第五十九話 帰って来た魔族
「失礼しまーす」
フィリス魔導学院の医務室。
控えめな声と動作でやって来たのは、最近出番が減っている気もするが一応この物語の主人公、フィノである。
「あぁ、ごめんね~、呼び出しちゃって……」
返事をしたのは女医のメリル。
机に向かって何かしていたが、すぐ立ち上がって椅子を用意すると、クッションを置いて座るようにうながした。
「あたしは大丈夫ですよ。またお手伝いですか?」
にぱっと無邪気な笑顔のフィノ。
生徒どころか教員ですら逃げられないほどのパワーを持つ彼女はたびたびメリルの仕事を手伝っていた。
患者を押さえつけて直腸検査とか。
「え~とね、今日はちょっと別の頼み事があって……あっ、嫌ならすぐ断ってくれていいからね?」
メリルは落ち着かない様子でカーテンを閉め、ドアに鍵をかける。
頭の上に『?』を出しているフィノを置いて奥に行くと、大きな箱を持って戻って来た。
「……うん、誰かがのぞいてるってことはないね」
少し目をつむってそう呟くと、ゆっくり箱を開け、
「出てきていいよ。リリィさん」
確かにそう言った。
「えっ!? リリィ!?」
バサッと音がして、開かれた箱から小さな何かが飛び立った。
「ええええ!?」
それは驚くフィノの前でゆっくりと羽ばたき、声をかけて来た。
「久しぶりだな、フィノ。約束通り会いに来たぞ」
金色の瞳を持った白い肌の女。
感情を見せない半目に黒い翼。
彼女は過去に一度戦った、強大な力を持つ魔族、リリィ。
なのだが、何故かサイズがやたら小さくなっていた。
じっとしていたら人形にしか見えないだろう。
「どうしてリリィがここに……?」
目の高さで飛んでいるリリィを見ながら聞いた。
彼女は以前、メリルの仲間たちに捕らえられたハズなのだが。
「フィノちゃんに会いたい会いたいって言うから条件付きで連れて来たの。魔力の大部分は封印してあるからそこは安心してね」
力のない声で説明するメリル。
「メリルや電気兎に聞いて知りたかったことはほぼ把握できたからな。今、我の興味はお前だけにあるのだフィノ。その肉体の秘密をじっくりと解き明かしてやろう。敏感な部分から体毛の本数までな」
真顔のまま舌を出し、チロチロと動かすリリィ。
「リリィさん! セクハラ禁止! 連れて帰っちゃいますよ!?」
ぴしゃりとメリルが叱りつけた。
「待て、待て、待て。分かった、怒るな、早まるな。以後気を付けよう。あそこにはもう戻りたくない」
「も~~」
メリルは呆れたように息をはくと申し訳なさそうにフィノを見た。
「それでね、フィノちゃんに頼み事っていうのはリリィさんのことなんだけど、実は私たち――」
「我をお前の元においてくれ」
割り込んだリリィがスパっと一言。話が早い。
「えっ、あたしのところに?」
「うむ、電気兎との契約でな。お前の許可が取れれば良いと」
う~んと悩むフィノ。
「私たち、リリィさんの知識にはかなりお世話になっちゃって、その交換条件としてこういうことに……ごめんね、ほんとうにごめん」
涙目で謝るメリルにフィノは笑顔で返した。
「謝らないでください。別に嫌じゃないですし。ただ、リリィが学院にいて大丈夫なのかなって」
大丈夫なわけがない。
以前学院はリリィの手によってとんでもないことになったのである。
あの事件がきっかけで同性愛に目覚めた生徒もたくさんいるのだ。
「学院長さんからの許可は一応出たの……」
疲れた顔でメリルは続ける。
「絶対にバレないようにするって条件付きでね。もしバレちゃったら学院長さんは――ってまぁそういうのは大人の話だね。とにかく、想定されるあらゆる状況と対応について何時間も話し合ってなんとか許可が出たの……」
「そ、そうなんですか」
なんだかいろいろと大変そうだった。
そもそも学院長が協力する理由が見つからない。
いったい裏でどんな話し合いが行われたのだろうと気にはなったが、子供には関係ないのである。
「あたしは別にいいですよ、リリィを預かっても」
「ほ、ほんとうに? 間違いなく面倒なことになっちゃうよ?」
「あはは、ここで暮らしてると毎日騒がしいですから、いまさら面倒事のひとつやふたつ気にしません。それに、リリィには困った時助けてもらえるかもしれませんし……ね?」
そう言ってリリィを見るフィノ。
「……こうまで魔力を制限されてしまえば戦闘は出来んが、古い知識を授けてやるくらいなら出来るだろう。それでいいか?」
「うん! ありがとうリリィ。こっちにおいで」
リリィは少し意外そうな顔をしてから、無言のままフィノの肩におりて座った。
「あのリリィさんが大人しく言うことを聞くなんて……」
二人の様子を見てメリルは驚いた。
普段それだけ手を焼かされていたからだ。
「でもリリィって呼ぶのはマズいよね? 名前を考えないと」
「百合の精霊とでも呼べ」
「ちょっと呼び辛いかな……。よし、リリムにしよう!」
「そうか。まぁ、好きにするがいい」
「じゃあ、よろしくね。リリム」
◇
リリィ改めリリムを預かったフィノはいったん寮の部屋に戻った。
「う~ん。やっぱり小さくなっても分かるよね……」
両手を腰に当ててベッドの上に立つリリムを見て一言。
「我の姿を見た者は限られているはずだ」
「見た目の特徴なんかは広まっちゃってるから」
ちなみに、直接リリムを見たことがあるエリザとミランジェにはメリルの方から話をしておくらしい。
「姿だけなら変えるのはそう難しくないぞ」
「ほんと?」
「うむ、少し魔力をよこせ」
「え、どうやって?」
「我と口付けをしろ」
再び舌を出してチロチロさせるリリム。
「い、いやだ」
「女同士で何を恥ずかしがっている?」
「えっ、いや……でも……やっぱりヘンだよ」
ほっぺを赤くしてもじもじするフィノ。
「ふむ、どうやらまともな性教育を受けてこなかったらしいな。ここは学び舎だと聞いていたが違ったようだ。本来なら女同士の素晴らしさについて一から万まで語り実践させるところだが、あいにくそこらの話は『せくはら』というものになるらしく禁じられていてな。陰茎茸もないし、つまらん下心も無いから早くしろ、フィノ」
「もう! 分かったよ!」
フィノはリリムを掴むと目をつむり、ちゅっと軽くキスをした。
一瞬舌を入れられそうになったがキツく唇を閉じてブロック。
魔力がちょびっとだけ抜かれた。ちょびっとだけ。
「ふぉおおおおおお!? なんだこの魔力は! 濃厚かつ芳醇! 長い時をかけて熟成された清らかな乙女の味! それに熱い! 熱いぞ! 途方もない魔力が我の中で暴れているッッッ!」
「恥ずかしいからやめてよ!」
「……我としたことが取り乱した。これほどの質があれば何でもできるぞ。さっそく始めるか」
フィノの手から離れたリリムは浮きながら自分の髪を掴む。
「肉体変化は魔術の基本だ。傷の再生ともなればいささか面倒だが、髪の色を変える程度なら造作もない」
なんと、リリムが掴んだ髪は半分黒、もう半分が白に変化した。
「わっ、凄い!」
「何色が好みだ? ほれ、言うがいい」
小さく拍手するフィノを見てリリムはちょっと誇らしそう。真顔のままだけど。
「そうだな~。好みとかは特にないけど」
「ではお前と同じ黒にしておくか。身内のような雰囲気もでるだろう」
「そんな理由で決めていいんだ……。そうだ! 翼も変えられない? 出来れば肌ももう少し黒っぽく」
「当然、可能だ」
いかにも魔族である。といったリリムの黒い翼は天使のような白に変わった。
肌も徐々に黒くなっていく。
「わぁ~、色が変わるだけでも全然違うね! これなら大丈夫そう!」
おめでとう! リリムは褐色黒髪天使に変化した!
「これでいいのか。ならばここで過ごす間はこの姿でいるか」
「うんうん。これなら絶対バレないよ」
と、そんなやりとりをしていると、
「お姉ちゃん、それなに? 食べられる?」
いつの間にか開いていたドアから幼い女の子が話しかけて来た。
長めの白髪をサイドテールにしている。
思考を一切読むことのできない無表情。
高級そうなワンピースを着ていた。
「あっ、おかえり。紹介するね。この人はリリム。新しい家族だよ」
「ふ~ん、そっか、なら食べちゃダメだね」
「フィノ。このちょっと抜けた感じの少女は?」
「あたしの妹のルル。仲良くしてね」
「妹がいたのか」
互いに真顔で見つめ合うルルとリリム。
なぜかリリムは舌を出してチロチロ動かし始めた。チロチロ。
「んべっ」
っとルルも真似して舌を出し、動かす。チロチロ。
「ほぉ……」
二人は見つめ合ったまま舌を動かし続ける。チロチロチロチロ。
共鳴するようにチロチロチロ。
しばらく続けてチロチロチロ。
「いいだろう。なかなか素質がありそうだ。我の弟子として認めてやる」
「あっそ、やったぜ」
ルルはトテトテと入ってきてリリムとハイタッチ。
なんか気が合ったらしい。
「リリムはお姉ちゃんの使い魔なの?」
ヤベー二人を会わせちまったぜ……。
そんな顔をしていたフィノにぽんと投げかけられた問い。
「使い魔? 違うと思うけど……。でもそういうことにしておいた方が良いかな」
ぶっちゃけ使い魔というものが何なのかはフィノにもよく分かっていない。
「違うの? 変な帽子のお姉さんみたい」
「ヴァリンさんか。そういえばあの人もリリムに会ってるんだよね。説明はしておかないと……」
ついでに使い魔についての話でも聞こうかな。
と思った時だった。
ルルが開けっ放しにしていたドアから丁度そのヴァリンがこちらを見ている。
なぜか薄汚れた格好で。
「あれっ、ヴァリンさん! どうしたんですか!?」
よく見れば腕や膝にはすりむいたような傷。
フィノと目が合ったヴァリンの瞳にはじんわりと涙が浮かんで、
「うわーん! フィノさぁぁん! 助けてくださぁい!」
フィノに抱き付き、子供のようにわんわん泣き始めてしまった。
「えっ、あれ、ヴァリンさん……?」
何かがおかしいな、と困惑していると、足元にヴァリンの使い魔であるスライムのスラ吉がやってきて、
「ビガー! ビガガ! ガビーー!!!」
普段はおだやかで可愛い彼(?)らしくないダミ声で必死に叫び始めた。
泣いているヴァリンの背中をさすりながら、フィノはその叫びを聞いて、
(やっぱり、ここでの生活は騒がしいなぁ)
そう、苦笑するのだった。




