第五十話 美少女怪盗VSスーパーアイドル
「なんだと? また怪盗か」
アイドル事務所の三階。
玉座のようなイスに座るレンに予告状が渡された。
足を組んで座るその姿には大スターの風格がある。
「……くそっ! こいつも私の下着が目当てか! 次から次へとなんなんだこいつらは!」
読み終わった予告状を凍らせて握り潰す。粉々になった氷の破片が散らばった。
「どうやら次が本物の怪盗ルブラみたいですね」
予告状を持ってきた女性スタッフは冷静に答えた。
「昨夜の年寄りは偽物だったのか? フン、まぁコソ泥のことなどどうだっていいか。今度来る奴はもっと痛めつけて見せしめにしてやる。舐めた輩が二度と現れんようにな」
昨日、事務所の着替えが狙われていると知ったレンは、町の警備隊には任せず自分自身が泊まり込んで下着を守ったのだ。
警備隊に任せたらたぶん失敗していただろう。
「それでですね、レンさん。相手が更に格上の怪盗であると知った社長が、フィノさんに協力を求めるつもりらしいんですよ」
フィノの名を聞いて、なに? とレンの表情が険しくなる。
「あの男はそんなことのためにフィノを呼び出すのか? 私の下着を守ってくれと? ふざけるな! 奴は困っていると言えばどんな頼みでも聞き入れてしまうんだぞ!」
「はぁ、なんでも今回の件でフィノさんと懇意になって、ゆくゆくは彼女にもアイドルになってほしいという狙いがあるようです」
「そういう魂胆か。仕方ない、私が直接行って話してくる」
立ち上がったレンは部屋の出口へ向かって行く、が、途中でくるっと女性スタッフの方に振り返った。
「ところで貴様、あまり見ない顔だな。新人か?」
「ええ、よろしくお願いします」
「……機嫌の悪い私といて動じない者は貴重だ。こちらこそよろしく頼む」
そう言って出ていった。
レンがいなくなった部屋で、残された女性スタッフは氷の破片を片付けながら、ニヤリと笑った。
◇
夕日が沈みかけた頃、リオンは自分の部屋に帰ってきていた。
下着姿であぐらをかき、手にしたメモを凝視する。
「レン。武器は持たずに氷の魔法で戦う。実力はフィリスメイジの称号を持つ教員たちに匹敵。要注意なのは異常発達した握力。氷の魔力を使った防御はフィノの拳すら受け止める強度。現在はさらに強くなっている可能性有り……」
アゴに手を当ててぶつぶつとメモを読み上げる。
「趣味は強くなること、オヤジ狩り、露出、下着泥棒、風呂及びトイレののぞきか……下着ドロはあちしがなすり付けたやつが広まったものだからデマかな」
メモにはそれ以外にも大量の情報が箇条書きにされていて、リオンは一つ一つ読み上げながら頭に叩き込んでいく。
やがてすべて読み終わると、
「それにしても」
と苦笑して、
「調べれば調べるほど色々な意味でとんっでもねー奴だな」
困ったようにも嬉しそうにも見える表情で立ち上がり、クローゼットを開けて着替え始めた。
軽くて丈夫な素材を使ったシャツに手袋。
表と裏に無数の隠しポケットがついたジャケット。
動きを阻害しないようスリットの入ったミニスカート。
すべてリオンが自作した衣装だ。
「情報は揃えた。下準備も出来てる。腕なら誰にも負けねー。運命の女神さまにはあちしが一番愛されてる」
タンスを開けると中には専用の道具がぎっしりと詰まっている。
手の中に隠せるほど小さなナイフ。
同じく小型のカギ開けツール。
変装用のマスクに着替え。
様々な魔法の力が封じられたカード。
慣れた手付きで道具をポケットに入れていく。
「伝説の勇者の下着よりも遥かに難易度の高い、スーパーアイドルの下着ね~。面白いじゃねーの」
シュッとリオンが手を振ると、指の間にカードが現れる。
再びを手を振るとカードはどこかへ消えさった。
この動作を両手で数回行う。彼女なりの準備運動だ。
やがて満足したように小さくうなずくと、顔を隠すパピヨンマスクを手に取り窓を開けた。
外はもう暗い。普通の人々はもう帰る頃だが、怪盗にとってはここからが仕事の時間だ。
「待ってろよジジイ。あちしの腕前、見せてやっからよ」
そして、怪盗は夜の闇に消えた。
◇
「今日も下着が狙われてるんだって? レンは大変だね」
アイドル事務所三階。
やって来たフィノがソファに座る。
「ああ……すまないな、こんなことで呼び出して。眠くなったら寝ていてくれて構わない」
申し訳なさそうにするレン。
社長との話し合いでは逆に説得されてしまい、結局フィノに頼ることになってしまった。
「あたしは別にいいんだけど、レンこそ寝てなくて大丈夫? 昨夜も遅くまでここにいたんでしょ?」
「私は問題ない。遅くなった分昼まで寝ていたからな。元の生活に戻すのが大変なくらいだよ」
にっこりと微笑んで、レンはお茶を差し出す。
レンがこんな風に笑うのはフィノと二人でいる時くらいだ。
「ところで、守らなきゃいけない下着はどこにあるの?」
「ん? そこに宝箱があるだろ」
レンの視線の先を見るフィノ。
そこには宝石がちりばめられた、いかにも! というカンジの宝箱があった。伝説の剣でも入っていそうだ。
よく見れば「レンの下着入れ♡」と書いた紙が貼ってある。
「……分かりやすいね」
「だろう? だがこれは怪盗を誘うための罠だよ。中身は空だ」
「な、なるほど」
「一応言っておくが私の案ではないぞ」
これで騙せたら逆に凄い。
「だが昨夜はこれで釣れたからな。今夜もここで張っていれば怪盗は現れるだろ」
あのじいさんよく今まで怪盗やってこれたな!
「じゃあさ、レン。下着は何処に隠してあるのかな?」
「地下の物置きだ。まさかあんな所にあるとは思うまい」
「お~」
にたっと笑うフィノ。
なんだか普段と様子が違うな、とレンが不思議に思った時だった。
「ギャアアアアアアア!!!」
と何者かの悲鳴が聞こえて来た。
「なんだ!?」
レンが慌てて立ち上がる。
それに対してフィノは冷静に、
「ねぇ、スタッフの人たちは?」
「全員もう帰っている!」
「だったら怪盗が町の人に何かしたのかもしれないね。あたしが様子を見てくるから、レンはここを守っててよ」
「……あぁ、任せろ」
ありがとう、と言ってフィノは部屋を出ていった。
◇
部屋から出て階段を下りたフィノは何故か外へ向かわず、何かを探すように素早く一階を走り回っていた。
やがて地下に降りる階段を見つけ、鼻歌まじりに下りていく。
階段が終わると狭い通路を少し歩き、突き当りの扉を開ける。
中はかなり暗かったが、ポケットから取り出した石を転がすと、そこから光があふれ昼間のように明るくなった。
「ぬはっ、みっけみっけ~」
ほこりっぽい部屋の中でやたらと目立つきれいなタンスに近付いていく。
「お~? カギついてんな。ま~この程度あちしなら数秒で――」
「いつの間にそんな技術を身につけたんだ? フィノ」
ピタッと固まってから、ちぇ~っと半笑いで振り返るフィノ。
出口の扉をふさぐように、腕を組んだレンが立っていた。
「凄いね。なんで気付いた?」
「悲鳴を聞いてもやたら冷静だったからだ。フィノはああいう時必ず最初に飛び出していく」
「ぬははは! 最後でボロが出ちまったか~」
首の皮をめくるように指をかけるフィノ。
にかっと笑ってから勢いよく引っぺがした。
現れたのはパピヨンマスクで顔を隠したリオン。どういうわけか服も怪盗の衣装に変わっている。
「貴様が怪盗か。私を欺き、奴を侮辱した罪は重いぞコソ泥」
「フィノには後でしっかり詫びを送るよ。ウソの依頼で今頃町をパトロールしてるだろうからな~」
「さっきの悲鳴も貴様の仕込みだな? 昼間の時点で侵入されていたのか」
「あ~そうだ。肝の据わった新入りには気を付けるんだな。きっと優秀なスパイだぜ? あちしみたいにさ」
話しながら後ろ手でタンスに付けられたカギを外していくリオン。神技である。
「ようやく骨のある奴が入って来たかと思ったんだが、残念だ」
扉を一瞬で凍結させたレン。
壁伝いに歩いて……なんか壁から生えてたレバーのようなモノをがっしりと掴み、
「んあ? なんだぁそれ」
「貴様のようなのを懲らしめるのに丁度良い奴がいてな。そいつに任せるとするよ」
ガコっと下ろした。
すると奥の壁がゴゴゴゴッと地鳴りのような音を出して開く。
「お? お? お? おおお?」
ドチャッ、ドチャッ、と何か粘液でも付いているかのような足音が近付いて来る。
「……なんだありゃあ」
ポカンと口を開けたまま"ソレ"に見入ってしまったリオン。
歩いて来たのは、赤いゼリー状のボディを持った人型モンスター。
だが一番の問題はそんなことではなく――。
「なんでフィノが?」
ソレはフィノにそっくりの姿をしていた。
「以前町で暴れていた人型ビッグバンスライムだ。何故かフィノの姿をしている」
リンネに倒されて虫の息だった赤フィノを事務所で買い取っていたのだ。
「シンニュウシャ、ハッケン、マッサツ、スル」
「おい、なんかやばそうな単語まじってんぞ~?」
「安心しろ。相手が死ぬ前に手を止めるように教えてある。最近やっとそれだけ覚えた」
「ほぉ~、『待て』が出来るのね~、そりゃ賢いペットだわ」
ヘラッとして言うリオンに向かって、赤いフィノは真っ直ぐに突っ込んだ。
大きな動作で上から下に拳を叩きつける。
「うひゃっ!」
慌てて逃げたリオン。
さっきまで立っていた床は見事に砕けていた。
「ほぉ、動きだけは大したものじゃないか」
腕を組み、壁に背を預けてレンは高みの見物。
「くそっ、良い身分だなチビ助!」
「シンニュウシャ、マッサツ、マッサツ」
当たり所が悪ければ即死もあり得る威力の拳をブオンブオンと振り回す赤フィノ。
余裕を持ってかわしていくリオンだが、このまま逃げ回っていても埒が明かない。
「あんまり調子に乗んなよ!」
シャっと指の間からカードを出したリオン。
赤フィノの殺人パンチをギリギリでかわして懐に飛び込む、そして首元に深くカードを突き刺し、そのまま走り抜けるようにして距離を取った。
「爆炎のカード!」
リオンが指を鳴らす。
すると突き刺したカードは閃光を放って爆発。
赤フィノの頭部を爆炎が包み込んだ。
「やったか!?」
「ふっ、甘いな」
先を読んでいるかのようなレンのつぶやき。
事実、赤フィノにダメージはほとんど無かった。
魔力を使い果たし、炎を出せなくなったカードはくしゃくしゃになって床に落ちた。
「面白い武器だが、しょせん即席だな。魔導士の扱う魔法とは比べものにならん。雑魚を相手にするなら十分だろうが、相手が悪い」
ちょっと楽しそうに語るレン。こういう話が好きな女の子である。
「へーへーあちしにだって何となく分かってましたよ! ちぇっ、アレたけーんだぞ!」
もちろん何も考えずに攻撃したリオンではない。
手持ちの装備で倒せる相手かどうか確かめたのだ。
結論は――。
「やっぱムリそうだな。ここはいったん引くぜ」
「間抜けなコソ泥め。逃げ道などどこにもないぞ」
レンの言う通り、地下室唯一の出口は既に氷漬けだ。
「へっ、この程度であちしを追い詰めた気になるなよ。出口がねーってんならさ~~」
リオンを倒すため、再び赤フィノが突っ込んだ。
「作っちまえばいいんだよ!」
だんっ! とその場で垂直に跳んだリオン。
吸盤のような道具を使い天井に張り付いた。
攻撃のために走り込んだ勢いのままジャンプする赤フィノ。
「なっ!? まさか! やめろ!」
初めて、レンが焦りを見せた。
「もうおせぇ! 今だ! 突風のカード!」
赤フィノのロケットのような頭突きが直撃する寸前、強力な風によって横に吹っ飛ぶリオン。赤フィノはそのまま天井をぶち破って行ってしまった。
「ぬははは! 風通しが良くなったようだぜ~。じゃあな、レン!」
ゴキブリのように壁と天井を這って、穴から脱出したリオン。
しばらくポカンとしていたレンはハッと我に返って、
「ま、まずい! ビッグバンスライムが逃げてしまったぞ!」
自身も慌てて一階へ向かった――。




