ギュス子ではない!
魔王、それは恐怖の象徴にして人類全ての敵。彼らは人類が住む世界とは別の世界からやってくる。『虚空の大穴』。突如何も無い空間に開く暗黒の穴は魔界と人間世界を繋ぐゲートであり、人々が身を縮こませてやり過ごすしかない厄災の前兆である。魔王が恐れられる理由は数多存在するが、1番の理由は魔王に死の概念がないことである。人類は幾度となく魔王に挑んできたが1度として倒したことは無く、多くの犠牲を払い退却させるのみであった。魔王が退けられると、虚空の大穴は役目を終えた様に消え去り人間世界にはしばらくの平穏が取り戻される。
これらは人間界で語り継がれている話だが実際とは少し異なる。
魔界の貴族はその子供が成人すると擬似的な体とワープゲートを用いて瘴気操作の練習をさせる。これこそが虚空の大穴と不死の正体だ。人間界へ来訪するのは擬似的な体だけなので死ぬはずもなく、瘴気操作の練習が終われば魔界へ帰るのは当然であった。
いつものようにギルドへ行き、酒を飲んでいるとギルド長が血相を変えてやってきた。なんでもここから数日の距離にある農村に虚空の大穴が開いたらしい。近くにSランク以上の冒険者はなく、俺に行って欲しいとかなんとか、めんどぃ。ただの農村なら放棄して逃げてくりゃいいのになぁ。ギルド長は説得しようと必死になって色々言っているが俺の決心は変わらんぞ!
「……えと、そうだ、今あなたが飲んでいるビールに使われている麦は全てその農村で作られてるそうなんです!」
…………正義の心を持つ俺が悪の親玉を見逃すはずがねぇだろ!つれーわー正義の味方は暇がなくてつれーわー。
はい、やって参りましたビールの聖地。名はビール村……良いのかそれで?いや、分かりやすいけど…
そんなことは置いといて、俺は今混乱している。魔王とは何度かやり合ったことがあるが、大体が成人したての様な外見をした男だった。そんで真っ黒い。だが目の前にいる自称魔王はどうだ?ピンクの髪をふたつに縛って満面の笑みを浮かべる幼女じゃねえか!
「お前が魔王なのか?」
我ながら阿呆な質問だよ、魔王名乗るんならせめて黒っぽくしてこいよ!髪だけじゃなくてマントもピンク色じゃねぇか!
「いかにも!妾は魔界王の娘、ギュステン・アイン・フォン・ララティーヌ・シュバイン、今代の魔王である!」
「……えーと、ギュス子さんは何しに人間界へ?」
「ギュス子ではない!ギュステン・アイン・フォン・ララティーヌ・シュバインだ!」
「……で、何しに?」
「ふっふっふ、世界を征服しに来た!」
「……………『捕縛』。」
うん、俺は何も見てないし聞いてない。こいつがホントに魔王なら大穴に放り込んで終わりだ。うん、それがいい!
「やめろ!無言で妾をゲートへ運ぶでない!名乗りの最中であっただろ!名乗りと変身の最中は攻撃しない約束ではなかったのか!?…………おい、本当にこのまま運ぶ気なのか!?やめろ!妾は初めてなのだぞ!初心者にそんな酷いことするのか、この人でなし!鬼!阿呆!馬鹿!」
男は魔王の罵倒を聞き流していたが、ある言葉を耳にして自然と笑みが零れるのであった。
ほーう、初心者か!そうか、冒険者に限定する必要はなかったのか!
男はこの幼女をどう調理してやろうかと思案するのであった。




