第九十六話 宣戦布告
その日、フィノは夢を見た。
夢の中の自分は洞穴のような場所に住んでいて、服ではなく葉っぱで出来たドレスを着ていた。
ほとんど裸に近いたくさんの子供たちと暮らし、とても慕われているようだった。
知らない光景ではあったが、温かな気持ちで見ていると、複数の女たちが赤ん坊を抱えて駆け込んでくる。
赤ん坊は目が一つしか無かったり、キバや尻尾が生えていたり、ひどい場合は目、鼻、口がぐちゃぐちゃについていたり、既に死んでいる子もいて、思わず目をそむけたくなるような状態だった。
自分は泣きじゃくる女たちを落ち着かせ、とてもキレイな水差しを持ってくると、それを抱きしめてから中の水を赤ん坊に飲ませる。
すると赤ん坊は光に包まれ、健康な体に変化して、元気な声で泣き始めた。
大勢の人々に感謝され、それ以上に皆を愛していたけれど、お礼としてご馳走や装飾品を山のように差し出された時、彼等が背負っていた槍についていた血の跡を見つけて、その場で泣き崩れてしまった。
そこでいったん夢は途切れ、今度はまた違う自分が見えてきた。
さっきよりもかなり、というか現代よりも文明が進んでいる。
人々は魔力を利用した様々な道具を生み出し、争いをやめ、あらゆることが効率化された社会に生きていた。
奴隷階級の人間や動物、大地や植物から奪い取ったエネルギーによる繁栄。
次第に自然は破壊され星の汚染が始まると、賢い人々は大地を浮かせ、そこに町を作ることで難を逃れた。
病的と言っていいほどの効率化と、人種と優劣で区別された階級社会。
一見平和な世界ではあったが、人々の心は負の感情に蝕まれていた。
そんな世界を憎む少女がいた。
自分はその子を何とかしてあげたくて、出来る限りの手を尽くしたが、力及ばず。
少女は星すら飲み込むほどに膨れ上がった悪意を、世界にばらまいた。
世界中で次々と実体化していくモンスターと、落ちていく大地を見ながら涙を流し、その時の自分は生を終えた。
再び夢は途切れ、また別の自分へ。
現代とあまり変わらない生活。
大きく違っているのは、人間は魔族という種に支配されていたこと。
大切なモノを守るためには何よりも力が必要だった時代。
自分はひたすら樹木の魔力を鍛えていた。
どれほど強くなっても、目の前で繰り返される悲劇に心が折れかけていた時、剣一本で魔王軍に立ち向かう少女と出会った。
魔王を倒して世界を救う。
そんな夢を語り、どれだけ傷付いても、仲間の前ではいつも笑顔を絶やさない彼女を、いつしか本気で支えてあげたいと思うようになっていた。
そして最後は、彼女の助けとなるために、その人生に幕を閉じた。
◇
「アニタ?」
夢の中で最後に会った少女に呼ばれた気がして、フィノは目を覚ました。
「ふぁ~あ、不思議な夢だったなぁ」
一緒に寝ているルルを起こさないようにベッドを出て、光が漏れている窓を開ける。
「おはよう」
朝日と鳥たちに挨拶をして、ん~っと伸びをした。
「さて、みんなの朝ごはん準備しなきゃ」
なるべく音を当てないように着替え、部屋を出ていく。
この時はまだ、いつもと変わらない一日になると思っていた。
◇
「こ~んにゃっちわー」
フィリス魔導学院の学生寮。
入り口のすぐ近くにある管理人室の前でハイズは声を出した。
「……はい?」
警戒するように少しだけ扉を開けて顔を出したのは、寮の管理人ラミィ。
「植物の魔法を使う女の子が住んでると思うんだけどぉ、どこの部屋だろ~?」
「フィノさんなら町の方に引っ越しちゃいましたけど」
「そ~なの? 町のどこ~?」
「私は知りません……」
ラミィはとっさに嘘をついていた。
目の前の相手が危険だということを直感で理解したからだ。
それと、後ろに従者のように控えている、剣を背負った銀髪の女性の悲しそうな表情も引っ掛かっていた。
「ん~そかそか。町にはいるんだよね? そんじゃあミーたちで探そっか。アニタちゃんいこ~」
ハイズはアニタを連れて寮から去っていった。
二人が外に出るのをしっかり見届けてから、ラミィは深く息をつく。
「なんだろ、あの人……」
体が震えていた。
不自然で不快な優しさをずっと感じていた。
「学院長とフィノさんには伝えておいたほうがいいよね」
さっきの二人にもう会わないように、ラミィは寮の裏口から出ていった。
◇
「ん~~~。まぁちがいなく知ってたみたいだけども、ヤドリギさんと会うまでは騒ぎにしたくないしねー」
寮を出て町へ向かうハイズとアニタ。
「んまっ、しばらくはアニタちゃんとデートなんだぁにゃあん♪」
手をつないで歩く。
「おやん?」
そこで、学院の敷地内に一匹のモンスターを見つけた。
ヴァリンの使い魔、スラ吉だ。
「こんなところに雑魚モンスター? にゃんでだろ~~???」
子供のように駆けよってしゃがみ込む。
「雑魚モンスターくん! こんちはー」
「ピキッ? (え? 誰ですか?)」
スラ吉は頭の先っぽをくにっと伸ばして?マークを作った。
「初対面だから低い知能でムリに思い出そうとしないでい~んだにゃあ。ミーはハイズ。こっちのお姉ちゃんがアニタちゃん」
「ピキー!(わ、ボクの言葉が分かるんですか!)」
「んにゃ、その鳴き声は意味不明。正確には魂の意志を感じ取って、脳で言葉に変換してんの」
「ピキ~?(変換~? フィノさんもそうなのかなぁ)」
キャハッ! と笑う。
「ヤドリギさんならその程度の霊能力はあるだろねー。ってか、ヤドリギさん家知ってそうだね、キミ」
いやらしい笑みで立ち上がり、数歩下がる。
「人間はマズいけど~、モンスターの一匹くらいなら~、別にいっかにゃあん」
「(え?)」
それは一瞬の出来事だった。
背負っていた剣に手をかけたアニタが、抜刀すら目視出来ないほどの速度で――スラ吉を、斬った。
「キャハ! キャハハ!」
笑いながら飛び散ったスラ吉の肉片を踏みつけるハイズ。
「ビックリしてるビックリしてるぅ~♪」
虚空を見つめながらつぶやく。
「霊魂ってのは言葉を持たない代わりにイメージで意思疎通を行うんだよね。だから分かりやすいしウソもつけない。聞きたいことがあるなら殺して中身に聞いちゃった方が早いんだぁにゃあ~。つまりはそゆことー」
直前までは確かに命を持っていた、スラ吉の魂に説明する。
「ほんほんほん……なぁるほど。良いおうちだね! ヤドリギさん」
裸の魂を霊視の目でのぞき、必要な情報を奪うと、ハイズは何事もなかったかのように歩き出す。
剣を収め、後をついて行くアニタは……ただ、涙を流していた。
◇
家族の朝食を作り終わったフィノは、家の前で掃き掃除をしていた。
一か所にゴミを集めて一息つく。
これを片付けたら学校に行こうと思っていた時、それは唐突に現れた。
「やっほ♪ 来ちゃった!」
「ハイズ!」
やって来たのは二人、ハイズとアニタ。
フィノはホウキを投げ捨てすぐに動いた。
「聞きたいことは山ほどあるけど――」
樹の魔力を指輪に流し込む。
「これ以上悪さできないよう、まずは捕まえる! ラッシュヴァイン!」
フィノの腕から生えた無数の触手が伸びていく。
「ヤドリギさん、ちょいストップ」
ハイズに届く寸前、アニタが剣の柄に手をかけた。
直後、触手のすべてが切り落とされ地に落ちた。
「……早すぎる」
触手が切られたと分かった瞬間、すでにアニタは剣を収めていた。
剣の間合いに入れば命はないと、フィノは少し距離を取る。
警戒するフィノの姿を見てハイズは笑った。
「キャハ! 焦らないで焦らないで。大騒ぎになっちゃったらヤドリギさんを逃がしちゃう可能性があるから~、町ではお話だけ、オーケイ?」
「分かったよ」
そう答えたフィノだったが構えは解かない。
いつでも動けるよう体に力は入れたままだ。
「ありがと~、町の人たちは大事な人質だから、ミーとしても傷付けたくないのよん♪」
「人質?」
「うん、ミーがたった一つ恐れているのは、またヤドリギさんを見失ってしまうこと。ヤドリギさんが恐れているのは、町の人に手を出されることだよね? だから――」
ヘラヘラと笑いながら。
「ヤドリギさんがもう一度ミーの前から消えたら、町の人を殺す、戦うことを拒否しても殺す、逃がそうとしても殺す、手を抜いても殺す、それから最後に」
そこだけは、真剣な顔つきで。
「ミーとの戦いに負けたりしたら、全員殺してやる。この場合は特に苦しませて殺す。魂に傷が残るくらいむごたらしく、苦しませてやる」
ぱっと元の笑顔に戻って。
「つまり、ヤドリギさんはミーとの戦いに勝つしかない。オーケイ?」
「分かった」
フィノは冷静に。
「でも、一つだけ言わせて。殺すだとか簡単に言うけど、この町の人たちはそんなに弱くないよ。甘く見ないで」
「いまさら人間のことなんてどうだっていい。ミーたちにとっては遊びのための駒でしかない。ミーたちの世界には、誰も入ってこられない。二人の世界には」
二人という部分を強調するようにハイズは言った。
「じゃ、どこで戦うかを決めようか。ミーとしては、以前ヤドリギさんが暮らしてた山が良いと思うんだけども、ど~思う~?」
「……いいよ。あそこなら誰も巻き込まないだろうし」
「はい決まりー! それじゃあ今から行って待ってるから、すぐ来てねん♪ ああそうそう、もちろん一人でね? こっちはみんなで待ってるから。ちょっとやりすぎかもと思うんだけどぉ、超常的な存在であるヤドリギさんにだけは、全力で挑みたいんだぁにゃあ~ん」
友達と待ち合わせの約束をした子供のように、ハイズは嬉しそうに背を向けた。
去っていくその後ろ姿を、フィノは少しだけ見つめてから、
「ハイズ!」
呼び止めた。
「あたしは人間だよ。生まれ方も特殊だし、みんなと違うところもあるけど、それでも……人間なんだ。ハイズ、それは、あなただって同じなんだよ。同じ人間なんだ」
ハイズはゆっくりと振り返る。
一瞬だけ、今にも泣き出しそうな、そんな表情を見せて、すぐいつもの笑顔に戻ると、何も言わず、アニタを連れて去っていった。




