第九十七話 開戦
ハイズと別れた後、入れ替わるようにスズが現れた。
「フィノ、学院長室にリンネたちが集まってる。まずは皆で話し合おう」
「……もう知ってたんだ」
「ハイズは一度学院にやって来たらしい。ラミィから報告があった。顔中縫い目だらけで虹色の髪の女なんて、奴しかいないからな」
「そうだったんだ……。よし、すぐお母さんたち呼んでくる」
フィノたちの長い一日が始まろうとしていた。
◇
集まったのは学院長とその使い魔ニケ。さらにエリザ、フィノ、スズ、セス、リリム、リンネ。
それから、
「ミランジェも!?」
意外な人物に驚くフィノ。
「うん……。実はフィノっちのこと、お義母さんからいろいろ聞いててさ。いざって時は協力させてほしいって頼んでおいたんだ」
「ミランジェはお前の友達であたしの仲間でもある。信用できるし、その辺の魔導士よりもずっと強い。頼りになるよ、絶対だ」
セスはフィノを見ながら、ミランジェの肩に手を置く。
「このメンバーの中じゃ、うちの力は大したことないかもだけど」
ミランジェは自分の胸を指差して、
「"あいつ"も戦ってくれるってさ」
フィノにだけ伝わる、もう一人のメンバーを紹介した。
「そっか……。うん! ミランジェ"たち"が来てくれるなら、絶対負けないね!」
にぱっといつもの笑顔を見せるフィノ。
「さて、そろそろよろしいですか? フィノ、相手はいったいあなたに何と言ってきました?」
と、学院長は冷静に話を進める。
「それについては私が説明するよ。というか、見せるよ」
スズが板のような形の水晶を取り出した。
映像を記録できる録画水晶だ。
「しっかり撮っておいたから」
全員で映像を見て、最初に声を出したのは、リリム。
「……馬鹿な」
「どうしたの、リリム?」
「この銀髪の女は勇者だ。勇者アニタ。我と戦った時より歳は経ているが、間違いない」
「あの人が勇者様……?」
「なぜ勇者の死体がこの時代に存在する? ヒトの寿命などせいぜい百年たらずのはずだ」
その場の全員に問うリリムに答えたのは、学院長。
「アニタ様の遺体は枯骸として残された、そう聞いたことがあります」
「枯骸……つまりはミイラか。上手く利用されたな、どうやって本人の魂を手に入れたかは謎だが」
そこにリンネが小さく手を上げた。
「以前私が交戦したゾンビですが……生前それなりの実力者であった魂に……別人の屈強な死体を与えた……というものが存在しました……肉体が勇者様本人であったとしても……中身まで同じかどうかは……」
リリムは首を横に振る。
「これは間違いなく勇者そのものだ。魔力で肉体操作を行い、神速と言っていい速度で振り回すこの剣技、ヒトでありながら我ら魔族と同質の魔力を持っていた奴にしか出来ん芸当だ。それともいたのか? 魔の力を備えたヒトが奴以外に」
「そんな話は……聞いたことがありませんね……」
「ふむ、この分では勇者の仲間も手駒にされている可能性があるな。フィノ、一晩待て、メリルに我の封印を解除させる。想像以上に敵は強力だぞ。我も戦闘に参加しよう」
「そんなに待てないよ。すぐ来いって言われてるのに」
「さすがに一晩は無理だ。焦らされたハイズが町の人を狙いに来る可能性がある。今回はサポートに専念してくれ」
「……厄介だな。守るものがあるというのは。我と勇者、五百年前とは立場が入れ替わってしまった」
フィノとセスに説得され、渋々納得したリリム。
「フィノちゃん……ハイズは一人で来いと言っていたけど……まさか本当に単独で向かうつもりじゃないでしょ……?」
「はい。でも、どこまでが脅しなのかはまだ分からないので、それについてはちょっと作戦があります」
「そう……フフ……やっぱり今回はキミを中心にするべきだね……」
リンネは持っていた本の表紙を見せて、
「ハイズを倒すために……私もここ数か月オカルトマニアをやってみたんだけどさ……呪術についてのまともな対策なんてありはしなかった……なんかもうさ……立ってるステージが違うっぽいんだよね……何故か呪術が通用しないフィノちゃんにしか……任せられない相手みたいだ……こんな結論……先生としては失格かもしれないけど……」
「そんなことないですよ。生徒のことで、そんなに真剣になってくれる人が先生であたしはよかった」
「フフ……ありがと……キミのことは何が何でもハイズの元に導くよ……たとえ相手が伝説の存在でも……ただの強者であるなら……私たちにでもやりようはあるはずだからね……」
そんな二人のやり取りを満足そうに見ていた学院長は、ハイズが映っている水晶をエリザに渡した。
「これを警備隊に、他にも町に入ろうとする不審な人物がいるかもしれないので、いつも以上に警戒するようにと伝えなさい」
大きな声で返事をして飛び出していくエリザ。
「それではフィノ、この場にいるニケ以外の全員を連れてハイズの元に向かってください。町の人間を狙うと宣言した以上、学院としても彼女を放置するわけにはいかなくなりました。学院長として、あなたにはあらゆる支援を惜しみません。それから……これは個人的な願いだけれど、必ず無事に帰ってくるのよ……」
フィノが口を開く前に、白い体毛の大きな犬、ニケが学院長との間に割り込んだ。
「学院長、頼みがある。今回はわしにも行かせてほしい。敵には仲間がやられとるんじゃ。シズルはぼーっとしたところもあったが、セスとは違い素直ないい子じゃった……出来ればわしが仇を取ってやりたい」
「けれど、学院の守りはどうするの?」
「リンネを残せばいい」
「私はべつに……構いませんが……」
「決まりじゃ。フィノ、わしを連れていけ」
ニケの体が変化を始め、白い髪の少女に変わっていく。
「一対一の戦闘ならばリンネに譲るが、集団戦であるならば、わしはこの場の誰よりも頼りになるぞ。のぉ、セス」
両腕に数珠を付けながら、ニケは笑みを見せる。
フィノが振り返ってセスを見ると、彼女もまた、自信たっぷりな笑みでうなずいた。
◇
「フィノちゃん、この辺でいいかい?」
「はい、ありがとうございます。おじさん」
フィノは馬車からピョンと飛び降りた。
「帰りは自分でなんとかしますから、先に町へ戻っててください」
「はいよ。そいじゃあ学院長さんによろしくね。……ああ、そうだフィノちゃん。悪いんだけどさ、もしよかったら、今度うちの娘と会ってやってくれないかな?」
「? 別にいいですよ」
「あぁ助かるよ。実はうちのがフィノちゃんの大ファンでね。たまにお客さんとして来るよって話したら会いたい会いたいってうるさいんだ。最近じゃ魔法の勉強まで始めやがって、ほら、そろそろ学院で新入生の募集が始まるだろ? 絶対入学試験に合格してやるって体まで鍛え始めた。お前にゃ魔導士なんて無理だよって言ってやっておくれ」
「あはは! それじゃあ、あたしの後輩になっちゃうかもしれませんね!」
「勘弁してくれ……。じゃ、思い出した時にでもうちに寄っておくれよ」
事情を何も知らぬ御者は、そのまま馬車を走らせ帰っていった。
「…………そっか、もうすぐ山を出て一年なんだ」
そうつぶやいて山を見上げるフィノ。
ミランジェが迎えに来て、ワクワクしながら外の世界に出たあの日を思い出していた。
「後輩たちにも会いたいし、必ず勝って帰らなきゃね」
軽く、けれど力強く、フィノは駆け足で山を登り始めた。
◇
山道を風のように駆け、あっという間に昔の家までやってきたフィノ。
「ありゃりゃん? ほんとに一人で来た。ちょっと脅しすぎちゃったかな? かな?」
ハイズは屋根の上で座っていた。
そばには銀髪の女性アニタと、腕を組み、無感情にフィノを見ている中年の男性。
「やっぱり人数についてはどうでもよかったんだね。こっちの数を見てから町の人を襲いに行くとも思えなかったし」
「まぁね。引っ掛かるかなと思って言ってみただけ~。でも、引っ掛かってくれたからちょっとつまらなくなった」
少し失望したようなハイズを見て、フィノは笑う。
「安心して。あくまで様子見だから」
目をつむって、
「リリム! いいよ! 皆を送って!」
遠くにいても会話の出来る、己の使い魔に指示を出す。
やがて近くの空間にピシっと亀裂が入って、
「久しぶりだな! ハイズ!」
セス、スズ、ミランジェ、ニケが飛び出してきた。
「相手は伝説の勇者か……。冗談じゃないよまったく」
メイド服を投げ捨て忍装束に変わるスズ。
直刀を逆手に持ち口に何かを仕込んだ。
「フィノっちの敵ならうちにとっても敵だかんね。容赦はしないよ」
刀を抜いて右手で構えたミランジェ。
左手には熱い炎の魔力を集中させる。
「ダリウスの姿が見えんな。みんな気を付けろ。敵はまだどこかに潜んでおるぞ」
人間モードのニケは白い髪の毛を数本抜くと、ギュッと気を込める、すると毛が針のように固くなり、それを仲間たちに投げて刺した。
「一人で来いとは言われたけど、後から召喚しちゃいけないなんて言われてないからね。あたしたちはこの五人で戦うよ!」
拳をにぎって構えるフィノ。
「キャハ! キャハハ! そうこなくっちゃ! ならこっちも全員呼ぼうかな。ダリウスくん、マイラちゃん、出てきていーよ」
ハイズに呼ばれ、木々の間から姿を現したのは長身の男と、威嚇するようにギザギザの歯をむき出しにする少女。
「ヤドリギさんの仲間がどんな戦いをするのか見てみたいからぁ、まずは下っ端二人から行ってみよっかー!」
手に持つ小さなステッキをくるくるしながら、ハイズは現れた二人に指示を出した。
下っ端と呼ばれ不服そうにハイズをにらみつけるマイラ。
それとは対照的に、ダリウスはすぐに走り始めた。
セスとの間合いを一気に詰め、その長い足で蹴りを放つ。
「やぁセスちゃん、久しぶり。会いたかったよ~。リベンジするチャンスがあったらどうしてやろうかってずっと君を想ってたんだ。これって恋かな?」
「あたしはテメーのことなんざとっくに忘れてたよ」
蹴りを受け止めたセスはそのまま足を掴んで、ダリウスを地面に強く投げつける。
直後、倒れたダリウスの顔面にスズが直刀を振り下ろした。
「まず一匹」
だが、ダリウスは直刀を避けると同時にカウンターをスズのアゴに叩き込む。
「シャアッ!」
ベキッ! と音がしてスズの体が宙を舞う。
「ん~骨が砕けるいい音だ。まずは一匹って言葉をお返しするべきかな。ま、あの犬っころがいなければだけど」
チラリとニケの方を見る、彼女は殴り飛ばされたスズに向けて指二本をピッと立てた。
するとスズの傷があっという間に消え去ってしまう。
「わしがいる限り、こやつらを戦闘不能にはさせん」
同じ気の使い手であっても、ニケはメリルと違い他者の傷を癒すほどの技術を持っていない。
しかし、術を仕込んだ針で他者のダメージを肩代わりし、それを特別な数珠で強化した自己治癒力で癒すという方法を取ることで仲間の回復を可能としていた。
「面倒だ。こいつからやってしまえば良い」
いつの間にかフィノたちの上で浮いていたマイラ。
指でつまんだ小石にふっと息をかけて飛ばした。
小石は強力な風の魔力に包まれ、弾丸のような威力でニケを襲うが、
「ガアア!」
半分獣と化した手で、ニケは軽々と小石を弾き落した。
「ラッシュヴァイン!」
「ファイアーボール!」
飛んでいるマイラを攻撃する魔導士二人。
だが体をまとう風のバリアに阻まれ届かない。
「カスのような魔法だ。喜べウジ虫ども、このマイラ様が魔力の扱いを教えてやる」
手の平を上に向けると、そこに竜巻が生まれ、徐々に大きくなっていく。
「一撃で全員を殺せば回復されることもない」
マイラが手を振り下ろそうとした、その時。
「オラァ!」
「!?」
真紅に輝く巨大な炎が噴火のようにマイラを襲った。
とっさに風の魔力を最大放出して身を守る。
「く……ぐ……キサマ……このマイラ様に……」
「おもしれー。ガキの分際でウチに何を教えてくれるって?」
豹変したミランジェが、挑発的に笑った。




