第九十五話 伝説の勇者
かつて、強力な魔族とモンスターを率いる魔王によって、人類は追い詰められていた。
圧倒的な力で世界を支配し、人類は魔族の糧としてだけ生かされていた。
そんな絶望の時代に、魔王軍に立ち向かう少女が現れた。
たとえ敵であっても出来る限り命を奪わず、時には守ろうとした者たちからも裏切られ、それでもなお人間を愛し、傷付きながら戦う彼女を、仲間たちは大馬鹿者である、という皮肉を込めて、『勇者』と呼び始めた。
そんな少女の名は……アニタ。
後に、彼女は『伝説の勇者』として歴史に名を残した。
◇ ◇ ◇
時は現代。
場所はどこかの宿の部屋。
床に寝かされたミイラの前に座っているのは……人間を弄ぶ者、呪術師ハイズ。
「にゃんにゃかにゃ~♪ 皮をむいたらグニグニ潰せ~♪ 赤く変色しってきったら~♪ 世界樹の樹液をぱぱっとかけて~♪」
床に並べた材料を鍋に入れ、料理のようなことをしていた。
虹色に光る長い髪と大きな胸を揺らしながら歌う。
「たとえ目に染みても~♪ ゲロ吐くくらいむせたとしても~♪ かき混ぜるのだけはやめちゃダメなのよね~♪」
途中で髪を一本プチっと抜いて、鍋に投入。
「最後の仕上げ~♪ なんだぁにゃ~~ん」
鍋からボワっと一瞬炎が上がって、ドロドロの赤い液体が出来上がった。
ハイズは立ち上がって鍋を持つと、ミイラのそばで膝をつき、その液体を塗り始めた。
「器の方はこれでオゥケーイ」
全身に塗り終わると鍋を投げ捨て、その場に座る。
「おもちゃを動かすには、とーぜんエネルギーを用意しないとねん」
ヘラついた笑顔のままフッと意識を失い、その場に倒れた。
そのまま一時間ほど経って、ガバっと体を起こすと、
「キャハ! 勝った勝った!」
四つん這いでミイラに近付き、その胸に手を置いた。
「ミーのおもちゃ……でっきあっがり~♪」
すると、まるで時間が巻き戻っていくかのようにミイラが生前の姿を取り戻していく。
やがて、ミイラは長い銀髪の美しい女性に変化していた。
「おはよう、勇者ちゃん♪」
目を開け、上体を起こした女性に満面の笑みで話しかけるハイズ。
「数百年ぶりの現世はど~ぉ? いや~それにしてもアニタちゃんってずいぶん高等な霊だったんだねェ。だいぶ神に近い所まで霊界を上がっていく必要があってまいっちゃったにゃあ。あ~気持ち悪かった」
アニタと呼ばれた女性は驚愕の表情で自分の体を見ている。
なにが起こったのか、理解出来ていないのだ。
「いちお~器は全盛期まで戻したけどぉ、アニタちゃんの剣だけは手に入らなかった。十年くらい前にユーの子孫が持ち出しちゃったみたいでね~。今はミーですら手出しできないトコにあるみたいだから許してねん」
アニタは必死で何かを言おうとしているが声が出ていない。
「あ~ムダムダ。戦いに関する能力以外はいらないから縛っちゃった♪ アニタちゃんはその強さでミーの役に立ってほしー」
笑うハイズに殴りかかろうとするアニタ。
しかし、その拳はハイズの顔の前で止まってしまう。
「ムダだってば~。アニタちゃんは魂レベルで支配されてるんだから、ミーの命令通りに動くしか出来ないお人形さんなのよ」
拳は自然と開いて、握手をさせられる。
だんだん状況を理解しはじめたアニタの表情が絶望に染まっていく。
と、その時。
部屋の扉が開いて、男が一人入って来た。
外見は特に目立つところのない、どこにでもいそうな中年男性だ。
ただ、その肌の色は青白く生気を感じない。
ゾンビである。
「ハイズ殿。決戦にそなえモンスターを集めてきた。必要ならいつでも動かせる」
男は無感情に、口だけを動かすようにして話す。
ハイズは笑顔のままくるっと振り返って。
「ん~、ありがたい話だけどそんなものはいらない。戦争がしたいわけじゃにゃいし。量より質で攻めるつもりだから。それよりガルドさん、体の調子はど~お? やっぱり魔族の死体じゃなきゃダメ?」
その名を聞いたアニタがビクっと反応した。
男はそんな勇者を少し見つめてから答える。
「……本来の肉体に比べれば戦闘能力は落ちるが、魔術を扱う分にはさして問題ではない」
ハイズは「そぉ」と言って立ち上がった。
「じゃ、そろそろ行こっか♪ マイラちゃんとダリウスくんを呼んできて~」
「了解した」
シュっとその場から消える男。
「これで、やぁっとおもちゃがそろった」
ハイズは遠足前の子供のようにワクワクした様子で。
「トップクラスの賞金首ダリウス、伝説の魔法使いマイラ、魔王軍の将ガルド、そして――」
震えるアニタの頬をなでながら。
「魔王を打ち倒した、みんなの勇者アニタちゃん。これがミーに用意できる現時点での最強メンバー。これを使って……」
希望に満ちた顔で。
「この地獄に降りて来た、あの宿り木のような存在に――」
何かに、すがるように。
「挑戦する!」




