第五十三話 不思議な先輩
そして次の日、早朝。
ゼルメア島のモンスター退治、という授業を受けることにしたミランジェは、大きな荷物を持って集合場所の教室に向かっていた。
『嬉しそうだな。そんなに楽しみか?』
頭の中にいつもの声が響いた。
「もち。海外旅行なんてめったに行けるもんじゃないし、しかもあの有名なゼルメアだよ? 昨日買った水着はやく着たいな~」
『あれはやっぱ大人しめだと思うンだがなぁ』
「あんたが選んだのはただのヒモじゃん! あれ着てビーチにいたら痴女だよ! フィノっちにもバカだと思われちゃう」
水着選びに付き合ってくれたフィノ。ミランジェが選んだ水着にも「えっ、こんなの着て遊ぶの!?」と普通に引いてた。
「ってかさ、あんたが未来のうちならこの授業もどんなのか知ってるんじゃないの?」
『知らねーよ。ウチはもっと前に退学したからな』
「は~? なんで!」
『それもいつかは教えてやる』
「またそれかよ……」
『ってワケで、今のお前はもうウチにとっても未知の世界を歩んでるってことだ。一緒に学園生活を楽しもうぜ?』
こいつの言ってることはやはり嘘なんじゃないだろうか? といぶかしい顔をするミランジェ。
しかし真偽を確かめる方法は思い浮かばない。現状では『分からない』が正解だ。考えても無駄である。
「まぁ、いっか」
元々細かいことを考えるタイプではない。
さっさと割り切って、ミランジェは歩みを進めるのだった。
◇
集合場所の教室についたミランジェはぎいっとドアを開けて中に入った。
長い机がいくつも並び、同時に数十人は入れる部屋だったが、中で座っていたのは一人。
(うそ、あの人だけ?)
寝起きそのままの髪、運動と栄養が足りてない体、だぼだぼで茶色っぽい単色のダサい服、机に突っ伏しているので顔は良く見えないが、スカートを履いているのでギリギリ女子であることは分かった。
(エスニャ先輩。だよね、たしか)
フィノやシェスカとよく一緒にいるのは知っていたが話したことはない。
以前不思議な魔道具の世界に入った時もほぼ絡まずに終わった。
「おはようございます! ミランジェです。よろしくお願いします先輩!」
元気よく挨拶して、一つ席を空けて座った。
エスニャは目を合わせないようにしながらチラリとこちらを見て、
「……どうも」
とだけ言ってすぐに顔を伏せた。
ケンカを売っているわけではないが、これ以上話すつもりはないと態度で示している。
露骨に壁を作られているのが分かった。
(それだけかよっ!)
何か嫌われるようなことでもしてしまったのだろうかと考えるが思い当たるフシがない。
気に入らないのならハッキリそう言えばいいのにとムズムズする。
たま~にいるのだ、こういうタイプの人が。
(……向こう着いたら他の人と遊ぼ)
そう考え、もう一人の自分と頭の中で雑談しながら数分待った。
すると、
「へ~二人とも遅れずに来れたかぁ。毎回一人くらいは寝坊する子がいるんだけどねぇ~」
いつの間にか開いていたドアから、流れる様な髪の女性が入って来た。
露出こそ少ないが、体のラインが浮き出る様な服に教員の証である黒マント。
長いまつ毛とゆったりした所作が色っぽい。
ここまでなら綺麗なお姉さんといった印象だが、手に光る沢山の指輪と、分厚い刃の短剣を腰から下げた姿は妖艶な魔法戦士である。
「おはよー! ユミル先生が今回の担当?」
やっと話せる人が来た! と嬉しそうにミランジェが声を出した。
「ん、そゆコト。ちゃっちゃとやることやって遊ぶよ~ミランジェ」
「やった!」
教員、ユミルはミランジェの前を通り過ぎ、むくりと顔を上げたエスニャの隣まで歩くと。
「えっすにゃーん♡ 夜型生活なのに早起き出来てエライぞー♡♡♡ よーしよしよしよし♡」
甘い声を出してガバっと抱き寄せた。
そして頭……というか顔の輪郭を高速で撫でさする。
「ええい、うっとうしい! 朝っぱらからやめてください!」
必死で抵抗するエスニャだったが力に差がありすぎるのでなかなか脱出できない。非力って悲しいね。
「あはぁ♡ アタシがうざいなら振り払えるくらい強くなれっていつも言ってるじゃない」
「最近はこれでも鍛えてるんですよ! あなたが強すぎるんですゴリラ女!」
「言われてみればちょっと筋肉増えたわね。こことか、こことか」
「服の中に手を入れるのをやめなさい無駄にデカい胸を押し付けるのをやめなさい下着をずらすのをやめなさい私に触れるのを今すぐやめてください」
ようやく脱出できたエスニャ。もう一日の体力を使い果たしてそうなほど息が上がっていた。
一方ユミルは半笑いで見ていたミランジェに気が付き、
「ミランジェも"する"?」
と投げキッス。
すると唇からハート型のシャボン玉が飛び出しふんわりと近付いて来た。
「う、うちも?」
鼻先でぱちんとシャボン玉が弾けると、高級そうな香水の香りが届いた。
「あっは! 挨拶はこの辺にして行くよ二人とも。今回のは一応実戦訓練に入るから決して気を抜いちゃダメ。出来る限りの指導はするけど、ミランジェはあのリンネの弟子だからね~。アタシじゃ物足りないと思うけどそこは勘弁な?」
ユミルは腰に片手を当て爽やかな笑顔を見せた。
「んなことないっす! よろしくお願いしま~す!(やっぱこの先生カッケー!)」
元気よく立ちあがって、ミランジェは荷物を手に取った。
◇ ◇ ◇
「着いたー! 遊ぶぞー!」
フィリスの町を出発して五日。
船から桟橋に飛び降りたミランジェは船旅の後でも元気いっぱいである。
「だぁめだめ。これでも授業として来てんだからね~。遊ぶのは最後」
続いてユミルとエスニャが下船。
「え~~」
「そいじゃ、これからの予定を説明しま~す。まずはホテルにチェックイン――」
「ホテル!? どこ!」
キラっと光るミランジェの瞳。
「ホテル・ザコーネってトコ。ほら、そこに見えてるわよ」
ユミルが指差したのは二階建ての建物。かなり大きいがちょっとぼろっちかった。
「ええ~……明らかに一番安いトコじゃん」
実際、金を持った観光客ではなく冒険者や傭兵などを相手にしている格安の宿である。
これでも実家がそこそこの金持ちであるミランジェにはちとキビしい。
「お金は学院から出るんだから文句言わなーい。建前上は勉強に来てるってこと忘れちゃダメよ」
「は~い」
「で、ホテル入ったら明日まで待機。船旅の疲れをじっくり癒すのよ」
「待機ってことは外出ちゃだめなの?」
「だぁめ♡ 自由行動にすると迷子になったり勝手に冒険始める生徒がたまにいるから無くなったの」
「……は~い」
なんだか思っていたのと違うなぁとミランジェは肩を落とす。
(後でフィノっち誘って絶対また来よう)
かたくそう決意して不満を飲み込んだ。
「あの、あまり期待していないのですが一人部屋ではない……ですよねぇ?」
小さく手を上げてエスニャが。
「あっはぁ♡ そんなワケないでしょ。一緒におねんねしましょ♡」
唇に指を当ててユミルは色っぽく笑った。
「ですよね……」とエスニャもまた肩を落とすのだった。
◇
夜。
宿の中にある酒場で食事を摂ることになったミランジェ。ユミルと二人でテーブルについて料理をいくつか注文した。
「エスニャ先輩って付き合い悪いよね。船の中でもずっと一人でなんか書いてるし」
一緒に食べようと声をかけたが、エスニャは「私は調子が悪いのでいいです」と言ってこなかった。
調子が悪いというのが誘いを断るためのウソであることは明らかで、ミランジェにはこれが気に入らない。
嫌なら嫌だとそう言えばいいのに。
「あれでもフィノと仲良くなってから大分変わったんだよ? 前だったらミランジェみたいな子にはもっと分かりやすく壁作ってたから」
運ばれてきたビールをグイっと流し込むユミル。
「やっぱり嫌われてんのかな? うち」
『な~ミランジェ。ウチも酒飲みてーよー』
(明日戦わなきゃいけないんだから我慢しろって!)
物欲しそうにおねだりしてくるもう一人の自分。
ぶはっとジョッキから口を話したユミルはあっはぁ~と笑った。
「嫌ってるってか苦手なんだよ。いきなりキレ出して絡まれたりしたら嫌だな~とかそんな感じ。猛獣みたいな扱い? あっは♡」
「なにそれ、意味わかんねー」
「一緒に来なかったのもね、こういう騒がしくて酒臭いところが苦手なだけよ。大した理由もなく断ったら悪いと思ったからああいう言い方したの。悪気はないから許してやって」
自分としては下手な口実を付けられる方がよほど気分が悪い。
『そりが合わない』とはこういうことを言うのだろうなとミランジェは思った。
「フィノっちはどうして誰とでもうまくやれるのかな……」
愚痴るようなミランジェのつぶやきを聞いたユミルはいきなりどんっ、とジョッキを強く置いた。
「そうよね! ズルいわあの子! アタシがエスにゃんと打ち解けるのにどんだけ悩んで努力したと思ってんのよ!」
だんだん酔いが回って来たな……と苦笑するミランジェ。
「先生はどうやってエスニャ先輩と仲良くなったの? (この人酒よわいな~)」
「そりゃもう体当たりよ! アタシだってそんなに器用な方じゃないんだから! ぶつかってぶつかってぶつかるしかないじゃない! 担当教員だってのに最初は目も合わせてくれなかったんだからねあの子!」
あ~マズい。変なスイッチを入れてしまった。次から次へと苦労話が飛び出してくる。
ミランジェは適当に相づちを打ちながら注文した料理がくるのを待つことにした。
と、その時。
「ん? 何やってんだあいつら」
奥の席、ガラの悪い男たちに必死で謝っている女性がいた。
近くの床には酒と料理が散らばっている。
『ありゃ店員だな。持ってきたもんを落として引っかけちまったってトコか』
遠目に様子を見ていると、男たちは女性店員をさんざん怒鳴りつけた後で側に座るよう促している。
「ユミル先生。うちちょっと席外すわ」
酔っぱらったユミルにそう言って、ミランジェはイラついた表情で席を立った。
◇
「痛い! やめてください! 代金は結構ですから!」
「それじゃ俺たちの気がすまねぇんだよ! 良いから一晩付き合いなって、それで許してやるからよ」
店員の細い腕を掴み、男たちはむりやり隣に座らせようとする。
「何やってんだあんたら! 今すぐその手を離しな!」
やって来たミランジェが店中に聞こえる程に声を張り上げた。
暴力で弱い者を虐げる、こういう連中だけは許せない。
その気持ちが強さに憧れた原点である。
「ああ!? 俺たちは食いもん引っかけられた被害者なんだよ。それともなんだ、ネーちゃんが代わりに俺たちの相手してくれんのかい?」
男たちの一人が立ち上がった。近くに来て胸を張り、わざとらしく体格差を見せつける。
しかしミランジェは一歩も引かない。それどころか……。
「おう、うちが相手してヤるよ!」
言い切るより早く右ストレートを顔面にぶち込んだ!
「ぶげ!」
と男は鼻血をふいて後ろに倒れた。
「このガキ!」
「っらぁ!」
掴みかかろうとした別の男にはハイキックをお見舞い。一撃でノックアウトだ。
「てめぇ……」
三人目が足元の長剣に手を掛けた――その瞬間。
「その辺にしときなよ」
女の声がした。
暴れる獣をなだめる様な落ち着いた声音。
不思議と、その声は熱くなった頭にするりと入り込んできて、ミランジェと男たちの意識をそちらへ向けさせた。
「元々はこっちの不手際っぽいからどうしようかと思ったんだけどな。長剣抜くつもりなら話は別だ。そん時ゃあたしも戦うぞ、いいのかい?」
伸びっぱなしの髪、日焼けした肌、着古したボロボロの外套、町中よりは森の中にでもいる方がよっぽど似合っているような、野性的な雰囲気の女性だった。
なんとなく、フィノに似ているな、とミランジェは思った。
「剣を抜いたら何だってんだ? ええ?」
男が手にした長剣を抜こうとした時、
「――え?」
気付けばすぐ隣にいた女性、剣の柄を押さえて抜かせないようにしている。
「もっかい聞くぞ。抜くならあたしが戦う、いいのかい?」
澄んだ瞳で男の目をじっと見つめ、あくまで優しく、さとすように女性は問う。
男は少し動揺した様子で、
「……きょ……今日のとこはもう帰るぜ。金は払わねーぞ」
「ああ、それでいい。行きなよ。悪かったな」
逃げるように仲間を連れて出ていった。
女性は残ったミランジェを見るとニパッと笑って。
「ガキのくせに勇気あるな~お前。あたしはセス、冒険者だ! よろしくな!」
ちょっと乱暴にミランジェの頭をなでた。
笑うと、なおさらフィノに似ているな……そう、ミランジェは思った。




