第四十九話 ドン引きする主人公
次の日。
リオンは朝食を摂るとレンのアイドル事務所に向かっていた。
(さぁ~て、ジジイはどうなったかな~?)
下着が欲しいだけならコッソリと寮の部屋に忍び込めばいいのだが、わざわざ事務所を狙って予告状を送るあたりがチンケな下着ドロと怪盗の違いだ。
学院を出て町をしばらく歩くと、三階建ての大きな建物が見えてくる。
ここ最近レンの稼ぎがトンデモない額になってきている、ということで新たに建てた豪邸のような事務所だ。
屋上にはちびキャラ化したレンの像が守り神のように鎮座している。やっぱりムスっとした仏頂面。
「んあっ? なんだぁあいつら」
事務所の前には人だかりが出来ていた。ザワザワと騒がしい。
「……まさかな」
ふと、じいさんの顔がよぎったリオン。
駆け寄って何が起こっているのかを確かめる。
「ああああ~~~~!?」
そこには衝撃の光景があった。
入り口のすぐ近くにはモンスター用の巨大な檻が設置されていて、中にいたのはなんと自らの師であるじいさんだった。
「ジ、ジジイ……」
じいさんの姿はまさに凄惨そのもの。
首から下は氷漬けにされ、顔面はパッと見では本人と分からないほどにボッコボコにされていた。
たれた鼻血が氷に落ちて固まっている。
檻の隣に設置された看板には『ボクはレンちゃんの下着を狙って忍び込んだ変態です。現在反省中だから助けないでね☆』と書かれていた。
むごたらしい姿にされた師匠を見たリオンの小さな胸には、激しい怒りの感情がぐつぐつと、
「ぬははははは! ぶわぁ~~~っかじゃねーの! なぁにがあちしの仇を取るだクソジジイが!」
まったくわいて無かった。
涙を流しながら手を叩いてリオンは笑う。
「おい見ろよあの看板を!」
「あのおじいさん下着ドロじゃない!」
「レンさんの下着を狙うとかふてー野郎ッスね! 殺されても文句は言えないッスよ!」
「HAHAHAHA! レン殿に挑むとは勇気があるでござるなぁ! 拙者ならドラゴンの巣に挑むほうがまだ気楽でござるぞ」
集まっていた人々が徐々に怒りを見せはじめた。
それぞれが落ちていた石を拾ってじいさんに投げつける。
「死ね! ヘンタイ野郎!」
「殺せっ! 殺せー!」
「生きたまま内臓引きずり出して売っぱらってやるッスよ!」
「おっ? そこにいるのはリオン殿ではござらぬか。スズ殿が服を返してほしいって怒ってたでござるぞ~」
次々に投げられる石はほとんど外れているが、たま~にヒットして嫌な音を鳴らす。
(惨めだねぇ。これがあちしの師匠の最後か)
と、リオンが複雑な表情を浮かべた時だった。
「やめて! みんな!」
どこからともなく現れて、じいさんを守るように立ちはだかったのはこの物語の主人公、フィノだ。
「あっ! フィノちゃんだー!」
「キャー! こっち向いてー!」
「フィノさん邪魔ッスよ! そのじじい殺せないッス!」
フィノの登場で投石はいったん止んだ。
その場の全員に言い聞かせるように、フィノは話し始める。
「この人が何をしたのかあたしは知らないけど、捕まっているのならもう悪いことは出来ないはずだよ。後は軍隊の人たちに任せればいいんだ。これ以上の攻撃はただの弱い者いじめだよ!」
その言葉を聞いた人々は、一人また一人と心を静め、やがて全員が石を手放した。
だけれど――。
「フィノ殿~。そこの看板を見るでござる」
やたら背のでっかい女の子が余計なことを言った。
「え? 看板?」
とフィノは看板に書かれた文字を読み始める。
すると徐々にその表情は引きつったモノに変わっていき、「うわっ……」と小さくつぶやいて、やがてその場を離れてしまった。
「マジかっ! あのフィノちゃんが罪人を見捨てたぞ!」
「やれー! ヘンタイを殺せー!」
「すごいわっ! フィノちゃんが見限るなんて、歴史に残る大罪人よ!」
「おおー! くたばりやがれッスー!」
よけい収拾がつかなくなりました。
◇
しばらくすると、怪盗を捕らえたと通報を受けたフィリス警備隊がアイドル事務所にやって来た。
「この老人が怪盗ルブラだと? 奴は女だったはずだが……」
檻の中のじいさんを赤く充血した目で「むむむ」っと見つめる警備隊隊長。寝不足気味。
「ごほっ……おおお、た、助けてくれぇ、ねーちゃん……ここにいたらワシは殺されちまう……」
今にも死にそうな声で助けを求めるじいさん。
ずっと意識を失ったフリをしていたようだ。
「うむ、まぁ話は向こうでじっくり聞くか。傷の手当てもしなければならん。よ~しお前たちィ! この老人を気合いで連行しろ! 氷漬けになった体も温めてやれ!」
後ろで控えていた警備兵たちが檻を開けて老人を助けだした。
「ふぃ~~ありがたやありがたや……そうそう、年寄りには優しくするもんじゃよ。あっ、キミかわうぃ~ね~。何色のパンツはいとるの~? ワシの槍も握ってくれんかの~ふぉふぉふぉー」
「気が変わったぞ! このまま首に縄を付けて引きずって行くことにする! 次に口を開いたら殴ってでも黙らせろ!」
「そんなー!? そりゃあんまりじゃ! 老人虐待じゃ! みなさーん! 虐待! 虐待ですー! 軍人が無抵抗な老人を白昼堂々――ぐへっ!」
「黙れっ!」と殴られたじいさん、そのまま引きずられて行ってしまった。
そして、一部始終をこっそりのぞいていたリオンが物陰から現れる。
「ジジイのやつ本当にしょっぴかれちまうとはな~」
やれやれと頭をかく。
「しゃ~ね~なぁ。助けてやるかぁ」
そうして、リオンは警備隊の後を追った。
◇
じいさんが入れられた留置場にこっそり忍び込んだリオン。
様々な道具や変装を駆使して牢を目指す。
怪盗として、不可能とも思える様な盗みを何度も成功させているリオンにとってこの程度は朝飯前だ。
「まさかアンタがブタ箱にいる姿を見る日が来るとはな」
牢の中で、横になってシクシク泣いていたじいさんに話しかけるリオン。
「あーっ!? リオンお前ー! 師であるワシが苦しんでいるところを笑って見てたじゃろ!」
ガバっと上体を起こすじいさん。まだ元気そうなのだから流石としか言えない。
「ぬははは。偉そうなこと言っといてあのザマじゃなぁ? 怪盗はもう廃業だなジジイ」
「ぐぬぬ……それにしたってすぐ助けんか! まったく情も色気も無い奴じゃ」
「いくらあちしでもあの場じゃムリ。野次馬はともかくフィノがいたし」
「フィノ?」
「ジジイを守ろうとして飛び込んできた奴。お花畑みたいな頭してるけど実力はホンモノ。あのチビにもサシで勝ってる」
「なんじゃと!? この町の子供はどうなっとるんじゃ……」
そろそろじいさんを牢から出してやろうと、リオンがここまでくるついでに盗んできたカギを取り出そうとした時だった。
「あの、フィノさんを知ってるんですか?」
隣の牢から弱々しい女の声が聞こえて来た。
「んあ? 誰だぁ?」
そちらの牢をのぞいてみると、捕まっていたのはなんとも不健康そうな少女だった。
痩せた体に目の下のクマ。髪の毛も寝起きのようにボサボサだ。
リオンと目が合うと微妙にそらして、やや上ずった早口で話し始める。
「私の身元引受人として学院から来た方、ではありませんかねぇ? だとしたらとても嬉しいのですが、はははは」
「や、違うけど? つかアンタ見たことあるな。フィノとたまに一緒にいる……誰だっけ?」
「あっ、はい。エスニャと申します……」
リオンが身元引受人でないと知ったエスニャは落胆したようにうつむいた。
「なになにどしたの? エスニャはいったい何やらかしたんだぁ?」
「え? ええ……え~とですね。私実はフィノさんたちをモデルにしたマンガを描いてまして」
モデルというか名前も見た目もそのまんま使ってる。
「女性しか登場しない純愛ものだったんですがねぇ、ネタに困ったのでイケメンを登場させてフィノさんを寝取らせたんですよ。そしたらまぁ、売り上げは倍増したんですが、毎日のように殺害予告の手紙が来るわ注文してない商品は届くわで……挙句の果てには私が怪盗の正体であるとかウソの通報をされてこんなことに……ううう……」
泣き出してしまったエスニャ。かわいそう。
「そりゃキミがワリーわ。少しそこで反省してな」
スパッと切り捨てるリオン。
隣の牢ではじいさんも「うむ、うむ」とかうなづいていた。
「エスニャ。身元引受人が来たぞ。釈放だ」
そんな話をしていたところにやってくる警備兵。
「は、はい……ってあれ? さっきの女の子は?」
目をぱちくりさせるエスニャ。
リオンはいつの間にか姿を消していた。伊達に怪盗は名乗っていない。
「何を寝ぼけている。ほら、さっさと出てこい。先生が待ってるぞ」
牢のカギを開ける警備兵。
のっそりと立ち上がって出てくるエスニャ。
「先生? どの先生でしょうか?」
「ユミルとか名乗っていたな。お前の担当だと言っていたぞ」
「あぁ、わりと来てほしくない人が来ちゃいましたね……ニケさんかエリザ先生あたりが理想だったんですが」
「わがままを言うな。わざわざお前のために来てくれたんだぞ。良い先生じゃないか」
「そうなんですけどねぇ。あの人の場合ちょっとスキンシップが激しいもので……」
雑談をしながらエスニャと警備兵は出ていった。
二人が離れたのを確認して、物陰に隠れていたリオンがひょっこり現れた。
「あぶねーあぶねー。結構ギリギリだったな今のは」
「ふぉふぉふぉ、ワシが合図せんかったらマズいことになっとったじゃろ?」
「うぜーから黙れ、ジジイ」
「そんなひどい……」
しかし、面倒なことになったもんだ。とリオンは考え込む。
ここにいるのをエスニャに見られてしまった以上、じいさんを逃がせば真っ先に自分が疑われてしまうだろう。
まさか学院の関係者が捕まっているとは思わなかった。
「別に無理せんでもええぞ。ワシなら自力で十分逃げられる。あんな連中出し抜くなんぞ造作も無いわ。今はこの町での生活が楽しいんじゃろ? ならば、今はそれを大切にしなさい、リオン」
ボロボロになった歯を見せて笑うじいさん。
「その、な。お前を探してこの町まで来た理由はな、これでも一応心配だったからなんじゃよ。ワシらは世間様に顔向けできんようなことをやっとる身じゃが、それでも、絶対に破っちゃならん人間としての決まりごとはある。ワシの教えた技が万が一にも人々を苦しめているようであれば、それを止めねばならん責任があるからな」
「ジジイ……」
元々は家出少女だったリオン。
持ち出した金はすぐに無くなり、頼れる者もいない彼女が選んだ道は泥棒であった。
だが当時の幼いリオンはすぐに捕まり、獄中で泣いていた時に助けてくれたのがこのじいさんだった。
甘えるな、家に帰れ。
そんな当たり前のことを偉そうに説教する大人は何人もいたし大嫌いだったが、じいさんが幼いリオンにかけた言葉はまったく違うものだった。
「盗るなら手早く色気を持って、泣かせるくらいなら怒らせろ。理想は楽しませることじゃ。怖がらせちまったら……そん時ゃしっかり詫びねばな? それと最後に一番大事なことじゃが、貧乏人からだけは盗んじゃいかん」
家で何があったのかを一切語らないリオンに対して、じいさんは無理に聞き出そうとはせず、一人で生きていけるようにと怪盗の技を仕込んでくれた。
何かとケンカばかりしている関係ではあったが、そんなじいさんのことを内心では尊敬していたし、恩を感じてもいた。
「……よし、決めたぞジジイ」
「ん? なにが?」
牢の中のじいさんを見て考え込んでいたリオン、意を決したように口を開く。
「あちしはもう一回あのチビに挑む。怪盗としてな。それで証明してやるよ。ジジイを超えたってことをな。 そうすりゃもう心配もいらないし、二代目怪盗ルブラを名乗ってもいいだろ~?」
不敵に笑いそう言った。
という訳で、またまたレンの下着は怪盗に狙われる事となったのだ!




