第七十七話 家を買いに行こう
「るんぱっぱ~♪ るんぱっぱ♪」
フィリス魔導学院、学生寮の管理人室。
少し奥にある台所で、エプロンを付けたおさげの少女が料理をしている。
寮の管理人を任されているラミィだ。
「レンちゃんのために~るんぱっぱ~♪」
ミンチにされたよくわからん生物の肉を内蔵のようなものにぎゅうぎゅうと押し込んでいる。鼻歌まじりで。
一見微笑ましい光景だが、手袋とマスクでしっかり防御を固めているのがなんだか恐ろしい。
「るんぱっぱ~♪ るん――……ッ!」
作業の途中、視界の端に何かをとらえ、ピタッと固まったラミィ。
笑顔のままギギギっとそちらの方を向く。
そこにいたのは……。
「……ゴ」
小さくて、黒くて、テカテカしていて、壁に張り付き、付近を探るように触覚を動かしている、台所なんかによく現れる虫。
「ゴキブリッッ!!!」
バカン! とドアを開け飛び出したラミィ。
「ふぎゃああああああ!!! レンちゃんレンちゃんレンちゃんレンちゃぁぁぁぁぁん!!!!!!」
持っていた内臓を振り回しながら寮内を全力疾走。
素晴らしいスピードでレンの部屋までやってくると涙目でドアをノック。もの凄い連打だった。
「どうしたラミィ……? こんな朝早くに……」
かすれた声でドアを開けるレン。まだ寝巻き。
普段のきりっとした雰囲気はなく今にも寝そうである。
「ゴキゴキゴ! ゴゴキー!」
「お、落ち着け。一度深呼吸しろ」
パニックを起こしていたラミィはいったん呼吸を整える。
「はぁはぁ……レンちゃん! 私の部屋にゴキブリが!」
「ゴキブリだと? あんなものに大した戦闘能力はない。クツか何かで叩けば誰にでも倒せるはずだ。私はまだ寝る。昨日も遅くまで写真集の撮影で疲れているんだ」
「それは絶対三冊買う! じゃなくてレンちゃん助けて! わたしあんなのと戦えないよ!」
レンに抱き付いて泣き始めてしまったラミィ。
普通の女の子なのでゴキはダメなのである。
「……分かった。私がどうにかしよう」
ラミィを振り払うよりはゴキを始末した方が楽で速いと判断したレン。
眠気にあらがいながら部屋を出た。
「どこにもいないぞ」
管理人室までやって来た二人。
寝巻きのまま腕を組むレン。
「あの壁の辺りで見たの!」
あふれ出る殺意を指に込め、ビシッと差すラミィ。
「見間違いではないのか?」
「わたし目だけはいいもん!」
「そうだな……。なら、どこかに隠れたか」
けだるそうにどっこいしょとツボなどをどかしターゲットを探し始めるレン。
そして三つ目の木箱を動かした時、ラミィが叫んだ。
「いたーー! いたいたいた!」
木箱の下からシャカシャカー! と出口に向かって逃げるゴキブリ。
レンはすぐに振り返って床に手を付けた。
「アイスショック!」
ドウッ! と氷の魔力が床を伝わり部屋中に広がった。
冷気をもろに受けたゴキブリは半分凍り付き、もうまともに動くことが出来ない。
氷の魔力を持つレンは彼等にとって天敵と言ってもいい存在なのである。
「キャー! レンちゃんカッコいいー!」
「はぁ、これでやっと眠れる」
ため息をついたレンは弱ったゴキブリを紙でくるみ、ぐしゃっと握りつぶした。
「ありがと~。レンちゃん大好き♡」
「しかし意外だな、虫が苦手とは。普段貴様が作っている料理のほうがよほど気味が悪い」
「動いてるゴキブリだけはムリなの……。酢漬けとかなら平気なんだけど」
しゅんとしてしまったラミィ。
レンと出会う前はよくエリザに退治を頼んでいた。
あの先生はゴキを素手で倒す猛者である。
「おかしいなぁ、まだゴキブリなんて出てくる時期じゃないのに……」
「そういえば最近よく見かけるな。町でも学院でも」
言ってすぐ、くあ~と大きなあくびをしたレン。
「まぁいい。私は寝るぞ」
「うん、本当にありがとう」
「あぁ、起きたら湯をもらいに来る」
「とっておきの朝ごはんを用意して待ってるね」
「それは楽しみだ。じゃあな」
こうして、季節外れのゴキブリは退治され、危機は去った――。
――かに思えた……。
◇ ◇
ミランジェの早朝訓練に付き合っていたフィノは、部屋に戻るなり「う~ん」と考え込んだ。
「山賊たちに囲まれた陰茎王。彼女は言った――『私には陰茎の他には何も無い。その、たった一本の陰茎も、これから奴にくれてやるのだ』と」
「ぐがー! ぐがー!」
謎の本を開いて朗読しているのはフィノの使い魔、リリム。
「山賊はこう返した『うふふふ、その陰茎が欲しいのよ!』と」
「ずごご……ずごっ! すぴー」
その朗読をベッドに正座して「うむ、うむ」と真剣な顔で聞いているのが妹であるルル。
「『さては、魔王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな』山賊たちは答えず、一斉にこん棒をふりあげた、陰茎王はスカートを下ろし――」
「んっがっぐっぐ。あっ、やべ、寝てた……」
ベッドの下に落っこちて大きないびきをかいていたのが、母親であるセスだ。
フィノは三人の家族を厳しい顔でじ~っと見てから、やがて「うん」とうなずき、こう言った。
「やっぱり、四人で住むのにこの部屋はせまいね。ベッドもひとつしかないし」
一斉にフィノを見る三人。
「あたしなら床で寝てもいいぞ?」
床にあぐらをかいたセスが小さく手をあげて言った。
「だめだよ。お母さんはまずキチンと服を着てね」
「お、おう」
なんとこの母親、部屋ではパンツ一枚である。
注意されてやっと服を着始めた。
元々着ていた服はかなり傷んでいたので捨てて、一緒に住むことが決まった次の日に買ったものである。
「ほら着替えたぞ。偉いだろ?」
腰に手を当て胸を張るセス。
ちなみに服を選んだのはミランジェ、当然のように肩出しヘソ出しだが本人はまったく気にしていない。
年齢はともかく見た目はとても若々しいので、こういう恰好をすれば姉と言っても通せるかもしれない。
「よし、いい子だね。お母さん」
背伸びをしてセスの頭をなでたフィノ。
なんだか違和感のある会話だがこれがこの親子の普通だった。
「フィノ。さっきの続きを話せ。引っ越すつもりか?」
正座したルルの膝の上にふわりと下りたリリム。
「うん。学院長先生に相談してくるよ。お母さんも行く?」
「いや、いーわ。あたしとフィノで行ったらぜ~ったいお小言聞かされる。オバちゃんもニケも昔からうるさいんだ。顔見せたら『娘の前でなんじゃその恰好は!』って始まるぞ。賭けてもいい」
「あはは。じゃあ、あたしが一人で行ってこようかな。お母さんはルルと朝ごはん行って来なよ」
「ん、そうだな。ルル……一緒に行くか?」
「……いいよ」
なんだかぎこちない二人を笑顔で見てから、フィノは部屋を出た。
◇
学院長に事情を説明したフィノ。
移動の許可はあっさり出ると思っていたのだが、意外なことに難しい顔をされてしまった。
なんでも、元々学院では寮で家族と住むことは認めておらず、フィノの現状も黙認されているだけで正式に許可されていたわけではないらしい。
そんな状態なので、『家族と住むにはせまいから大部屋に移動させてほしい』という願いを聞き入れるのはかなり難しいとのことだった。
「ごめんなさいね……。いくら特待生でもそこまで特別扱いは出来ないの。私の養子にしているルルは良いとして、セスの扱いをどうするかでも悩んでいたところだったのよ」
学院長は申し訳なさそうな笑顔で謝った。
「いえ、いいんです。ルルやお母さんと暮らせてるだけでもう十分ですから。わがまま言ってごめんなさい」
あわててフィノも謝った。
「……ねぇ、フィノ? 提案なんだけど、寮を出て町に住んでみたらどうかしら? 生徒が家族と住んではいけないっていうのも、あくまで寮での話。自分の家から通うという形なら何も問題はないから」
「そうですね。たしかに……」
「そういった情報を扱う場所があるから、紹介状を書くわ。費用についても私が持つから心配しないで」
「えっ!? いいですいいです! お金まで面倒見てもらうわけにはいきませんから!」
「そぉ? これは私の個人的な行動だから、遠慮しなくていいのよ?」
「大丈夫です! あたしたち家族のことなので、自分たちで何とかしようと思います」
ちょっぴり残念そうに微笑んで、学院長は紙とペンを手に取った。
◇
「なんだよ。だったらオバちゃんにカネ出してもらえばよかったじゃんか」
フィリスの町を歩くフィノ一家。
両手をズボンのポケットに突っ込んだセスが後ろから言った。
「セスの言う通りだ。風呂付の豪邸でも買ってしまえばよかったろうに。女を呼ぶにも丁度いいぞ」
リリムは歩きスマホならぬ飛びスマホなのでかなり危ない。
「さすがに申し訳ないよ。ルルやリリムについても見えないところで苦労かけちゃってたみたいだし」
渡された地図を見ながら先頭を行くフィノ。
少し下がって、グラサンをかけたルルが体を左右に振りながら歩いていた。
表情には出さないが引っ越しと聞いてワクワクしている様子。
「あった。あそこだね」
目的の店を見つけたフィノが小走りで看板の前に。
看板には家のマークが描かれている。なんとも分かりやすい。
「いらっしゃいませ~」
中に入るとすぐに営業スマイルの女性が近付いて来た。
「フィリスへの移住をお考えでしたら現在――」
「あの、学院からの紹介状があるんですけど」
長ったらしいマニュアルトークが始まりそうだったので、フィノは食い気味に言って手紙を渡した。
「――はい」
ちょっと戸惑いつつも店員は手紙を読み始める。
少しして、
「少々お待ちください」
そう言って早足で店の奥へ行ってしまった。
「あの女、大分焦っていたぞ」
「オバちゃんはこの国じゃ大物だからな。町長ですらへーこらするんだ」
やがて、店の奥から身なりの良い中年の男がニコニコしながらやって来た。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
なんだかとっても豪華な部屋に案内された。VIP待遇である。
テーブルの前の長いソファーに並んで座る四人。
「条件に合う物件情報を集めさせておりますので、今しばらくお待ちくださいませ」
男はテーブルに人数分の茶とドーナツを置いてから出ていった。
「おいおいおいすげーな!」
「なかなか、出来よる」
セスは口を大きく開けて、ルルは両手で掴んで少しずつドーナツを食べている。
一方フィノとリリムは出されたものには手を付けず向かい合う。
「なんか変じゃなかった?」
「学院長の身内とでも思われたのではないか。男の腹など探る気にもならんが」
やがて、男は書類の束を持って戻って来た。
「たいへんお待たせいたしました。こちらが現在紹介できる物件でございます」
セスの前に出された書類をフィノが横から取る。
「どれどれ…………ええええええ!?」
値段を見てビックリ仰天。
思っていたのと桁が二つ以上違う。
(家ってこんなに高いの!?)
最近まで山に住んでいたフィノには想像もつかない世界が広がっていた。
都会とは恐ろしいものなのだ。
(どうしよう……お金ないですって言って帰らないと)
どう切り出すかを考えながら書類をめくっていくフィノ。
ただ、ひとつだけ気になる家を見つけた。
「あれ? これだけ凄く安い」
そう言って置かれた書類を見て、男は「あぁ……」と困ったように頭をかいた。
「申し訳ありません。この物件には問題がありまして、慌てて持って来たので混ざってしまったようです」
そう言って回収しようとしたのをフィノは止めた。
「待ってください。問題ってなんですか?」
「ここ最近の話なんですがね……。ここに住まれた方はみな町を出ていってしまうんですよ。あんな家に住めるか! と言って。その割には何があったのかと聞いても青い顔をするだけで答えてはいただけませんでした。こちらで調べても何も分からず、悪い噂ばかりが広まってしまっている状況でして……」
「ふむ。モンスターでも住み着いているのかと思ったが、住人が生きているのなら違うようだな」
面白そうな話題と見てさっそく話に入って来るリリム。
「生きてはいますが無事とも言えない方もおられます。余程恐ろしい目にあったのか、一晩で頭髪がすべて抜け落ちてしまった方も……」
「何があったかそいつに聞いてみたらどうだ?……あっちぃ!」
お茶を一気に飲もうとして舌をやけどしたセス。
熱いものには慣れていないようだ。
「それがうわ言のように『黒いやつが……』とつぶやくばかりで……」
「黒いやつかぁ」
考え込むフィノ。
普通に考えたらモンスターや盗賊などの仕業だが、住人の命が助かっているというのが不自然である。
「というわけでして、ここはとてもお勧め出来る状態では――」
「面白そうだからそこ買おうぜ? 安いんだろ」
舌を出しながらも不敵に笑うセス。
「そう? あたしも放っては置けないなって思ったけど」
あんな話の後なのに、いつもの調子のフィノ。
「いわく付きか。魔族の城とするにはそれくらいが丁度いいか。我も賛成だ」
魔術で小さくしたお茶を優雅に飲むリリム。
「ルルもいいよ」
グラサンをくいっと持ち上げるルル。
この奇妙な家族を前に、あっけにとられる男に対して、
「あたしたち、この家にします!」
にぱっとした笑顔を見せ、フィノは元気よくそう言った。




