第六十三話 エピローグ よろしくパートナー
フィノとスラ吉が入ったトイレの前で、
「ほらほら散った散った! 見せもんじゃないよー!」
野次馬を追い返すミランジェ。
ちょっとでも隙を見せれば中の様子を探ろうとするので気が抜けない。
「チッ!」
と大きく舌打ちして去っていく他の生徒たち。
ミランジェが相手では束になってもかなわないだろう。
「ちょっと先輩今の聞いたぁ!? なんつー態度! フィノっちの前じゃニコニコして「ごきげんよう」とか言ってるくせにさぁ」
「ビギー!(ミランジェ! 剣抜け、剣! もっとビビらせろ! アタシのプライバシーを守れ!)」
通りがかっただけの生徒にもぺっぺとツバを吐いて威嚇しているヴァリン。
その甲斐あってか、周囲に人気は無くなった。
「ふぅ、いったん落ち着いたかな」
一息つくミランジェ。
ポケットからリボン付きのオシャレな袋を取り出すと、中のクッキーをつまみ始めた。
「ビッゲ~(お前いつもなんか食ってるよなぁ。最近は酒まで飲んでるし、太るぞぉ)」
「ん~?」
残念なことにヴァリンの言葉は伝わらない。
ミランジェはボリボリ食べながら不思議そうにしていたが、やがてにこっと笑った。
「……ふふっ。見た目はスラ吉だけどさ、こうして見てるとやっぱヴァリンちゃん先輩だって分かるな~。表情がもう偉そうだもん。ぷっ、ははは! でもこれはこれでカワイイかも」
ヴァリン、イラっと。
「先輩も食べます? ほ~れスラちゃん、おやつだよ~ん」
クッキーをひとつ取ってホレホレと近付ける。
「ビギー!」
「いっっでぇぇぇ!?」
口を開けてカプッと指に噛み付いたヴァリン。しっかりクッキーも奪い取った。
「くっちゃくっちゃ(モンスターを舐めた罰だ)」
涙目のミランジェを見ながら満足そうに咀嚼。
そんなことをやっていたら、トイレが開き、フィノとスラ吉が出て来た。
「お待たせ、二人とも」
「ビ~ギ(お~う)」
「ひ~ん……フィノっち~、猛獣に噛まれた~」
「そうなの? だったらメリル先生の所に行った方が良いね」
「いたぁい、連れてって~、このままじゃうち死んじゃうかも……」
甘えた声でウソ泣きするミランジェ。ぶりぶりぶりっ子。
「う~ん、困ったな。あたしたち汚れちゃったから、ミランジェに手伝ってもらってスラ吉くんをお風呂に入れようと思ったんだけど……」
「いや、うちも行くわ」
一瞬で、キリっとした顔に戻ったミランジェだった。
◇
ここ、フィリス魔導学院には風呂が存在する。
と言っても、大規模な設備が必要になるので寮の部屋にはついていない。
食堂や訓練場のように、学院の敷地内に銭湯があるのだ。
「ラミィちゃん。三人分お願いね」
銭湯に入ってすぐ、受付で座っていた少女にフィノは学生手帳を見せた。
フィノやミランジェより年下の、下ろした髪を左右で束ねたおさげの女の子である。
ちょっと大きめのエプロンを付けている。
「はい、三人ですね。少し待っててください」
受付をしていた少女、ラミィはすぐ後ろの棚からバスタオルを人数分持って来た。
「あの、ペット……? は入れないんですけど……」
ミランジェが手のひらに乗せていたヴァリンを見てラミィは言った。
「あ、そっか。ヴァリンさんどうしよっか?」
「ビガビ~(ならここで待ってる。あと、アタシの手帳は上着の左ポケットな)」
「分かりました。ラミィちゃん、この子ここで待たせておくけど、絶対暴れたりしないから安心してね」
「へっ、ここで? あわわ……」
「気を付けてね~。このスライムたま~に凶暴だから、カワイイ女の子を見つけたら食べちゃうかもしんないよ。ラミィちゃんみたいなさ」
「ひう!?」
ミランジェは意地悪な笑みで料金を置く。
なぜ彼女だけお金を払っているのかといえば、特待生であるフィノとヴァリンは一日一回までは利用料金を免除されるからである。
「も~、そういうこと言っちゃダメだよミランジェ。嘘だから気にしないで」
「ごめんごめん。んじゃ、そのスライムよろしくね~」
そう言うと、フィノとミランジェはスラ吉を連れて脱衣所に向かって行った。
残されたラミィは「くあ~」とあくびしているヴァリンをじっと見つめている。
「……ビガァ?(……あんだよぉ?)」
ダルそうに声を出したヴァリンだが当然通じていない。
その後もラミィは落ち着かない様子でヴァリンを見ていたが、何かを思い出したようにハッと声を出すとパタパタ奥の部屋に消えていった。
「ス、スライムさん。お腹減ってない……?」
小さなカゴを持って戻って来ると、中に入っていたものをひとつ持って差し出した。
それを見たヴァリンはビックリ。
「ギエッ!?」
ザ・イモムシ。
白くて太ったぶよぶよのやつだった。
元気にくねくね動いていらっしゃる。
「えへ~、リンネ先生がくれたファイナルヘラクレスの幼虫だよ。クリーミーで美味しいんだ~。レンちゃんに食べさせてあげたくて増やしたんだけど、スライムさんにもあげるね」
ショックで固まっていたヴァリンの口にグイっと押し込む。
「むぐぐーーっっ!!!???」
そこで知る、衝撃の事実。
「ホゲッ……?(あれっ……? うまい……)」
◇
ヴァリンがホゲッ……? とか言ってる頃、大浴場では……。
「いくよ~。目つむっててね、スラ吉くん」
桶を使って、座らせたスラ吉にざぱっとお湯をかけるフィノ。
「ううー、なんか気持ち悪いです……」
スライムというモンスターは基本的に臭くなったりしないので、体を洗うというのは初体験である。
スラ吉は犬のようにブルブル震えて水を飛ばそうとするが、体の構造の違いで上手くいかない。
「でへへ。ぷるぷるしてる……すっげー」
胸を凝視しながらニヤニヤしているミランジェ。
言い忘れていたがお風呂なので当然三人はすっぽんぽんだ。揺れる揺れる。
「背はうちの方が高いのにな~。やっぱ栄養か? ヴァリン先輩普段なに食ってんだろ?」
石鹸とタオルを使ってスラ吉を洗い始める二人。
「栄養ならあたしもしっかり摂ってるから違う気がする……」
ミランジェはまぁまぁあるのだがフィノはぺったんこである。オマケに身長も低かった。
そこらの若者とは比較にもならないほどしっかりした食事をしているフィノがこれだ。栄養という線は薄い。
「マスターは動物のお肉が好きですよ」
「肉! 肉かぁ。今から食いまくればうちもバインバインになるかな。デカくて強いやつの肉!」
肉と聞いてふと、黒龍をかじっていたセスを思い出したミランジェ。
彼女も胸はあんまなかった。
「……強いやつの肉は違うか」
地味に失礼なことを小さくつぶやいた。
と、その時。
「三人とも、何の話してるのかなぁ?」
のんびりとした優しい声で話しかけられた。
やってきたのは女医のメリルだ。
「でけええええええッ!?」
すぐに反応して叫んだミランジェ。
「ど、どうしたの、ミランジェちゃん……?」
「ハッ!? すんません、ビックリしちゃって」
謝りつつもフィノとミランジェの視線はメリルの胸に集中している。
デカかった。そりゃあもうデカかった。
いや、デカいのは普段から分かっていたが(なにせ白衣の前が閉められないほどである)裸でいる時の姿はさらにインパクトがあった。
小柄ですらっとした体にメロンが二つくっついているようなバランスなので尚更大きく見えるのだ。
分かりやすい美形であるヴァリンと違って、ちょっと幼さの残るふんわりとした美人なので犯罪的な雰囲気を感じる。
欲望が具現化した存在と言われても信じてしまうかもしれない。
「メリル先生っ! なに食ってその胸作ったの!? なんの肉!?」
「え? え~とね。私は、お寺で育ったからお肉は食べなかったよ。お野菜とか豆類が中心かなぁ」
「マジ? そんな生活うちムリ……」
ミランジェがっくし。
「大きくてもそんなに良いことないよぉ? ジロジロ見られたりするし、肩はこるし」
は~やんなっちゃうわ、とばかりに自分の肩を叩くメリル。
だが持たざる者からすればただの自虐風自慢にしか聞こえない。
「ならよこせー! このこの!」
「あひゃあっ!?」
「わわっ、ミランジェそれはダメだよ!」
きゃいきゃい盛り上がってる三人を見ながら、
「はやく元に戻りたいなぁ。ぐすん」
ほったらかしにされたスラ吉はしくしくと泣くのであった。
◇
風呂から上がったフィノたちは、カエルやら腐った豆やらを食わされて虫の息になっていたヴァリンを回収。
そろそろ杖の修理も終わったろうとフィノの部屋に戻った。
「ビ、ビギ~……(もう嫌だ……はやく戻してくれぇ……)」
「はは、先輩が何言ってるか何となく分かるな~」
「はやく戻りたいって」
「ボクももう人間はイヤです……」
「あ、おかえり、どこいってたの?」
ベッドに腰掛けて絵本を読んでいたルルが顔を上げた。
「みんなでお風呂だけど、リリムは――」
リリムはベッドで眠っていた。
それを確認して声を小さくするフィノ。
「寝ちゃったか」
そして部屋に置いてあった大きな紙袋を見つけた。
「ルル。またエリザ先生に服とか買ってもらったの?」
コクリとうなずくルル。
「好きなもの買ってあげるから、うちの子になりなさいって言われた」
あの先生の場合本気で言ってるんだろうな、と苦笑したフィノ。
「それで杖はどうなったんだろ?」
「おわったって言ってたよ」
「ビガガ!(マジかぁ!)
「でもまだ使うなって」
ぴょいんとベッドに上がったヴァリンは置いてあったギニューの杖をくわえた。
「ビーガビーガ!(待ってられるかよ! アタシは今すぐ戻る!)」
すぐにスラ吉の近くに行って杖を当てた。
「ま、待ってヴァリンさ――」
「ビ~ガッ!(チェ~ンジ!)」
フィノが止めるも間に合わず、杖の能力が発動……だが。
ボキリ。
と杖が折れ、でろでろでろでろ~と嫌な音が鳴った。
「ビ、ビギ……?(や、やっちまったか……?)」
震える声を出しながらフィノを見た直後、ヴァリンの意識はふっと途絶えた――。
「うぅ」
すぐに気が付いたヴァリン。
ベッドで横になっていた体をむくりと起こした。
「んぅ、なにが起こった……?」
何か背中に違和感。
「……あ~、そういうことね」
苦笑いでつぶやく。
背中を見たらそこには白い天使の翼。
部屋を見回してみると、
「やってくれたなヴァリン。調整が終わった直後は暴走の危険があるから使うなとルルに言っておいたのに。どこだ? 誰に入った?」
腕を組み、静かな怒りを見せながらきょろきょろしているルル。
「うおー、大人になった、うおー、おっきい」
無表情でバンザイしているミランジェ。
「うわーん、どうしてこうなるのー」
泣きながら折れた杖を抱きしめているフィノ。
「ピギャー!(ちくしょー! なんでうちがスライムに!)」
真っ赤になって転がっているスラ吉。
「ははは……」
と乾いた笑顔になっているヴァリン(の肉体)。
しかもいきなりドアが開いて、
「フィノ! 大変よ! スズがいなくなっちゃったの!」
「フィノ殿ー! 大変でござる! 質屋に! 質屋がNINJAに襲撃されたでござる!」
「フィノさ~ん。申し訳ないんスけど、金貸してもらってもいいッスかね? このままだと私らぱふぱふ屋でバイトするハメになっちゃうんスけど……」
なんかうるさいのが三人入って来た。
状況がすんげー面倒なことになってると瞬時に悟った優秀で天才なヴァリンは、
(気絶したフリしとこ……)
この時取れる、もっとも賢い選択肢を選び難を逃れるのだった。
◇
「ふー、疲れた」
夜、部屋に戻って来たフィノがベッドに腰を下ろす。肉体は元に戻っていた。
「大変だったな」
ふわりと隣に降りたリリム。
ベッドの中ではルルが寝息を立てているので小声で話す。
「大変さで言えば中の上くらいかな? 誰かが危険な目にあったわけじゃないからこれでもマシなほう」
疲れた顔で笑うフィノ。
「まさか、日常的にこうなのか?」
「まぁ、ね」
「……我を預かるとメリルに話した時、面倒事には慣れていると言っていたが本当らしいな」
リリムは感心したような呆れたような、複雑な表情をする。
実際、学院のトラブル処理係のようになってしまっているフィノはとても忙しい。
自分の課題や試験がほとんど進んでいない理由がコレである。
実力はあっても、卒業試験までたどり着くにはまだ何年もかかってしまうだろう。
「流石の我も今日は少々疲れたよ。なるほど、普段からこうならば、魔族の一匹や二匹預かったところでそう変わらんな」
「リリムがいなかったらもっと大変だったよ? 杖を直す方法から調べなきゃだったから」
「確かにそうかもしれんな。どうだ、我は頼りになるだろう」
「うん、助かっちゃった。ありがとうリリム」
腰に手を当て胸を張るリリムに、まるで母親のように微笑んで礼を言うフィノ。
「うむ……。さて、これでようやく我の目的を果たすことが出来る。お前はいったい何者だ? その特異な魂のうえに何を着ている?」
「ああ、そっか。それが知りたいんだっけ。前戦った時にも聞かれたもんね。リリムにはすぐ分かっちゃうだろうし、話しておこうかな。あたしも最近知ったんだけど――」
自分とルルがハイズに作られた存在だということを説明するフィノ。
「なるほど。やはり人間ではないのか。しかし本当に良く出来ている。珍しい魔力を持っていることにも何か関係があるのか?」
「そこはあたしにもぜんぜん。ハイズが何かしたんじゃないかな。ルルも普通じゃないかもしれない」
「ルル……か」
眠っているルルの上まで飛び、寝顔をのぞき込むリリム。
「魂とは意志を持つエネルギーだ。そこから生み出される力を我らは魔力と呼んでいる。肉体はともかく、他者の魂を操れるのならそのハイズという者は我を大きく超えているな。ルルを調べてみてもいいか?」
「……起こしちゃ駄目だよ?」
リリムは言われた通りにそっとルルの頬に口付けをした。
「ふむ……。同じではないな。ルルの魂は至って普通の人間だ。タイプ的にはエリザやヴァリンに近い」
「風の性質……かな?」
「自由自在に魂を弄れるのならまず選ばん性質だろう。作った肉体にたまたま宿ったか、その辺の人間から奪ったものか。感情表現が乏しい理由もそこにあるのかもな」
もし、罪もない誰かを殺して奪ったのだとすれば、それは到底許せるものではない。
フィノの表情が冷たく沈む。
「会ってみたいな。そのハイズという者に」
ゆっくりと戻ってきたリリム。
「必ずまた来るって言ってたよ。あたしを殺すって」
「そうか。ならば、やはり我はお前と共にいるとしよう。ヴァリンとあのスライムのように。使い魔、だったか」
「そう? 変なことしないなら、リリムがいてくれるのはあたしも嬉しいよ」
フィノが手を差し出すと、リリムは小さな手でそれに応える。
こうして、フィノにちょっと……というか、かなり変な使い魔が出来たのでした。
◇
これで終わってもいいのだが少しオマケで。
翌日、元に戻ったヴァリンはカジノまでファイトマネーを受け取りに行ったのだが……。
「はぁ~~~??? ファイトマネーは当日にしか渡せない~~~???」
開いた口がふさがらないとはこのことを言うのだろう。
悲しみも怒りも湧いてこなかった。
「あ、あんなに苦労して……イモムシまで食わされて……なんも……なんも残らなかった……へ……へへへ……」
「ピキー……(マスター……)」
「あはあは……あはは……」
虚空を見つめヘラヘラ笑っているヴァリンを、心底心配そうにスラ吉が見ている。
結局、何をやっても最後には損をしてしまう、ヴァリンはそんな天才だった。
~あとがき~
こんばんは、作者です。
だんだん寒さが厳しくなってきましたね。
明け方なんかは凶悪な寒さになるんで多少暑くてもしっかり毛布をかけて寝た方が良いです。
体冷やすと便秘のリスクが上がるんで痔主にとっては死活問題だったりします。トイレットペーパーに血が付くと精神的にかなりやられますからね・・・。アヘりますよ、アヘアヘ。
さて、今回はヴァリンとスラ吉が入れ替わってのスライムレース編・・・を考えてたんですけど、書き始めたらなんかスライム格闘場になってました。
バナナの皮で滑るとかちょっと考えてて「ファンタジー世界でバナナって出していいのかな?」とか調べたりしてたんですけどね。
今回はバトル無しの日常モノって考えだったんですけど結局戦ってたあたりやっぱバトル好きなんでしょうね、作者は。
それとちょこっと出て来た新キャラの(実は以前に1シーンだけ登場してます)ラミィなんですけど、この子でレギュラーキャラは最後になります。
リリィも戻ってこさせることがやっと出来たんで、フィノの環境が大分整ってきました。
もう少しで完成です。うねうねマジックもそろそろ後半かな~。
次回は、ルル、レン、ラミィのロリトリオが活躍する話の予定・・・です。
ラミィが学院内で働いてる理由とかも書けたらな~とか考えてます。
最近けっこ~書くペースが上がってきてるんで、年内にあと2エピソードくらい出したいですね。
底辺なろう作家としては更新時くらいしか読者さんが来てくれるタイミングないんで少しは気を使ってたりするんですけど、来年なった直後くらいに更新出来たら、それもお正月っぽい内容出せたら面白いかな~とか最近ぼんやり考えてます。
ではまた次回!




