第四十八話 ふたなりチン〇の幻肢痛
人間にしか理解することのできない『付加価値』というものがある。
これがまぁどういうことかと言えば、それだけでは安い布でしかない下着であっても、美少女が身につけた途端一部の人にとっては大きな価値のある宝に変わるのだ。
この世にはその宝を追い求め、あらゆる手段をもって盗み出す『怪盗』と呼ばれる者が存在する……。
◇
「だが本当に現れるのかね、怪盗ルブラは」
透明なケースに入れられた女性用下着の前で、太った男がそう言った。
「お言葉ですが、館長」
と、男の隣にいる軍服を着た女性が前置きして、
「これまで怪盗ルブラが予告状を出し、現れなかった事は一度もありません! 今夜、奴は必ずこの博物館に現れるはずです!」
拳をぐぐっと握りしめて女性は熱く話す。
「しかぁし! 我らフィリス警備隊が来たからにはご安心を! 今日こそ奴を捕らえ、正体をあばいてやりますよ! フハハハハ!」
つまり毎回逃げられているというお話である。
「君たちだからこそ不安なんだがね……」
ポツリとつぶやく館長。
それを華麗に無視した女性は自信満々な様子で振り返る。
「よぉしお前たちィ! そろそろルブラが予告した時刻だ! 気合いを入れろォ! 気合いを!」
「了解です! 隊長!」
赤い軍服に軽鎧、槍で武装した警備兵たちがビシッと背筋を伸ばして敬礼する。深夜の博物館に勇ましい声が響いた。
そんな兵たちの顔を順番に見て、隊長と呼ばれた女性は満足そうに目を細めた。
「どうです、館長。頼もしいでしょう? 彼女たちとなら怪盗の一匹や二匹……」
その時。
ふっと明かりが消え、館内はまっ暗闇に。
「わあああ!?」
「た、助けてください隊長ー!」
「暗いよー! 怖いよー!」
「怪盗だ! 怪盗が攻めて来たんだ!」
「くそっ! こんなの訓練にはなかったぞ!」
「きゃん!? 私のお尻触ったの誰ー!?」
突然の事に兵たちは大パニック。ちっとも頼りにならないね。
「落ち着け! 落ち着けお前たちィ! 照明班! 気合いで冷静に太陽石を再起動しろ! 焦るなよ!」
十数秒後、館内に明かりが戻った。
「宝は!? 下着は無事か!?」
慌ててケースを確認する隊長。見たところ異変は無いようだった。
無事だったか……と胸をなでおろす。
そこに警備兵の一人が小走りで寄って来た。
「ですが隊長、怪盗ルブラは驚異的な素早さを持っています。あのわずかな時間でもケースを開け、宝をすり替えるくらいはやってのけるでしょう。念のため確認した方が良いのでは?」
話を聞いていた館長は馬鹿にしたように、
「待て待て、このケースには別の種類のカギが二つ付いているんだぞ。あの短い時間では何も出来はしないだろう」
だが隊長の方はまるで違う反応をしていた。
「キャサリン……あの引っ込み思案だったお前が私に意見するとはな……」
なんか拳を握りしめて泣いてた。
「よし分かった! 館長! ケースを開けて宝に不審な点がないか調べよう!」
「なんだと? 本気か!」
「私は部下を信じることに決めた! 責任は全て私が持つ! さぁ! 館長!」
押し切られた館長はしぶしぶケースの鍵を外し、展示されていた女性用下着(上下セット)を取り出した。
「……間違いない。本物だよ。すり替えも細工もされてはいない。これでいいかね?」
館長がそう言って、下着をケースに戻そうとした瞬間――。
『そうかホンモノかぁ、そりゃあ良かったよ。館長であるアンタが確かめたなら間違いない。なんせ本来の持ち主が死んでるもんだからさぁ、真贋を見分けるのはあちしでも難しかった』
幼い少女のような、甲高い声が聞こえて来た。
直後、館長の手にあった下着が恐るべき速さで何者かに奪われた。
「な、なんだとぉ!?」
下着を奪った何者かはその姿を見せつけるように飛び上がり、ケースの上に着地。
「お、お前は、キャサリン!?」
それは間違いなく先ほど忠告をして来た警備兵だった。
キャサリンは全員の方へ振り返るとニヤッと笑い、喉元の皮に指を引っかけ、
『ダメだぜ~隊長さんよ。愛情ってのは時に目を曇らせるから、可愛い猫ほど疑ってかからなくちゃ。デレデレしてたら大切なモノをみんな持ってかれちまうよ』
ばりっと顔を引きはがした!
「ぬははははは!『伝説の勇者アニタの下着』! 確かにいただいたぁ!」
化けの皮をはいで現れたのは、赤いツインテールにパピヨンマスクの少女だった。
「おのれー! 怪盗ルブラめ! 行くぞお前たちィ! 奴を捕らえろォォォ!!!」
激怒した隊長を見下ろし怪盗はにししと笑う。
「あ~そうだそうだ。本物のキャサリンは部屋で動けなくなってるから、なるべく早めに助けに行ってやってくれよな~! 怖い目にあわせたお詫びは後で送るって言っといてくれ。んじゃな~」
楽しそうに怪盗が手を振ると、再び館内は暗闇に包まれた……。
◇ ◇ ◇
フィリス魔導学院の食堂。
朝からの訓練を終えた生徒たちでごった返すなか、フィノとミランジェの二人もまた昼食を摂っていた。
「ええええ!? 怪盗!」
ちょっと嬉しそうにフィノが驚く。
「そうそう。昨夜も勇者博物館に現れたらしいよ」
話しながらフォークでハムを口に運ぶミランジェ。
テーブルに肘をつく姿勢で行儀が悪い。
「勇者博物館かぁ、なにか凄い宝物があったのかな」
わくわくした様子のフィノにミランジェは真面目に、そりゃあもう大真面目な顔で答える。
「うん、勇者様の下着が盗まれたんだって」
「…………え?」
すーーっと冷えていくフィノの心。
「下着を専門に狙ってる怪盗で、ルブラとか言ったかな。チョーキモイよね~、あははは」
ため息をついてからフィノは話し始める。
「勇者様って何百年も前の人でしょ? よく下着なんて残ってたね」
「うちも詳しくないけど、ありとあらゆる技術を使って保存してあるんだって。勇者様ってば結構イイ体してたみたいだよ、メリル先生とどっちがデカイかな~」
いやらしい笑みを浮かべ、胸の前に持ってきた手をにぎにぎするミランジェ。
「まったくもう、どうして下着なんて欲しがるんだろう」
呆れた顔でそう言ったフィノに、いきなり後ろから抱き付いてくる少女がいた。
「そこに下着があるからだー!」
「わっ!?」
小さな子供のようなキンキン声をフィノの耳にぶち込んだ少女は素早い動きで隣の席に座った。
「なになに? 下着の話か~? あちしも混ぜろよ。あ、男モンは無しな!」
少女はさっとミランジェのハムを取って口に放り込んだ。
「あーっ!? うちのお昼が!」
「も~、ひどいよリオン……」
「ぬははは! 隙だらけだぞ二人とも!」
腕を組み、赤いツインテールを揺らして少女、リオンは笑う。
「で、下着がどうしたって? そこに関しちゃあちしはうるさいぞ~」
「怪盗が現れたんだって」
「勇者博物館知ってんでしょ? あそこに展示されてた下着が盗まれたって話。もう朝から町中を警備隊が走り回ってたよ」
二人の話を聞いたリオンは急にテンションを落とし、
「へ~、ほぉ~、ふぅ~~~ん、怪盗ねぇ」
つまらなそうにほっぺたをポリポリかく。
思ってた話とちげーなぁという態度だ。
「怪盗なんて言うからもっとカッコいいのかと思っちゃったよあたし……」
「しょせん泥棒だしな~そんなモンだろ~。それより、スズがどこ行ったか知らないか? あいつの部屋に着替えとか置きっぱなしなんだけど、部屋にカギかけてるんだよな」
「スズだったらリンネ先生の所だと思うよ。最近すごく仲が良いから」
「げっ、リンネ先生か。会いたくねーなぁ」
リオンは立ち上がると、フラフラと出口の方へ行ってしまった。
「いきなり入ってきたと思ったらもうどっか行くのかよ。なんて自由な奴……」
最後のハムを咀嚼しながら、リオンの後ろ姿をジト目で見るミランジェ。
「リオンはいつもあんな感じだよね。授業もほとんど受けてないみたいだし、スズたちと遊んでる時以外なにやってるのかなぁ?」
不思議そうにフィノは首をかしげた。
◇
食堂を出たリオンはその足で学生寮までやって来た。
「あ~~っとぉ……スズの部屋はあそこか」
両手をサンバイザーにしながら外壁を見上げ、目的地にあたりを付けると、
「ほいっ!」
壁に張り付いてサルのようにすいすい上っていく。
そして窓を開け、流れるように潜り込んだ。
「到着ぅ! カギ破ってもいいけど騒ぎになっちまうからな~ぬはは」
着ていた服を投げ捨てながら歩き、クローゼットを開け着替え始める。
「スズの奴も気がきかんよな~、カギくらい開けときゃいいのに」
そもそも友人の部屋に私物を置くな。
という話だが、リオンの場合はちょいと事情が違う。
鋭い人ならもう気付いているかもしれないが、彼女こそ勇者の下着を盗み出した怪盗の正体である。
リオンは盗品と私物が混ざるのを極端に嫌うため、自分の物はだいたい自室ではなくスズの部屋に置いているのだ。
もちろん怪盗としての仕事で使う服や道具などは別だけれど。
スズは嫌がっているのだが、特に理由もなくお菓子だのおもちゃだのエロ本だのを持ち込むプリメーラたち(第十八話参照)よりはマシかもしれない。
「うしっ! さっぱりしたぞ! 昨日からずっと同じ下着だったからな~」
着替えが済み、姿見の前で腰に手を当てにかっと笑った。とても健康的な美少女である。
昨晩、盗みを終えてからは勇者博物館の屋上で爆睡していたので顔色もすこぶる良い。
町の警備隊って何のためにいるんだろうね!
◇
スズの部屋から出たリオンは授業を受けるわけでもなく町をうろついていた。
そもそもフィリスの町に長期滞在するために入学したので卒業する気も無かったりする。
「ヘイ彼女! キミかわうぃ~ね~。今ヒマ? 俺と遊ばなぁい?」
なんかへったくそなナンパをされた。
声をかけて来たのは、まぁどこにでもいそうなヘラヘラしたチャラ男だった。
「あぁん?」
ウザそうに返事をするリオンだったが、すぐに「おっ?」っと何かに気が付いた。
「おいおいおい、アンタかよジジイ。よくあちしがこの町にいるって分かったな」
そう言われると、チャラ男は喉元の皮に指を入れて引っぺがす。
「ふぉっふぉっふぉ。リオンよ。お前こそよくワシの変装を見抜いたな」
出て来たのはつるっぱげのじいさんだ。
「あれで変装のつもりかぁ~? 台詞も動きも加齢臭が隠しきれてないんだよ」
言葉のとげが胸に刺さったのか、じいさんは小さく「んっ……」とつぶやいてから話し始めた。
「ところでリオンよ。お前はルブラの名をかたって盗みを働いているようじゃな?」
「別にいいだろ、実力的にあちしはもう十分怪盗ルブラを継げる」
フン、と鼻で笑うじいさん。
「未熟な小娘がお調子に乗るんじゃないわい。師であるワシが何も知らんと思うたか。お前さん、"レン"とかいうジュニアアイドルの下着を盗りに行って敗北したらしいな?」
「レンだとぉ!?」
その名を聞いた瞬間リオンの様子が変わった。
「いってぇええええ!!! いちちちちち……」
顔を赤くし股を押さえ苦しみだした。
だらだらと冷や汗をかいている。
「ホレ見たことか。その痛みこそお前の心に刻まれた敗北の証じゃ! そんなザマではルブラの名を継がせるわけにはいかん」
涙目で股を押さえる美少女に説教するじいさんというあまり見ない光景。
リオンがどうしてこんなに苦しんでいるのかは、『うねうね☆マジック!』の十三話と十八話を読んでみてね!
「ひぃひぃ……だ、だったらどうしろってんだよ! 大体ジジイはあのチビのばっかみて~な強さをしらねーから――」
「レンがどうしたってぇ~~~???」
「いでぇ! いでぇ!」
「ぶはははは! おもろいのぉ!」
ぴょこぴょこ跳ねて痛がるリオン。
ひとしきり笑った後でようやくじいさんは続きを話し始めた。
「ワシの元に戻って修行を続けろリオン。あんなおチビちゃんに後れを取るようでは話にならんわ。安心せい、お前の仇は取ってやる。あの子の下着を手に入れれば、きっと失ったチン〇の痛みも治まるじゃろ」
「ぐぐぐ……仇を取るだとぉ? けっ、ジジイ、てめーはあちしのこともあのチビのことも何も分かっちゃいねー。結果的にルブラの名を汚すことになるぜ?」
「ふぉっふぉっふぉ。まぁ見ておれ。既にアイドル事務所には予告状を出しておいた。おチビちゃんの下着をお前にプレゼントしてやるよ」
という訳で、レンの下着は怪盗に狙われる事となったのだ!




