第九十九話 血に染まる山
山の上空で大きな爆発。
一瞬空の色が変わり、衝撃波で木々は傾いた。
「ははは、おいキサマ! 大した魔導士だ、このマイラ様と互角に渡り合うとは。名乗れ、他のウジ虫とは違うと認めてやる」
「ガキが! 調子に乗ってンじゃねェ!」
空中で何度も激突する二人の魔導士、マイラとミランジェ。
その姿が交差するたびに轟音と爆炎が広がる。
「はぁああああ!」
ミランジェは手を上に向けるとそこに炎を集中させた。
凝縮された赤い炎のかたまりは次第に黄金に変わり、そこからさらに魔力を上乗せされ白く変色。
そして白い炎は鷹の姿を形作っていく。
「くらえッ!」
投げつけるように放たれた白い鷹は甲高い音を発しながらマイラに突撃。
「その魔法はさっき見たぞ。芸が無いな!」
ギザギザの歯を見せつけるように笑ったマイラは両手を勢いよく合わせた。
すると高速で飛んでいた白い鷹が挟み込まれるようにボシュっと押しつぶされた。
「ンだとぉ!?」
「フフ。ネタが分かるかな?」
もう一度手を合わせるマイラ。
「やばい!」
乗っていた炎の鳥から飛び降りたミランジェ。
鳥はまたしても挟み込まれるように潰れてしまった。
「ははは! どうする? 炎使い!」
さらにもう一回、マイラは手を……。
「ああよく分かってるぜ。ウチも似たようなこと考えてたからな!」
合わせられなかった!
ミランジェが手をつきだすとマイラの目の前でカッと閃光。
「なにッ!?」
爆発、爆発、爆発。
爆発が爆発を呼ぶかのような連続爆破。
「あンだけ派手に魔力使ってそこいらじゅうにバラまいてンだ。ウチらクラスの魔導士なら十分再利用出来るよなぁ」
真っ逆さまに落ちながら笑みを浮かべるミランジェ。
「けど、これでやれるほどヌルかないか」
すぐに表情を引き締めて、炎の鳥を作り出すとその背に乗った。
「は、は、は。今のは、危なかった」
はるか上空で息を切らしながらも笑うマイラ。
爆発の瞬間急上昇することでギリギリ逃げ延びていた。
「ここまで楽しめるとは」
両手を天に向け、これまでとは比較にもならないほど巨大な魔力を練り始める。
魔力の渦が雲を巻き込み、天をねじり、災害クラスの魔法へと変わっていく。
ミランジェは歪んでいく空を見上げながら、
「……とんでもねーガキだ。出し惜しみしてる場合じゃねーか。そろそろ本気でやらねーと――」
全身に炎の魔力をまとい、一気にボルテージを上げる。
炎の色が赤から金へ、金から白へ、白から蒼に変わっていく。
温度が上がるほどに炎はその色を変えていくのだ。
「まとめて吹き飛ばされちまう!」
一気に噴き出した蒼い炎が長く巨大な竜の姿に変わっていく。
「はっはっは! いいぞ! キサマの全力、このマイラ様が正面から吹き飛ばしてくれる!」
究極の魔導士二人、決着の時が近付いていた。
だが――。
「がはっ」
地上から飛んで来た黒い槍が、ミランジェを背後から貫いていた。
「な、に……?」
腹を貫通している槍を震える手で掴む。
「マイラ、時間切れだ」
いつのまにか後ろにいたのは、ガルド。
ミランジェの頭を鷲掴みにし、もう片方の手で突き刺した槍を握る。
「ハイズ殿はもう飽きたそうだ。ここからは我らが戦う」
そう言って、刺さっていた槍を勢いよく引き抜いた。
腹に開いた穴から大量に出血し、ミランジェは乱暴に投げ捨てられた。
◇
「シャアッ!」
「っらぁ!」
ダリウスとセス、互いに拳を突き出しながら相手の攻撃も同時に避ける。
それをほんの一瞬で何度も行う。
数秒間で数十のやり取り。
「アッハハハ!」
ダリウスは笑っていた。
ゾンビ化することで得た身体能力を駆使してもなお苦境に立たされているこの状況に。
腕力、速度、技、重量。
格闘戦において勝負を決める要素ではすべて上回っているのに、セスはギリギリのところで食らいついてくる。
これがまず驚きだった。
「こんなバケモンと師匠たちは戦ってたのか。冗談じゃないよまったく」
さらに驚きだったのがスズの存在。
この究極と言ってもいい体術合戦に見事に介入してきていた。
隙を見せれば必ず刀やクナイで頭部を狙ってくるのでセス相手に踏み込んだ攻撃が出来ずにいた。
「ラッシュヴァイン!」
地味に面倒なのがフィノ。
接近戦では足手まといでしかないと理解しているようではあったが、だからと言って大人しくしている子供ではなかった。
触手をダリウスがその時動きたい場所に先回りするように伸ばしてくるため行動がかなり制限されてしまうのだ。
直接狙っても簡単にかわされるどころか、仲間の邪魔になるという状況で最善の行動を取っていた。
そして一番困らされていたのがニケ。
厳しい状況の中セスやスズになんとかダメージを与えても立ちどころに回復させてしまう。
こいつから倒そうと少しでも近付く素振りを見せれば、辺りにバラまいている針の元に転移し逃げてしまう。
かつて戦った時もこの人狼さえいなければ負ける気はしなかった。
「ハッハ! アッハッハ!」
それでもダリウスは笑っていた。
強者との戦いが楽しくて楽しくて仕方なかった。
四対一を特に卑怯とも思わない。
自分の身一つで勝つか負けるか、勝てばいろんな物が手に入るし、負けて死ぬならそれもいい。
そんな考えで男はずっと人生を楽しんできた。
さぁ、どうやってここから逆転させてやろうか。
追い詰められても、そんなことばかり考えて笑っていた。
「いい加減不快なんだよその笑い声、黙りな!」
「ごっ!?」
投げられたクナイが口の中に突き刺さった。
攻撃後のほんのわずかな隙を突かれた。
「いいぞスズ!」
ゾンビなので致命傷にはならないが、体は一瞬硬直する。
「おおおお!」
セスが大きく振りかぶって頭部を殴りつけた。
脳が激しく揺さぶられ視力が奪われる。
「ラッシュヴァイン!」
体中に触手が絡み付いていく。
(流石にもうダメかもな)
そう思った時、彼女はやってきた。
美しい銀髪の剣士、それは勇者と呼ばれた女性。
ヒュっと剣が走る音。一瞬で、全ての触手が切断された。
「アニタ!?」
触手を切ったアニタはそのまま走り込んでいく。
涙を流しながら。
「こいつ!」
迎えうったセスの横を容易く抜き去るアニタ。
直後、セスは全身から血をふきだし倒れた。
「セス!」
叫んで飛び掛かったスズの胸があっけなく貫かれる。
アニタは一直線に後方のニケの元へ。
「ガアアアアアア!!!」
ツメをたてて振り下ろされる獣の手、だが、それはアニタに届く前に切断され宙を舞った。
「がっ、ぐあっ……」
転移による逃走すら許さない速度で、アニタの剣はニケの喉を切り裂いていた。
これが、かつて魔王を打ち破った剣士の力。
伝説の勇者と語り継がれてきた女性の強さだった。
◇
「……みんな」
フィノだけを残し、アニタは動きを止めた。
「地上も片付いたようだな。まさか勇者と共に戦う日が来るとは思わなかったが」
無表情でドスっと着地したガルド。
「やれやれ、負けるよりつまらないな、これじゃあ」
不満そうにつぶやきながら立ち上がるダリウス。
「ガルド……きさまぁ……よくも、よくもマイラ様の決闘を邪魔したな……」
しゅんと飛んできて、ヒビが入りそうな程ギザギザの歯を食いしばっているマイラ。
「こちらをにらまれても困る。ハイズ殿の指示だと言っただろう」
ガルドはそう言って後ろを見る、笑顔のハイズがゆっくりと歩いて来ていた。
退屈にあらがうためのウソの笑顔。
「キャハ! キャハハ! やぁっぱり魔将と勇者はやりすぎだったかもね~。でもヤドリギさんにだけは加減とかしたくなかったし」
「ハイズ……!」
フィノが拳を作って構えるの同時に、アニタが剣を構えた。
「でもまだ、まだ続きがあるよね? ヤドリギさんには。ミーが作ったその器を壊せば、あの大きな光が出てくるはずだもの」
すがるように。
「これで終わりじゃないでしょ? 手抜きしてるんでしょ?」
願うように。
「次の戦いのために――アニタちゃん、やっちゃって!」
神速の剣が、身を守るように構えたフィノの両腕を切り飛ばした。
「うああ!」
間髪入れずに両足が。
「はっ……あ」
手足を失ったその体が、地に落ちるよりも速く、肩から斜めに、深く深く切り裂かれる。
「…………」
血塗れであお向けに倒れたフィノ。
その胸をアニタの剣が貫いた。
目を開いたまま動かなくなったフィノの顔に、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「…………は?」
何故? とハイズが声を出す。
「なんで? なんでなんでなんでなんで??? どうしてヤドリギさんの魂が出てこないの!?」
取り乱して。
「あの光はどこに行った!? 出せ! 今すぐここに出せ!」
何度も何度もその死体を踏みつけて。
「出してよ! どうしちゃったの!? これじゃ、これじゃあ私は――」
そこで、死体の異変に気が付く。
「……芽?」
ぽつ、ぽつ、とフィノから生えてくる、植物の芽。
切り離された四肢から、切り裂かれた体から、たくさんの芽はゆっくりと成長を始め、徐々に徐々にその速度を速めていく。
「なに? なにが起こってんの?」
その場の誰もが知らない現象。
皆ポカンと口を開けてそれを見ていた。
「わわわ!」
ハイズは慌ててその場を離れた。
グングン伸びる芽は次第に一つにまとまり、物凄い速度で空に向かって伸びていく。
太く堅くなりながら茶色く変わり、枝が生え、葉が茂り、やがて、フィノの体は一本の樹に変わった。
「……奇跡?」
ハイズはその樹に近付くと、手を当て、目をつむった。
「…………いる。ヤドリギさんはまだここにいる」
驚きの表情が邪悪な笑みに変わっていく。
「そっか。そっかそっかぁ! 器の再生を始めてる。はは! あはははは! 戻ってくるつもりなんだぁ! ミーのところに!」
すがるように樹に抱き付いて。
「おそらく本来の記憶と力を備えたパーフェクトな状態で! あの光の"存在"が降臨する! ミーを救うために!」
そこでふっと冷静に。
「……ん~でもでも。この再生速度じゃ百年はかかるかな? 創生の力を扱うのが大変なのは分かるけど、宇宙や星の感覚でやらないでほしいにゃあ。どうしてもその器がいいのぉ? なんならミーが新しいの用意してあげてもいいけど……ま、その前に――」
ハイズは仲間たちの方に振り返る。
「ガルドさん。ごめんね? 一度いらないって言っちゃったんだけどぉ、決戦のためにモンスター集めたって言ってたよね?」
「……ああ」
「今からでも動かせる?」
「問題ない」
「オゥケーイ。だったらお願いしよっかにゃあ~ん」
「だが、どこを攻めるのだ?」
ハイズは悪い悪い笑顔で、
「ヤドリギさんのいたあの町をぶっ壊す。でもただ壊すだけじゃダメー。復活した彼女がミーのこと以外なにも考えられなくなるように、虫一匹逃がさず、苦しめて苦しめて、魂に傷が残るほどに痛めつけてから、全員殺す。たぶん、今もミーたちのこと見てるだろうから」
ガルドが持っていた槍を地面に突き刺すと、そこに大きな魔法陣が現れた。
「いいだろう。全員ここに乗れ。あの町に転移する」
ハイズたちは魔法陣の上に集まると、
「またね、ヤドリギさん♪」
そう言って、その場から消えた。
先ほどまでの激戦が嘘のように山は静かになったが、その場は血で赤く染まっていた。
その時、傷だらけで倒れていたセスの体がほんのすこしだけ動いて、
「……フィノ」
絞り出すような、そんな声だった――。




