第七十五話 帰って来た母親
そわそわしているセスの前で、フィノの部屋をノックするスズ。
しかし、いくら待っても返事はなかった。
「リリムやルルも留守か。まいったな。ここで待ってたら目立つぞ。あの子にはストーカーも多いし」
「お前の部屋じゃダメなのか?(……ストーカー?)」
「駄目だね。あそこは実質私の部屋じゃないから」
どういうことだ?
とセスが聞く直前、隣の部屋の扉が開き、ミランジェが出て来た。
「おっ、ミランジェじゃん」
「えっ? セスさん!? どうしてここにいんの!?」
「フィノに会いに来たんだ」
「フィノっちに? 知り合いだったんだ」
「知り合いってか……。親子なんだ」
「はぁぁぁぁぁぁあああ???」
すっとんきょうな声を出して驚くミランジェ。
「ちょっと事情があってさ。赤ん坊の頃から別々に暮らしてたんだ」
「……ふ~ん。なるほどね。フィノっちなら今日は町の方に出てるよ。髪切りに行くって言ってたかな」
「そうか。だったらすぐ戻ってくるな。スズ、また上で待ってようぜ」
「や~、多分長いよ? フィノっちだからね~。へたすりゃ夜になっちゃうかも」
「な、なんでだ?」
「きっと会えばわかるよ。一緒に町に探しに行こ? うちもフィノっちが喜ぶとこ見たいから」
二人ともちょっと待ってて。
と言って部屋に戻っていったミランジェ。
「セス、いいのか?」
「別に構わないさ。ミランジェも仲間だ」
待つこと数十秒、すぐにミランジェは外に出て来た。
「スズちゃん、お義母さん。お待たせっ。いこいこ」
「お、おお」
出て来たミランジェのを姿を見てちょっと驚くセス。
あのほんの少しの時間で訓練用の服から派手な余所行きに着替えていた。
限界と言ってもいいミニスカートにほとんど胸しか隠せてない上着。
髪も整えられ化粧までしっかりしている。
いろいろと気になることはあったが、まず最初に一番不思議なことから質問してみることにした。
「なぁミランジェ。なんであたしがお義母さんなんだ?」
「フィノっちはうちの嫁になる予定だから」
「へ~そうなのか…………。ええええ!?」
そして、三人はフィノを探して町へ向かうのだった。
◇
「なぁ、フィノは髪切りに行ったんだよな?」
「たしかにそう言ってたけど、フィノっちだからね~」
開かれた入り口から飲食店をのぞくセス、スズ、ミランジェ。
ピンクの制服を着て、黒髪をリボンでしばったフィノがあわただしく店内を動き回っていた。
「たぶん店員が病気か何かで休んだんだろうな。忙しい時間だけ臨時で入ったんだろ。あの店に限らずあの子はちょくちょく町の仕事を手伝ってるんだ。よくやるよホント」
「ちょっとフィノっちあの制服カワイすぎっしょー! 録画してー! 録画!」
「フィノ……大きくなったな……」
いまいち噛み合ってない三人の会話。
「セス、なにぼさっとしてるんだよ。とっとと会いに行きなって」
「い、いや。忙しそうだし……今じゃ悪いだろ?」
「そんなこと言ってたら夜になっちゃうぞ」
「……てかさ、スズちゃんなんか普段と違くない?」
「この人とは仲がいいだけなので気にしないでください。ほら行け!」
「おわっ! お、押すなよ! あたしにもこっ、心の準備がだな……」
そんな終わらないやり取りを続けている間にも時間は進み、いつの間にか仕事を終えたフィノが出口に向かって歩いて来た。
「来るぞ、隠れろ!」
とっさに小声で叫ぶセス。
彼女たちの反応は素晴らしく速かった。
三人ともフィノに見つかることなく物陰に逃げ込む。
「ふー、あぶねー」
「いや、隠れてどうするんだよ!」
「お義母さんに釣られてうちまで動いちゃった……」
「お義母さんって呼ぶな。追うぞ」
町を歩くフィノをこそこそ尾行する三人。
何かと鋭いフィノが相手なので簡単に気付かれてしまいそうだがかなり上手くいっていた。
こういったことにかけてはプロ中のプロであるスズ。
獲物を狙う獣のように息をひそめるセス。
感覚的な技術にたいしては天性の才を持つミランジェ。
人の多い町中であることも有利に働いている。
そしてしばらく追いかけ――。
「なぁ、ミランジェ。ありゃなんだ?」
周りに聞こえないようこっそりと聞くセス。
レンの事務所にやって来たフィノは庭に置いてある大きな檻の掃除をし始めていた。
「変態ボックスだよ。おチビ……うちらの同期がアイドルやってんだけどさ。その子の迷惑なファンがよくあの事務所に押し掛けてくんの。貯金全部持ってプロポーズしに来るキッショイオッサンとか、盗撮目的のクズとか下着ドロとか。そういうの、ボコボコにしてあの檻に入れておくんだよ」
「そ、そうなのか……。それで、どうしてフィノがそんなモンの掃除してるんだ?」
「ほっといたら他のファンに殺されかねないから、フィノっちがたまに保護して警備隊に引き渡してんの。誰か捕まってないか見に行くのが日課になってるみたい。掃除はついでじゃない?」
「そんなことまでやってたのか」
「優しすぎるんだよフィノっちは。最近はおチビも変に甘くてさ。捕まえた変態にエサ投げたりして遊んでんの。あれじゃ喜ばせるだけだって分かんねーかなぁ」
「……なんかすげー町になったな。ここ」
「っ! おい二人とも。あの子が出てくるぞ」
スズの言葉を合図に三人はシュババッと散開、建物の陰やゴミ箱の裏などに素早く隠れる。
「よし、気付かれてないな。行こうぜ」
フィノが通り過ぎると再び集合し、コソコソと後を追うのだった。
◇
尾行を始めて数時間後。
フィノはようやく理髪店に入っていった。
外では当然のように隠れて待つ三人の姿が。
「いつまでこんなこと続けるんだ? セス」
店を遠目に見ながら呆れた様子のスズ。
「まぁまぁ、フィノっちがどんな子か知ってもらうには良かったんじゃない?」
ミランジェは妙に嬉しそうに。
「……あぁ、ずっと勇気が出なかっただけなんだけど、おかげであの子のことが少し分かった」
理髪店の扉をじっと見つめるセス。
思えば、十年以上も会っていない。
フィノがどんな子供なのか、まるで知らない。
なにが好きで何が嫌いなのか。
なにが得意で何が苦手なのか。
「スズの言う通り、そろそろ終わりにしなくっちゃな。こんなことは。みっともないし情けないけど、あたしじゃハイズは倒せない。全てを話して、あの子に託さないと」
自分がどう思われているのかは、ずっと考えないようにして来た。
そのために走り続けてきた。
けれど、町の人に向けるフィノの笑顔を見ていたら、なんだか――。
「やっと勇気が出たんだ。あの子と向き合う勇気が」
頼ってもいいんだよ。
そう、フィノにささやかれた気がした。
「えっと、そのハイズって――」
事情を知らないミランジェが疑問を口にしようとした時、理髪店の扉が開き、フィノが外に出て来た。
黒い髪は短めに整えられ、前髪は目の上でピタッと横に切り揃えられている。
その姿を見たセスは一瞬見ほれてから、表情を硬く引き締め、「よし」とつぶやいて前に進んだ。
「よ、よぉ!」
さわやかな表情を作り、片手をあげ、うわずった声で話しかけた。
心臓は痛いほどに鳴っていた。
「あれ?」
それに比べて、フィノは落ち着いた様子で、
「……もしかして、お母さん?」
「あ、ああ」
続けて何か言おうとするが言葉が出ない。頭の中は真っ白だった。
フィノは少しだけセスの言葉を待っていたが、緊張を察したようで、微笑みながら近付くと、
「おかえりなさい、お母さん。ずっと待ってたんだよ」
そう口にして、にぱっと笑った。
「……うん、ごめん」
作った表情はあっさりと崩れ、子供のような涙声でセスは謝った。
これが、この母娘の再会だった。
◇
セスを連れて寮に帰ったフィノ。
気を使ったのか、スズとミランジェはフィノに会わずにどこかへ行ってしまっていた。
「二人にはあとでお礼言いに行こうね」
「ああ、そうだな」
ドアを開けて自室に入ると、
「おかえり、お姉ちゃん」
「おかえり、フィノ」
ベッドに座って絵本を読んでいたルルと、相変わらずスマホを弄っていたリリム、二人の家族が迎えてくれた。
「フィノ。その女は?」
スマホから顔を上げるリリム。
「あたしのお母さんだよ。会いに来てくれたんだ」
「セスだ。よろしくな」
その名前を聞いたルルはすぐに反応した。
「セス!?」
ベッドから下りて警戒姿勢。
「ルル、待って。今から詳しい話をしてもらう予定だから」
「でも」
拳を強く握ってセスをにらむルル。
「待て、待て。落ち着け」
翼をパタパタとさせてルルの顔の前まで移動したリリム。
「我らはエリザの所にでも行くとしよう。ここで暴れればこの町を追い出されるかもしれんぞ。レンたちと別れたくはあるまい」
リリムは構えを解いたルルの頭をなでると、フィノの方に向き直る。
「少し、出てくる」
「ありがとう。リリムがいてくれて本当によかった」
「うむ、そうだろう。ではまた後でな」
満足そうな真顔でそう言うと、ルルを連れて出ていった。
「あの子がルルか……」
床に腰を下ろすセス。
「あたしの後にハイズが作ったって、そう聞いてる。他の姉妹も何人かいたみたいだけど、みんな死んでしまったって」
「くそっ……。きっとあたしへの嫌がらせだ。あの子に向かってこられたら何も出来やしない……」
「そうだね。お母さんに恨みを持たせるためにいろいろ吹き込んでたみたいだし、そこまでして勝ちたい理由があったんだと思う」
「あたしを殺すだけなら他にいくらでも簡単で時間のかからないやり方があったはずだ。わざわざ一番苦しめる方法を選びやがった。ちくしょう……」
力なく息をはくセス。
「お母さんは、どうしてあたしを作ったの?」
何でもないことのように、平然とフィノは聞いた。
「……ハイズと出会った時にな、誘われたんだ……『圧倒的な力を持つ』人間を創ってみないかって」
床をじっと見つめながらセスは語る。
「面白そうだと思っちまった。あたしは乗ったんだ。ハイズのその計画に。渡せるもんは何でも渡した」
「ハイズはどうしてそんなことをしようとしたんだろう?」
「分からない。超人を従えて世界征服するとか言ってたけど、本心でもなさそうだった」
「世界征服……かぁ」
腕を組んで「う~ん」と考え込むフィノ。
「それであたしが生まれて……お母さんはどうしたの?」
「生まれたのはいいけど、あまり上手くいかなかったんだ。日に日に弱っていく赤ん坊のお前を見てて、やっと自分が取り返しのつかないことをしちまったんだって気が付いた。そしたらある日突然、奇跡みたいなことが起こって容体が落ち着いたんだけど、あれから、ハイズの様子がさらにおかしくなった」
「ハイズが?」
「『この地獄に光が差した』そんなことを言って狂ったように笑ってた。お前のこと以外はどうでもよくなっちまったみたいで、朝から晩まで付きっきりだ。しまいには妙な実験を始めようとして……このままじゃいけないって思ってさ。あたしは人を生み出す道具や施設を壊して、お前を連れて逃げ出したんだ」
「山に帰って、あたしをじっちゃんに預けたんだね」
「ああ……、それで――」
少しの間言葉を詰まらせて、セスは続きを語る。
「それで、あたしはお前から逃げた……」
黙ってしまったセスに、フィノは優しく話しかける。
小さな子供に語りかけるように。
「もう少し、詳しく教えて? 十年以上も何やってたの?」
「……お前のために何が出来るかを探してた。いったん安定したとはいえ、またいつ死にかけるか……。作られた人間の体については分からないことが多すぎるんだ」
「ルルの姉妹が助からなかったって話がそれだね……」
「一応見つかりはしたんだ。いざという時に役に立つ魔道具。自分の命を相手に分け与えることのできる水差しだ。今はスズに預かってもらってる。もしお前やルルに何かあったら、あたしの命で絶対に助けてみせる」
「そうなんだ。ありがとう、お母さん。なんだ、それなら別に逃げたなんて言い方しなくてもいいじゃない。あたしのためだったんでしょ」
セスは首を横に振った。
「違う、そうじゃない。その気になれば連れて行くことだって出来たんだ……。あたしのしたことをお前に責められるのが怖かったんだよ。恨まれるんじゃないかって……ずっと、思ってた……」
涙を流すセスをそっと抱きしめ、背をさすりながら、フィノは目をつむった。
「そうやってずっと苦しんできたんだね。あたしは恨んでなんかいないけど、ルルは分からないかな。でもね、お母さん。本当のところでは、自分を許すのも罰するのも、結局それは自分自身にしか出来ないことなんだよ。例え死んだってやったことは消えないし、許されたとしても、一人で暗闇に落ちていく人もいる。これからは、自分が自分を許してあげられる日が来るように、頑張らなくっちゃいけないね」
体を離して、セスの目を見つめるフィノ。
「お母さん。あたしはハイズと戦う。手伝ってもらってもいいかな? きっと凄く大変な戦いになっちゃうと思うから」
「……あぁ、そのつもりだ。でもさ、どうすりゃあいつに勝てる? 殺したって死んでるから死なないし、体を消滅させたって他の体で蘇るだけなんだ。いくら探しても、逃げ回る意外に手が無いんだよ……。同じ人間じゃないんだ、あいつは……」
「同じだよ、ハイズだって。みんなと同じように生まれて、同じ世界で生きてるんだ。ぜったいになんとかしてみせる。信じて。あたしは、負けないよ」
フィノは笑顔を見せて、もう一度セスを抱きしめた。




