第六十話 とんがり帽子の悪だくみ
フィノがリリムと再会する数時間前。
ヴァリンが何をやっていたかというと……。
「やれー! スラ吉! ぶッッ殺せェ!」
実は町一番の美形ではないか、などと噂されるほどに整った顔を歪ませて叫んでいた。
場所はカジノの中にあるモンスター闘技場だ。
リングの上ではスラ吉と、体が半分溶けている緑色のスライムがにらみ合っている。
「ピキー!(まけないぞー!)」
「ぐえっぐえっぐえっ(ぐへへ……キミは本気で俺と戦うつもりかい? 勇気があるね~)」
『え~試合開始まではあとわずかとなります。皆さんベット(お金を賭けること)はよろしいですか? ゴングが鳴ってしまってからでは遅いのでご注意くださ~い!』
実況席からバニーガールの恰好をしたお姉さんが話している。
机に置かれた道具で声をとても大きく響かせていた。
「うおー! アルシーちゃーん! 今日も可愛いよー!」
「シュノ! スズ! プリメーラ! どっちが勝つと思う!?」
「あぅ、あれはバブリンスライムではないですか……?」
「オイオイオイ、死んだでござるわあのスライム」
「あんたたち何か知ってるの?」
「私の方からお答えするッスよ~シェスカ様。あっちの緑は同じスライムでも毒を持ったちょっと強いやつなんスよ」
「毒か……強そうね」
「自分の毒のせいで体が半分溶けちゃってるアホなんで人間が負けることはまずないッスけどね」
「HAHAHAHA! あれにやられると三日は痒みでもだえ苦しむことになるでござるよ~」
「つってもただのスライムよりは圧倒的に強いッス。倍率は相当かたよるはずッスよ」
「なるほど。じゃあスラ吉に全部賭けるわ。大穴狙いよ!」
ギャアギャアとうるさいギャラリーの声を聞き、ヴァリンは馬鹿にしたようにへっと笑う。
(何も知らない一般人共が。スラ吉をそこらのスライムと一緒にすんなよなぁ)
共に何度もピンチを乗り越えて来た相棒である。
この日のために特訓もしてきたのだ。
ヴァリンは己の使い魔の力を誰よりも信頼していた。
『さぁ! 時間となりました! 果たして勝利の女神はどちらのモンスターに微笑むのでしょうか!?』
騒がしかったギャラリーがしんと大人しくなる。
『スライムの「スラ吉」対バブリンスライムの「バブ助」! いってみましょおおおおおおお!!!』
ゴングの音が鳴った直後、先手必勝とばかりにスラ吉が動いた!
「ピッキー!(いっくぞー!)」
敵の周りをピョコピョコと素早く跳ね回る。
「ぐえ!? ぐえっぐえっ!(なに!? は、はやい!)」
『これは早い! スラ吉選手、目にも止まらぬ足技……? ですー! これは相当鍛えられているぞー! あれ? スライムの体って鍛えて強くなるんですかね?』
ヴァリンはぐっと拳を握って勝利を確信。
「だははは! いいぞぉ! いけ! 金のために勝てー!」
が、現実はそう甘くなかった。
「ピギィ!?(ええっ!?)」
着地のタイミングでずるっとすべっちゃったスラ吉。
ひっくり返って頭から落ちてしまった。
べしゃっと水たまりのように広がって気絶。
『ああ~~!? スラ吉選手ダウーン! カウント始めます! ワン、ツー、スリー! 決着ゥゥゥ! 勝ったのはバブ助選手です! おめでとーございまーす!』
◇
「まさか一番下のGクラスでも勝てねーとは……」
がっくりした顔を目深にかぶったとんがり帽子で隠し、フラフラ町を歩くヴァリン。
けっこうな金額をスラ吉に賭けていた。
「ぴきー……(ごめんなさい、マスター……)」
力なくついていくスラ吉。
一応フォローしておくと、相手の溶けた体が床に広がりヌルヌルになっていたのが転倒の原因なので彼はそこまで弱くない。
負けは負けだが。
「は~クッソ、面白くねーなぁ……。おっ?」
やけ食いでもしにいくか。
と考えながら歩いていたところに、小さな露店を見つけた。
置いてある商品はたった一つ、紫色の杖だった。
「なに、商品これだけ?」
露店を開いている老婆に話しかけたが、返事はなかった。
杖の横に置いてある札には商品名が書かれている。
「ん~とぉ?『ギニューの杖』? 普通の杖じゃないんだ。ギニューってどういうこと?」
「ギニューという意味でございます」
今度は答えた老婆。不敵な笑み。
「いやそういうことじゃなくて……ってまぁいいか。いくらだ? コレ」
「千ディーナでございます」
「うお、やっす! 杖なんてその辺で買ったら倍はするじゃん」
「高いか安いかというのは、お客さまのお考え次第でございます」
「ほぉ~ん、なるほどねぇ。そんじょそこらの杖とは違うって訳だ?」
「それは、お買いになった方にだけ、分かるのでございます」
こりゃあきっとバァさんの道楽だな、とニヤけるヴァリン。
掃除でもしていた時にたまたま価値のありそうな物を見つけたので、こんなところで売っているのだろう。
だがなかなか売れないので値段を下げた、といったところか。
質屋に持っていくという発想がないあたり古い人間である。
彼女はそんな風に考えた。
「その杖買うわ。ほい、千ディーナ」
「お買い上げありがとうございます」
「へへ、んじゃ、アタシはこれで。行くぞスラ吉」
万が一不思議な能力が備わった魔道具であった場合は大儲けである。
気が変わったから返せ! なんて言われないように、ヴァリンはさっさとその場を離れるのだった。
◇
「だはは、ラッキーラッキー。大損した時にこそチャンスってのは見つかるモンなんだよなぁ」
自己啓発本のキャッチコピーのようなことを言いながら、町の公園までやってきたヴァリン。
ベンチに腰掛けると、スラ吉が隣にピョンと乗った。
「いやさ、これ見た瞬間ちょっといやな魔力を感じてさ。どう考えても普通の杖じゃねーよ、コレ。バァさんには分かんなかったんだろうなぁ」
魔道具なのだとしたら安くとも数十万にはなるだろう。
手にした杖をニヤニヤとながめるヴァリン。
「小さな字でなんか書いてあるな。『相手に当ててチェンジと唱えよ。元に戻す時も同じ手順だ』って書いてあんのか……?」
杖はそうとう古い物のようで、書いてある文字も擦り切れていて読めたものではなかった。
それなのに、何故だか書いてある言葉は頭の中に入ってくるのだ。
「……試してみるか」
つぶらな瞳でヴァリンを見上げていたスラキチくんにグイっと杖を押し当てる。
「ピィィ……(マスター……)」
「そんな声出すなって。キャンセルのやり方も分かってんだから」
ぶっちゃけパワハラだが、使い魔に人権はないのだ。かなしいね。
「いくぞ。チェーンジ!」
普通ならぴかーっと光ったりするのだが今回はそうはならなかった。
ピロリン♪ と謎の音が聞こえた後、一瞬だけ意識が途絶えた。
(ん? んん?)
なんだか体がおかしい。手足の感覚がない。
「あれ? ボクどうなったの?」
気弱そうな女の声が聞こえた。
「ビ、ビガ……ビガガ……?」
返事をしようとしたが声は出なかった。
次第に意識がはっきりしてきて、視界がクリアになっていく。
すると、とんでもないものが目に入った!
「ビガーーー!?」
「ええーっ!? なんで~!」
なんと目の前にいたのは自分である。
とんがり帽子の美少女が驚いた顔でこちらを見ていた。
「ビガッ! ビガガガ!(そうかっ! アタシとスラ吉の意識が入れ替わったんだ!)」
「どうしてボクがそこにいるの~~???」
「ビガー!(そこの杖拾ってもっかい使え!)」
「なんで? なんで~?」
「ビガッ!(くそっ、ダメか!)」
ヴァリン(スラ吉の体に入った)は落ちた杖をくわえると、混乱しているスラ吉に先端を押し当てた。
「いたっ!」
「ビーーガッ!(チェーーンジッ!)」
ピロリン♪
「……おっ? 戻った戻った。ふ~アブね~」
元の肉体を取り戻しほっと一息。
「ぴ~?(あれ? 戻ってる)」
まだなにが起こったのか理解してない様子のスラ吉。
ヴァリンは震えながら杖を握りしめ、笑い始めた。
「すっげーぞこの杖! 売っぱらうのはやめだ! 他にいくらでも利用法がある!」
この杖を使えばあんなことが出来るのではないか? という考えがいくつも生まれて来る。
上手くいけばスラ吉に人間の体をくれてやることもできるだろう。
「いろいろ試してみたいけど、その前にまずは金だ。スラ吉、これからのこと説明するからよく聞けよぉ?」
わる~~い笑顔で、ヴァリンは話しを始めた。
◇
『さぁ次の対戦は、スライムの「スラ吉」対バブリンスライムの「バブ助」です。なんと本日二度目の対戦ですー!』
場所は再びモンスター格闘場。
体が半分溶けている緑色のスライム、バブ助はスラ吉を見ていやらしく笑う。
「ぐえっ、ぐえぐえぇ(ぼうや、また来たのか、こりないね~)」
完全に舐められているスラ吉。
だが、彼の態度は前回とはまるで違っていた。
「ビガァ~~? ビガガガ!(あぁ~~ん? 調子こいてんじゃねーぞゲロ野郎がぁ!)」
「ぐ、ぐええ……(な、なんだこいつ、さっきまでとは別人……いや別スライムだ……)」
小動物のように愛らしかった彼はすっかり変わってしまっていた。
邪悪な顔とドスの利いた声でメンチ切ってた。
これにはバブ助も困惑。
「シュノ! スズ! プリメーラ! またあの二匹よ!」
「あのスライムこりないッスね~。触れもせずに負けたのに」
「その意気や良し! でもあの負け方じゃあ次も無理っぽいでござるな~。さっき以上に倍率はかたよるはずでござる」
「よし! ならまたスラ吉に全部賭けるわ! 大穴狙いよ!」
「ちょ、ちょっとシェスカさん!? 冗談じゃないですよ! もし負けちゃったら担保にされた私の水差しはどうなるんですか!?」
「水差しなんて後でいくらでも買ってあげるわよ!」
「アレじゃないとダメなんですよぅ!!!」
「シェスカ殿。ジパングには泣きっ面に嘘ということわざがあってでござるな。困った時こそ堅実な判断が求められるだかなんだかそんな話だったハズでござるような気もするでござる」
「分かった分かった! 分かったわよもう。じゃああっちの緑のスライムに賭けるわ。全部ね。これでいいんでしょ!」
相変わらずうるさいギャラリーたち。
スラ吉の異変に気付いているのは対戦相手のバブ助のみである。
『さぁ時間です! スラ吉選手のリベンジなるか!? それでは、試合開始で~~す!!!』
ご~んと開始のゴングが鳴った。
今回先に動いたのは――バブ助。
「ぐえっ! ぐえ!(いくぞっ! くらえ!)」
切り離した毒だらけのボディを飛ばした。
スラ吉から怪しい雰囲気を感じたので一気に勝負を決めてしまおうという判断だ。
しかし、スラ吉の口がニタァっと広がる。
「ビガッ! ビガガー!(死ねっ! ソニックブーム!)」
口の中に見えた指輪がキラっと光った。
すると彼から強烈な風が発生。
「ぐえええええええ!」
凄まじい風圧の壁は投げつけられた毒もろともバブ助を派手に吹っ飛ばし建物全体を揺らした。
『うおおおっとォ!? とんでもないことが起こりました! 魔法! 魔法です! スラ吉選手が魔法を使ったー! これはたまらずバブ助選手リングアウトォォ! 一撃で決まってしまったー!』
「なによあれ!? スラ吉あんなこと出来たの?」
「あれなら戦わせるより見世物にしたほうが儲かりそうッスね」
「とんでもないのが現れたでござるな~……。おや? スズ殿? あれ~スズ殿が消えちゃったでござる」
魔法を使うモンスターの登場にざわつく人々。
そんなスライムの話は誰も聞いたことがなかった。
「ビガガガガ!(だはははは!)」
「マスター……凄い……」
そう、ヴァリンの考えた金儲けはこれである。
スラ吉の体を使って自分が勝ってしまえばいい。
「ビッガー!(ファイトマネーゲットだぜ!)」
でも、そんなに上手くいくのかな?




