第七十話 酢の効能
露出狂を警備隊に突き出したフィノとシェスカ。
年越しのお祭りを楽しみながらも、迷惑者を見つけては追っかけまわしていた。
「ラッシュヴァイン!」
「ウォーターバレット!」
「ぬはははは! そんな魔法じゃあちしを捕らえるのは無理だぜ~。お嬢ちゃんたち!」
赤いツインテールを揺らしながら走り、パピヨンマスクの美少女怪盗は笑う。
「くそっ! 後ろから撃ってんのにどうやって……!」
「もう一度! ラッシュヴァイン!」
緑色の触手がギュルギュルと怪盗の背に向かい伸びる。
「あらよっと!」
それらを素晴らしい身のこなしでヒョイヒョイかわしていく怪盗。
「信じらんない! 後ろに目でも付いてんのあいつ!?」
シェスカは追いかけているだけでも苦しかった。
「ぬはは! そろそろ鬼ごっこも飽きてきたからこの辺で帰るわ。来年もよろしくな~」
逃げながら振り返り、馴れ馴れしくそう言った怪盗は民家の壁をよじ登って屋根に上がった。
「ラッシュヴァイン!」
フィノも触手を引っかけて上に。
「……いない。逃がしちゃったか」
どこを見ても怪盗の姿はなかった。
すでに反対側に下りて人込みに紛れてしまったようだ。
素顔が分からないので、見失った隙に着替えられてしまうとお手上げである。
「やっぱりあの声と匂いはリオンだと思うんだけどな~」
シェスカがいる方にしゅたっと下りたフィノ。
「はぁ、はぁ……悔しいわね。下着ドロなんかに舐められて……」
「怪盗ルブラはレンが認めるくらいだしね。しっかり対策を練らないと捕まえるのは無理かも」
「エリザならいけるかしら?」
「風の魔力を使った加速なら追いつくことは出来ると思う。でも捕まえられるかってなると別問題かな。あたしたち相手だとルブラも全然本気じゃなさそうだったし」
「……ムカつくからいつか絶対あいつより強くなってみせるわ」
「あはは、シェスカならきっとなれるよ」
照れくさそうにちょっと目をそらすシェスカ。
「走ってたらおなかすいちゃったね。何か食べようか」
気付けばもう夕方になっていた。
深夜のカウントダウンに向けて街灯の点灯作業がいたるところで始まっている。
「そう言えば屋台も増えて来たわね。私焼き栗食べたい……ん?」
そこでシェスカ何かを発見。
「あの屋台にいるのスズじゃない」
そばかすの付いた地味~な顔のメイドさんを発見。
三秒後くらいには死ぬんじゃないかってくらい青ざめた表情をしている。
「ラミィちゃんもいるね。あの二人が一緒にいるのは珍しいかも」
スズの隣には髪をおさげにした小さな女の子。
こちらはとてもいい笑顔で「いらっしゃいませぇ~」と客引きしていた。
「関わったら面倒になるかも、向こうに行きましょ」
スズの表情から何かを察したシェスカ。
せっかくのデートに邪魔が入ってはたまらない、と逃げようとしたのだが、ちょっと遅かった。
「スズ! ラミィちゃん! 何やってるのー?」
フィノはとっくに手を振りながら歩きだしていた。
「くっそ~……」
悔しそうにフィノの背を見るシェスカ。
誰かといて主導権を握れないという経験があまりなかった。
「……はぁ、私も行こ」
結局諦めて、トボトボとフィノに付いていった。
人間関係というのは惚れた方の負けなのである。
◇
「あっ、フィノさん。いらっしゃいませぇ~」
「……いらっしゃいませ~ぇ」
太陽のような笑顔のラミィにボソッと続くスズ。
「ここにあるものは全部無料ですよ! 食べていってくださ~い」
「ええっ、タダでいいの?」
差し出された皿に乗っていたのは美味しそうなゆでタマゴだった。
「ありがとう。いただくね」
「はい、シェスカさんもどうぞ♪」
ラミィは大喜びで後からやって来たシェスカにもタマゴを差し出す。
「……アリガト」
青い顔で震えているスズをいぶかしげに見ながらタマゴを掴んだシェスカ。
フィノと一緒にカラをむき始めて――。
「「んぎえええええええええええ!!!???」」
二人そろってビックリ!
なんと! カラの中には死んだヒヨコのようなモンスターがそのまま入っていたのである!
「な、な、な、なによコレェ!」
ヒヨコが半分見えた状態のタマゴを持って怒鳴るシェスカ。
ラミィはキラっとした笑顔のままで答える。
「とある国のゆでタマゴですよ」
「こんなの食べられるわけないじゃない! 返すわ!」
「そうですか……」
しゅんと落ち込んだ表情に変わったラミィは返されたゆでタマゴを悲しそうに食べながら、立ったまま魂が抜けていたフィノを見つめた。
「…………ハッ!?」
視線に気付いて意識を取り戻したフィノ。
ラミィと持っているヒヨコの目を交互に見る。
「ううう……」
少し悩み、やがて腹をくくった!
「いただきます!」
パクっと一口で食べた!
目をつむってもっしゃもっしゃとよぉく味わう。
「…………うん……おいしいよ」
タマゴのような味のする鶏肉という感じである。
ぶっちゃけ美味しかった。
その言葉を聞いたラミィの表情が再びぱぁっと明るくなる。
「ですよね! 他にもたくさん美味しいものあるんですよ!」
「う、うん……。でも、もうお腹いっぱいかな。今はいいや」
苦笑いでそう答えた。
美味しいのは本当だが精神的な消耗が激しい。
これ以上は持ちそうになかった。
「そもそも無料って時点で怪しいのよね。いったい何が目的なのかしら? テロ?」
テロは言い過ぎだろう、とフィノとスズは思ったが口には出さず目でシェスカにアピール。
当然伝わっていない。
「テロだなんてとんでもないです! これは日陰料理を紹介してるんですよ」
「日陰料理ぃ?」
「はい。世界にはこういう、美味しくて栄養満点なのに見た目やニオイが悪いと言われ、不当な扱いを受けているお料理や食材が沢山あるんです。わたしはそれを皆さんに知ってほしいんですよ」
握りこぶしを作ってラミィは熱く語った。
「ああそう。それで無料なのね。私はてっきり人が嫌がる姿を見るのが好きな性悪かと思ったわ」
「そんなわけないじゃないですか」
ラミィはそう言った後に小声で「レンちゃんがやせ我慢しながら食べてる姿は大好きですけど」と付け加えた。
「それで、スズが手伝ってるんだね」
「はい……。屋台を貸してあげてほしいってリンネ先生に頼まれたので」
「えへ、前々からやってみたいなぁと思ってたんで助かっちゃいました♪」
「おぅ~い。ちょいとよろしいでござるか?」
その時である。
フィノとシェスカの後ろからぬおっと背の高い女の子が話し掛けて来た。
「なんだ、プリメーラじゃない。あんたおっきいからいきなり出てくると心臓に悪いわね」
後ろにいたのは真っ赤な鎧を着たプリメーラだった。
長剣を背負って騎士のような出で立ちである。
「フフ……。それは失礼、にござる」
いつもより低めの声でそう言ってグイっと前髪をかき上げた。
この女は顔だけはとびきり良いのでめちゃくちゃカッコよかった。イケメン。
その場の全員が数秒「おお……」と見とれてしまうほどだ。
「で、そのカッコはなに? エスニャと一緒にジパングのオタクイベントに行くんじゃなかったの?」
「フフ……実は寝坊して船に乗れなかったのでお留守番になってしまったでござるよ。あ、これはイベントで着る予定だったコスプレ衣装にござる」
腰に手を当てカッコつけながら全然カッコよくない話をする。
この衣装はエスニャが大喜びで用意したものである。剣も偽物。
「あ、あの! その恰好は『竜滅の刃』の虎柱先生ですよね!? 台詞お願いします!」
興奮しながらラミィがお願いした。
するとプリメーラは数歩下がって長剣を手に持った。
「よかろう! 超集中! 秘剣! 流星の構え!」
横にした剣の柄を人差し指と中指で挟むようにして持ち、もう片方の手で刀身を掴む独特の構えを取った。
「きゃー♡ かっこいいー!」
その場で嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねるラミィ。
マンガに詳しくないフィノたちにはちょっとついていけない。
「……プリメーラさん、私たちになにか用があったのでは?」
「おっとっと。そうでござった」
スズの言葉で何かを思い出したようだ。
「実は拙者、暇つぶしにNINJAを捕らえようと考えたのでござる」
「は?」
思わずすっとんきょうな声が出てしまったメイドさん。
「最近このフィリスの町で悪事を働いているNINJAでござるよ。以前、質屋を襲撃した際にはしっかりとその姿を目撃されているでござる」
「マンガの読み過ぎ。実在するわけないでしょ、そんなモン。コスプレ趣味の変態犯罪者よ」
シェスカの鋭い言葉に「ははは……」と全然楽しく無さそうに笑うスズ。
「いやいや! サムライが実在するということはNINJAもいるということでござるよ」
「サムライなんてドコにいるってのよ」
問われ、ニヤリと笑ったプリメーラは親指でクイっと自分自身を差した。
ものすごく良いドヤ顔だった。
「も、もういいです。もうこの話題は勘弁してください……辛くなってくるので……いろいろと……」
ガクンとうなだれたスズが絞り出すように言った。
「と、いうわけでNINJAをおびき寄せるためのエサが欲しいのでござる。NINJAの好物と言えば『スシ』が相場。スズ殿の屋台ならば置いているんじゃあないのかな~ぁ? と思い来てみたという過程からの結果にござる」
「スシってなぁに?」
首をかしげたのはフィノ。
「米と魚とお酢を使った料理です。マンガとか読んでないと分からないですよね」
ラミィが素早く解説。
最近のキッズは物知りなのだ。
「寿司ですか。出来なくはないですけど準備は必要ですね。今日はラミィちゃんの料理しか出せませんよ」
生活費の足しにするため、たまに屋台を出しているスズだったが寿司を売ったことはなかった。
粉ものの方が儲かるのである。
たこ焼きとか。
「う~んスシがないとは残念無念。NINJAのエサは他の物でなんとかするしかないでござるな~ぁ」
「わたしの日陰料理にもお酢を使ったものはありますよ?」
「おっ! それマジにござるか?」
ラミィはニコニコしながら屋台の下から大きなビンを取り出した。
ビンは液体(おそらく酢だろう)で満たされていて、その中にはまだ生きている虫のモンスターが!
「「うええええ……」」
ラミィをのぞく全員の表情が曇る。
「レッドゴキブリンの酢漬けです! 精が付きますよ~」
酢漬けにされていたのは真っ赤なアレ。
通常のアレの三倍の大きさと速度を持つ悪夢を具現化したかのようなモンスターだ。
「うおお……こ、これでにに、ニンジャが見つかるかな~ぁ?」
動揺しまくって地の喋りが出てしまっているプリメーラ。
手と声を震わせながらビンを受け取り、ヒクついた表情で酢漬けのアレを見た。
酢の力で強化されているのか、でっかなアレは凄く元気だった。
ビンの中ですべての足をシャカシャカと高速で動かしていてそれはもう気持ちが悪い。
シャカシャカー!
「……ゴメン、ギブ」
ついに限界を迎えてしまったプリメーラは白目をむいて気絶した。
となれば当然、ビンは落ちる。
バリーン!
じゃば~!
シャカシャカー!!!
「「おぎゃああああああ!!!???」」
暗くなり始めたフィリスの町に、少女たちの絶叫が響き渡った。




