、俺部外者だし入れないだろ?」


 瑞学の設備はかなり充実している。そのためか、不審者が入らないように夜間でも休日でも守衛がいる。学生でも夜間や休日の不要な出入りは禁止されているのだ。


 「大丈夫ですよー。学生証持ってるし、教室に忘れ物した―。この人は付き添いのお兄ちゃん、といえば通してくれるよ。」


 香奈美の熱意に押されるまま学園にいく。怪しまれるだろうと思ったが、あっさりと入れてもらえた。

 いや、不審者じゃないけどさ、そんなにあっさり通していいの?と心配になってくる。


 「ここが私の教室だよ」


 香奈美が嬉しそうに言う。


 「彼方センパイは1年の時どこに座ってたの?」


 香奈美が楽しげに聞いてくる。


 一番後ろの窓際を指さすと「ここかー、眺めは一番いいねー、眠くなりそうだけど」という。

すごく楽しそうな香奈美がまぶしくて見ていられなくなる。


 「んー、彼方センパイ、変な顔になってるよ?学校に来たの迷惑だった?」


 心配そうな顔で香奈美が聞いてくる。

 そして、不意に真面目な口調で話し出す。


 「私ね、この学校にどうしても入りたかった。」

 どこか遠くを見ているかのようだ。


 「レイにぃが学生時代の事話すとき、体験入学で来たこの学校とダブって見えて…違う学校だとはわかっているけど、私も同じ景色が見たいなって思って。私中学の時は学校が嫌いだった。学校に行くのが嫌で、辛くて・・・そんな時USOに逃げてたの。」


 「でもレイにぃと話す様になって、レイにぃから見た学校生活が楽しそうに思えて・・・体験入学でこの学校に来た時、レイにぃの事を思い出したの。」


 「ダブって見えるのも当たり前だよね。レイにぃが話していた学校の景色って彼方センパイが見てた学校だもん、ここの事だよね。」


 「ここにならきっとレイにぃが見ていた楽しい学校生活が送れると思った。だから絶対ここに入るんだって頑張った。先生は無理だと何度も言っていたけど無視した。USOをやっていること、パパやママには最初は怒られていたけど、レイにぃが勉強教えてくれているの見せて許してもらったの。おかげで少し遅くまで遊んでいても怒られなくなったし。」


 「そうやって頑張って入った学校だもん、楽しくないわけないよね。」


 「だからレイにぃには伝えたかった。私この学校が楽しいよって。全部レイにぃのおかげだよって。」


 だからありがとうなのです・・・。そう言って笑う香奈美は本当に楽しそうで、まぶしくて・・・見ていることが出来ずに視線をそらした。


 「そんなんじゃない・・・。俺は香奈美にそんなこと言ってもらえるような奴じゃない。」


 香奈美の言葉が突き刺さる。俺は香奈美の言うような学校生活は送っていなかった。


 「俺がこの学校を選んだのは近いからってだけで、USOに費やす時間がほしかっただけで・・・学校生活なんてどうでもよかった。ただUSOが出来ればあとはどうでもよかったんだ。友達もほとんどいなかった。周りで騒いでいるのを見て過ごすだけの毎日だったよ」


 そう、ただ見ているだけだった。何がそんなに楽しいのか理解できなかった。


・・・だけど、羨ましかったのかもしれない。


 楽しそうに過ごす奴らが眩しくて、情けなくて見ないふりをして…でも、やっぱり楽しそうで…

 もし自分もそんな学校生活を過ごした居たのなら・・・そんな願望が、カナに対して語ったことなのだと思う・・・。


 「うん、でも私は今が楽しい。それは彼方センパイのおかげであることは間違いないわけで…だからありがとうですよ。」


 そういって笑う香奈美の笑顔は、眩しくて・・・とても可愛くて・・・今から思えば、この時に彼女が特別な存在になったのだと思う・・・当時は気づかなかったが。


 「そうだね。俺も笑っている香奈美が見れてよかった。それは間違いじゃない。」


 香奈美の笑顔を見ることが出来た。それだけでいいんだ。何か・・・許されたと思える気がした。


    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「・・イ、彼方センパイってばっ!ちゃんと聞いてますか?」


 さっきから呼ばれていたみたいだが、俺の返事がないので少し怒っているようだ。


 「あぁ、ゴメン何だった?」


 「何だった?じゃないですよ。依頼の事です。ボーっとして何考えていたんですか?」


 「初めてのオフ会の時の事を思い出していた。あれから2年も経つんだなーって。」


 「あ、あの時の事は忘れてください。我ながら恥ずかしいこと一杯喋った自覚があるので…私も忘れますから!」


 香奈美ががあわてていう。顔が少し赤くなっている。いうほど恥ずかしいことなんて言ってないと思うけどね。


 「そんなことよりミルメさんの依頼の事です。彼方センパイはどう考えているんですか?」


 ミルメの依頼は「古の儀式の復活」・・・それが何を指しているのかわからないが、5つの素材を集めて、ある場所で古の巫女たるミルメが儀式を行えばいいらしい。


 クエストとしては単純だが、プレイヤー依頼としては設定が凝りすぎているし、公式イベントにしては告知されていない上にミルメの行動がNPCとは思えないほど自然なのはおかしい。


 「とりあえずミルメの事は置いておくとして、「一つ目巨人、アースジャイアントの目」「不死鳥の尾羽」「風精霊の光珠」「氷の巨狼、フェンリルの牙」「古の龍、エンシェントドラゴンの鱗」この5個のアイテムを集める必要がある」


 「それ大変なの?今の私たちでいけそう?」


 「各耐性装備は必要になるけど何とかなるだろ。ただエンシェントドラゴンだけはギリギリかもしれないので最後に回す。後は儀式を行う場所だけどよくわからん。ミルメが知っていればいいけど、場所を突き止めるのもクエストだと言われたらちょっと時間がかかるかもな。

 後、クエストの報酬は各モンスターが落とすアイテムと素材全部と儀式が復活した際に受けることが出来る恩恵だそうだ。」


 「何、それ?恩恵ってどんなの?」


 「わからん。まぁ、ステータスアップとかそんなんだろ。」


 「わからんって、そんなことで依頼受けちゃって大丈夫?」


 「依頼はともかく、風精霊の光珠と不死鳥の尾羽は、カナが欲しがっている『英知の冠』を作るのに必要な素材だから、いずれは行かないと…だったらついでに依頼受けてもいいんじゃないか?最悪その二つのアイテムさえ手に入れば、クエスト失敗しても損はないし。」

 

 カナが欲しがっていたレアアイテムの名前を出すと「依頼を受けるべきだ」と手のひらを返して言う。さっきまで怪しいって乗り気じゃなかったくせに。



 「じゃぁ、今夜ミルメをホームに案内するから、詳しいことはその時に・・・」


 最後のサンドイッチを手にしたところで隣の学校のチャイムが鳴る。 

 

 「あ、予鈴だ、急がないと・・・彼方センパイもお仕事頑張ってね」


 「あぁ、今日も弁当ありがとな。美味かったよ。」


 バイバーイと手を振りながら香奈美が学校の方へかけていく。


 「はぁ・・・俺たちどんな関係なんだろうな…」


 公園の向こうに見える学校を見上げながらつぶやく。



 カナ…香奈美とこうしてお昼を一緒に食べるようになってから2年近くになる。 


 俺の勤め先は公園のちょうど学校と反対側にある。昼休みは比較的自由なので、入社以来雨以外の日は公園で昼を食べることにしている。


 そんなことを香奈美に話したら、次の日から学校を抜け出してくるようになった。


 最近ではお弁当まで作ってくれる。

 はたから見れば立派な恋人同士だ。


 「でもなぁ・・・付き合っていないんだよなぁー」


 休みの日には彼方の部屋まで遊びに来ることも、そのまま晩御飯を作ってくれたりすることもある。

 ある程度の好意はあると思うのだがソレが友情の延長なのか、兄と慕ってくれているだけなのか、またまた愛情なのかの判別が出来ない。


 友達以上恋人未満・・・今の二人の関係はまさしくそれである。


 思い切って踏み込んで関係を進めたいとは思う。だけど、もしそれで今の関係が崩れたら…と思うと今のままでいっかとヘタれてしまう。


 しかし、彼女ももう高校三年生。来年にはこの街から出ていくかもしれない。

その前に確かな絆を結びたいとは思う…思うけど一歩を踏み出すことが出来ずにいる。


 ま、夏までには何とか・・・頑張ろう!


    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 依頼を受けてから1週間、俺たちは着々とクエストをこなしていった。

 BOSS級のモンスターばかりを相手取るので、素材回収は困難を極めたが、昨日ようやくすべての素材を集め終えた。


 あとは、今日「魔力の泉」という場所へ行けばおしまいだ。


 「ン~、なんか、あっさり着いちゃったね。ほんとにここであってるの?」


 カナが聞いてくる。


 出発してから1時間弱、道中それなりに手強いモンスターもいたが、今日までに倒してきたモンスターがBOSS級だったため、それに比べると楽に進んでこれたことは確かだ。


 「ここで間違いないはずだが…ミルメ、どう?」


 「はいここで間違いないです」


 ミルメはあたりを一瞥してからうなずく。


 「では儀式を始める準備をします。お二人には申し訳ないのですけれど手伝っていただけるかしら?」


 俺たちはミルメに言われるがまま各素材を設置していく。


 最後の素材をミルメが目の前に置き「では儀式を始めますので、お二人は魔法陣の中央にお立ちください」とミルメが言う。


 ミルメに指示された場所に二人並んで立つ。ミルメから聞いたことがない言葉が紡がれる。おそらく儀式のための祝詞だろうとは思うが、本当に設定が凝っている。やっぱり裏に公式の運営が関与しているんだろうか?


 俺たちの周りの魔法陣が光りだし二人を光のエフェクトが包んでいく。画面いっぱいに広がる祝福のエフェクト・・・神秘的といえばいいのだろうか?今まで見たことがないぐらいの光あふれるエフェクトに目が奪われる。


 画面一杯に光が広がった途端、ビリッっと静電気のような衝撃が走る。


 思わずマウスから手を放す。びっくりした。今のは何だったんだろう?


 画面に目をやるとエフェクトはすでに消えていてミルメが「無事儀式は終了しました。ありがとうございます」と言っていた。


 「結局何の儀式だったんだ?」


 ずっと疑問に思っていたことをミルメに尋ねる。


 「そうですね。選別の儀式といえばよいのでしょうか?皆様の中に眠る資質に力を与えるための儀式です。おかげで無事に執り行えました。お二人に心からの感謝を。」


 では先に戻りますね。と言ってミルメは去っていった。



 「結局よくわからなかったけど、資質って何なの?レイにぃわかる?」


 カナが聞いてくるが俺にもよくわからん。


 「わからん…が、次のアップデートのためのテストだったのかもしれないな。」


 運営サイドが、プレイヤーを通して実装前の新しいシステムを試しているというのは、USO内ではよく聞く噂である。今回もそれじゃないだろうか?そう考えれば、今までのミルメの不審な行動にも納得がいく。そう伝えると「そっかー、そういうこともあるんだね。」とカナも納得したようだ。


 「次のアップデートが楽しみだね。」


 カナが嬉しそうにいう。どのような内容になるかわからないけど、今回のクエストは久しぶりに楽しかった。カナの言うように次回のアップデートは期待が出来そうだ。


 「そうだな、期待していよう。ところで、予定より早く終わったけど、この後どうする?」


 カナにこの後の予定を聞く。折角なので、一狩りぐらいは行きたいが。


 「そうねー、実は今日レアアイテムイベントに誘われてたんだけど、こっちがあったから断っちゃったんだよね。でも予定より早く終わったから、今からでも間に合うかなぁ。ちょっと聞いてみるね」


 カナがレアアイテムのイベントよりこっちを優先させていたことに驚く。と同時に優先された事が嬉しく思う。


 「今からでも、間に合いそう。イベント行ってもいいかな?レイにぃも一緒に行く?」


 カナにはカナの付き合いがある。俺を優先してくれるのはうれしいけど、だからこそ独占しすぎないように気を付けないといけない。


 「イベント間に合うなら行っといで。俺は少し生産してから落ちるよ。」


 「うん、じゃぁ行ってくる。また明日ね。」


 リターンでイベント会場に向かうカナを見送った後、俺もホームに戻ることにした。


 ホームに戻ってきた俺は生産の準備を始める。

 カナが欲しがっている『英知の冠』を作成するためには、俺のスキルLvが少し足りない。

 地味な作業だが、英知の冠を渡したときのカナの反応を想像するだけで、地味な作業も楽しくなってくるから不思議だ。


 しばらく作業を続けるとLvが上がる。キリがいいので今日は落ちることにしたがそこでメッセージが来ていることに気づく。


 差出人はミルメだった。少し話があるらしい。クエストのことで何か抜けがあったのだろうか?


 明日に回してもいいが、もしクエスト関連のことなら、今日のうちに聞いておいて、明日の昼香奈美に伝える方が効率がいい。

 ミルメに今すぐ行くとメッセージを返した。



 指定された場所につくとミルメがすでに待っていた。


 「待たせた。クエストに何か不備でもあったか?」


 「突然呼び出してごめんなさい。伝え忘れていたことがあって・・・」


 伝え忘れたことって何だろう?俺はそのままミルメの言葉を待つ。


 「レイフォードさん……いえ、星野彼方さん、異世界転生に興味はありませんか?」



思ったより長くなってしまいました。

彼方と香奈美の関係、こんなに深く掘り下げる予定ではなかったんですけどね。

何とか、異世界転生のワードにたどり着けてほっとしています。

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