第七十四話 忍者は辛いよ
ここはフィリス魔導学院、学生寮にあるスズの部屋。
狭い部屋にたくさんの女生徒が集まっていた。
「ダークエネルギーしゅうッ! ちゅうッ! この裸単騎に魂が宿ったワ! 次のツモでアガリよっ!」
長い髪を振り乱して四人用のテーブルゲームをやってるのが一人。
「何ですって!? シュノ! 聞いた? 次で私に差し込みなさい。イーピンよ!」
相手をしているのがシェスカ。
「あの~シェスカ様。そういうのはバレないようにやるのが常識ってやつなんスよね一応」
同じくシュノセル。
「ぬははは! ここで引き下がるようじゃ運命の女神様に嫌われちまうぜ! あちしは逃げねー! リーチだ!」
最後のメンバーはリオン。
そんな風に楽しそうに遊ぶ四人をと~っても嫌そうな顔で見ているメイドさんがこの部屋の主であるスズだ。
「あのぉ……。朝からひとの部屋で騒がしくするのやめてもらっていいですか?」
実は帰って来たばかりのスズ。
リンネに頼まれた仕事を徹夜で終わらせてきたのだ。
すぐにでも寝たかった。
欲を言えば静かなところでだ。
「スズちゃん成分欠乏症よ! スズちゃん!」
「……はい?」
スズのベッドに(勝手に)座ってマンガを読んでいた女生徒が顔を上げて真剣に語りだす。
「スズちゃんから空気中に放たれているスズロイシンが不足することによって引き起こされる症状よ! スズちゃんのこと以外何も考えられなくなるところから始まって無意識にこの部屋に来てしまったりするわ! しばらく一緒に生活することで症状が落ち着くの!」
こいつは頭がおかしいんじゃないだろうか……と思うが口には出さない。
メイドさんは空気が読めるので嫌そうな顔を作るだけである。
「スズ殿ー! 暇してるならこっちを手伝ってほしいでござる。本場の助太刀を!」
あぁ? という顔で声がした方を見ると、置いた覚えのない机でエスニャとプリメーラがマンガを書いていた。
おそらく彼女たちも寝ていないのだろう、目の下には立派なクマが出来ている。
「うっ! 意識が……」
「エスニャ殿ー!? HAHAHAHA! 締めきり直前で先生がお倒れになられたでござる! こいつぁヤベーでござるなぁ! HAHAHAHA!」
エスニャがレンの事務所と契約して宣伝用のマンガを書き始めた、というのは知っていたが、どうしてここで作業をしているのかについてはまったくの不明である。
(正直……辛いなぁ……)
スズは倒れ込むようにベッドへ。
枕に顔をうずめて少しでも雑音から逃れようとする。
(忍者とは耐え忍ぶ者……そのはずだけど……)
任務に就く前はもっとこう、違った辛さをイメージしていた。
痛みに耐えるだとか、友を見捨ててでも任務を優先するだとか。そんな感じの。
(師匠、鈴は挫けそうです……)
やがて、スズの意識は遠い夢の世界へと導かれて行った――。
◇
フィノたちが住むアレキアより東にある島国、ジパング。
そこでは忍術というものを習得し、諜報や暗殺などを生業とする、忍者と呼ばれる者たちが存在した。
これは、フィノが学院に来るよりも前の話である。
「鈴」
畳の部屋、着物を着た美しい女性がつぶやいた。
「お呼びですか、師匠」
数秒後、上から落ちてくるように現れたスズ。
片膝をついてそばかすのついた顔を上げる。
そんな弟子の顔を満足そうに見て、女性はおっとりとした口調で話し始める。
「早いな」
「ありがとうございます」
「鈴、お前さんは今年でいくつになる?」
「十六です」
「そうか、十六か……」
その数字をかみしめるように女性は黙り、愛おしそうにスズを見つめる。
「……? あの、師匠?」
「いやな、あの鼻たれがずいぶん立派になったものだと思ってな。拾ったばかりの頃をつい思い出してしまったよ」
くすくすと笑う女性。
スズには訳が分からない。
「何用で?」
「せっかちだな。たまには思い出話くらいさせろ、真面目な奴め」
女性は姿勢を正し、表情をきりっと引き締めた。
「私の旧友から依頼が来た。詳しい事情は後で話すが、一人では手が回りそうにない。お前さんにも動いてほしい。秋霧流忍術の忍としてな」
「な……!?」
なにがあっても失敗が許されない忍の世界で、仕事を任せるというのはこれ以上ない信頼の証である。
それは、相手を一人前として認めるということ。
「鈴、この任務が終わったら、もう私の元には戻らんでいい。秋霧の姓を名乗り自由に生きろ。やらねばならんことはただ一つ。才ある子を探し、秋霧の技と名を伝えていけ。私が……お前さんにそうしたように」
今にも泣きだしそうな笑顔で話す師の言葉。
決意を込めた瞳でスズはうなずいた。
「それで、依頼の内容とは?」
「……本当に真面目な奴め。あまり頭が固いと嫁の貰い手が無くなるぞ」
「師匠に言われたくありません」
「くぅ~認めた途端この態度……まぁいい。セス、もういいぞ。入って来い」
ガタガタッと乱暴にふすまを開ける音がした。
「よぉシズル。その子がスズか」
大きな女の声だった。
叫んでいるという感じではなく、単に普通に話す時の声が大きいのだ。
「よろしくお願いします」
頭を下げるスズ。
「あ~、いい、いい。そんなかしこまらないでくれ。シズルよりも堅苦しいの好きじゃないんだわ、あたしは」
セスと呼ばれた依頼人は、わざわざ用意された座布団の隣に座り、豪快にあぐらをかいた。
「雇うって言うよりかは仲間みたいなもんだと思ってくれ。よろしくな、スズ」
日焼けした肌、明らかに手入れされていない長い黒髪、所々穴の開いた服。おまけにちょっと臭う。
人というよりは野生の獣、それが第一印象だった。
「それで、内容は?」
「フィリス魔導学院ってトコに入学してほしい。普通の生徒として」
「目的は?」
「あたしの娘も行くんだ。たぶんな。ただちょっと特殊な子でさ。心配なことが沢山ある。でもあたしにはやらなきゃいけないことがあって、そばにいてやれないんだよ。だから、あたしが戻るまであの子をこっそりサポートしてやってほしいんだ」
ただの親ばかだな。と思った、この時は。
「娘の名は?」
「フィノ、っていうんだ。頼むよ、スズ」
スズの肩に手を置いて、セスはニパっと笑った。
◇
「うぅ、師匠……私はメイドになるために修行したわけでは……」
昔の夢を見ていたスズ。
自室のベッドで目を覚ました。
(はぁ、こんなことで秋霧の姓を名乗っていいのだろうか)
机に突っ伏してイビキをかいているエスニャとプリメーラを見てため息をついた。
他の連中の姿は見えない。
スズが寝てしまったので外に出たようだった。
なんだかんだ、ギリギリのところでは気を使ってくれる連中である。
だからこそ強く突っぱねることが出来ず困っているのだが……。
(お腹すいたな。この二人にも何か買ってきてやるか)
風邪をひかぬよう、エスニャとプリメーラに上着をかぶせ、財布を持った時だった。
開けっ放しになっていた窓から丸められた紙が投げ込まれてきた。
「……まさか!」
すぐに拾って確かめる。
紙には汚い字で「やねのうえ」とだけ書かれていた。
「来たのか、やっと」
くしゃっと紙を丸めて笑みが漏れる。
これを書いた人物には心当たりがあった。
もし彼女がやって来たのなら、ようやくスズはこの任務から解放されるのだ。
「長かった……これまでのどんな厳しい修行よりも」
あまりの嬉しさに飛び上がってしまいそうになるが冷静に自分を抑える。
感情をコントロールする訓練もしっかり受けているのだった。
(この子らとも今日でサヨナラ、か)
寝ている二人の顔を見て複雑な気持ちになった。
任務が終わればもう学院にいる理由はない。
となれば彼女たちとはもう……。
「うぅ~んスズ殿……。そっちに逃げたNINJA見なかったでござるかぁ?」
アホの寝言を聞いて、スズのお腹がぐぅっと鳴いた。
◇
学生寮の屋根上。
誰も見ていないことを確認してから、スズは壁を走るようにして上がった。
「よぉ、お前にしちゃ遅かったな」
座って待っていたのはセス。
口調は軽いが、笑顔はなかった。
「お昼買いに行ってたんだよ。今日はまだ何も食べてなくてさ。あんたも食うか?」
持って来たカゴから肉などの具を挟んだパンを取り出してかぶりつくスズ。
「いや、いいや」
「珍しいな。あんたに食欲がないなんて、明日は槍でも降るんじゃないか」
セスの様子がおかしい。
食事を続けながらも次の言葉を待った。
「シズルからの連絡が途絶えた」
うなだれて下を見つめながら、セスは重く言った。
「そうか。師匠が……」
なんとなく察しはついていた。
少しだけ手を止めたが、すぐにまた食べ始める。
「すまん。あたしのせいだ。ハイズの追跡なんて頼まなけりゃ良かった」
「謝るなよ。何があろうと失敗は本人の力不足だ。私は師匠からそう教わった。あんたは依頼人だろ。謝るどころか怒っていい立場だ」
「……せめてどこでやられたのか分かれば動けるんだけどな。なんとか生き延びてるって可能性も――」
「ほぼ、ないね。絶対に戦うなって話を忘れるほど師匠は馬鹿じゃないし、一対一ならあんな女に遅れは取らない。間違いなく想定外の何かがあったのさ。そんな状況で生き延びてるとはちょっと思えない」
「そうか。そうだよな……」
落ち込んだセスを見ながら食事を続けるスズ。
一つ目のパンを食べ終わったところで口を開いた。
「水差しのあった遺跡はどうなった?」
「モンスターは潰しきったよ。時間はかかったけど、これであの島は大丈夫なはずだ。遺跡から出た後で、シズルからの連絡が途絶えてることに気が付いたんだ」
「師匠は最後、なんて送って来てた?」
「……ハイズはダリウスを仲間に引き入れたって」
「ダリウス?」
「昔、ニケやシズルたちと協力して捕まえた賞金首だ。世界中のあらゆる拳法を使いこなす達人で、他人のことを技の実験台くらいにしか思っちゃいない野郎だ。確定してるだけでも百人以上が殺されてる。何の罪もない人間がな」
「師匠が? いつの話?」
「あたしやシズルがまだお前らくらいの時の話さ」
「なるほど。で、どれくらい強いの、そいつ」
「世界中の騎士団や賞金稼ぎが返り討ちにされて、犠牲者が増え続けた結果、最終的な懸賞金が一億と七千万。こりゃ歴史上でも三本の指に入る高額だ。魔族でもないただの人間としてはブッチギリのトップ。あたしもガキの頃よりは強くなったけど、一人であいつに勝てるかってなると自信はない」
「あんたがそう言うなら本当に強いんだろうな。師匠がやられたとしても不思議じゃないわけだ。でも、ハイズはよくそんな奴を仲間に出来たね」
「ダリウスには死刑すら生ぬるいってんで、生かさず殺さず、晒しものの拷問刑になったんだ。ハイズにとっちゃこんなありがたいことはない。とんでもない実力者が肉体を持った状態で、分かりやすい所に拘束されてるんだからな。ゾンビになって従うことを条件に脱獄を持ちかけたんだろ」
「馬鹿だね。余計なことせずにさくっと処刑しておけばよかったのに」
「権力者も含めて、世界中の人間から恨みを買ってたからな。あたしも恩人を殺されてるし、特に反対はしなかった」
「ま、当事者としてはそうかもね」
二つ目のパンをかじって、スズは立ち上がる。
「とりあえずさ、あの子に会いに行ったら? 聞いた限りじゃもうあんたに出来ることはないだろ。一緒にいてやれよ。あんただって会いたいだろ」
「で、でも、いいのかな……。こんな時だってのに」
気まずそうなセスの態度に、はぁ~と大きなため息をつくスズ。
「師匠のこと言ってんのか? 私に気を使ってんのか? こんな時にってあんた馬鹿か? いいか。どんな時、どんな日だろうと、結局誰かにとっては人生最悪の時だし、違う誰かにとっては最高の日なんだよ。少なくとも私はくだらない気を使われてそうやってウジウジされてることに腹が立つ、師匠だって同じことを言うはずさ。冗談じゃないよ、まったく」
その言葉を聞いたセスは立ち上がり、スズに近付くと、ちょっと乱暴に頭をなでた。
「強ええな、お前」
優しく笑うセスから、スズは目をそらす。
「忍者とは耐え忍ぶ者。覚悟はとっくに出来てるのさ」
辛くない、とは言わなかった。




