第八十五話 愛・戦士
レンたちと別れたラミィもまた、ゴールを目指し通路を走っていた。
「え、みんな、どうしたの……?」
途中で見つけたのは他の参加者たち。
ある者は青い顔で壁を背にして座り、またある者は床に倒れ「おええ……」とうめき声をあげていた。
地獄絵図。
「や、やだ、どうしよう」
恐怖で足が止まる、この先にいったいどんな恐ろしいものが待ち構えているのか。
「ううん、ぜったい負けないって、約束したもん」
レンとルルのためにも、ここで逃げるわけにはいかないだろう。
勇気を振り絞ってラミィは足を進める。
すると少し先で、
「おーっす。ここは簡単には通さないぞ」
「あなたはルルちゃんの……」
途中で待ち構えていたのはセス。
隣にはフタをされた大きなツボがあった。
「弱っちくてもなんとかなる度胸試しを用意してくれってリリムに頼まれてさ、けっこ~きちぃけど、やってみるか? ちなみにまだ誰も抜けた奴はいないぜ」
挑発的な態度で言うセス。
「やります!」
さっきダウンしていた者たちの姿が一瞬頭をよぎったが、逆に考えれば、突破出来れば誰よりも前に出られる。
ラミィの返事は早かった。
「へへっ、そうこなくっちゃあなぁ」
「あの、わたしは何をすれば?」
「簡単だよ。あたしが用意した食い物を食ってもらう」
厳重に閉じられたツボのフタを開け始めるセス。
「世界を周ってるとそりゃあ色んな料理があるんだけどさ、なかには食べるだけでも大変なヤバイ料理がいくつかある。度胸試しにはちょうど良いぜ」
セスがフタを少しずらした時、ラミィはその試練がどういうものかを理解した。
「ううっ!?」
臭い。
信じられないくらい臭かった。
これまでの人生で最悪というくらい臭い物でもまだ全然マシだったと思えるくらいの酷い悪臭だ。
「ドドリアンって魚を塩とドラゴンの唾液で漬けて発酵させたギャラクシーストレミングって料理さ。あたしが知ってる限りじゃ世界で一番臭い食い物だ。こいつをひとつ食い切れたら通してやる」
フォークを使ってツボから取り出されたのは茶色く変色した魚の切り身である。
セスはそれを皿に乗せるとしっかりとツボにフタをした。
「ほら、食ってみろ」
「うええ……」
皿を受け取ったはいいがあまりの臭さに意識が何度もトビそうになる。
涙と鼻水がどうにかして体を守ろうと湧き水のようにあふれ出てきていた。
「ううううう……」
レンちゃん、わたし、悲しくなんてないのに……涙が止まらないよ……。
初めての経験である。
辛かった。
本当に辛かった。
「無理はするなよ? 優勝したってたかが豊胸ポーションだぞ」
「ッ!」
しかし、ラミィを思いやって口にしたセスのその言葉が、
(豊胸ポーション!)
逆に彼女に火を付けた!
(何としても、何としてもレンちゃんに飲ませるんだ!)
思い描いていたのは、巨乳化して恥ずかしそうにポーズを決めるレンだった!
「やぁあああああ!」
気合いの声と共にフォークを力いっぱい掴み、一口でその魚を口に入れた。
これが少女の愛だ!
「やめろ! そんな一気にいったら――」
「うっぎゃあああああああああ!!!???」
絶叫の後、ラミィは泡をふいてその場に倒れた。
愛の戦士は力尽きてしまったのだ……。
◇
そしてチームに残された最後の希望、ルルは、
「"パイナップル"」
「えっと、"ルアー"」
「"アイドル"」
「えっと、えっと――」
しりとり勝負の真っ最中であった。
これで他の参加者に勝たねば先に進めないのだ。
「えっと」
現在大苦戦中である。
対戦相手は卑怯にも『る』で終わる言葉ばかりを選んでこちらの選択肢を奪ってきていたのだ。
小さな子供相手になんて奴だ!
「……えっと」
制限時間は残り十秒を切っていた。
負けがほぼ確定し、じんわりと目が熱くなり始めた、そんな時、
「ルルちゃん……キミの名前は……なぁにかな~……フフフ……」
後ろからぬぅっと現れるリンネ。
「あっ、そっか、"ルル"」
「えっ、うそっ、まじぃ!?」
急に慌て始めた対戦相手。
まさかのカウンターである。
選択肢を奪い続けたことが裏目に。
「まいりました……」
「あっそ、やったぜ」
天に拳を突き上げるルル。
奇跡の逆転勝利だった。
「ふふふ……良かったね……」
ルルがくるりと振り返ると、怪しくリンネが笑っていた。
「ありがと」
「どういたしまして……一緒に行ってもいいかな……?」
「いいよ」
先に向かって走り出す二人。
「どうしてルルを助けたの?」
「ルルちゃんと一緒にいるのが……現状一番ゴールに近いからだよ……」
「なんで?」
「知りたい……? つまらないうえに長いよ……いいのかな~……」
「いいよ」
「分かった……まずね……このゲーム……今の時点では多分すべてのルートが行き止まりだよ……」
「???」
意味分かんねーぞ? と目をぱちくりさせるルル。
「リリムさんがね……誰にでもチャンスがあるっていうのを……ずいぶん強調してたでしょ?……いくら足止めや運の要素があるとはいえ……私たちみたいなのが本気で走ったら……さすがに一般人じゃ勝負にならない……普通の人が一つの道を調べてる間に……三往復は出来るだろうからね……」
話している途中で、前方から鳥型のゴーレムが飛んで来た。
リンネの腕に留まり、土の魔力に戻り回収された。
「何か対策があるんじゃないかと思って……いくつかのルートを調べてみたらさ……どこも行き止まりなんだよね……この結界内ではすべてを思い通りに動かせるみたいだし……恐らく最初は全ルートが外れ……強い人たちが二つ目に入ったあたりで……人数の少ない所を選んで解放……そんな筋書きじゃないかな……」
「うむ、うむ」
相づちを打ちながら聞いていたがよーわからんというのが本音だった。
人生とりあえずうなずいておけば何とかなるのだ。
「ルルちゃんについてきたのは……ルート解放のタイミングで……身内を優遇する可能性があったから~……♪」
「うむ」
あまり肯定しない方が良い言葉にもそう言ってしまった。
それを聞いたリンネはクスクスと笑い、しばらく二人で走っていると、上に向かう階段が見えてきた。
「読みが当たったのかどうなのか……いずれにせよ正解だったみたいだね……良かった良かった……」
「うむ」
ガシッと握手を交わして、二人は階段を上がっていった。
◇
ルルの活躍(?)で予選を突破したラミィたち。
終了後に二階で合流した。
「ルルちゃーん! ありがとう!」
「……よくやったな」
「うむ」
どことなくドヤ顔のルルと褒めてはいるが悔しそうなレン。
「ラミィ、なんか臭うよ、どうしたの?」
「お願いだから何も聞かないで、もう忘れたいの……」
ラミィは涙をこらえて口臭消し用の丸薬を口に含んだ。
セスが用意しておいたくれた物だった。
『よし。予選通過者がそろったようだな』
飛んで来たのは大会の主催者、リリム。
予選を勝ち抜いた十チームに語りかける。
『それでは本戦を始める。なお、ここからの戦いは公園に設置された大水晶にて広く公開されている。意中の女などがいるのなら、ぜひとも頑張ってアピールしてみてほしい。我はそれを全力で応援すると誓おう』
「なんだとぉ!? ふざけるな! ゲームの内容によってはただの恥さらしになるぞ!」
普段から恥ずかしい思いをたくさんしているからかレンの反応は早かった。
だがリリムはそれを無視。
『次のゲームの準備を始める。各チーム代表者を一人選んでくれ。選ばれた者は別の部屋に移動してもらう』
それを聞いたラミィたちは輪を作って作戦会議を始めた。
「代表者だって、どうしよう……?」
「ルルが行ってもいいよ」
「待て、私が行こう。ルルを一人にするのは不安だ」
「麻雀で負けて何も出来なくなってたくせに」
「あれは運が悪すぎただけだ! 私は負けていない!」
大騒ぎしながらもレンに決まりました。
不機嫌そうにリリムの元に向かう。
『全チーム代表者が決まったな。それでは我についてこい。他の者たちはここで少し待っていろ』
代表者たちを連れて別の部屋に行ったリリム。
残された者はやがて雑談を始める。
「リンネ先生! 次はどんなゲームになると思うでござるか~?」
「そうだね……ま……壁に埋め込まれた投影水晶……あれは確実に使うんだろうね……」
投影水晶は全部で十個。全てに番号がふってあった。
「そ! そんなところに気が付いてしまうとはぁ~! やはり……お主……天才にござるか!?」
「いや……誰でも気付くからね……」
「ちっちっち! 最近はこうやってめちゃくちゃに褒めてもらえるマンガが若者たちのトレンドにござる」
「あ……そうだったんだ……ごめんね……プリメーラちゃん……」
とまぁこんな感じでお喋りしていると、しばらくしてリリムが一人で戻って来た。
『ふぅ、ずいぶん手こずらせてくれる。セスとメリルを連れてきて正解だったな』
なんだか疲れた様子で。
『待たせたな女たちよ。次のゲームを始めるぞ。ここで六チームにまで絞らせてもらう。壁に埋め込まれた水晶には当然気が付いているな? これからあそこに……代表者たちの体の一部を映し出す』
ざわざわ……。
『お前たちには何番の水晶にチームの代表者が映っているのか当ててもらう。もちろんレンのように体の小さな者の写真は我の術で加工しているので、サイズで判別するのは不可能だ』
ラミィ、にやりと。
『先に正解したチームから次に進む速い者勝ちのルールではあるが、お手付きのペナルティは大きい。一度間違えたら他のチームが全て不正解になるまで回答権を失う。くれぐれも慎重にな。何か質問はあるか?』
特に参加者側から質問はなく、リリムはうなずくと手を振り上げた。
『ではスタートだ。まずは……尻の写真から』
並んだ水晶にぷりっぷりのお尻が映し出された。
ちょっと……いやかなりアレな光景である。
『まぁ、これは一番難易度が高い。ここで答えることの出来る者など――』
だが、それがいた。
黙って手を上げるは愛の戦士、ラミィ。
『お手付きのペナルティは重いぞ? いいのか』
ちょっとバカにしたようなリリムの態度。
「大丈夫です。もう、分かりましたから」
ラミィの瞳はただひたすらに真っ直ぐだった。
『ほぅ。ならば答えてみろ』
「レンちゃんのお尻は五番、ですよね?」
リリムの表情が変わる。
『馬鹿な……尻だけで、しかもレンのものは加工してあるのだぞ!?』
魔族、うろたえる。
「わたし、レンちゃんのことはいつも見てますから」
そう答えたラミィの顔はさわやかだった。
『せ、正解だ。先に上にあがっていろ』
「はい。ルルちゃん、行こ」
他の参加者たちから拍手が起こる。
愛の戦士は完全に復活していた。




