第五十六話 灼熱の大魔導士
地下遺跡にて、モンスターの集団から逃げるため必死で走るミランジェとエスニャ。
どうにか下りの階段に逃げ込んだ。
「ストーンウォール!」
少し下ったところで振り向いて、エスニャが魔法を発動。
フタをするように石の壁を出現させた。
これでしばらくモンスターはこちら側にこられないはずだ。
「はぁ、はぁ……な、なんだったんですかアレは……」
「ぜったいぜったい間違いなく死んでたよね!? 変な声も聞こえて来たし!」
階段に座り、息を整えながら話す二人。
「入ったばっかであれじゃたまんないな。も~、ユミル先生どこまで潜ったんだろ」
「迷宮として作られたなんてことはないでしょうから、そこまで離れてるとも思えませんが……しかしこれでは引くことも出来なくなってしまいましたね……」
「ま、帰りのことは帰りに考えよーよ。まずはユミル先生と合流しないと」
「……ですね」
立ち上がり、二人はさらに奥を目指すのだった。
◇
階段が終わると今度は洞窟のような場所に出た。
壁や天井は岩だが地面にはしっかりと床が出来ていて、うっすらと水が張っている。
先ほどの神殿のようにとても広い空間になっていた。
やはり、照明が無くとも明るかった。
「だいぶ深くまで来ましたね。ここは当時から地下道だったのではないでしょうか」
真剣な表情ではあるがどこか楽しそうなエスニャ。きょろきょろとしながら歩いている。
「先輩! ストップ! なんか聞こえない?」
ミランジェが耳に手を当て意識を向ける。
エスニャもまた耳に手を当てる、すると翼が羽ばたくような音が聞こえた。
「……! 近付いて来る! 備えて!」
「あれは……」
ミランジェとエスニャは現れた存在を見上げ呆然と立ち尽くした。
そこにはあまりにも現実離れした怪物が飛んでいた。
巨大な四足獣の胴体に翼。
獅子のような頭部は三つあり、尻尾に見える部分は蛇だ。
「なにあれ……」
放心状態のミランジェ。
「伝説のモンスターキマイラ……どうしてこんなところに……?」
腰が抜けてへたり込んでしまうエスニャ。
『巫女さまの宝を奪う者に災いあれ……』
再び、嫌な声が辺りに響いた……。
「先輩逃げて! ここはうちが――」
ミランジェが叫んだ瞬間、キマイラの三つの頭部から炎のブレスが吐き出された。
「くっそぉおおおおお! ファイアーシールド!」
咄嗟に炎の壁を作るミランジェだったが防ぎきることは出来なかった。
「うわあああああああああ!」
派手に吹き飛ばされた二人。
炎の壁のおかげで焼け死ぬことは無かったが、受けたダメージは決して小さくない。
「っのヤロ……」
刀を杖のようにして立ち上がるミランジェ。
「ファイアーボール!」
反撃の魔法を発動。
しかし、炎の弾を当てても空中のキマイラは微動だにしなかった。
その後ずしんと着地したキマイラはミランジェ目掛けて、
『やべーぞ! 横に飛べ!』
恐るべき速さで突進。
もう一人の自分の言葉に反応して直撃だけは避けたミランジェだったが、その巨体と速度から生み出される風圧に弾き飛ばされてしまった。
「先輩……逃げて……こいつは……ムリ……」
強いなんてものではない。
生物というよりは天災のような恐ろしさ。
たった二度の攻撃で戦いの意志を折られてしまった。
キマイラは倒れたミランジェに近付くと、蛇の尻尾を巻き付けて締め上げた。
もはやミランジェには暴れる力も無く、三つの頭部が大きく口を開いたのが見えたところで、ふっと意識が途絶えた……。
◇
目の前で起こっている事態に、エスニャはもうついていけなくなっていた。
ミランジェは死んだと思った。間違いなくあそこから助かる道は無いだろうと。
だが、現実は違った。
キマイラの尻尾に捕まり、食いちぎられそうになった瞬間、ミランジェは笑みを浮かべていたのだ。
「……はなせよ、化け物ヤロウ」
別人のような声でつぶやき頭部のひとつを蹴り上げた!
と同時に爆発。
爆炎と共に蹴り上げられたキマイラは天井に激突し床に落下、蹴られた頭部は消し飛んで大量に出血していた。
「っと、やべーやべー。ここが地下だって忘れてた。あまり派手な術は使わねー方が良いか」
ふんわりと床に降りたミランジェ。刀を腰から外してエスニャに近付いて来た。
「刀預かっててくれねーか? こいつの宝物なんだ」
無言で受け取るエスニャ。
手渡される時、ものすごい熱気と圧力のようなものを感じた。
「さぁて、ガキ共にゃ荷が重い相手だからな。ウチが代わってやるよ。表出できる時間には限りがあるから絶対に逃がさねーぞ」
ニタァっと笑い、指の骨を鳴らしながらミランジェはキマイラに寄っていく。
「グガアアアアアアアアアアアア!」
残された二つの頭部から炎のブレスが放たれた。
対するミランジェは避けようとも防ごうともせず、手の中にポウっと小さな炎の塊を作ると、
「ハァッ!」
向かってくるブレスに正面から叩きつけた。
すると小さな塊だった炎は強力な火炎放射に変わりブレスを押し返す。
「さっきの一撃を食らってもまだ気付けねーのか」
弾き返されたブレスに飲まれ苦しむキマイラ。
ミランジェは走りながら炎の剣を作ると跳躍、慣れた手付きで振るい、両翼と尻尾を切り落とした。
「生まれつき圧倒的な力を持つってのも考えものだよな。高い能力に甘やかされて育ってねーんだ。相手がどれだけ恐ろしいか見抜く嗅覚がな」
炎剣を頭部に突き刺し爆破。
「ギャヒィ! ギヒ……ヒィ……」
伝説のモンスターキマイラは、頭部を二つ、両翼に尻尾まで失い、情けない声で鳴き逃げ出した。
「遅いンだよ。野生の獣だったらウチを見た時点で隣の山まで逃げ出すぞ」
もう一度ミランジェは炎の塊を作り出した。だが今度は色が違う。光り輝く黄金の炎だった。
「ま、どのみちテメーは逃がさねーけどな」
黄金の炎はミランジェの手から放たれた後、鳥のような姿に変わり超加速、甲高い音をたてながらキマイラに追いつき着弾。
輝く炎が一気に広がり辺りを強く照らした。
炎は皮や肉を焼きながらどんどん強さを増していき、一瞬にして攻撃対象のすべてを焼き尽くす。
骨すらも、残すことはなかった。
「これなら上の雑魚どもみてーに復活することはないだろ」
ミランジェは手をかざして黄金の炎を消すと、大きなあくびをした。
「くあ~~表出した状態で戦うと消耗が激しいな。ウチはちょっと寝る。ミランジェ、あとはお前らで何とかしろ。死ぬ……なよ……」
と言って、立ったまま目をつぶった。
「……あ、あの、ミランジェさん?」
彼女が動かなくなったところに、預かった刀を両手で持ったエスニャが恐る恐る近付いた。
やがてミランジェは目を開けると、
「あぁ、ごめんね。先輩、ありがと」
普段通りの笑顔で刀を受け取った。
「あのぉ、さっきのものすごい強さはいったい……?」
「うん、進みながら説明するよ。っつか、うちもあいつについては分かんないことばっかなんだけど――」
◇
「ある日突然未来の自分と、ですか。不思議なこともあるものですねぇ。聞いたこともない現象ですが、そうとでも言われなければたしかにあの言動と強さの説明がつきません」
狭い通路を話しながら歩くミランジェとエスニャ。
「うちもあいつがあんなに強いとは思わなかった……」
「それで、未来のことについては普段どんな話を?」
「それがさ、なんにも教えてくんないの。大人になったら教えてやるってそればっか」
「なるほど、きっとそれを教えてしまえばミランジェさんの人生が変わって何か不都合があるのでしょうね。まるで小説の主人公ではありませんか!」
軽い興奮状態のエスニャ。
これまでとは別人のように早口で喋る。
「人生が変わる……かぁ」
もう一人のミランジェの口振りでは、むしろ自分とは別の生き方を期待しているようにすら感じられたのだが、本人が口を閉ざしている限りはやはり何も分からないだろう。
その後、ミランジェはエスニャの質問攻めに軽くうんざりしながらも進んでいく。
「ん? あれなに?」
途中で発見したのは通路がふさがるほど大きな泡だった。
色は白くにごっていて、中をのぞくことは出来ない。
「あぁ~~、やっと見つかりましたね。まぁ死んでいるなんてことはありえないと思っていましたが」
と言いつつもエスニャは安心したように息を吐く。
「ユミル先生! 私です、エスニャです! 迎えに来ましたよ! 魔法を解いてください!」
泡に向かって大声で話しかける。
すると……。
「は!? エスにゃん? なんで? どして!?」
泡が消え、中には驚いた顔のユミルが座っていた。
「ミランジェまでいるし……アタシが戻らなかったら学院に帰れって言っておいたじゃない」
「先生が心配だからうちらも来たんだよ~」
「必要のない心配だったみたいですけどね」
「あなたたち……」
涙ぐんだユミルは手招きをして二人を近付かせると、
「アタシ教員になって今日ほど嬉しい日は無いわ! ありがとうね。あなたたち大好きよ♡」
そう言いながら、何故かモノ凄い力のこもったデコピンを両手で打った。
「いっだぁああああ!?」
「ぐおおお……」
涙目で額を押さえるミランジェとうずくまって苦しむエスニャ。
「なにすんのさ先生!」
「んっふぅ、個人的にはさいっこうに嬉しいんだけどぉ、先生としては叱らなくちゃいけない場面なの♡ でもこんな時にぐちぐち言いたかないからさぁ、これで注意したってことにしておいてぇん」
そして二人の肩に手を回し、力いっぱい抱きしめほっぺたにキスをした。
「でも本当にうれしい。正直一人で心細かったけど、これで元気百倍よ」
「わ、分かったからさ、先生。とっととこんなトコ脱出しようよ」
抱かれたまま照れくさそうに話すミランジェ。
「それがそうもいかないのよね~」
ユミルの笑顔が苦笑いに変わった。
「……ユミル先生。さっきから気になっていたんですが、足元にある水差しはなんですか?」
抱かれながらも視線は下に向いているエスニャ。その先にはとても綺麗な水差しが置いてあった。
「帰れない理由と一緒に説明するわ。順を追ってね」
二人を座らせて、自分も腰を下ろすユミル。
「昨日ね、行方不明の冒険者を探してここに乗り込んだわけなんだけど、実は見つけたのよ、その人」
「まだ生きていたんですね」
「その時点では、ね……。発見した時にはもう虫の息だったわ。担いで戻ろうにも、ここのモンスターはいくら倒しても復活するし、途中の洞窟みたいになってるとこにはトンでもないのがうろついてたから諦めたのよ。ていうかあなたたちよくアレをやり過ごせたわね? アタシでも逃げるのが精いっぱいだったけど……」
横目にミランジェを見るエスニャ。話してもいいのか? と視線で聞いていた。
少し悩んでからミランジェは答える。
「どうやってここまで来れたかは後でうちが話すよ。続けて先生」
「そう? じゃあ続き。冒険者の人がもう長くないのはすぐ分かったから、息を引き取るまでそばにいてあげたの。その時にこの水差しを渡されたんだけど、なんかこれを持ちだそうとしたら遺跡がおかしくなったらしいのよね」
「おかしくなったとは、やはり……?」
「倒したはずのモンスターが狂暴化して復活したり、物凄い強さの怪物が現れたり。その人が入った時はこんなに恐ろしい場所じゃなかったらしいわ」
「あー分かった! 水差しを元の場所に返せば遺跡も元に戻るんじゃない?」
「ミランジェせいか~い。やってみないと分からないけどね」
「巫女様の宝を奪う者に災いあれ、あの謎の声はたしかにそんなことを言っていました」
エスニャは水差しを拾うと興味深そうに色々な角度から見る。
「う~ん、どう見ても普通の物ではないですねぇ、欲しいなぁ……でも仮に持ち帰れたとしても、遺跡がこのままでは島の人たちが危険ですね」
「そうなのよね~。実は昨夜のうちに返してこようかと思ったんだけど、この先で厄介そうなのが道塞いでてさ。昨日はアタシも二日酔いなうえに戦い通しだったから、ここに戻って寝てたトコにあなたたちが来たって訳なのよ」
そこまで話を聞いて、ミランジェは勢い良く立ち上がった。
「おっしゃ! だったら三人で倒そう!」
「あっはぁ。頼もしいけどだぁめ♡ アタシが引き付けとくから、二人は水差しを持って奥に向かって。聞いた話だと最深部はもうすぐそこらしいから」
「なんでさ! ユミル先生一人じゃ危ないじゃん」
「あなたたちが一緒にいる方が危ないでしょ~。時間稼ぎだけならアタシ一人でも問題ないし」
「では、これは私が持ちますね」
背負っていたリュックを下ろしたエスニャは、中身を取り出してから水差しをしまった。
「あ、エスにゃん。このパンとドライフルーツ貰うわね。昨日から何も食べてないのよ~。行儀悪いけど食べながら行きましょう」
歩き出したユミルに不満そうな顔で付いていくミランジェ。
少し奥に行ったところで、冒険者風の恰好をした遺体(ユミルのマントがかぶせてあったため顔は見えない)を見つけると足を止め、合掌し数秒祈りをささげた。




