第七十一話 公式の発言
「シェスカ、見つかった!?」
「見つからないわ。せまいとこに隠れられちゃったら無理よ」
広場で落ち合うフィノとシェスカ。
逃げ出した大きなアレを探し回っている間にすっかり暗くなってしまっていた。
「あのモンスターってキモイだけで噛み付いたりはしないんでしょ? だったら見つかるまで放置で良いんじゃないの? その気になれば小さな子供でも倒せるんだから。……ありえないくらいキモイけど」
「……そうだね」
所詮はでかくて速いだけのゴキブリである。
危険はほぼ無いのだ。
二人はいったん諦めることにした。
だが後に、ここで逃がしたアレがとんでもない事件を引き起こすことになってしまうのだが、それはまだ先のお話である。
「ちょ、ちょっと疲れちゃったわね。人気のないとこ行かない? 休みましょうよ」
上目遣いで髪をくりくりいじりながら言うシェスカ。ほんのり熱っぽく。
レンもミランジェもいない今日は大チャンスである。
勝負を決めにいっている。
「……ねぇシェスカ。あれは何をやってるんだろ?」
ぜんぜんシェスカの方を見てなかったフィノ。
(もう! そんなのどうだっていいから私のこと見てよ!)
と言いそうになったのをおさえ、シェスカも渋々そちらを見た。
小さな舞台の前に人だかりが出来ている。
誰かが街頭演説のようなことをやっているようだった。
「あ! もしかしてあいつら!」
舞台の上に立っている集団に、シェスカは見覚えがあった。
◇
「――え~というわけでありましてぇ、我々の行いは全て、神の子であるフィノさんの名の下に許されているのでありますわ!」
「あうう……」
聞こえてきた言葉に立ちくらみを起こしたフィノ。
しかし今日はレンがいないのだ。
こんなところで気絶しているわけにはいかない。
ほっぺたを叩いて意識を保つ。
「やっぱりあいつら……」
呆れたようなシェスカ。
舞台の上にいたのは、植物のようなデザインの仮面を被った女たちである。
「いや~やっぱフィノさんはすげーぜ!」
「フィノさんを信じてさえいりゃ、死んでも極楽の世にいけるんだろ? これでなんでも出来るぜ~」
「キシシシ……許しを得たのだ……ワレワレは!!!」
けっこうな人数が集まって話を聞いていた。
しかも客層が酷い。
眼帯スキンヘッドのマッチョだとか、古傷だらけの顔でナイフをべろんべろん舐めてるヤバイ目をした奴だとか、なんかそんなんばっか集まってた。
「ここでお得なご案内ですわ~。フィノさんからの洗礼の証である仮面が、今ならなんと! たったの八万ディーナですわ! 普段なら三十万以上ですわよ!」
おお~! とチンピラ集団から声が上がった。
どうにか持ちこたえていたフィノの意識が再び飛びそうになる。
「さらにさらに! 今日フィノさんのしもべになったばかりだという子触手のた~め~に~、こぉんなものをご用意しました! フィノさんの日々のお姿やお言葉、天使リリムのコラムなどが掲載されている『極光新聞』が、月々なぁんと、たったの四万ディーナで読めてしまうプランをご用意しましたわ! こちら大変お得なプランとなっておりまぁすで~すわ~!」
歓声と拍手が広場を包んだ。
舞台上にいた仮面の一人が紙とペンを持って降りてくる。
「ではこちらにお名前と住所をお願いいたしますわ! それと極光新聞では、近々天使リリムが迷える子触手の相談に答える『リリムに訊け!!』のコーナーと、ルルちゃんが話題の料理やお菓子を辛口レビューする『ズバリ言うよ!』が始まる予定ですので、皆さんのお悩みとレビューしてほしい食べ物の募集もしておりますわ~」
なんの迷いもなく幸せそうにサインしていくチンピラたち。
「どうしてこんなことに……」
何故こうなったのか、フィノにはわけが分からない。
リリムやルルが普通に協力してるっぽいのも今知った。
隣にいたシェスカですら、
「くっ、退会たとはいえちょっと読みたいわね……!」
と難しい顔をしている。
さすがにこのままではマズイ、とフィノは険しい顔で舞台に飛び上がった。
「ちょっと待って! あたしはこんなこと許してないよ!」
「フィノさん!?」
「ほ……ホンモノですの!?」
動揺する仮面たち。
「お、おい! ありゃあフィノさんじゃねェか!」
「おお! 神の子よ! 罪深き我らを救いたまへ」
「やべーぞ俺たち手ぶらだぜ。ちょっくら生贄でも探してくっか!」
チンピラたちも同様だ。
同様に動揺である。
「皆の者落ち着きなさい! フィノさんの御前ですよ。彼女に敬意をはらいなさい敬意を。ごきげんよう、フィノさん」
仮面集団の中からリーダーっぽい奴が前に出て、スカートをつまむポーズでフィノに挨拶をした。
他の仮面とチンピラも「ごきげんよう」とそれに続く。
「えっ……? ごっ、ごきげんよう」
釣られてフィノも同じようにスカートをつまむ。
その姿を見た仮面集団とチンピラたちは嬉しそうにソワソワし始めた。
そこいらから「可愛い……」とか「やっぱカワイイよね~」とか小声で聞こえる。
「あのね、どうして出て来たかって言うと、こういうことをするのはもうやめてほしいの!」
恥ずかしさに緊張をまぜた表情のフィノ。
はっきり言って命がけで戦っている時より今の方が辛かった。
「何故でしょう? 我らが何かご迷惑をおかけしましたか?」
一方リーダー仮面は冷静に話している。
こういう状況には慣れていそうだった。
「え、いや迷惑ってことは……ない……かなぁ……?」
別に侮辱されたわけでも損をしたわけでもない。
むしろ愛されていると言っていい。
「で、でも、犯罪をあおるようなことはしちゃだめだよ?」
「誤解ですわ! 我々はむしろ彼等を救済し正しき道を示しているのです! フィノさんのように!」
それもまぁ、嘘ではないだろう。
あれ? こいつら実は良い奴等なのでは?
だんだん何のために上がって来たのか分からなくなってきたフィノ。
「あ、あと、あたしが言ってないこととか勝手に広めるのはやめて!」
「……なんの話でしょう? フィノさんの発言は可能な限り録音し、しっかりとした解釈を心がけていますわ」
ちょっとだけ苦しくなった仮面リーダー。
ここは触れられたくなかった。
他の仮面やチンピラたちも「おいおい大丈夫かぁ?」というような感じで見ている。
「自分たちのやることはあたしに許されてるとかさっき言ってたよ!」
勝機! とばかりに強く言葉を発するフィノ。
「……」
あごに手を当て返答を考えている仮面リーダー。
ギャラリーたちからは「が、頑張れ!」とか「私たちの愛をつらぬき通してください!」と応援の声が聞こえてくる。
腕組みをしながら観戦していたシェスカだけがニヤリとし、
「勝ったわね、フィノ」
とか言った。
「そもそもあたしは神の子なんかじゃない。みんなと同じ、普通の人間だよ」
心だけはそのつもりである。
だが仮面たちにとってそれではマズいのだ。
信仰の柱が折れてしまう。
その言葉だけは、言ってはいけなかった。
「ううう……どうしてそのようなことをおっしゃるのですか、フィノさん……」
「だったら俺たちが信じたものは何だったんだ……」
仮面たちやチンピラが泣き始めてしまった。
なんか凄く悪いことしたみたいになってるね。
しかし、そんな彼女たちの涙をぬぐうかのように、仮面リーダーは口を開く。顔見えないけど。
「……解釈違いですわ」
「えっ?」
何を言ってるの? と頭の上に?を出すフィノ。
「公式の解釈違いですわ! フィノさんは自分を普通の人間だと思い込んでいますが、神の子が受肉し人の形をとった真なる救い主なのですわ!」
「ええええっ!?」
わぁっと歓声があがる。
もうめちゃくちゃだった。
「え~と、えっと……」
何か言えないかと考えるフィノだったがなかなか上手い返しが出てこない。
正直こういうのは得意じゃなかった。
公式の解釈違いという言葉も初めて聞いたのだ。
「そもそも! 自身を神だ超人だと触れてまわるような者に本物はいませんわ! ですが彼女だけは違います! 救世の奇跡を行使するために舞い降りた女神なのです!」
ここぞとばかりに畳みかけるリーダー仮面。
ギャラリーたちのテンションもどんどん上がっていく。
「さぁ皆さん! フィノさんに我々の信仰をお見せするのですわ!」
両手をかかげてそう言った。
「え? なに? なにするの!?」
不安げに仮面たちを見るフィノ。
仮面たちは突然ニュルニュルと体を動かし、不思議な踊りを始めた。
「お~、うお~、わ~れら~のフィ~ノさ~~ん♪」
さらにうなり声を出すように歌い始めた。
「さぁ! 今日からフィノさんの触手となった皆さんもご一緒に! 彼女とひとつになって愛の念を送る神聖な儀式ですわ!」
仮面リーダーの声かけでチンピラたちも見よう見マネで儀式に参加。
舞台を中心として広場に神聖な歌声が響き渡っていく……。
「ふぅぅぅぅ……」
人々の愛の念をもろに受けたフィノは泡を吹いてコテンと倒れた。
「フィノ! くっ! 撤退よ!」
すぐ舞台に上がったシェスカは倒れたフィノを抱き上げ、
「大変ですわ! フィノさんを我らのアジトにお連れするのです!」
仮面の集団に背を向けて走り出した。




