第五十四話 魔の森
「悪い悪い、待たせたな!」
席に戻ったミランジェが食事をしていると、両手に大皿を乗せたセスがやって来た。
「これはオーナーからだ。今は忙しいから、後でしっかり礼にいくってよ」
そう言ってごちそうが盛られた皿を置く。
「そりゃ嬉しんだけど……ここまでされるとお礼が欲しくて助けたみたいになっちゃうな」
テーブルの上には他にも美味しそうな料理が何皿も置いてあった。とても食べきれる量ではない。
おまけに助けた女性店員からはこの店で一番高い酒まで渡されている。
「余ったら部屋まで持っていくよ。あたしも食うし」
セスは隣のテーブルから椅子を乱暴に引き寄せるとミランジェの隣に座った。
「セスさんはこの店の人でしょ? 食べてていいの?」
「あたしは違うよ。ここのオーナーとは友達でさ。しばらく泊めてもらうかわりに用心棒やってんだ」
「だったらもっと早く助けてあげたらよかったのに」
「ホントはそうしたかったんだけどさ。もっと分かりやすく暴れてくれないと手出し出来ないんだよ。町中は面倒くさいよな。イライラしてたとこにお前が出てきてくれてスカっとしたよ」
料理を食べながらチラッと別の方を見たセス。ところで、と前置きして。
「連れのねーちゃんは大丈夫か?」
そこには並べた椅子をベッドのようにして寝ているユミルがいた。
たまにうめき声を上げながらぐったりとしている。
「あ~、気にしないでいいです……」
まさかユミルがここまで酒に弱いとは思わなかった。
明日の授業は大丈夫なのだろうか。
『な~ミランジェ~。ウチも酒……』
(今日は我慢しな!)
何度も何度も子供のようにおねだりしてくるもう一人の自分。
ユミルといいこいつといい、周りの大人たちはいまいち情けない。
「そうだ、セスさん。さっきのあれってどうやったの? 剣抜こうとしたオッサンに近付いた技」
実はずっと気になっていたことを聞いてみた。
素早く動いた、というよりは気付いたら移動していたという奇妙な印象があったからだ。
「あれかぁ? 技ってほどのもんじゃないぞ。気付かれないようにこっそり寄ったんだよ」
「こっそりって……目の前にいたのに?」
「ああ、そうだ」
そこで話は終わってしまい、セスは食事を再開した。
『具体的に言うなら、呼吸や音を殺した状態で出来る限り早く、足だけで動いたンだ。人間ってのは意外と視覚以外も頼りにしてるからな。目の前にいても気配を消して急に動かれるとぎょっとする。不意打ちでやられねーように知識は持っときな』
疑問にはもう一人の自分が答えてくれた。
(そうなんだ……あれってうちにも出来るかな?)
『ウチに出来るンだから間違いなく出来るようにはなる。が、お前にゃ必要ねーよ。ありゃ狩りや暗殺のためのモンだ。あンなの練習してたらリンネが泣くぞ? お前は真っ直ぐに正道を行けばいい。ガキの頃にウチらが憧れた、最強の魔導士ってのは、きっとその先にあるんだろうからな』
なんだか、自分は道を間違えたとでも言うようなその口ぶりは、妙な説得力を持っていて、
(……うん、分かったよ)
強引に納得させられてしまうミランジェだった。
「ミランジェたちはさ、なんでここにいるんだ? 見た感じ冒険者や傭兵じゃないな。観光か?」
食べながら話すセス。テーブルマナーはかなり悪い。
しかしミランジェも人のことを言えるほどではないので気にしない。
「いや、実は学校の授業なんだよね。信じられないかもだけど、そこでダウンしてるのが先生。ほら、うちら魔導士なんだ」
と言って指輪を見せる。
それを聞いたセスの咀嚼がピタっと止まった。数秒後、口の中のものを無理に飲み込んで、
「……ま、まさか学校って、フィリスのか?」
「そうそれ。まぁ有名だかんね~」
「そ、そうだな。そうだ。うん。有名だかんな!」
なんか分かりやすく動揺し始めた。
「セスさんは? 冒険者って言ってたけど、この島にいるってことは遺跡の発掘でもしてんの?」
「あたしか? あたしは……ちょっと探し物があってな」
「探し物って?」
「水差し型の魔道具。どうしても必要な物でさ。この島のどこかにあるらしいって情報だけは手に入れたんだが、中々見つからなくて……」
水を一口飲んでセスは続ける。
「あたしにはミランジェくらいの年頃の娘がいてさ。なにがなんでもその子に届けてやりたい物なんだ。だから、もし見つけたら教えてほしい。望みの物はなんだって用意するから……」
詳しい事情を尋ねてもいいのだろうか……ミランジェが悩んでいると、寝ていたユミルが目を覚ました。
「うう~……水ちょうだいミランジェ。あれ、その人だれよ……?」
ユミルと目が合ったセスは慌てて立ち上がると、
「ってわけで! あ、あたしは忙しいからさ、この辺でもう戻るわ! じゃ、じゃあな~」
凄いスピードで逃げ出していった。
「は、はやい……」
とミランジェは感心した後で、
「ミランジェ~、部屋まで連れてって~」
赤い顔のユミルを見てため息をつくのだった。
◇
翌日。
ミランジェ、エスニャ、ユミルの三人は町を出て森へ入った。
二日酔いのユミルがダウンしていたので既に昼過ぎである。
「それじゃぁ今から始めるけどぉ……まずここのモンスターは……」
今にも死にそうな声で授業の説明をするユミル。
(そこまで酒に弱いなら仕事の前日に飲むなよ……)
呆れ顔で話を聞くミランジェとエスニャ。
「――ってわけで、森の奥に行かなきゃそんな強いのは出てこないから……この辺でしばらく戦ってもらうわ。いざとなったらアタシが守るけど――」
『おい! おいミランジェ!』
説明の途中でもう一人の自分に話しかけられた。妙に焦った様子で。
(なに? こういう時は静かにしててって言ってあるじゃん)
『近くで戦ってる奴がいる! モンスター数匹相手に一人、かなり分が悪そうだ』
「えっ……?」
思わず声がもれてしまった。
ユミルとエスニャが不思議そうにミランジェを見る。
「どうした~ミランジェ?」
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てて耳を塞ぎ頭の中の声に集中する。
(場所は? どこでヤってんの!?)
『正面の方角だ。まっすぐ行け! このままじゃそう長くは持たねーぞ、多分な』
ミランジェは腰の刀を押さえすぐに走り出す。
「ミランジェ! どこ行くの!?」
「ユミル先生は黙ってうちに付いてきて! 近くで戦ってる人がいる!」
すれ違いざまにそう言った。
◇
「うおおお!」
傷だらけの男が長剣を振り下ろした。
だが、渾身の力を込めた一撃は真っ赤な腕に容易く受け止められた。
相手はゴブリンの上位種、レッドゴブリン。
「グギャア!」
「ぐあっ!」
剣を止められた隙を別の個体に狙われる。太く鋭い爪が男の背中を切り裂いた。
「かはっ、あぁ……」
体の自由がきかなくなり倒れ伏す。地面には赤い液体がじわじわと広がっていく。
「うああ……嫌だ……助けてくれぇ、だれかぁ!」
目に涙を浮かべ、近付いて来るゴブリンたちを見上げた。
嫌らしい笑顔と振り上げられた爪が視界に入る。
終わった……と目をつぶったその時――彼女はやって来た。
「ファイアーボール!」
高密度の魔力炎弾が横からゴブリンに直撃、直後に爆裂。一撃で仕留めた。
「はぁああああ!」
気合いの声と共に走り込んできたミランジェが刀に手を掛け、通り抜けざまに居合の一閃。二体目の胴体が切り離された。
直後にくるっと振り向いて……。
「ファイアーボール!」
人差し指から炎の弾を発射。三体目も爆殺。
これで残すは一体。
爪を振り上げ迫るゴブリン、ミランジェは刀を上段に構え迎え撃つ。
「グギャグギャ!」
「おらぁ!」
先手を取ったゴブリンの腕を素晴らしい反応速度で蹴り上げたミランジェ。
バランスを崩したところに刀を振り下ろし切り倒した。
「……ふぅ」
刀を振って血を払い、倒れた男に近付き鞘に納めた。
「大丈夫ですか!? 今薬持ったうちの連れが来ますから――」
『後ろだっ! まだ残ってンぞ!』
「えっ」
振り向いた途端、眼前に迫るゴブリンの爪。
油断した、と考える余裕すらなく、ミランジェの思考と動きは一瞬、完全に停止した。
「お~っとギリギリセーフ。生徒に大ケガさせといて自分は二日酔いでしたってんじゃ、クビにされても文句言えないもんね~」
ゴブリンの爪もまた、ミランジェの瞳に突き刺さる寸前で停止していた。
我に返ったミランジェが隣を見ると、ゴブリンの腕を掴んだユミルが立っていた。片手の力だけでやすやすと押さえつけている。
そしてユミルは分厚い刀身の短剣を逆手に持ち、
「はっ!」
っと叩きつけるようにゴブリンの顔面に突き刺した。
ぐしゃっと陥没する頭部。
『すげー怪力だなこの女。フィノと良い勝負じゃねーのか?』
さらにユミルは手の平を上に向け、
「アクアスピア!」
魔法を発動。
手の平から水属性の魔力がブアっとふき上がり小さな槍に変わった。
それをもって大きく振りかぶると、
「そこっ!」
と近くの茂みに投げつけた。
ドスっと何かを貫く音。
数秒後、茂みからよろよろとゴブリンが現れ倒れた。
「これで全部ね。ミランジェ、その人の手当てするから手伝って」
「はっ、はい……ん? この人……」
倒れている男の顔を見てあっと声を上げるミランジェ。
「昨夜のチンピラじゃん! こんなとこで何やってんの?」
よく見れば女性店員に絡んでいた男たちの一人だった。
事情を聞かれ、バツが悪そうにミランジェから目をそらす。
「ハ~イ、そういうのは後、ね。さっそくヌギヌギしましょうね~♡」
子供に話しかけるように言って、ユミルは医療品の入ったバッグを開けた。
◇
「で、あんた森で何やってたワケ?」
エスニャが合流し、男の応急手当が終わった後、彼にズイっと顔を近付けるミランジェ。じと~っとした疑いの目だ。
「別に悪さなんかしちゃいねーよ……俺たちは仕事で森に入ったんだ」
元気なく男は答える。
「あ~? 嘘こいてんじゃねーだろうなぁ?」
刀に手を掛け、すごむミランジェをユミルが手で制止した。
「俺たちってことは仲間がいるのね。アナタたちの仕事ってなぁに?」
「普段は傭兵。今回は行方不明になった冒険者パーティの捜索だよ。最近見つかった遺跡に入ってったっきり出てこねーんだと」
「それがどうしてこんな町に近いところで襲われてたの?」
「一度は遺跡まで行ったんだよ……だけど……」
男は顔を歪める。
「凶暴化したモンスターに囲まれちまったんだ。仲間は全員やられた……俺はなんとかここまで逃げて来たがこのザマだ。ちくしょう……レッドゴブリンになんざいつもなら絶対に負けねぇのに……」
地面を殴って、涙をにじませ悔しそうに言った。
とても嘘をついているようには見えない。
質問していたユミルは「なるほど……」と納得したようにつぶやいてから次の言葉を発した。
「最初に冒険者パーティーが行方不明になったのはいつ?」
「何日か前だな……十日はまだ経ってないと思うが」
「あっそう。まだ生きてるってことも無くはないか……」
困ったように頭をかくユミル。
遺跡の中で隠れる場所を見つけられれば生存の可能性は十分にあるだろう。冒険者のパーティーなら水や食料も多少は持ち歩いているはずだ。
「しっかたないわね~。行ってあげますか! 遺跡への地図とかあるんでしょ? 出・し・て♡」
「俺の話聞いてたか!? とんでもない場所だぞあそこは!」
「これでもアタシ、フィリスメイジの称号を持つ魔導士ですからぁ♡ そんな話聞いたのに見捨てたなんて噂になったら、学院や他の卒業生にメーワクかけちゃうの」
「フィリスメイジ……!? アンタが……」
その名を聞いて男は素直に従った。地図を取り出しユミルに渡す。
「ちょ、ちょっと待って! 行方不明の人がいるのになんで傭兵が探してんの!? この国や町の偉い人は何やってんの!?」
大きな声を出すミランジェ、答えたのは意外にもずっと黙っていたエスニャだった。
「ミランジェさん、外国では庶民の扱いなんてこんなものですよ。たかが数人の生き死にで軍隊や騎士団は動かないのが普通です。フィリスの町でも警備隊は役に立たないとよく叩かれていますが、アレキアの軍隊はあれでも一般人のために動いてくれる方なんです」
「そうなのよね~。冒険者協会の試験に合格したプロだったら、大規模な救助隊が組まれたりもするんだけど、大半のアマチュアはほったらかしが基本。救助依頼が出されただけでも今回の人は幸運ね…………結構近くにあるのね、例の遺跡は」
地図をしまったユミルは、真面目な顔でミランジェとエスニャに語りかける。
「アタシは今から様子見に行ってくるから、二人は彼を連れて町に戻っててね。モンスターが出てきてもミランジェがあれだけ戦えるなら問題ないでしょ。もしアタシが今日中に戻らなかったら二人は学院に帰還、学院長先生に報告してちょうだい」
「ユミル先生! うちも行くよ! こんなのほっとけねーって!」
「ダメに決まってるでしょ~。お留守番してなさい」
それじゃあね♡ とウインクして、ユミルは森の奥に消えていった。
連れて行ってもらえなかったミランジェは納得出来ない表情でエスニャの方を見た。
イライラしているミランジェとは対照的に、走り去っていくユミルの後ろ姿をぼーっと見ているエスニャ。
(やっぱこの先輩は何考えてるか分かんねー!)
自分の先生が危険なところに行こうとしているのに、どうしてそうドライでいられるのか。
やっぱり、この人は理解できない。
「はぁ、ホラ、町に帰るよ。せっかく助けたんだから死なないでよね」
ちょっと乱暴な動作で男を立たせたミランジェ。不満げに肩を貸す。
「……ネーチャン、ミランジェってのか」
「そうだけど?」
「えと……なんだ、昨日は悪かったな、ミランジェ。俺たちも酔ってたから……」
「そういうの、うちじゃなくてあの店員さんに言ったら?」
「あぁ、そうだな、そうするか」
「エスニャ先輩も行きましょうよ。ここじゃまたモンスター出てきますって」
「ええ、戻りましょうか……」
町に向かってゆっくりと移動を始めた三人。
森の奥深くから聞こえるモンスターの声が、ミランジェの心をより一層ザワつかせるのだった。




