第七十八話 暗闇の支配者
町の中心部からはちょっと外れたところにその家はあった。
広い庭の付いた、二階建ての大きな家である。
隣は空き家で、反対側は広い空き地になっていた。
「はぁ~、家を買うって大変だなぁ……」
外観を見上げて深く息を吐き出したフィノ。
さっきまで権利書だのなんだのと説明を聞いていたのだが、あまりの面倒くささに嫌になってしまった。
ハッキリ言ってほとんど覚えていない。言われるがままにサインだけしていた。
「無理をしてすべて覚えておこうとするからそうなるのだ。その場では聞き流して後で文書を確認すればよかろう。怪しい話だと思った時だけ口をはさめばいい」
「そうだね。でもリリムが一緒にいてくれて良かったよ」
こういう時、冷静な使い魔がそばに居てくれるのはそれだけでありがたかった。
「おお~い! けっこう寝心地いいぞ~ここ!」
いつの間にか屋根に上がっていたセスがうっれしそうにブンブン手を振っていた。
フィノが頭を抱えていた時にずっと寝ていただけあって元気いっぱいである。
なんて母親だ。
「……ルル、中に入るよ」
フィノはちょっとムっとして、庭で遊んでいたルルに声をかけると、玄関のカギを開けた。
◇
「うおー、広い」
家の中をトテトテと走り回るルル。
一階を見てまわり、階段を上っていった。
「ふんふん……家具がそのままだな。これ処分しなきゃいけないのか?」
遅れて入って来たセスが家の匂いを嗅ぎながら話しかけて来た。
「えっとね、短期間に何人も出たり入ったりしてるから、もうどれが誰の物だか分からなくなっちゃってるらしいんだよね。だから、家にある物は好きにしていいって」
「へー! そりゃいいな!」
「部屋数も四人で住むには十分だ。何よりもこの家は広い。良い買い物をした」
天井にさわれそうな程高く飛んでいるリリム。
彼女にとっては高さも広さに含まれるのだろう。
「必要なものは大体そろってるし、ベッドなんかを買ってくれば今夜からはもうこっちに住めるぞ」
「う~ん、まずは掃除かな」
「ならば我に任せろ」
「おっ? リリムは掃除得意なのか?」
「簡単にで良いならいくつかの術を組み合わせれば一瞬だ。学院の掃除を手伝った時に閃いた。だが、魔力が必要になる。お前のものをよこせ、セス」
「あたしに魔力なんかないぞ」
「魔力とは魂のエネルギー、誰にでもあるものだ。扱いを知らんだけだろう」
「マジか、じゃあ好きなだけ持っていっていいぞ」
「よし、では我と口付けをしろ」
「なんで、そうなるんだ……?」
とまぁこんな感じで、フィノ一家の引っ越しはスムーズに進んでいった。
◇
掃除をすませ、相談しながら部屋割りをし、寮の部屋から荷物を運ぶ。
途中からはスズとシェスカにも手伝ってもらい、ようやく作業が落ち着く頃には日が暮れかかっていた。
「ふぃー! これで一段落だな」
フィノと二人で買って来たベッドを運び入れたセス。
腰を下ろして水を飲んだ。
「うん。食器なんかも欲しいけど、それは明日で良いかな。もう店も閉まっちゃってるだろうし」
部屋にいるのはフィノ、セス、リリムの三人。
シェスカとルルは夕飯を買いに出かけている。
と、そこへ箱を抱えたメイドさん、スズがやって来た。
「セス、忘れ物だ。預かってたやつを返すぞ」
「ん? なんだ?」
スズは箱を置き、中から綺麗な水差しを取り出した。
「ああ! そうだそうだ。『命の水差し』、スズに預けたんだったな」
「本当に忘れてたのか……。冗談じゃないよまったく。これを守るのがどれだけ大変だったか……」
勝手に質入れされたりでそれはもう大変だったメイドさんである。
「お母さん、それって」
「おう、あたしが長いことかけて探し出した魔道具だ。お前やルルになんかあったらこいつで助ける。安心しろよな」
「……うん」
小さく返事をしたものの、フィノにセスの言葉はほとんど届いておらず、吸い込まれるように水差しを見つめていた。
「あたし……この水差しをどこかで見たような……」
「気のせいだろ? こりゃ人類が生まれた直後に創られた物だって聞いたぜ」
スズが置いた水差しにリリムが近付いた。
「ふむ。原初の魔道具か。誕生直後のヒトにこんな物を生み出す能力があったとは思えんがな。セスよ、お前はいったいどうやってこれの存在を知ったのだ?」
「占い師さ。それも世界中の霊能者に名が知られてるくらいの大物だ。見つけ出すのも協力してもらうのにもえらい時間がかかった。けど腕は世界一だぜ」
「占いか。本人も知らん情報を何らかの力で得ることが出来る、というモノだったか」
「そんなところさ、大抵の奴は信じないけどな。霊界の、なんちゃらとかいうのに接触することで情報をイメージとして引き出すとかなんとか……んま、霊能者の理屈については分かんねーや」
「ハイズという者を倒す方法も、その占い師とやらに聞けばよかったのではないか?」
「聞いたよ。不可能だって言われた。生死を操るほどの域にいるなら、それはもう霊能者じゃない、神様の作った法則すらねじ曲げる『超越者』なんだって。チェスのコマがプレイヤーに逆らうようなモンだとさ」
「なるほど。聞けば確かにハイズは完全な無敵。あの凄まじい力を持った魔王さえも、死という定めからだけは逃れられなかった。その死すら克服しているというのはこの上なく厄介だな。超越者とはよく言ったものだ」
リリムの言葉を最後に、部屋はしんと静まり返ってしまった。
けれど、
「大丈夫だよ。ハイズのことはあたしに任せて。なんとかしてみせるから」
フィノの明るい声が皆の不安をやわらげた。
「なんとかするか。何か策でもあるのか?」
リリムも負けず劣らず自分の調子は崩さない。
「策なんてないよ。その時が来たら全力でぶつかるだけ」
「狙われている張本人だというのにずいぶん肝が据わっている。しばらく共にいて分かったが、お前は未来を案じて思い悩むということをしないな」
「悩んで解決するかもしれないことなら全力で悩むけど、どうにもならないことを考えたって仕方ないでしょ?」
「その通りではあるが、なかなかそう割り切って生きられるものではないだろう。精神的にはお前も十分超越者だと思うぞ。もはやヒトの域ではない」
「また変なこと言って~」
リリムの冗談に笑うフィノ。
それを見ていたセスも表情をやわらかくして、「えっとな」と話し始めた。
「実は占い師にフィノのことも聞いたんだけど、『分からない』って言われた。この子に関してだけはほとんど見えないって」
「あたしのことなんて聞いたんだ……。でもほとんどって?」
「あぁ。で、どういうことだ? って返したら、『足元をじっと見ているだけでは、この大地の形は分からないだろう?』そう言われた、そんなイメージなんだって」
両手を頭の後ろにまわして、嬉しそうにセスは話す。
「それ聞いてさ。『ああ、フィノならハイズに並べる』って、そう確信できたんだ。だからフィノが大丈夫って言うならあたしはそれを信じる。絶対に大丈夫だ」
セスの笑顔を見て、リリムは無言でスマホを取り出した。
待ち受け画像にしていた地球を見ながら、
「足元を見ているだけでは、か。いい例えだな」
ポツリとつぶやいた。
◇
夜。
ベッドに入ったフィノは、今までよりもはるかに高い天井を見ながら、ぼんやりと明日の予定を考えていた。
「学院長先生にはもう伝えたけど、リンネ先生にも言っておかないとな。レンのところにも行って……あと買い物……」
うつらうつら。
意識がゆっくりと夢の世界に向かっていく……はずだったが、カチャリという音に起こされた。
「お姉ちゃん、いっしょに寝よ」
おっきなマクラを抱えたルルだった。
開けたドアのところに立ってそわそわと返事を待っている。
「いいよ。おいで」
微笑んでそう言うとすぐにドアを閉め、ベッドの中に入って来た。
「一人で寝るのは怖い?」
「こわくないよ、でもあったかいから」
「ふふ、そっか」
ベッドの中で向かい合い、目を閉じる姉妹。
なんと微笑ましい光景であろうか。
光り輝いてすらいる。
だがしかし。
そんな美しい姉妹の眠るこの部屋に。
ドア下のすき間をくぐって潜り込んだ侵入者がいた。
カサカサ…………。
「ん?」
まずフィノが目を開けた。
カサカサカサ…………。
「なに?」
続いてルルが。
カサカサカサカサ。
「いる……。アレが」
険しい顔でベッドを降りるフィノ。
「おねえちゃん、ルルも手伝う」
「大丈夫。ルルはそこにいて」
今更だが、当然部屋は暗い。
侵入者は完全に闇に溶け込んでいる。
この暗黒の世界でアレと戦うのはそんじょそこらの女子には不可能である。
「……そこだっ! ラッシュヴァイン!」
当然フィノはそんじょそこらの女子ではない。
戦闘用人造人間の超人的感覚はすでに侵入者の気配を捉えていた。
フィノの手の平から普段より大分細く調整された触手が数本撃ち出された。
触手はグニグ二と動きながら本棚のすき間に次々と入り込んでいく。
「よしっ、捕まえた」
フィノが触手を引っ張ると、現れたのはそう、がっつり拘束されたアレだ。
寝る前に見つけちゃったら最悪なやつである。
「えい」
ぺちんと丸めた新聞一閃。
黒い曲者、ゴキブリは一撃で倒されたのだった。
「おー、すごい魔法、お見事でございますわ」
ぺちぺちと小さく拍手するルル。
「ふふーん、ラッシュヴァインは世界一便利な魔法だよ。スズには逃げられちゃったけど」
得意気に笑うフィノ。
ささっと死体を始末してベッドに戻った。
「おやすみ、ルル」
「うん、お姉ちゃん」
ようやく訪れた平和をかみしめるように姉妹は言った。
部屋の中は再び美しい雰囲気に……ならなかった。
「ゴキだーーー!!!!!!」
台所の方からそんな叫び声が聞こえてきたからだ。
「お母さん!?」
声の主はすぐに分かった。
これはただごとではない。
フィノとルルは焦って部屋を飛び出した。
◇
走って台所に向かった姉妹。
そこには少し腰を落としてあたりを警戒するセスがいた。
「お母さん。どうしたの大きな声出して」
「二人とも気を付けろ! ゴキブリの群れの中にモンスターが混じってる!」
暗闇に意識を向けるとたしかに怪しい気配を感じた。
というか、
「か、数が多すぎる!」
見えないが分かるのだ。
うっじゃうじゃである。
普段あまり感情を見せないルルも泣きそうな顔で後ずさった。
姿がはっきり見えないのはむしろ幸運だったかもしれない。グロ注意。
「ゴキブリの群れを率いてるデカイのが一匹! ゴキブリ型のモンスターだ! スピードに注意しろ!」
集団戦には慣れているのか、最前線から的確に状況を伝えてくるセス。
「たしかに、大きくて速いのがまぎれてるね」
すぐ前に出たフィノ。
これが普通の戦いならルルも動けたのだが、暗闇のうえ相手が悪すぎる。足がすくんで動けなかった。
「実力見せてもらうぜ。フィノ」
「お母さんもね」
並んで立つ親子。
初めての共闘だ。
「――そこだ! ラッシュヴァイン!」
闇へと伸びる無数の触手。
相手が並のモンスターならこれで終わりだが、
「ダメだ! 速い!」
手ごたえがない。
あっさりとかわされてしまったようだった。
「フィノ! 左だ!」
暗闇から高速で飛来してきたゴキブリ型モンスター。
狙われたのは、セス。
「あぶねっ!」
とっさに上半身を大きくひねって回避。
「お母さん! 大丈夫!?」
「あぁ、ほっぺたにかすり傷が出来ちまったけど――」
セスはにやっとして。
「決着はついた」
その手に握られていたのは、大きなゴキブリの足。数本まとめてちぎり取っていた。
「あの一瞬で?」
フィノが感心していると、パァっと強い光が台所を照らした。
一瞬で散り散りに逃げ出すゴキブリたち。
「住人がすぐに逃げ出してしまう原因はコレか」
ルルから魔力をもらったリリムだった。
手の上に小さな光の玉を浮かべている。
「こいつが親玉さ。今までケガ人が出なかったのはラッキーだった」
足元に転がってもがいている巨大なゴキブリを見てセスが言った。
そばに来たリリムもそれをのぞき込む。
「ゴキブリ型モンスター、ゴキブリンだな」
「普通のゴキブリンはここまでデカくも強くもないぞ。あと、こんな酢みたいな匂いもしない」
もぎ取った足を嗅ぐセス。
フィノはしばらくゴキブリンを見つめて、何かを諦めたようにトドメを刺した。
「人間の子供くらいの大きさはあるよね」
「一番ヤバいのはスピードだ。こりゃ並の戦士じゃ明るい場所でも太刀打ち出来ねーぞ。こいつが一匹だけとは思えないし、大騒ぎして町全体で対応した方が良い」
「今から警備隊と学院長先生のところに行ってくるよ」
部屋に戻って、上着を羽織ったフィノ。
家を出ようとしたらそっとルルが立ちふさがった。
「お姉ちゃん」
「ん? どうしたの?」
ルルは下半身を押さえてもじもじしながら、
「もれちゃった」
恥ずかしそうに言った。
「……とりあえず、お湯わかそっか」
ちなみに、かまどは既にセスによって使われていた。
「大変だ! こいつ焼くとけっこうウマいぞ!?」




