第八十話 突入、ゴキブリンの巣
「ラッシュヴァイン!」
触手を引っかけて民家の屋根に上がったフィノ。
屋根から屋根へ飛び移り、直線的に目的地を目指す。
(二人とも早いなぁ。もう見えないや)
人外の身体能力を持ってしてもセスとエリザにはまるで追いつけない。
ミランジェや警備隊のことは確かに心配だったが、そんな二人が先に向かったという安心感もあった。
もちろん、フィノも一般人から見ればとてつもなく早い。
飛んで走って触手を引っかけ、あっという間に自宅近くの空き地に着いた。
そこで見たものは――。
「はぁぁぁぁぁ!」
巨大ゴキブリンの群れを相手に、レイピアと風の魔法で嵐のように戦っているエリザと、
「くらえ! 殺虫ぱんち!」
派手さはないが、圧倒的な強さで暴れているセス。
次々と突っ込んでくるゴキブリン全てに拳でカウンターを決めていた。
とても楽しそうに動き回っている。
「やっぱり、あたしの出番なんてなかったか」
二人の戦いぶりを少し見てから空き地を見回すと、離れたところで休んでいるミランジェを見つけた。
そばには警備隊の隊員たちもいる。
倒れている者はいないようで、ほっと胸をなでおろして駆け寄った。
「ミランジェ! 大丈夫?」
「あ、フィノっち……」
なんだかあまり元気がないミランジェ。
「どこかケガでもした?」
「や、ホントにダイジョブ。さっきまで結構危なかったんだけど、あの二人が来た途端ぜんぶひっくり返っちゃってさ。それがちょっと、悔しいなって思っただけだよ」
「そっか、強いもんね。お母さんたち」
見たところ大きなケガをしたものはいないが、ミランジェも隊員たちも疲れ果てているようで、その姿は先ほどまでの戦況がとても厳しいものであったことを十分に感じさせた。
「……あれ」
セスとエリザの戦いをながめていて、ふと思うことがあった。
「エリザ先生、前にリリムと戦った時よりずっと強くなってるな」
元々凄まじい速度と剣技を誇っていたエリザの技にさらに磨きがかかっているように思えた。
数えていたわけではないが、セスよりも多くの敵を倒しているようにも見える。
やがて最後の一匹をレイピアで突き、風の魔法で粉々に吹き飛ばし、空き地での戦いは終わった。
「うぉ~い! フィノ、ミランジェ。平気か~?」
激しい戦いの後だというに、けろりとした顔で歩いてくるセス。
ふぅ、と息をつき、レイピアを収めたエリザも一緒に。
「平気だよ。あたしは何もしてないからね。それより、お母さんとエリザ先生に学院長先生から伝言、次の指示があるまでここで待機してて欲しいって」
「ええ、了解しました」
「ええ~?」
露骨に不満そうな態度を取るセス。
「せっかく巣も見つけたし、あいつらとの戦い方も分かって来たんだけどな~。この分なら百匹くらいは同時に相手できそうだってのに」
指の骨を鳴らしながら、空き地に開いていた穴を見る。
「この程度は準備運動、ということですわね」
「へへ、まぁな。お前がエリザだろ? ニケから聞いてる。学院長の後釜だってな。まだ若いのに大したもんだよ。あたしより足の速い魔導士なんて初めて見た。こりゃ期待されるわけだわ」
「恐縮ですわ」
エリザはスカートをつまんで礼をする。
「エリザ先生、リリムと戦った時より強くなってますよね。そういう立場になっても厳しい訓練を続けることが出来るのは、本当に凄いことだと思いますよ」
フィノにまで褒められ、ちょっと照れくさそうに、エリザは口を開く。
「いえ、気を引き締めたのは最近になってからですわ。今思えば、学院長補佐に選ばれたことでワタクシは調子に乗っていた。かつてのライバルにも追いついたという自信があった。ですが、現実は違った。追いつくどころか大きく差が開いていましたわ。人間としても、魔導士としても」
ミランジェを見てから、続きを話すエリザ。
「レンさんとの試合で命を賭けたミランジェさんを見てから、ずっと引っ掛かっていたことがありました。教員になってからいつの間にか消えてしまっていた思いがあった。それが大人になることだと考え目を背けていましたが、ワタクシが停滞していたのはソレが原因だと分かりました」
腰のレイピアに手をかけて、エリザは笑う。
「『あんな奴には死んでも負けたくねー』っていう子供じみた意地。ミランジェさんの戦いと、あの魔族に敗北したことで取り戻すことが出来ました。今では剣技と魔法をイチから鍛え直していますの。たまにやっているルルとの肉弾戦もだんだん通用するようになってきているんですのよ……。ふふふ、あはははは。待ってなさいよハレンチ魔族に電気兎!」
普段の上品な言動からはかけ離れた、汚い汚い感情をむき出しにした、下品な顔と笑い声。
でもそれが、飾ることをやめた本当のエリザの顔だった。
◇
フィノたちが雑談しながら待機していると、白衣の美女とおさげの少女が手をつないで歩いて来た。
メリルとラミィというあまり見ない組み合わせだった。
「エリザちゃん。モンスターがわいてくる穴はどこかなぁ?」
おっとりとした口調で聞いてくるメリル。
「あちらですわ」
不思議そうにしながらもエリザは案内していく。
「ラミィちゃん、どういうことなの?」
フィノが聞くと待ってましたとばかりにラミィが答える。
「はい。え~と、実はですね。フィノさんたちが出て行った後、学院にも大きな穴が開いて、そこからモンスターがたくさん出てきちゃったんですね。今はニケさんが結界で穴を閉じて、モンスターとは先生たちが戦ってくれてるんですけど、このままではいずれ町にも被害が出てしまうので、精鋭を二つの穴から同時に送り込む作戦を準備しているんです」
「気配を読めるあたしは良いとしても、他の連中は大丈夫なのか? 地下は多分真っ暗だぞ」
決戦にそなえ体をほぐしながら話すセス。
「はい。巣を照らす手段が見つかったらしくて、今はその準備中らしいです。強力な術で巣全体を明るくするから、セスさんには穴から光が見えたらフィノさんとエリザ先生を連れて奥に向かってほしいと。それまではメリル先生が穴に結界を張ってくれるそうです」
「おっけー! 了解だ! フィノ、準備しとけよ」
「うん!」
よ~し! と気合を入れてフィノも準備運動を始めた。
「ラミィちゃん! うちは? 一緒に戦っちゃダメ!?」
何か忘れてないかとメモを確認していたラミィの肩を掴むミランジェ。
「ミ、ミランジェさんについては何も聞いていません……。向こうからはリンネ先生が穴に向かうはずですから、聞いてみたらどうでしょう。連れて行ってもらえるかも」
「リンネちゃんね! おっしゃ! 行ってくるわ! うちだけ置いてけぼりはごめんだからね!」
お礼を言うとダッシュで学院の方に向かっていったミランジェ。
「さっきまで落ち込んでたみたいだけど、あれなら心配いらないな」
「そうだね。ミランジェは強いから」
走り去るミランジェを見送る親子はどこか嬉しそう。
やがて彼女が見えなくなると、二人で協力してストレッチを始めた。
しばらく待って、
「フィノちゃーん! セスさーん! 穴が明るくなったよ~」
メリルに呼ばれすぐに動く二人。
「深いな」
穴をのぞき込むセス。
「そこの方に横穴がある。行くぞ」
飛び降りるように入っていった。
「はい!」
大きな声で返事をしたエリザが続く。
「フィノちゃん。ケガしたらすぐに戻って来てね。私が治すから」
「はい」
「それからこれも持っていってね」
メリルに渡されたのは一枚のお札だった。
「お守りだよ。いざって時はきっと役に立つから」
「わ、ありがとうございます!」
二人で微笑み合ってから、フィノも穴に入っていった。
◇
「モンスターの巣なんて今までいくらでも潜って来たけど」
大きな石に片足を乗せ、う~んとセスはうなった。
「町の下にこんな広い洞窟作られてたってのは初めてだな」
いくつも分かれ道のある広大な地下洞窟である。
ダンジョンと言ってもいいかもしれない。
「ま、町の地下にこんな空洞が……」
エリザは開いた口が塞がらない。
地盤沈下とか真面目に不安になってしまう。
「お母さん、どうやってモンスターの長を探すの?」
分かれ道を見てフィノが聞く。
セスは少し前に出ると、地面に手を付け、目をつむりながら答えた。
「生物っていうのはな、つねに何らかの情報を発してるもんなんだ。それを気配って呼ぶんだけど、慣れてくるとその気配から色んなことが分かる。相手の体調、大きさ、動き、姿勢、大体どのくらい強いのかもな。それはモンスターだって同じだ。そいつを探る。この地下で一番強い気配をな」
「そのようなことが可能なのですか……?」
エリザにも敵の気配を読んで戦うということはある程度なら出来る。
しかし、視認不可能な距離から敵の位置を探り当てるということまでは難しい……というより考えたこともなかった。
厳しい修行ではなかなか磨くことの出来ない、冒険者として自然の中に身を置き続けたからこその感受性の高さ。
それがセスの強みの一つだった。
「……ごめん! まだ分かんなかった。適当に進んでからもっかい探るわ」
軽い口調で謝って、陽気な笑顔で振り返るセス。
大物なのか、何も考えていないだけなのか。
よく分からなくなってしまって、愛想笑いしか出来ないエリザだった。
◇
「ッ! そこいらじゅうから来るぞ! かなりの数だ!」
地下洞窟を進む途中、先頭のセスが立ち止まって叫んだ。
「二人とも好きに戦って良いけど、あたしからあまり離れないようにしてくれ」
「「了解!」」
三人はそれぞれ別の方向を警戒。
セスは獣のように姿勢を低くして。
エリザはレイピアを抜き。
フィノは拳を構えて魔法の指輪に魔力を流し込む。
やがて無数の横穴からは巨大なゴキブリンの群れがわらわらとわき出し、三人を取り囲んだ。
「行くぞ!」
掛け声と共にセスが地を蹴った。
並の戦士では一匹倒すことも難しいモンスターの集団に突撃し、我流の体術を駆使して暴れ回る。
「何度見ても気色の悪い!」
風の魔力で強化したレイピアを流れる様に振るい戦うエリザ。
魔力を温存するため緊急離脱以外の用途で加速は使っていない。
それでも十分に敵の数を減らしていく。
「やああああ!」
ベキィ!
とフィノの拳が敵をとらえた。
砕けた外皮をバラまきながら吹き飛び何匹も巻き込んで壁に激突。
圧倒的なパワーと魔法、冷静な判断で大人二人にまったく引けを取らない戦いをするフィノ。
先に結果を言ってしまえば、巨大ゴキブリンでは何匹集まろうとこの三人の敵ではなかった。
「ラッシュヴァイン!」
戦闘開始から数分後。
逃げ出そうとした最後の一匹を触手が捕らえた。
「……やっぱり無理か」
捕まえたゴキブリンを少し見つめた後、残念そうにフィノはトドメを刺した。
「どうしたんだ?」
汚れた髪や服をはらいながらセスが寄って来た。
「モンスターには話せる子もいるから、恐怖を感じて逃げ出そうするなら説得できるかもしれないと思ったんだけど、ぜんぜん無理だった」
「モンスターと話すか……。ま、フィノが言うなら驚かないけどさ」
「すべてのモンスターが、ヴァリンさんのスラ吉くんみたいに心を持っていると良いんだけどな。何が違うんだろ」
心か。
とつぶやいてからセスは話す。
「モンスターってのはさ、自我を持ってないんだ。集合意識、だったかな? 種族単位での意識というか、目的みたいなもんはあるらしいんだけどな。元々は堕落した人間の魂だって話だけど……。だから、逃げ出そうとしたそいつも助かろうとしたわけじゃなくて、あたしらの情報をボスのところに持って帰ろうとする本能だったんだと思うぞ。モンスターにあるのは、基本的には人間への敵意だけだ」
「基本的にはってことは、例外もあるんだよね」
「特別な体験をした個体が自我を持って、一つの魂として独立することがあるって話を聞いたことがある」
「そっか……。そうなんだね」
「そのスラ吉ってのはさ、きっと良い出会いをしたんだろうぜ。モンスターとしての本能を忘れるくらいの」
セスのその言葉に、フィノはとても嬉しそうに微笑んだ。
「よし、先に進もう。お~いエリザ! いつまで体ふいてんだよ」
三人はさらに、巣の奥深くへ進む――。




