第五十五話 たったひとつの共通点
町に戻ったミランジェとエスニャは、負傷した男を医者に預け宿に戻った。
部屋で落ち着かない様子のミランジェ、すぐにどこかへ出かけてしまったエスニャ。
結局その日のうちに二人の会話は無く、ユミルも戻らぬまま朝を迎えた。
『結局戻ってこなかったな、ユミルの奴』
もう一人の自分の言葉を無視して、ミランジェは運ばれてきたパンケーキに大量のハチミツをぶちまけた。
「ご、ご注文の品はおそろいでしょうか……?」
喫茶店の店員が引き気味にたずねた。
ケーキにワッフル、タルト。テーブルの上には他にもたくさんのお菓子。
早朝からこの光景はいささか刺激が強い。
ミランジェは店員も無視して詰め込むようにお菓子を食べ始めた。
『言われた通りこのまま学院に戻ンのか?』
あっという間にすべて食べきって、最後にミルクを一気飲み。グイグイと流し込んでいく。
『……ンなワケねーか。お前はウチだもんな~ミランジェ。よし、手伝ってやるよ』
こんな時だというのに、もう一人のミランジェはとても楽しそうに。
「サンキュー。無事に戻れたら好きなだけ酒飲んでいいよ」
テーブルに代金を置いてミランジェは立ちあがり、赤いハチマキをきゅっとまいた。
◇
「エスニャ先輩! 起きてください! 先輩!」
宿に帰り、寝ていたエスニャをたたき起こす。
「う~ん……もう朝ですか」
しんどそうに目を開けた。
「その恰好を見るに、ユミル先生は戻っていないようですね」
上体を起こしてボリボリと頭をかき、大きなあくびをした。
のんきな様子に少しイラつきながらミランジェは口を開く。
「うち、ユミル先生を助けに行って来ます」
それだけ言って、部屋を出ていこうとする。
「ああ! 待って待って! 待ってください!」
エスニャは慌てて立ち上がり、上着を着ると床に置いてあったリュックを背負う。
「? なんすかそれ」
「何って、これから森の奥を目指すのに必要な道具ですよ。食料に水、地図や傷薬などですね」
予想外の言葉にきょとんとしてしまうミランジェ。
「え、一緒に来るんですか?」
正直絶対にありえないと思っていた。
暗くてうじうじしたこの先輩は、大人しくユミルの言いつけを守って学院に帰るのだろうと。
「あの、失礼ですがミランジェさん。あなたユミル先生が何処に向かったのかについて正確に把握していますか?」
「いや、今から昨日の奴に聞きに行こうと思ってたんですけど」
「ですよね。でもこの時間だと病院は面会不可ですよ」
「……あっ」
そういえば細かいことはほとんど考えていなかった。
頭に血が上り、焦りとイラつきだけで行動していたのだ。
「ご安心ください。昨日のうちに例の冒険者の捜索依頼を調べて地図を貰ってありますから。学院にも手紙を出しておきました。他にも調べられることはだいたい昨夜のうちに頭に入れておきましたので……」
「あの、エスニャ先輩。もしかして、こうなるって最初から分かってたんですか?」
「え? えぇ、まぁ……」
少し話しずらそうにエスニャは語りだす。
「生まれつきなんですけどねぇ、物事を悪い方にばかり考えてしまうクセがあるんですよ。こうなったら嫌だなぁとかいつもそんな感じで鬱っぽくなるんです。今回もまぁ、当然最初に考えたのは先生が戻ってこないパターンでして、そうなった時、ミランジェさんはきっと……その……」
「うん、何も考えず突っ込んでた!」
言葉を選んでいたエスニャにきっぱりと被せた。
「じゃあ昨日どっか行ってたのは全部準備のためだったんだ。ごめん先輩。うち誤解してました!」
「へ? いえ、何も謝ることなんて……」
「んーん。はっきり言って先輩は動かないと思ってたもん。臆病者だと思ってた」
「あぁ~~、間違ってないですよ、それ。以前の私だったら学院に帰ってました」
じゃあどうして? という問いに、エスニャは薄い笑顔で語りだす。
「フィノさんがここにいたらどうするのかなって、最近は考えてしまうんですよ」
ちょっとイメージしてみたミランジェ。
「フィノっちだったら、危ないから帰れって言うと思う」
「あはは、そうですね。特に私にはそう言うと思います」
けど、とエスニャは続ける。
「あの人自身は、まっさきに動くんですよ。どんな危険な場所にでも行くんです。目の前に苦しんでいる人がいたら、いつだって最善を尽くそうとする。変な人ですよね。赤の他人にまで、母親のような愛情を持って接することができる人なんです。だったら私も……何か出来ることをしたいと……」
その言葉を聞いて、ミランジェの表情は弾けるような笑顔に変わった。
彼女の中にやっと見つけたのだ、心の底から同意出来る、自分との共通点を。
それは、初めて二人の心が通い合った瞬間だった。
◇
ミランジェとエスニャはユミルを探すため、モンスターの徘徊する森へ足を踏み入れた。
警戒しながら先を歩くのはミランジェ。敵の襲撃にも即対応できるよう刀は抜いたままだ。
エスニャは荷物を背負い、地図を見ながら数歩下がって付いていく。
とくに相談して決めたわけではなく、自然と役割分担が出来ていた。
「ファイアーボール!」
翼を持つモンスター、ガーゴイルを撃ち落としたミランジェ。
出来る限り魔力は温存したかったが、刀の届かない間合いを常に飛び回られたのでやむ無く撃った。
「あ~メンドくさかった!」
落ちたガーゴイルを刀で突き刺すミランジェ。
「なんでこんな奴が森にいるんだろ、もっとジメジメした洞窟とかでしょ普通」
「それがこの島のおかしなところなんですよ。なかには雪国にいるような種まで生息しているらしいです」
「そういやリンネちゃんもそんなこと言ってたっけ」
『戦闘経験を積むには丁度いいかもな。学院も面白い授業考えるもんだ。ちと過保護すぎる気もするが』
「たしかに、修行にはもってこいかもね」
「修行? 何の話ですか?」
「あ、いや、独り言です独り言! へへへ……」
その後も何度かモンスターと戦いながら、二人はユミルの向かった遺跡を目指す。
もう少し、という所まで来た時だった。
『ミランジェ! 止まれ! 敵だ!』
脳内にキンと響く大声。
「先輩ストップ! 敵がいるみたい!」
「み、みたい?」
足を止めたミランジェ、刀を両手持ちにして構える。
(場所と数は?)
『前方から複数、正確な数はこの距離だと分かンねーな。気配を殺すのが上手い。エスニャは離した方が良い』
「先輩は後ろに下がってて!」
そしてミランジェは前に出た。
『セスって奴の使ってた歩法を覚えてるか? あれの強化版みてーなのを使われると思っとけ』
(思っとけって……どうすりゃいいの!?)
『まずは落ち着いて――左だっ!』
その時、木の陰から急に飛び出してきた影がミランジェに襲い掛かった。
「グァウ!」
「うおっ!?」
すんでのところで回避、攻撃してきたのは緑の体毛を持つ狼のようなモンスターだ。
狼は攻撃に失敗するとすぐ近くの茂みに入ってしまった。
『ちらっと見えたがキラーウルフだなありゃ。一瞬でも気ィ抜いたら喉元食い破られんぞ』
「だからどうすりゃいいのって!」
『見えてる範囲だけじゃなくて全方位を常に見張れ』
「無茶言うな!」
『まぁ聞け。普通に生活してても、すぐ後ろを歩かれたりすりゃなんとなくそこに誰かいるのは分かるだろ? 耳や肌で感じるはずだ。それは目以外のモンで後ろが見えてるからだ。その範囲をただ広げりゃいい。理屈で説明するよりこう言った方がお前にゃ伝わンだろ』
「イメージは何となくわかるけど……」
『とにかく心を静めて感覚に集中しろ。目で前、鼻で左、肌で右、耳で後ろを見張れ。このための修行はさんざんリンネにやらされてきたんだ。今のお前にはもう出来るハズだ』
ミランジェは大きく息を吐いて腰を落とす、刀を強く握りしめ精神を集中。
研ぎ澄まされた五感を限界まで広げた。
(たしかに、分かる……)
ただよう獣臭、落ち葉を踏みしめるわずかな音、空気の振動で伝わる呼吸のリズム。
(近いな……数は三匹……居場所は――)
「ガァァウ!」
「後ろ!」
飛び掛かって来たキラーウルフを振り向きざまに切り捨てた。
直後に別の個体が茂みから飛び出し猛スピードで接近してくる。
(体の大きなやつの後ろにもう一匹隠れてる!)
前にいるやつを切り倒せばその隙をもう一匹に突かれてしまう。
腕に覚えのある冒険者を何人も葬り去った野生のハンターの技。
だが、その戦術を見破ったミランジェはニヤリと笑う、
「残念だったな犬っころ。炎の魔導士にそれはやっちゃダメなんだよ!」
刀をくわえて右手の人差し指を突き出した、左手を添えて熱い魔力を指輪に流し込む。
発動するのは一番簡単な炎の魔法。
何年も何年も鍛え続け、必殺の威力にまで昇華させた基礎中の基礎。
「ファイアーボール!」
ぐおんと周囲の温度が上がる。
直後に撃ちだされたのは高速回転する炎の弾。
「グギャアアアアア!」
炎弾は縦一列にならんだキラーウルフを同時に巻き込むと同時に爆発、森を火事にしないようも範囲もしっかり絞っている。
「っしゃあ!」
『上出来だ。五感探知が出来りゃあ昨日みたいな不意打ちを食らうことも減るだろうぜ』
「これでフィノっちやおチビにも勝てるかな?」
『フィノやレンもどんどん伸びてるからなぁ、だが差は確実に縮まってると思うぞ。大した奴だお前は、がはは』
もう一人の自分に褒められて気を良くしたミランジェだったが、これはただの自画自賛なのでは? と思い、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
◇
森の中、遺跡を目指す二人。
トゲの付いた植物を刀で払い、何かを守るようにうろつくモンスターをやり過ごしつつ進む。
「あった……先輩、コレじゃない?」
立ち止まり、振り返らずに聞いたミランジェ。
「そうみたいですね……」
二人の前には、人間の手によって掘られた巨大な穴が開いていた。
底の方には石で出来た床のようなものが見える。
周りにはほとんど崩れてしまっている壁。
とても古いものだが、かつては建物であったのだろうということが分かる。
「あっ、あそこから中に入れるみたい」
ミランジェの視線の先には地下に向かう階段があった。
「中は凶暴化したモンスターの巣……でしたよね」
ごくりと水を一口飲むエスニャ。
「怖いなら先輩はここで待っててもいいよ?」
「いえ、行かせてください。役に立つことがあるかもしれませんし、遺跡に興味もあるんです。いざとなったら見捨ててくれて構いません」
「うん、分かったよ」
二人はゆっくりと階段を下りていった……。
◇
長い階段を下りた先に待っていたのは、広大な地下神殿。
武術大会でも出来そうな程の広さがある。
「し、島の地下にこんな建物があったの……? 昔の人はどうやって作ったんだろ」
ぐるりと周りを見たミランジェ。
不思議と中は明るく、空気は冷たい。
どこか神聖な雰囲気を感じるが、人間とモンスターの死体がそこいらじゅうに転がっていた。
モンスターを倒したのはユミルだろうか。
「作ったと言うよりは、何らかの理由で埋もれてしまったのではないでしょうか? さっき下りてきた階段にも窓のようなものがありましたよ。地上に露出していた部分は元々屋上だったのではないかと」
「大昔のお城か何かかな」
「壁の壁画なんかを見るに宗教的な建物だと思います。私が趣味で調べている古代文明よりもはるかに古い時代のものですね」
「それが今やモンスターの巣か」
散乱している死体を避けながら二人は進む。
「……妙ですね」
「どしたの? 先輩」
何かに気が付いたように振り返り、モンスターの死骸を見るエスニャ。
「この遺跡は最近発掘されたばかりのものらしいんですよ。それなのにどうしてこれだけのモンスターが中にいたのでしょう?」
「大昔からずっと閉じ込められてたとか?」
「もっと深くにいけば水は得られるかもしれませんが食料がありません。この中で代を重ねていくことなんて――」
エスニャがモンスターの死体を調べようとした時だった。
『巫女さまの宝を奪う者に災いあれ……』
不気味な声がどこからともなく聞こえ、二人の背筋に冷たいものが走る。
(ちょっと! 変ないたずらやめてよね!)
『ばか! ウチじゃねーよ!』
「ミ、ミランジェさん……」
その時、二人は信じられない光景を見た。
たしかに血を流して死んでいたモンスターたちが次々と起き上がり、傷が修復されていくのだ。
さらに非常に興奮した様子でこちらをにらんでいる。
「先輩! 向こうに下りる階段がある! 走って!」
こんな広いところで大勢のモンスターに囲まれれば命はないだろう。
二人は脇目もふらずに走るのだった。




