第八話 『炎』と『氷』
フィリスの町から馬車で半日ほどのところに、ローハンという村がある。
ミランジェはこの村の村長の家に生まれた。
これは彼女がフィノと出会うずっと前、五歳の時の事。
「ならばどうする!? 奴等はすぐそこまで来ているんだぞ!」
男の怒声。
ミランジェの家に集まった村の大人たちが、村長に鋭い視線を向けている。
その様子を離れて見ているのは、幼き日のミランジェ。
「……アレキアの軍に頼るしかないだろう。今使いを送る準備をしている」
「軍隊だって? そんなもんがやってくる頃にはオレたちは皆殺しにされちまってるよ!」
怯えた顔で大人たちの話を聞いていたミランジェ。
その時、背中を優しく叩かれた。
「お嬢様……こちらへどうぞ」
小声で話し掛けて来たのは使用人の男。
彼に連れられ、家の裏口から外に出る。
そこには馬が用意されていた。
「どこにいくの? おじいちゃんたちは?」
今にも泣きだしそうな顔で聞くミランジェの肩を掴み、使用人は屈んで目線を合わせた。
「いいですかお嬢様。村は今、悪い人たちに襲われようとしているんです。僕たちはこれから助けを呼びに行きます」
使用人はミランジェを抱きかかえ馬に乗せた。
そして大きなカバンを肩からかけると、自分も馬にまたがった。
わざわざミランジェを連れて行くのは、せめてこの子だけは逃がしたいという村長の意志。
すぐに馬を走らせ村から脱出。
しばらく走って、揺れる馬上で使用人の腰につかまりながら、ミランジェは村の方へ振り返る。
「……ッ!」
遠く目に入ったのは、村の入り口に向かって行く武装した大勢の男たち。
これは後に聞いた話だが、この時村を襲ってきたのは百人以上にもなる悪名高い盗賊団。
孤児や食べていけなくなった者が盗賊に身をやつし、こういった村が襲われるというのは珍しい話でもなかった。
◇
「お嬢様はここで待っていてください! 僕はアレキア軍に出動を要請します!」
フィリスの町へやって来たミランジェ。使用人は大慌てで走っていってしまった。
「あれきあ……ぐん? ぐんたい……」
軍隊が来る頃には、自分たちは皆殺しになっている。
ミランジェの家に押し掛けてきた大人たちはたしかそう言っていたはずだ。
見知らぬ町で一人。どうしようもなく不安な気持ちに襲われる。
「う……うう……」
声を飲み込み、肩を震わせて泣くミランジェ。
本当は大声で泣き出してしまいたかったが、我慢した。
両手を使って一生懸命涙を拭く。
「お嬢さん、どうしましたか?」
声を掛けられた、とても落ち着いた声だった。
涙を拭って相手の姿を見る。
不思議そうにミランジェをのぞき込んでいたのは、ぼんやりとしたタレ目の女の子。
一見優し気な雰囲気だが、腰からは見慣れぬ異国の剣をさげていた。
「む……むらが……ひっく……ぐす……うちの……おじいちゃんが……おねえちゃん……たすけて……」
「何かあったのですね? どこの村ですか?」
「……ろーはん……」
「分かりました。一緒に行きましょう」
極めて冷静にそう言うと、彼女は近くにいた金髪の女の子に持っていた本を渡した。
「エリザ。これをわたくしの部屋まで持っていってくれ。読んでいてもいいぞ」
「よろしいですけど……貴女行くつもりですの!?」
「ああ、軍では動くのが遅すぎる。念のためニケや学院長先生にも伝えておいてくれ」
そして彼女はミランジェをおんぶした。
「お嬢さん、名前は?」
「……ミランジェ」
「ではミランジェ、今から走ってローハンに向かいます。危ないのでしっかりと掴まっていてくださいね?」
◇
人間とは、ここまで速く動くことが出来るのか――
彼女に背負われながら、ミランジェは思う。
恐怖も悲しみも、不安な気持ちさえもどこかへ消えてしまった。
フィリスからローハンへの道を、彼女は馬とは比較にもならない程のスピードで走る。
足が高速で動き地面をえぐるたびに、バチリバチリと何かが弾けるような音が聞こえてくる。
これは『魔力の衣』という技術を使い、雷の魔力を利用して運動能力を上げているのだが、この時のミランジェには知る由もない。
「おねえちゃんは……なんなの……?」
もしかしたら同じ人間ではないのかもしれない。
ミランジェは本気だった。
「わたくしですか? 通りすがりの『魔導士』ですよ」
彼女は無表情でそう答えた。
◇
彼女に背負われあっという間に村まで戻って来たミランジェ。
驚きで思考は停止していたが、そこへさらに追い打ちがかかる。
「ライトニングスネイク」
ぼそっと彼女が呟くと、手の指輪が光り、雷の魔力で作られた大蛇が生まれた。それも何体も。
「ミランジェ。一応聞いておきますが、武装して暴れている男どもは村の人間ではありませんね?」
「うん……わるいひとたち……」
「分かりました。すぐに片付けるので待っていてください」
バチィッ! と音を立て、彼女の体を雷の魔力が覆った。
生み出した雷の大蛇と共に、刀身の細い片刃の剣を抜いて盗賊団に近付いていく。
村の中で、一対百の戦いは始まった。
幼いミランジェから見ても、その光景にはまるで現実感が無かった。
ミランジェよりは大きいが、屈強な男たちと並べばかよわい少女にしか見えない。
そんな彼女が盗賊団を圧倒していた。
そもそも動きがまるで違う。盗賊たちが武器を振り上げた瞬間には五人以上斬り倒している。
亀の群れの中で兎が暴れているような……いやそれよりも酷い。
戦闘などとはとても呼べない、絶対的な力による制裁。
「あれが……まどうし……」
まばたきすることすら忘れミランジェは見入る。
雷の魔法を自在に操り、戦場を雷速で駆ける小さな魔導士の姿。
その後何年経とうと目に焼き付いて離れない、最強の二文字をイメージさせる存在。
「ライトニングハンマー」
彼女は高く飛び上がり指を振り下ろす。
すると天から強力な落雷が発生。
盗賊団が飼っていた、身の丈三メートルはあろう巨人のモンスターに直撃。一撃で沈めた。
「オーガまでやられちまった……嘘だろォ!?」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出す盗賊たち。しかし、
「わたくしが逃がすと思っているのか? 甘いな――」
彼女はさらに速度を上げた。
ミランジェにはもう、目の端で追うことすら出来なくなってしまった。
◇
「これで一掃出来たと思います。死体の処理は軍に任せてしまっていいでしょう。後々面倒なので、わたくしのことは黙っていてもらえると助かります」
積み上げた死体を背に、彼女はミランジェのもとに戻って来た。
相変わらずの無表情で、汗どころか返り血の一滴すらも浴びていない。
「あ……」
言葉が上手く出ない。そもそも何と言っていいのか分からなかった。
「よく見ておきなさいミランジェ。これが愚か者の末路です。たとえ貧しくとも正しく生きていればこうはならなかったはずだ。人間の命とは平等で尊いものですが、道を外れ悪に墜ちた者は既に人ではありません。必ず惨めな死をむかえます。たとえどんなに辛いことがあっても……あなたはああなってはいけませんよ」
そう言い残し、彼女はミランジェの前から去っていく。
「ま、まって!」
思わず呼び止めてしまった。彼女は顔だけ振り返る。
「うちも……おねえちゃんみたいになれますか?」
口に出してから気付く、憧れの気持ち。
彼女をはそれを聞くと初めて笑顔を見せた。そして――
「なれると思いますよ。あなたが正しく頑張れるのならば……」
照れくさかったのか、彼女は再び雷を纏って、一瞬で去ってしまった。
◇
その日の出来事がミランジェの人生を変えた。
同年代の少女たちが花を摘んでいる横で、ミランジェは走り込みをして体を鍛える。
数か月後には、村の男の子とケンカして勝ち越すほどに強くなっていた。
親にせがんで魔法の教本も用意してもらったが、そっちの方はまるで上手くいかなかった。
才能が無いから魔法は諦めろと言われたことも一度や二度ではない。
それでも決してミランジェはへこたれなかった。
常人が三日の訓練でつかむ魔力の実感を、ミランジェは三か月を費やして得る。
才ある者が数日で身につける魔力操作を二年かけてでも覚えた。
強くなりたければ、魔法を捨てて武術に専念した方が良いと言われたこともある。
魔導士に向いていないという自覚はあったが、それでも諦めなかった。
他者の言葉や自分の判断よりも、正しく頑張れば望みは叶うと言ってくれた、あの人の言葉を信じた。
……ただ、自身の魔力性質が雷ではなく炎だと知った日の夜だけは――少し泣いた。
もう一度あの人に会いたくて、親にわがままを言ってフィリスの町にも通ったが、一度も会うことは出来なかった。
その代わり、武器屋であの人が使っていた物と同じ種類の剣をみつける。東にあるジパングという国の剣で、『刀』というらしい。
刀はとても高額だったが、取り置きを頼み、必死で金を稼いで購入。初めて手にした時はとても誇らしかった。
あの人はフィリスの魔導学院に通っていたのではないか、という情報を手に入れてからは、自分もそこに行きたいと強く願うようになる。
長い説得の末、十五歳になった時、ようやく家族から村を出る許しが出た。
こうしてミランジェは入学試験にトップの成績で合格、フィノとの出会いに繋がっていく……
◇
そして視点は現代のミランジェに。
今彼女が立っているのは決闘場の中央。
大勢の観客の視線を集めながら、対戦相手の登場を待っている。
これから始まるのは、フィリス魔導学院闘魔武会、準決勝第二試合。
何らかの方法で声を拡大した実況が決闘場に響く。
『続いて西から登場しますのはぁ! もう一人の特待生である若き天才! エジンバラ王国出身のレン選手だぁ! 年齢はなんとビックリ十一歳でェす!』
ミランジェの正面にある入り口から現れたレン。
観客のブーイングを聞いても眉一つ動かさず、無表情で歩いて来た。
「……準決勝まで来れば少しはマシな奴と当たるかもしれんと思ったが、貴様か。たしか同じ新入生だったな。森で見た覚えがある。教員はともかく生徒にはろくな奴がいないな。決勝に期待するか」
「おチビさぁ、そういうのは勝ってから言ってくんない? うち舐められるのは嫌いなんだよね~。好きな人なんてそもそもいないと思うけど!」
ミランジェは刀を抜き構えた。
一方レンは脱力したままだ。
その姿を見てミランジェは一瞬ムッとするが、だんだん可笑しくなってきてしまった。
レンと会話をしたのはこれが初めてだが確信する。
あぁ、やっぱりこいつのことは好きになれないな、と。多分この先何があっても友達にはなれそうもない。
何故なら、憧れのあの人によく似ているから。
感情を表に出さず、天才的な強さを持っていて、年齢も当時のあの人と同じくらいではないだろうか? 体格は大分近い気がする。
嫉妬が根元にあることは認める。
何の苦労もせずに今の強さを手に入れた、というわけではないことも分かる。
でもやっぱり――やる事なす事全てが気に入らねー。
大好きなフィノとの約束もある……絶対に負けたくない! 絶対に!
そう考えるほどに魂は熱く燃え上がり、ミランジェの体内を炎の魔力が巡る。
『おおー! ミランジェ選手のボルテージが上がっていますね! 実況席にまで熱気が伝わって来るようです! それでは、準決勝第二試合。ミランジェ対レン。いってみましょおおおお!!!』
◇
試合開始の声と同時、ミランジェはファイアーボールの魔法を発動。
指から撃ち出された火球がレンに飛んでいく。
だがレンは素早く横に飛んで回避。素晴らしい反応。
外れた火球は決闘場の壁に着弾。張られていた魔力障壁に吸収され消えた。
「なんだよ。やっぱ警戒してんジャン」
甘く見られているのなら都合がいい。初手で終わらせてやると考えての先制射撃だったが、アテが外れた。
「ガンガン……いくぜ!」
刀を口でくわえ、足場を固定し両手に魔力を集中。
向かってくるレンに両手の指を向けた。
『連射連射連射ァーーッ!!! ミランジェ選手、惜しみなく魔力を使いファイアボールを撃ち続けます! しかしレン選手はその全てを避けているぞ!? 避けながらドンドン距離を詰めていく! リンネ先生! これではミランジェ選手の魔力はすぐに尽きてしまうのではないですか?』
『ファイアーボールはね……意外と消耗が少ないんだ……威力も込めた魔力ではなく……撃ちだす土台となる基礎魔力の質に比例するから……修行バカ程高火力が出せる……あの威力ならレンちゃんも動いて避けるしかないから……この状況が続くのならば……どちらが先にバテるかのマラソンバトルになるね……うふふ……』
固定砲台と化し、両手を使い火球をばらまくミランジェ。
対するレンは涼しい顔で戦場を駆けまわる。徐々に近づきながら。
「見た目も戦いも派手な奴だ……」
呟きながら、レンはミランジェに向かってその手を伸ばす。掴んでしまえば終わりである。
「させねーよ!」
ミランジェは口から刀を取ると長めに持って大きく振った。
斬ることが目的ではない、大切なのは間合いに入れないこと。
「チッ……」
後ろへ下がるレン。
「やっと表情が崩れたね~おチビ!」
「うるさい……アイスニードル!」
「うおっ!?」
レンは地面に手を叩きつける。するとミランジェの足元からツララが発生。鋭い先端を上に向けまっすぐ伸びた。
『あ~っとォ!? レン選手もついに魔法を使ったぁ! ミランジェ選手、転がりながらもどうにか凌いだぞォ!』
『ふふ……これは……試合が動くね……レンちゃんは……持久戦を嫌がった……決して分が悪い勝負じゃなかったはずだけど……体力を温存したいのかな……』
二度、三度。
ツララによる攻撃は続く。
地面を転がりながらミランジェは回避。刀は絶対に手放さない。
「ファイアーシールド!」
立ち上がった瞬間、足元に炎の障壁を展開。
ツララによる追撃を不可能とした。
「まだまだいくぞ! オラァ!」
再び砲台モードとなったミランジェ。
両手を使い火球を同時発射。
これをレンは――避けなかった。
火球は直撃、決闘場に大きな爆発音が響く。
「やっと本気かよ……おチビ」
爆炎の中を平然とレンは突き進んできた。
その小さな体を氷の鎧で守りながら。
『こ、これは……魔力の衣でしょうか……?』
『フフ……そうだね……私も……初めて見た時は驚いたよ……』
氷の鎧はすぐに剥がれ落ち、冷気へと変わりレンの体を包む。
ファイアーボールでは恐らく何発撃ち込んでも突破は出来ないだろう。
周囲の熱を急速に奪いながら、レンは走って近付いて来る。
「やっぱうちの魔法じゃ抜けねーか……」
そう呟いて、ミランジェは俯く。
息を大きく吐いて刀を鞘に収めた。
『おっと? ミランジェ選手どうしたぁ!? 諦めてしまったのでしょうか!』
うるせーなぁ。
そうじゃねーよ。
黙って見てなよ。
驚かせてやっからさ。
魂から溢れ出る魔力を、ミランジェは一つの指輪に込めていく。
指輪を通して変質した魔力は、指から心臓へ、心臓から血液に乗って全身を巡り始める。
次第にミランジェの肉体は赤く発光を始めた。
その魔法の名は――
『サラマンダーインストールか!!!』
『ひっ!? リ、リンネ先生? 何なんですかあれは?』
珍しく声に焦りが混じるリンネ。
『魔力とは……人間の魂から溢れ出る力……あれは……魂そのものを……炎の魔力で焼くことで……莫大なエネルギーを生み出す魔法……』
『それって、めちゃくちゃ危険なのでは……?』
『死ぬよ……普通に……どこかのバカが作ったバカ魔法……あんな魔導輪をどこで見つけて来たのか……事前に取りあげておけばよかった……これだから炎属性は……』
『わわ!? リンネ先生! こんな所でゴーレムを作らないでください! 土臭いですよ!』
『ごめんね……でもあれを三分も使えば……死なずとも廃人コースだね……二分経っても決着がつかなければ……すぐに割って入るよ』
リスクはもちろん分かっている。
こんな試合で使うような魔法ではないことも。
「うおらぁあああああああ!!!」
それでも、意地があるのだ。
気合の声と共にミランジェは高く飛ぶ。
体から立ち昇る炎のオーラを揺らめかせながら。
「ファイアストーム!」
空中で腕を振る。決闘場の中央で炎の嵐が巻き起こった。
辺り一面が灼熱の世界に変貌する。
「くっ……アイスコフィン」
氷の鎧だけでは防ぎきれないと判断したレン。
氷の棺を生み出し、閉じこもることで難を逃れた。
好機。
地面に着地したミランジェはそう考える。
あれでは魔法を解除しなければ動くことが出来ない。
「はぁあああああああああ!」
手の平を上に向け、巨大な炎球を作り出す。
「ファイアーボール……デカ盛り十倍スペシャル! くらええええええええ!」
全身全霊の炎魔法を放つ!
レンが引きこもった氷の棺を魂の炎が食らった。
「はぁ……はぁ……どうだ……おチビ……」
朦朧とした意識で、炎の海の中で融解する氷のかたまりを見る。
「なかなか楽しめた。だが所詮は付け焼刃だな。弱者の背伸びでしかない」
「――!?」
後ろ――振り返る間もなく、レンはミランジェの背中に飛びついた。
素早くミランジェの首に片腕をまわし、もう片方の腕で固定。
ギリギリと締め上げる。
「くっ……ぐっ……う……」
両手でレンの腕を掴み必死で抗うミランジェ。
一瞬でも力を緩めたら、完璧に技が決まってしまうだろう。
「もう終わりだ。諦めろ。魔力を操作する余裕もないだろう。かと言って貴様如きの腕力で振り払えるほど私は非力じゃない」
徐々に首が絞まり、意識が遠のいていく。
最後の瞬間、ミランジェの瞳に映ったのは……観客席から飛び込んできた、フィノとリンネの姿だった。
◇
意識が戻ったミランジェ、どこかの部屋で寝かされていた。
下は柔らかい布団。
鼻につく薬のにおい。
近くで誰かが会話している。
「じゃあ、ミランジェは大丈夫なんですね?」
「うん。意識もすぐに戻ると思うよ~。ただ、魔法の反動までは私にも分からないかなぁ」
「うふ……それは……大丈夫です……わりとすぐ気絶したからね……しばらくは様子見だけど……後遺症も残らないと思うよ……」
フィノとリンネと……誰だろう? 知らない声。
「フィノっち~……いるの?」
いるのは分かっていたが、甘えた声で聞いてみた。
「ミランジェ!」
フィノは慌ててやってきてくれる。泣いてしまいそうになったが、我慢した。
「はぁいごめんね。ミランジェちゃん。ちょっと検査するよ~」
そう言いながら近付いて来たのは、ピンク色の長髪をリボンで結んだ女性。
右手をミランジェの額に当て、左手で体に触れて来た。
「…………うん、気の流れは正常だね。痛いところはなぁい? どんな小さな怪我でも言ってね」
「大丈夫です……(すっげー美人……っつか胸デカッ!)」
「そう、良かった」
ミランジェの返事を聞いて、女性は花が咲くように笑った。
そしてフィノが話しかけて来る。
「ミランジェ、惜しかったね。でも凄かった!」
「うん……」
「ぐふふ……ダメだよ……ミランジェちゃん……あんな危ない魔法使っちゃ……指輪は没収――」
「はいはぁい。リンネちゃんは私と向こうに行ってようね~♪」
「え……あれ……待ってください……メリル先生……私は生徒に説教が……あれ~」
女性に引っ張られ退室していったリンネ。彼女には逆らえないらしい。
部屋にはミランジェとフィノだけが残った。
「ん、あの女の人は?」
「お医者さんだって。学院長先生の知り合いで凄い人らしいよ。大会のためにわざわざ来てもらったみたい」
体にまったく痛みが無い、意識もハッキリしている。
気の流れがどうとか言っていたのも謎。
普通の医者ではなさそうだ。
「……ごめんね、フィノっち。戦いたいなんて言っておいて……うち負けちゃった……」
「気にしないで。ミランジェが頑張ってたの、あたしずっと見てたから」
涙交じりに話すミランジェを、フィノは優しく抱きしめた。
フィノに抱かれたまま、ミランジェはゆっくりと……口を開いた。
「…………うちね、元々才能ある奴って嫌いだったんだ」
「うん」
「最初はね、フィノっちのことも叩きのめすつもりだった。何が特待生だって思いながら会いに行った」
「うん」
「だけどさ……出会っちゃったら……なんでかそんな考えが無くなっちゃったんだよね」
「うん」
それはきっと、好きになってしまったから。
「本当はこんなこと頼むの……意気地なしみたいで嫌なんだけどさ……うちの代わりに……勝ってくんないかな?」
「うん。あたしは勝つよ」
ミランジェを抱きしめたまま、あっけらかんとフィノは答えた。
「へへ……頑張れよ……あんたはうちが憧れた……二人目の天才なんだから……」
「うん。任せて」
ミランジェから離れたフィノ。
「相変わらずフィノっちは優しいね……やっぱりうちの嫁に――」
「それは、ならないかな!」
にぱっと笑顔を見せてから、フィノは部屋から出て行った。