第五十二話 もう一人のうち
どこかの地下遺跡。
冒険者の男は襲い来るモンスターを一刀両断にして、ふぅ……と息をついた。
疲れた顔で返り血をふく。
「ずいぶんまいってるみたいだな、リーダー。この辺で引き返しちゃどうだい?」
そう意見してきたのは、一回り体格の良い傭兵の男。
近くには切り倒されたモンスターの死体が何体も転がっていた。
「いえ、もう少し進みましょう。ここを発見したのは僕たちが最初です。何か、大きな成果が得られるかも」
冒険者は水筒を取り出し一口飲むと、さらに奥を目指して歩き始めた。
「成果ねェ……」
聞こえないように傭兵はつぶやいて、
「雇い主がああ言ってんだ。俺たちも行こうぜ」
と仲間たちに声をかけた。
◇
(無名の傭兵団は安いし腕も立つけど、イマイチやる気を感じないな)
進みながらチラリと後ろを見る冒険者。
雇った傭兵たちは面倒くさそうに後をついて来ている。
(いざという時は当てにならないな、あの様子じゃ)
しかし、それでも同業者と組むよりマシだと彼は考えていた。
定額で雇える傭兵と違って、名誉と一攫千金を求める冒険者の場合は報酬で揉めることがよくあるのだ。
得られた成果が大きい場合、最悪殺し合いにもなりかねない。
一時的に組むのであれば傭兵はとても気楽な相手だった。
パーティーはその後も行く手を阻むモンスターを倒しながら遺跡の探索を続ける。
奥に行くほど強力になっていくモンスターに傭兵たちが不安の色を見せ始めた頃、彼らは最深部に辿り着いた。
「見つけた……ハハハ、やった……やったぞ!」
冒険者は歓喜の声をあげ、薄汚れた台座に駆け寄る。
「これは古い物だな。何千年前の物なんだろう」
ドサっと荷物を落として、台座の上に安置されていた水差しを手に取った。
長い間放置されていたにもかかわらず、それは磨かれたばかりのように綺麗だった。
妖しい光沢を放つその姿はとても神秘的で、見ていると魂まで吸い込まれそうになる。
「…………よく分からないけど、これはきっと凄い魔道具だぞ。壊さないように持ち帰らないと」
持っていたバッグの中身を捨てて水差しをしまった。
そこでふと、台座の裏にある大きな壁画に気が付いた。
天をつくほどの大樹と、それに寄り添う、葉っぱのドレスを着た少女。彼女と大樹を囲むようにひざまずく大勢の人間たちが描かれている。
「くくくく……」
壁画を見上げ、ほくそ笑む冒険者。
考古学になどまるで興味はなかったが、これが大きな発見であるということは間違いないだろう。
この遺跡と壁画はずっと記録に残っていくのだ。偉大な冒険者である自分の名と共に。
「どうしたんだリーダー。これからどうするか早く決めてくれ。こっちはもうヘトヘトだしケガ人もいるんだ。笑ってる余裕なんか俺たちにはないんだぜ」
振り向けば、雇った傭兵たちが険しい顔でこちらを見ている。
彼らの手前、冒険者は表情を引き締めた。
「ん、そうですね。証拠になる映像を撮影したらキャンプに戻って他のメンバーと合流しましょう。これは素晴らしい成果ですよ、皆さんの力あってこそです。報酬は契約より多めにお支払いします」
傭兵たちの機嫌を取るようにそう言って、録画用の水晶を取り出した。
すると……。
『巫女さまの宝を奪う者に災いあれ……』
どこからともなく、不気味な声が聞こえて来た。
ぞくりと背筋に悪寒が走る。
「お、おい! 誰だ変なこと言ったのは!?」
「俺じゃねーって、お前だろ? 変な冗談やめてくれよ!」
「み、皆さん落ち着いてください! これはきっと宝を守るためのトラップで――」
「静かにしろっ! まだ何か聞こえるぞ……」
耳を澄ましてみると分かる。
徐々に近付いて来る人ならざるものの足音。
それも沢山の。
「モンスターか!? 何故だ! ここに来るまでにほとんど倒してきたんだぞ!」
青ざめる冒険者と傭兵たち。
恐怖に震えながら、彼らは武器を手に取った――。
◇ ◇ ◇
すらりと背の高い、桃色の髪の女の子がヒュンと刀を振るった。
緑のスライムが見事に切り裂かれ粘液がはじけ飛ぶ。ねちゃっ。
「うわっ! きたなっ!」
見事な反応速度で粘液をかわすが太ももにちょっと付いてしまった。健康的な肌を緑の液体がとろりと伝う。
「は~、もうチョー最悪……リンネちゃん、もしかしてこれで失格になったりする?」
『さすがにこの程度なら問題ないだろ?』
取り出したハンカチで太ももを拭きながら、女の子は近くをパタパタ飛んでいた小鳥に語りかける。
「いやいや……大丈夫だよ……大ケガでもしない限りは……試験は続行さ……ククク……」
小鳥から聞こえてくるのはボソボソした女の声だ。
「そっか、おっけーおっけー。だったらガンガン進むよっ!」
「あぁ……そうそう……言ってなかったけど……ここのスライムに触れられたらかゆくなるから気を付けてね……太ももはもっとよく拭いておいた方がいいよ……」
「先に言ってよ! やっぱり最悪だー!」
「ごめんね……フフ……でもさ……どうしてミランジェちゃんは試験だっていうのにそんな露出の多いカッコしてるワケ?……見せる相手もいないでしょ……」
「い~~の。出したいの。こういうカッコじゃないとやる気出ないんだよね、うち」
『ウチに言わせりゃまだまだヌルいぜ。腹と背中と足にタトゥーくらい欲しいトコだな』
「や、タトゥーはちょっと」
「うん?……タトゥーって……何の話かな……?」
「あ~何でもない何でもない! 独り言みたいなもんだから気にしないで!」
ミランジェは焦りながらハンカチをしまうと、刀を担いで走り出した。
◇
フィリス魔導学院の敷地内には洞窟が存在する。
入り口には鉄格子の扉が付いていて、生徒が中に入ることは出来ない。
カギが付いているわけではなく、内側からしか開かない仕掛けになっているのだが、
「あ~~、ここに出るんだ。なるほど」
そんな扉を開けて外に出て来たのはミランジェ。
「おかえり……どうだったかな……苦戦した?」
後ろで手を組んだリンネが迎えた。
「いや全然ヨユー。見たことないモンスターばっかだったけど、全部弱かったし。でも学校の地下にあんな迷宮があるなんて思わなかったからそこは楽しかったかな! 冒険してる感あったし?」
ピンピンしているミランジェ。
だろうねぇ……とリンネは見えている口元だけで笑う。
長い前髪で顔は分からないが、口元だけでも表情(?)豊かな先生なのだ。
「この試験で重要なのは……連戦が予想される状況で体力や魔力をいかに温存できるかなんだけど……キミの能力は並の二回生じゃないからね……こんなのやるだけ時間の無駄……」
愚痴りながら、リンネは手帳を取り出し何やら書き込んでいく。
書き終わってから手帳をミランジェに渡すと、
「はいおめでとう……ミランジェちゃんは今日から三回生で~す……こんなに早くここまで来れる人は滅多にいないよ……」
小さく拍手しながらそう言った。
「さんきゅー! これでまた最強に一歩近づいたよ。でさぁ、三回生からはどんな授業があんの? けっこームズくなるってうち聞いてんだけど」
「難易度はたしかに上がるけど……まだキミが苦戦する程ではないかな……学院の外に出なきゃいけないことが増えてくるから……時間だけはやたらかかるけどね……」
「ふ~ん。でも外に出られるなら飽きなくていいかも?」
「フフフ……ほとんど旅行みたいなものも中にはあるよ……ゼルメア島でモンスター退治とか……」
「ゼルメア!? マジで!」
ぱっと明るくなるミランジェの表情。
ゼルメアというのは熱帯にある島だ。
ほぼ全土が熱帯雨林に覆われていて、古い時代の遺跡がよく見つかるので冒険者や考古学者の出入りが多い。
そんな彼らを相手に商売する者が徐々に集まり、小さな港町がひとつ出来ている。
最近ではビーチや比較的安全な遺跡を観光地にして稼いでいた。
「でも、なんでゼルメアのモンスターと戦う必要があるの?」
「あそこのモンスターって……ちょっと特殊なんだよね……本来熱帯には生息していない種がいたり……強いわりには大人しかったりでさ……世の中そういう所もあるよっていうのを……生徒に教えるためなんだって……」
「へ~、遊べるし修行にもなりそう。フィノっち誘って行きたーい」
「フィノちゃんはまだ一回生だからなぁ……追いついてくるのは何年後になるやら……」
「ははは、だよね~。だったらすぐに行っちゃおうかな」
「そう?……なら明日からちょうどその授業が始まるよ……これ逃したら次は三十日後だから注意ね……」
「え、今からでも間に合う?」
「うん……登録は今日の夕方までだったはずだけど……」
「おっしゃー! 行く行くー!」
「そっか……ふふ……頑張ってね……それじゃ……私はそろそろ戻ろうかな……」
楽しそうなミランジェを満足そうに見ながら、リンネは笛を取り出してぴっぴーと吹いた。ぴっぴー。
そして待つこと数秒。
「おかえりですかぁ? ご主人さまぁ~~~」
情けなく震えた声を出しながら猛ダッシュしてきたのは、そばかすの付いたわざとやってんのかってくらい地味な顔をしたメイドさんだった。
「素晴らしい速さだねスズちゃん……さすが私の専属メイドだ……ヒヒヒ……」
メイドのスズちゃんは「調子乗ってんなよこのヤロウ」という顔をしながらリンネを背負う。
「部屋までお願いね……着いたらおやつを作ってもらおうかな……ではしゅっぱ~つ……」
リンネが再び笛を吹くと、スズはしんどそ~な顔で走っていった。
「あの二人仲良いな~」
と、一人残されたミランジェはつぶやいてから、
「……よし、もう喋っていいよ」
近くに誰もいないのにそう言った。
『おいミランジェ。あのスズってガキただモンじゃねェぞ。なんであんなのが魔法学校にいるンだ?』
頭の中に荒っぽい女の声が響く。
「へっ? 何言ってんの。あの子、言っちゃ悪いけど同期の中で一番ダメな子だよ? 魔法センスの無さは多分うちと良い勝負。体使うのも苦手でよくズッコケてるし。あんたも知ってるハズでしょ」
『ンな昔のこといちいち覚えてねーよ。あいつ、ウチらの視界に入る直前まで気配を消してやがった。上手く隠してたが武器も色々持ち歩いてる。ツラも不自然に地味だし整形じゃねーのか? 殺し屋かなンかだろアレは』
「んなアホな」
一人で苦笑するミランジェ。
はたから見たら完全に危ない人である。
なにせ自分にしか聞こえない謎の声と会話しているのだ。
ある日突然聞こえてくるようになったこの声。
最初は病気かと思ったのだが、ミランジェが知りもしない知識をたくさん持っていたりするので、ただの幻聴とも言い切れず、最近では一人の人間として受け入れるようになっていた。
「ねぇ、あんたいったい何者なの?」
と聞いてみたこともあったのだが、
『未来のお前自身だよ、ミランジェ。もっと詳しい話は……大人になったら教えてやる』
機嫌良さげにそう言うだけだった。
その代わり、どうでもいいことにはやたらと口を出してくるのだ。
ややこしくなるので、他の誰かと一緒にいる時は出来るだけ黙ってもらっている。
『なぁ、ミランジェ。酒買ってくれよ。進級祝いだ』
「買うか! 進級したのうちだし! てかあんたうちと味覚共有してたの?」
『まぁな。しかもその気になればお前の体を乗っ取れる』
「なにそれ怖っ! やっぱメリル先生に相談しようかな……」
『心配すんな。過去に戻る術はもうとっくに切れちまってるからな。乗っ取るっつっても数分が限界だ』
「どうしてそんな細かいことまで分かんの?」
『試したから』
「試したのかよっ!」
『夜中に酒場行こうとしたら外で気絶しちまったよ、がはは』
「あれあんたのせいだったのか……フィノっちに情けない姿見られたしチョー最悪だったんだけど……」
とまぁ、こんなことになっているミランジェが今回の主人公です。




