第九十二話 新たなバトルスタイル
朝。
日課の走り込みを終えたミランジェは、まだ人の少ない訓練場にやってきていた。
『おい、それ両手用だろ』
誰かに話しかけられたわけではなく、その声は頭の中に直接響く。
いつしか聞こえる様になったもう一人の自分の声だ。
「そうだよ」
小声で返事をして、訓練用の大剣を右手だけで持ち上げた。
「ぐっ……ううー!(やっぱ重いな~)」
歯を食いしばりながら剣を構え、その姿勢を維持する。
『なんのつもりだよ? 目的の無いハードトレーニングはやめろってリンネに言われただろ』
(目的なら……あるよ……!)
ゆっくりと剣を置いて、ぶはっと息を吐き出した。
(こないだスズちゃんの戦い見て思ったんだけど、あの子、刀の扱いがめっちゃ上手いんだ)
『ま、あれは専門家みたいなモンだしな』
座って、息を整えながら頭の中で会話する。
(片手でモンスターをスパスパ切り裂いてんだもん。そんで空いてる方の手でぜんぜん違うことやってんの。別の武器投げたりとか。もう早過ぎだし強すぎだし、なんか同じ武器使ってる気がしなくってさ、ちょっと真似してみたんだよね)
『あぁ、たしかにこないだ右手だけで素振りやってたな』
(やって分かったけど、片手だけで早く正確に刀を扱うってチョー大変なんだ。上手くいかないどころか、しばらく振ってたら指プルプルになっちゃった……。うちはまだスズちゃんのこと舐めてたってわけ。あの子、技だけじゃない。肩も腕も手首も指も、信じられないくらい鍛えあげてる)
『だな。ウチらとは生きて来た世界が違う』
(でも、絶対真似出来ないってほどでもない気がした。――でさ、スズちゃんのスタイルを参考に、ちょっと新しい戦い方を思いついたんだよね)
すくっと立ち上がり、
「右手でスズちゃんみたいな素早い剣術、左手に必殺の魔法。それぞれ役割を決めて特化させる。コレ!」
拳をにぎってそう言った。
『へェ、それで右手にしぼって鍛えてんのか。そうだな……基本的には両手持ちの方が安定するし、威力も出る。ただまぁウチらには火力バツグンの魔法があるから、刀は速度を追求しようって考えはそう悪かない。いずれにせよ最強を目指すなら試行錯誤は必須だ。やってみりゃいいわな』
もう一人の自分はとても楽しそうに話す。
(他人事みたいに言うケドさぁ、あんたはどうしてたの? そういや剣術についてはほとんど口出してこないよね)
ただ、その言葉で楽し気な雰囲気は消えてしまった。
『……ガキの頃学院をやめて、わりとすぐに刀は売っちまったよ。ウチはそれからずっと魔法だけで戦ってた』
「はぁ!? どうして!」
つい大きな声を出してしまったミランジェ。
周りの視線に気付いて縮こまるように座ったが、それでも怒りは収まらない。
(うちらにとって刀がどんだけ大切かあんただって分かってんでしょ! なんで売ったりしたの!?)
『ンなこたどうだっていいだろうが!』
(良かねーよボケ! 説明しろ!)
『少しは大人ンなったら教えてやるよ、ガキ!』
「んだとコラァ!」
また大きな声で立ち上がってしまった。
やはり痛いくらいに視線を感じたので、愛想笑いで誤魔化しながら、ミランジェは逃げるように訓練場を後にした。
◇
「ってわけでさ~、そっから一言も喋んないでやんの! あいつ!」
コップの中身を一気に飲み干して、ミランジェは勢いよくテーブルに置いた。イライラタイム。
「そっか、もう一人のミランジェが……」
正面に座っているのはフィノ、ちぎったパンを口に入れると「う~ん」と考え込んでしまった。
現在学食でお昼中。
「フィノっちはなんか聞いてない?」
もう一人のミランジェについては、肉体を共有している自分よりも詳しいフィノである。
何か知っているかもしれなかった。
「あたしは刀について直接なにかを知ってるわけじゃないけど、色々と話は聞いたからなんとなく想像は出来るよ」
「マジで!」
「でも、それはあたしが言っちゃダメなことだと思う。もう一人のミランジェにだってきっと悲しいことだったハズだし、いつかは教えてくれるって言うんだったら、今は焦らずに待ってみたらいいんじゃない?」
ミランジェを落ち着かせるように、やわらかな声と笑顔でそう言う。
「……う~」
フィノの言葉はその通りだと思ったが、やっぱり納得出来ない。
ストンと気持ちよく感情が落ちないのだ。
ちょっとムキになってしまっているのかもしれないと自分でも思った。
「ああいたいた……ちょっと探しちゃったよ……」
そんな時、ボソボソと喋りながらやってくる女がいた。
長い黒髪で顔を隠した教員、彼女は二人の担当の先生だ。
「リンネちゃんじゃん。どったの?」
「実はさっき……仕事を終えて帰って来たんだけどね……部屋にこんなものが届いてた……」
リンネはピラりと一枚の紙を取り出してテーブルに置く。
「なにこれ、おチビのライブ?」
「あ、これあたしの家にも来てた」
レンの公式ファンクラブ会員に送られてくる通知のようだった。
次のイベントについての日時や場所などが記載されている。
「ミランジェちゃん……ここ読んでみてよ……フフフ……」
嬉しそうに指を差すリンネ。
「ん~~~? 『今回はレンちゃんとファンの対決企画を準備中。凄まじい強さを持つ彼女をほんのちょっとでも苦戦させることが出来れば、なななぁ~んと! レンちゃんの付き人になれる権利をプレゼントしちゃうぞ! 腕に自信があるならばぜひ立候補してみてほしい』 へぇ、おチビこんなことやってんだ」
ど~でも良さそうなミランジェ。
で? って感じである。
「ミランジェちゃん……これはチャンスだよ……レンちゃんってさ……普通に挑んでもまともに戦ってくれないだろ?……でも……大勢の前で勝負を挑まれれば……逃げるわけにはいかないよね……なにより公式の企画だし……」
「あっ! そっか!」
一度負けてからというもの、何度か再戦を申し込んではみたのだが、まともに相手をしてもらえたことはなかった。
レンは相手が格下だと思えば名前を覚えることすらしないのだ。
そういうところもミランジェは鼻につく。
「ミランジェちゃんも学院に来て大分強くなったからね……勝てるかどうかは分からないけど……そろそろもう一回手合せしてみてもいいんじゃない……フフフ……」
それまでのイラつきが全てどうでもよくなったミランジェは食い入るように紙を見ていた。
イベントがいつかを確認しているのだ。
「二十日後か! お~っし、それまでに新スタイル完成させるぞ! リンネちゃん! 食べ終わったら修行すっから付き合ってよ! 相談したいこともあるし」
怪しく笑っていたリンネが「えっ、今から?」と普通の声を出した。
「あのね……ミランジェちゃん……私昨日からずっと仕事で町離れててさ……さっき学院長に報告して来たばっかなんだよね……今日はもうオフなんだけど……」
「オフならいいじゃん! フィノっちも良かったら付き合ってよ」
「ごめん、あたしは午後から魔力性質についての授業あるから。でもジズ先生だったから終わるの早いかな。終わったらのぞきに行くね」
「サンキュー!」
食べている時間すら惜しい、と大急ぎで食事を終わらせたミランジェ。
気合いを入れて立ち上がり、まだぶつぶつと何か言ってたリンネを連れて出ていった。




