第七十三話 動き出す伝説
洞窟のような場所。
地面だけは平らに整えられていて、左右には氷漬けの死体が間隔を開けて並べられている。
奥に向かってずらりと並ぶ死体たちを笑顔で見ながら、その二人は歩いていた。
「ハイズちゃあん。彼らを動かして駒にするのかい?」
後ろを歩く男がニヤつきながら言う。
髪をオールバックにした長身の男である。
ネックレスやイヤリングなどのアクセサリーをごちゃごちゃと身につけている。
「いんや~? こいつらはいちお~ミーが集めた手練れではあるけれど、ヤドリギさんやあの先生たちには到底及ばにゃい。そもそも肉体と魂がセットでないのも多いし、ね~」
薄暗い空間にぼんやりと光る虹色の髪を揺らし、縫い目だらけの顔で笑いながら、ハイズは語る。
「でも! 一番強いやつだけは話がチガ~う。肉体と魂をゲットしたまでは良かったケド、あまりにも強すぎるから何百年も出番無かったんだよにゃあ~」
「ヘぇ、そりゃあ良い。動き出したら試してみてもいいかな?」
「ん~~~。別にいいけど、修復不可能なほどに壊されちゃうのはダメだよん。ダリウスくん、キミは自分の肉体じゃないと実力出せないタイプでしょ? 命乞いの準備は最初からしておくんだぁにゃあ~ん……もう死んでるけどね、キャハ!」
「アッハハハ! 楽しみだなぁ、そいつは!」
洞窟に笑い声を響かせながら、二人は最深部に向かっていく。
◇
「それで、この女の子がその最強? こんな子供が? 美少女コンテストとかでなく?」
着いた先に置かれていた氷柱をいぶかしげに見上げる男、ダリウス。
保存されていた死体はどこにでもいそうな十代の少女だった。
手足も細く、とても戦えるようには見えない。
「うんうん、名前知ったら驚くよ~? 多分聞いたことくらいはあると思うしー」
氷柱の前で目をつむりながら答えるハイズ。
「名前ね。恥ずかしい話勉強は苦手でさ、歴史は特に駄目なんだ。聞いたことないなんて言ったら怒られるかな?」
「ど~だろぉ? 本人は有名人になったのなんて知らないだろうからにゃあ~。魂は死んですぐにミーがここにがっつり縛り付けちゃったしぃ」
「さらっとクズなこと言うよね、ハイズちゃんって。で? なんていうんだい? この女の子」
一糸まとわぬ姿の少女を見上げ、ダリウスは笑みを浮かべる。
「マイラちゃんっていうの。知ってるぅ?」
「マイラ? マイラ……ん~、やっぱり聞いたことないね。そんな名前の達人は」
「戦士として有名なわけじゃないからにゃあ。ヒントは『伝説』だよん」
「伝説ね。伝説か……。あ、もしかして、伝説の勇者アニタ様に仕えたっていうあの――」
その時だった、地鳴りのような音と共に強風が洞窟に流れ始める。
「――なんだこりゃ。なにが起こってんの?」
笑みが消えたダリウス。
吹き飛ばされないように足を開いて立つ。
「魂の説得が終わった。マイラちゃんもミーの役に立ってくれるって。んま、他に選択肢なんて無いんだから、当然なんだぁにゃあ~ん」
いつの間にか目を開いて笑っていたハイズ。
『誰が、あの勇者に仕えただと?』
どんどん勢いを増す強風、やがて少女の眠る氷柱を包み込み、竜巻のような状態に変化。
氷に亀裂が走る。
『誰が! あの勇者に! 仕えただと!?』
竜巻の力で、氷は完全に破壊された。
そして次の瞬間、ダリウスは後方に吹き飛んだ!
「がはっ!」
壁に叩きつけられ、それでもなお強力な力でミシミシと壁にめり込んでいく。
「ごぼっ! かっ……あ……」
「ウジ虫の分際でこのマイラ様を舐めやがって、そのまま潰れて死ね」
氷から解き放たれた少女はギザギザの歯をむき出しにしてダリウスに手の平を向ける。
遠くから押しつぶすように、まっすぐに。
「ぐ……あ……ああ……」
だが。
「ぐふ――ハハ、アッハハハ!」
血を吐きながらもダリウスは笑った。
直後、ずるりと彼の体は地面に落ちた、軟体動物のように。
すぐさま地を蹴りその場から消える。
次にダリウスが現れたのは――少女の背後。
「シャアッ!」
振り向いた少女の顔面に大きく振りかぶってからの拳が叩き込まれる。
小石のように飛んだ少女の体は先ほどダリウスが押し付けられていた壁に激突……するかに思えた。
「……マイラ様の風から脱出して後ろを取ったか」
激突の直前、空中でピタリと止まる少女の体。
ふわりと浮いて腕を組む。
「そこらのウジ虫よりはマシだな。おいチャラ男。マイラ様の訓練に付き合わせてやる。まだ体が上手く動かない。もう少し戦えよ」
ギザギザの歯を見せて笑い、上に向けた手のひらに小さな竜巻を起こした。
ダリウスはペッと血液混じりのツバを吐き、ニヤついた笑みで返す。
「伝説の魔導士にそう言ってもらえるのは光栄だなぁ、ウジ虫からチャラ男なら大出世だよ。実力を見せればしっかり評価してくれるのは嬉しいね。君をぶっ殺したらしい魔王のことは何て呼ぶんだい? ご主人様? 旦那様かな?」
「……そこまでマイラ様に殺されたいか」
再び威嚇するように歯を見せた少女、マイラ。
ニヤけたまま拳を構えるダリウス。
両者が動きだそうとした、その時、
「ウゴクナ!」
甲高い声が響いた。
時が止まったかのように動かなくなる二人の死者。
「だぁめだ~め~。君たちはミーがヤドリギさんと遊ぶためのおもちゃなんだよ~? つまんない戦いで壊れちゃったらもったいないでしょ」
小さなステッキをくるくる回すハイズ。
「てめぇ……!」
硬直が解け、憎しみを込めた目でハイズをにらむマイラ。
「今は他に手が無いから大人しく従ってやる。だがこの借りはいつか返す。後悔させてやるぞ。このマイラ様を甘く見たことをな。必ず惨めに殺してやる……!」
その言葉を聞いたハイズはケタケタと笑い始めた。
「いつか返すってど~やるのかにゃあ? ミーが飽きたらマイラちゃんはまた地縛霊に逆戻りなのに。それに"殺す"って、いまだに自分たちが『人生』って舞台に立ってると勘違いしてない? もうとっくに死んでるんだよぉ? ミーが手を出さなかったら肉体は腐って魂は霊界に帰るだけ。神が仕組んだクソみたいな法則からは決して逃れられない」
ハイズはナイフを取り出し、自らの胸に深々と突き立てた。
「キャハハ! はい死んだ! これで満足ぅ? キャハハハ!」
そのまま横に切り裂いて笑う。
異常な行動に引いた二人を見て、ハイズは急につまらなそうな顔に変わり、ため息をついた。
「死体なってもまだ殺すだなんだって話しか出来ないから面白くないんだよ。どれだけ強くともただの人間なんて結局はその程度、仕組まれた舞台で踊る意外に能がない」
ナイフを落とし、虚空を見つめる。
「はやく、ヤドリギさんと遊びたい……」
一転、静まり返る洞窟。
沈黙を破ったのはダリウスだった。
「ま、まぁ、死んでるよりはこうして動き回れる方が楽しいし? 俺も目標は欲しいから、ハイズちゃんを手伝うよ」
口元の血をふいてマイラの方を向く。
「マイラ様。さっきは気に障るようなことを言って悪かったね。謝るよ。ただ、ひとつ言い訳をさせてもらってもいいかな? 今はあなたが魔族と戦ってから五百年以上も経っててさ、勇者アニタ様とそれに従う英雄たちが魔王を倒し、世界を救ったと俺は教わってるんだ。その調子じゃ現代人はみんな殺さなきゃいけなくなるぜ」
マイラは宙に浮き腕を組む。
「チッ、五百年か……。気がかりなことがいくつかあるな」
「俺が知っていることならなんでも質問に答えるよ。それで仲直りといこうじゃないか」
少し考え込んでいたマイラだったが、ぴくっと何かに反応した。
「……ならまず最初の質問だ。お前たちは"三人"組か?」
想定外の質問に首をかしげるダリウス。
「いいや? 俺とハイズちゃんの二人っきりだよ。ねぇ?」
ハイズは何も言わず、笑顔だけで答えた。
「そうか。だったら――そこにいる奴は敵ってことだな?」
大きな岩に向かって手を振るマイラ。
あっという間に風が集まり竜巻を形成、大岩を粉々に吹き飛ばした。
と同時に、岩に隠れていた何者かが高速で出口の方へ向かう。
「逃がさねーよ。この空間はすでに閉じた」
出口へ向かう通路は強力な風のバリアで守られていた。
黒装束を着た侵入者は脱出を諦めたのか、マイラたちの方に振り返り、小刀を取り出して逆手に構えた。
「忍か。それもかなりの使い手だな」
空中をすぅっと動いて侵入者の前に下りるマイラ。
腕は組んだままだ。
「勘を取り戻すには丁度良い相手だ。お前たちは手を出すなよ。マイラ様の邪魔をしやがったら……誰であろうが殺す!」
ギザ歯を見せつけるように、マイラは邪悪に笑った。




