第九十三話 『炎』と『氷』その2
リンネと共に訓練場に戻ったミランジェは、新しいバトルスタイルについての説明をしていた。
「――ってわけで、右と左に役割を持たせて鍛えたいんだけど、どう思う?」
ヒュヒュっと右手を振りながら言うミランジェ。
「うん……いいんじゃないかな……」
リンネの返事はあっさりとしたものだった。
「そんだけなの? なんかいろいろ言われるかと思った」
正直長々とダメだしを食らう覚悟もしていた。
訓練の内容については普段からアレコレとうるさく言われているからだ。
「そうだね……魔力の扱いが上手くなりたい……とかだったら私も教えられること多いんだけど……戦闘スタイルについては難しいんだよね……だってさ……武器も魔法も使わず素手で勝ちたいって人いたらバカだと思わない?……でも世の中それで本当に強い人とかいるんだよね……だからうかつなこと言えないんだよ……ここで私が十中八九ムリだと思っても……もしそれでキミが強くなっちゃったら嘘つきになるから……こういう場合とりあえず『いいんじゃない?』とか言っておくのが安定なんだよね……」
「あ~なんかすげーリンネちゃんっぽい答えきたな」
「その戦い方をする人を私は知らないし……過去にいたって話も聞かないから……なんとも言えないってのが答えにはなっちゃうんだけど……理想とする具体的なイメージを作って……そこに向かって必要なことをしよう……っていう考えが出来るようになったのは素晴らしい成長だと思うよ……最高の魔導士を目指すのなら……いずれは一人で進めていく必要があるからね……試行錯誤は必須と言っていい……なんなら失敗してやり直す経験をしておくのも後々プラスになるんじゃないかな……」
「なんかあいつと同じようなこと言ってら」
「うん?……あいつって……?」
「なんでもなーい。ところでさ――」
ぱっと笑顔になったミランジェは、手を合わせた「お願い」のポーズを作った。
「もしおチビに勝てたらさ、うちの指輪そろそろ返してくんない?」
「ああ……サラマンダーインストールか……」
するとリンネは指輪をひとつ取り出して見せた。
これは自らの魂を焼いて凄まじい魔力を生み出す、というとても危険な魔法が秘められた指輪だった。
以前ミランジェから取り上げた物である。
「そうそれ! っつかリンネちゃんそれ持ち歩いてんの?」
「万が一にも持ち出されたら困るからね……必ず目が届くところに置くようにしてるんだ……」
「ひどっ! うちが泥棒するって疑ってんの?」
「そうじゃないけど……ミランジェちゃん以外が持ち出す可能性も考えてるの……貴重な物だから高く売れるしね……」
「へ~、で、どうなの? おチビに勝ったら返してくれてもいんじゃない?」
そうだね……と考えるリンネ。
「絶対にだめ……と言いたいんだけど……先生としては……キミのやる気をそぎたくないからな……じゃあ条件を付けようか……精神的に成長したな……と私に思わせるような戦い方が出来たら……返すことを考えてもいいよ……」
「精神的にかぁ」
うむむ……と考えるミランジェ。
クールな顔して勝てばいいのかな? とかちょっと浮かんで来た。たぶん間違ってる。
「ふふふ……それじゃ……私は部屋に帰ろうかな……」
リンネは指輪をしまうと、今度は笛を取り出して吹いた。ぴっぴー。
「はいはいはいはい、今行くよ」
すると、台車のようなものを押しながらもの凄い速さでメイドさんがやって来た。正体は忍者かもしれない。
「ほら、さっさと乗りな」
メイドのスズちゃんは嫌っそうな顔と声を隠そうともしていなかった。
リンネはよっこいしょと足を横に揃えて台車に座る。お姉さん座りというやつだ。
「そうだミランジェちゃん……キミのやろうとしてる戦い方なんだけどね……欠点をひとつ見つけたよ……」
「マジ? なになに?」
人差し指を立ててリンネは話す。
「それはね……右腕だけムキムキになっちゃうこと~……」
そしてガラガラと運ばれて行った。
「……左も鍛えよ」
もう一度、訓練用の剣を取りに行くミランジェだった。
◇
そんなこんなであっという間にイベント当日。
この日のため、いつも以上に修行したミランジェは、フィノとリンネに連れられ町の劇場にやってきていた。
「なに、この人たち皆おチビ目当てで来てんの?」
観客席に座っている三人。
あまりの人の多さにミランジェは圧倒されていた。
「最初は公園とかでやってたんだけどね……いつのまにかファンも増えちゃって……入りきらないから最近では劇場を借りるようになったんだよ……」
ミランジェの右の席にはリンネが。
「レン凄いよね。遠い国から招待されたりもするんだよ」
左にはフィノが座っている。
「おチビの奴……どうしてこうなったんだろ?」
以前戦った時にはどちらかと言えば嫌われていたはずだ。
世の中というのはどうなるか分からないものである。
「待たせたな! 雑魚どもォ!」
しばらく待っていると、華やかな衣装のレンがステージに現れライブが始まった。
ファンたちは全員が立ち上がり、どういう仕組みなのかもよく分からない謎の光る棒を振って盛り上がっている。
フィノやリンネまでもだ。
(なんかイライラしてきた! ぜったい負けらんねー!)
隣で楽しそうに飛び跳ねているフィノを見て、ミランジェは闘志を燃やしていた。
◇
盛り上がる劇場でミランジェは一人座り、目をつむって精神を集中させている。
普段ならこうしているともう一人の自分が話しかけて来るのだが、あのケンカから一言も口をきいていなかった。
刀のことはもういいと思っていたが、なかなか最初の言葉が見つからない。
勇気を出して踏み込めばすぐに仲直り出来そうだけれど、それはある意味、最強の魔導士になるよりも難しいことだった。
「は~い、それでは今回の特別イベントを始めたいと思いまーす! 付き人権をかけたレンちゃんとのバトルで~す! 自信のある方はステージに上がってくださーい!」
司会のバニーさんからそう声が掛かった。
「……よっしゃ!」
パチっと頬を叩いて気合いを入れ、ミランジェは立ち上がり、
「んじゃ、行ってくるわ」
フィノとリンネにそう言って、挑戦希望のファンたちに混ざってステージに上がった。
「あらら、思ってたより集まっちゃいましたね~。レンちゃんどうします? 全員まとめてでもいいですか?」
バニーさんの問いかけにレンは答えない。ただ黙ってミランジェを見つめていた。他は全て眼中にないというように。
「え~、レンちゃんから返事がないので、全員まとめてでいいですよね? どうせ相手にならないし……。それでは、レンちゃん対ファンチーム! いってみましょおおおお!」
レンに飛び掛かるも、拳や蹴りで流れ作業のようにステージから落とされていくファンたち。
ミランジェは腕を組んでじっと待っていた。最後の一人になるのを。
「さて、雑魚は片付けたぞ」
ようやく口を開いたレン。ここからが本番だと指を鳴らす。
その時、バニーさんはステージに残ったミランジェにようやく気が付いた。
「あ! ミランジェちゃんじゃないですか! ちょっと待ってください、二人とも本気ですかぁ!? あの~このステージはあくまで借りてるだけなんでぇ、あんまりすごい魔法とか使われちゃうと――」
「わ~ってるよ。心配しないで」
右手で握った刀をスッと鞘から抜いて、肩に担ぐ構えを取る。
左手には魔力を一気に集中させ魔法の準備。凝縮された熱気で手の周りの空間がゆがむ。
新しいバトルスタイル、形だけはある程度仕上げてきていた。
「さくっと終わらせるから」
ミランジェはとても落ち着いていた。
対するレンはその姿を見て、
「以前とは別人だな」
手を開いて構え、その身に冷気の魔力をまとわせた。
敵の攻撃時にはこの魔力が氷の鎧に変わってレンを守るのだ。
初めから本気である。
「しかも、熱さはさらに増している」
両者は互いに動かず、まばたきすらやめ相手の出方をうかがう。
しばらくにらみ合ったところで、
「……いくぞ」
レンが動きだす。
徐々に速度をあげるよう近付き、刀の間合いギリギリで急停止、フェイントをかけ、全速力で周り込もうと横に動いた。
常人にはまず対応不可能な速度、しかし――。
「おせェッ!」
その動きを、ミランジェは完璧にとらえている。
「ファイアーボール!」
圧倒的な威力の炎のかたまりがレンに直撃。
一撃で氷の鎧を破壊し冷気の魔力をはぎ取った。
とはいえ、魔力が尽きない限り一瞬で元に戻るのだが……。
「そこだァッ!」
その一瞬に合わせ刀を振るった。素晴らしい剣速。
これなら氷の防御は間に合わない。
しかし…………それでも、レンには届かなかった。
「みね打ちか。甘く見られたものだな。刀を返す動作がなければ、止めるのは難しかったはずだ」
両手のひらで挟むように刀を止められていた。白羽取りだ。
「!?」
すぐ左手に魔力を集めるが、
「遅い、アイスショック!」
冷気の波動が刀を伝わり、ミランジェの全身を襲った――。




