第九十四話 エピローグ だって負けたら悔しいじゃない
ミランジェが意識を取り戻すと、そこは病院のベッドだった。
「あ~……。うち負けたんだ」
だんだん意識がはっきりしてきて、何があったのかを思い出す。
氷の魔法で自由を奪われた後、アゴを下から掴まれ頭を床に叩きつけられたのだ。
「あ! リンネ先生、ミランジェ起きたよ!」
そばにはフィノとリンネがいてくれた。
「おはようミランジェちゃん……気分はどうかな……?」
「サイアク」
ハッキリとした声でそう言った。
「そう……なら大丈夫そうだね……フフフ……」
とリンネは笑い、
「惜しかったね」
フィノは気遣うように微笑んでくれる。
「また負けた。あんなに修行したのに」
「そうだね……でも内容は以前よりずっと良かったよ……というかさ……ウフフ……今回負けたのはレンちゃんの――」
「何言ったって負けは変わんないし」
そっぽを向いてヘソを曲げていると、
「目が覚めたか、派手女」
「……は?」
なんとそのレンが病室に入って来た。
「な、なんでおチビがいんの?」
「仮にも今日の貴様は客だ。私が面倒をみないでどうする」
「レンはね、ミランジェをここまで運んでくれたんだよ。あたしが運ぶって言ったのに自分がやるって、ここのお金も出してくれたんだから」
「フィノ、余計なことを言うな」
「はぁ? うちそんなこと頼んでないし! いくら払ったの? 今返す!」
さっきまでいじけていたのに、頭に血が上って体を起こすミランジェ。
それを見たレンは挑発的に笑って、
「いらん。敗者から受け取るものなど何もない。悔しかったら勝ってみせろ」
「く、そ、が、き~~!」
余裕たっぷりに煽りをいれる。
「レン、あんまり意地悪しないで」
フィノは困ったような笑顔でそう言うと、出口の方まで移動した。
「あたし先生呼んでくる。二人とも病院でケンカしちゃダメだよ」
「フィノちゃん……お医者さん呼んだらさ……そのままレンちゃんと帰っちゃっていいよ……付き添いは私がいれば十分だから……」
「でも」
「ミランジェちゃんと……しなきゃいけない話もあるからさ……」
「そうですか。じゃあ、そうしようかな。ミランジェ、また明日、学校でね」
笑顔で小さく手を振って、フィノはレンを連れて出ていった。
「……で、しなきゃいけない話ってなに?」
もう一度横になるミランジェ。
目覚めた直後の、今にも泣きだしそうな雰囲気はすっかりなくなっていた。
いつもの彼女だ。
「忘れてるみたいなら……流しちゃっても良いんだけどね……」
リンネがポケットから取り出したのは、サラマンダーインストールの指輪だった。
「成長が分かる戦いをしたら返すことを考えるって……約束しちゃったしね……どうしようかと思ってたんだけど……」
「ああ、いらない。まだリンネちゃんが持っててよ。負けたのに返してもらってもうちが納得できないし。そんなことより明日からの訓練メニュー考えなきゃ」
「そう?……だったら……これはもう少し預かっておこうかな……」
その答えをあらかじめ知っていたかのようなスムーズな動作で、リンネは自分の指に指輪をはめた。
◇
その頃、病院を出たフィノとレンは喫茶店に寄っていた。
古くて小さな、いつ無くなっても誰も気にしないような、そんな目立たない店だった。
レンの一番お気に入りの店。
「いつもので」
「あたしもいつもので」
いつ来ても客のいない店の隅にある、二人用の小さなテーブルで向かい合って座る。
しばらく待っていると、年老いたマスターが二人分のお茶とお菓子を運んできた。
「……ふぅ」
一口すすって一息。
あとはもう二人の時間。
「手、大丈夫?」
「ん?」
カップを置いたレンは両の手を開く。
「問題ない。感覚は戻ってきている」
心配そうだったフィノの表情が、やわらかく変わった。
「ミランジェの剣、すごかったね」
「ああ、もう一度受けろと言われても自信がない。奴の手加減もあるが、何より運が良かった。数か月前とは剣速が別物だ」
小さく震える手を、握ったり開いたり。
「ずっと練習してたんでしょ? あの白羽取り」
一瞬だけレンの表情に力が入って、すぐにフッと笑った。
「まぁな。やはり貴様の目はごまかせん」
「あはは、たぶんリンネ先生も気付いたと思うよ」
「そうかもな。ミランジェには言うなよ? 奴一人にしぼって対策をしていたなどと……」
「言わないけど、教えたらもっと燃え上がって修行するかもね」
「冗談じゃない。あの怪物に追われる方の身にもなってみろ。にらみ合っている時点で恐怖しかなかったぞ。私の動きどころか呼吸すら感じ取られているようだった。重心を少しずらしただけで奴の剣を持つ手もわずかに動くんだ。いったいどんな修行をしたらあそこまで鋭くなるんだ」
「う~ん、お母さんが何か教えたのかもしれないね」
微笑むフィノと疲れた顔のレン。
「でも、どっちにしろ、もうすぐミランジェには追い抜かれちゃうね。あたしたち」
レンはカップを両手で持って、じっと中のお茶を見つめながら。
「だろうな。おそらく、あと一年はかからない。貴様はともかく、私はすぐに追い抜かれ、今後二度と奴に及ぶことはないのだろう」
「……レン」
「別に自虐をしたいわけではないぞ。ただの事実だ。最近そう考えるようになった」
ちょっと不満そうにレンは語り始める。
「そもそも私は過大評価されすぎているんだ。一部では天才だなんだと言われているが、物心ついた時から質の高い教育を受けているだけで、特別な物は何も持っていない。環境に恵まれただけの凡人だ。ミランジェのような"本物"には追い抜かれていくに決まっている!」
だんだんヒートアップしていくそれは、フィノにしかさらけ出すことの出来ない本音。
「神童だなんだと言われているうちは良かったが、いざ外に出てみれば本物はいくらでもいた。学院に来たばかりの頃どうしようもなくイラだっていた原因はそれだ。自分がその他大勢の一人でしかないと認めたくなかった。それに、認めたところで一度肥大化した自尊心はどうにもならん。このまま走り続けなければみじめな想いをすると分かっているのに、走ったところでどうにもならんと分かってしまったんだ。こんな残酷な話があるか?」
語気を荒くしてグチるレン。
ずっと黙って聞いていたフィノはゆっくりと口を開く。
「でも、最近のレンは本当に落ち着いたよね。ルルともよく遊んでくれてるし」
「それは……アイドル活動のせいだろうな」
「アイドルの?」
ふぅっと息を吐いてから話すレン。
「騙されるような形で嫌々入った世界だったが……なんだか上手くいってしまって、その……私は、こちらの世界では"本物"だったらしい」
恥ずかしそうに、歯切れが悪く。
「仕事で別の町に行った時にな、初対面の女に絡まれたよ。お前はこの業界を舐めてるだの、すぐに売れなくなるだの、口汚く一方的に罵られた。別に怒ったわけではないが、妙にそいつのことが気になってしまってな。後で調べてみた。そうしたら」
「そしたら?」
「売れないアイドルだった。すぐに納得がいったよ。自分が何年も何年も走り続けて、それでも手に入らないものを、ぽっと出の私が全て持っていってしまったんだ。ほとんど侵略者と変わらん。それは気に食わないはずだ」
「そうだろうね……」
「以前の私なら、みっともない奴だと見下すところなんだがな。今では気持ちがよく分かる。本物を前にして、自分の努力を否定された様な気がして、現実を認めたくなくて。腹の底ではそんな自分が何よりも嫌なんだ。あいつも大変だなと共感してしまった」
微笑みながらレンは続ける。
「なんだかもう一人の自分を見つけた気がして嬉しくなったよ。それからな、何故かいろいろと許せるようになった。貴様やリンネに勝ちたいと思いながら、実際はミランジェに追いつかれないことばかり考えていた情けない自分のことも『なんだ、別にいいじゃないか。気に食わないのも当然だろう』とな」
それはとてもスッキリとした笑顔だった。
話を聞いていたフィノはとても嬉しく、幸せな気持ちに包まれたが、言いたいことが一つだけ。
「じゃあさ、もう少しだけミランジェと仲良くしてあげたら?」
言われた途端レンは意地悪な笑みに変わって、
「嫌だ。私はあの女が気に食わないからな。ギリギリまで格下扱いしてやる。いずれ追い抜かれるにしても、その日が来るのを一日でも長く引き伸ばしてやるつもりだ」
「ええ? そこまでするの!?」
「ああ、だって……負けを認めるのは悔しいじゃないか。それも当然だろう」
「あはは、そっか、それじゃあ仕方ないね!」
「貴様に勝つことも諦めたわけではないぞ。強くなろうとすることはやめん。心の整理がついて、むしろ修行には集中出来るようになったからな」
「うん、レンだってどんどん強くなってるもの」
心を通わせ笑い合う二人。
やがて、レンはポツリと、つぶやくように次の話を切り出した。
「この間、試験に合格して三回生になったんだがな。その次の日、学院長に呼び出されたよ」
「学院長先生が?」
「学院を卒業したら、教員として働かないかと誘われた。リンネの推薦らしい」
「……レンはどうするつもりなの?」
「悪くないと思っている。家は姉が継ぐだろうし、この町にも愛着があるしな。なぁ、フィノ。これはきっと、また新しい世界への挑戦になる。私に、教員が務まると思うか?」
フィノはにぱっと太陽のように笑って、
「大丈夫だと思うよ。レンなら、ぜったい良い先生になると思う!」
温かくそう言った。
◇
病院で問題なしと判断されたミランジェは寮の部屋に戻って来た。
「……あ~、やられたな」
刀を置き、倒れるようにベッドに転がると、枕を掴んで壁にボフッと投げつけた。
やつ当たりである。
『こんな時間に暴れるのはやめとけよ。隣はともかく下には人がいンだから。メーワクになる』
「うっせ。久しぶりに出て来たと思ったら説教かよ」
ウザそうな態度はとったけれど、心の中は少し弾んでいた。
『剣速もそうだが、魔法の威力もずいぶん上がったな。確か初めて戦った時は氷の鎧をはがせなかった』
「まぁね。負けたのは一緒だけど」
『ヘソ曲げんなって。あと半年鍛えたらまた挑戦してみろ。次は勝てるよ。ウチが保証してやる』
「あんたに保障されてもな。自画自賛してるみたい」
ベッドの上で座ってお話モード。
『な、良い戦い見せてもらったから、ちょっとだけウチのこと教えてやるよ』
「……それ刀の話? もういいよ。嫌な思い出なんでしょ」
『そうだけど、言いたくなった。聞いてくれよ』
「なら聞くけどさ……」
『学院をやめた後な、村に戻る気にもならなくて、この国を飛び出したンだ』
「家帰んなかったんだ。じゃあどうやって生きてたの?」
『ショボイ傭兵団に入った。あの頃はとにかく荒れてて、思い切り暴れられて金も稼げる傭兵は都合がよかった。この世の汚い部分はだいたいそこで味わったな』
「ふ~ん、うちが傭兵ね」
『ただ、当たり前だけど傭兵ってのは戦場を選べない。賊やモンスターが相手のうちは良かったが、時には嫌な敵とも出会う』
「……」
『あいてはとある国の兵士で、同い年くらいの若い男だった。実戦経験はほとんどないみたいでえらく緊張してたな。敵陣に潜り込んでたウチを見つけちまった運のない野郎だった』
「もういいよ、聞きたくない」
『笑えるくらい楽勝だった。魔法一発で追い詰めて、トドメを刺そうと思って近付いたらさ、泣いて命乞いするんだよ。そいつ』
「聞きたくねーっつってんだろ!」
『なんて言ってたかは曖昧にしか覚えてねーけど、あの姿は今でも忘れない。手についてた汚れや小さな傷までしっかり思い出せる。心底嫌だったけど、仕事だからな。この刀で斬った』
もう一人のミランジェは体を乗っ取って、ベッドから下りると、刀を手に取った。
『仕事だったから仕方ないってそン時ゃ乗り切ったけど、何一つ罪のない奴を殺したのは初めてで、なんだかなぁ、憧れのあの人とか、強くなりたいと想ったあの日の自分とか、ウチのことを最後まで心配してくれてたフィノとか、そういうの全部に、泥かけちまったような気がしたンだよ。刀を見るたびにそれを考えるようになって、気が狂いそうになったから手放した。ウチは宝物をゴミに変えちまったンだ』
刀を握りしめた、その左手は震えていた。
『ホラ見ろ。体も脳も無くなってるのに、魂にはしっかり刻まれてる。無意識に拒否してるンだろうなぁ。刀はウチの夢そのものだったから……』
「……あのさぁ」
だんだん震えが強くなっていくその左手を、突然動いた右手が、ぎゅっと力強く支えた。
「うちは夢、捨てねーから」
気の利いた慰めの言葉はいくつか浮かんだけれど、もう一人の自分の人生に対して、そんなもので応えるのは失礼な気がして、ミランジェはただ、素直な自分の想いを伝えた。
もう一人のミランジェは何も言おうとしない。
ただ、胸の中に感じるもう一つの魔力が、熱く燃え上がった気がして、
「ぃよっしゃあ! 今から走り込み行ってくっかぁ!」
これまでよりもさらに熱くなって、ミランジェは部屋は飛び出していった――。
~あとがき~
GWにこんばんは! 作者です。
なんか前回GWに次話投稿出来たらいいなぁみたいな事言ってたんですけど、今回のお話が想像以上に短くまとまっちゃって、実は一週間くらい前に書き終わっちゃってました。
真面目回って書きやすいし文章も少なくなりがちなんですよね、ふざけないから。
さて次回はいよいよ最終決戦です。
何かが終わるっていうよりかはうねうねマジックというお話に一区切りがつく、そんな感じの最終章です。
実はもう書き始めていて、この投稿作業中にも書いていました。
今三話目の最初のシーンを書いてるんですけど、なんとまだ最初のバトルが始まってません。
真面目回は短いとは何だったのか。
ラストなだけあってウェブ小説にあるまじき密度になりそうですが、そこは最後なんで、読んでもらえるんじゃないかなぁという甘えもあります。
それでも書きたいものと書かなきゃいけないもの、書かない方がいいもののバランスはとってるつもりです。
五月中の完結を目指して毎日書いてるんで、よかったら最後までお付き合いください。
内容的にはハードな展開も途中ありますが、結末としては凄くうねうねマジック『らしい』ものになります。
このお話は何が起こってもフィノたちは日常に必ず帰ってくる、とどっかの後書きで書いた覚えがあるんですが、その辺を意識しながら読んでもらえたらと思います。
超展開が超展開と思われないための種まきはしっかりやってきたつもりです。
あとはまとめるだけですね。
頑張ります!
では完結した後にまた!




