第四十五話 負けるな! レン!
リンネの部屋までやって来たフィノとレン。
「相変わらず悪趣味な部屋だな……」
壁際の棚に並べられている道具を見てレンがつぶやいた。
ほとんど人の形をしていない人形だとか、なんとなく拷問用だろうなぁと分かる器具だとか、そんなものばかりだ。
「欲しけりゃあげるよ……くくくく……で……何の用かな?」
二人の対面に座ったリンネ。
「実は――」
フィノが事情を説明した。
「流行り病と呪いか……それだけ聞くと関係はありそうだよね……」
それだけならね……。と強調するようにもう一度。
「でもさぁ……便秘に痔ってのはどうなの?……そんな術をわざわざ習得してるわけ?……いくらハイズだって……そこまでふざけた生き方してないと思うんだけど……」
悪いことするにしてももう少し……ねぇ?
「これで終わりとは限らないじゃないですか。何か別の、もっと恐ろしい呪いの前触れかもしれません」
あくまでフィノは大真面目に。
「ま……確かにね……」
納得してから、リンネは手を二回打ち鳴らした。
すると奥の部屋から……。
「い、い、いらっしゃいませぇ~ご主人様ぁ……」
恥ずかしさで今にも死にそうな声を出しながら現れたのが、
「えっ……スズ!?」
ピンクのエプロンドレスを着たスズだった。
ハート型に開いた胸元と健康的に露出した太ももがまぶしい。
本を数冊持っていて、よろよろとやってきてリンネの前に置く。
「あれから私も……呪いについては結構調べててさ……たしかこの辺に……」
ぱらぱらと本をめくるリンネ。
「あの……どうしてスズが?」
「スズちゃんとは最近仲良くなってね……生徒兼助手として……今ではいろいろと手伝ってもらってるんだ……だよね~?」
リンネの言葉に「ひくっ」とした笑みで応じるスズ。イライラが隠しきれてない。
弱みでも握られてそうだった。
「あったあった……ほら……これなんだけどさ……魔族に兄を差し出した連中を……悪霊と契約して……村ごと呪った女の子の記録があるんだ……これも流行り病の話だね……」
開いた本をくるっと反転させ、フィノたちに見せる。
「ただね~……これがどこまで本当かは分からない……この本によれば……村人も女の子も最後には全員死んだみたいだけど……だったらどこの誰が書いたんだって話になる……まずどうやって悪霊なんかとコンタクト取ったのさ……」
「ルルの話だと、ハイズには霊能力があったそうです。死んだ人間の魂と会話ができるとか」
「そんなもの嘘か勘違いでしょ……って言えれば楽なんだけど……死んだアルガスに会っちゃったからなぁ……私は信用せざるを得なくなった……だからこそ困ってるんだけどね……呪術や霊能力ってのは怪しい情報があまりにも多すぎる……ほぼすべてと言っても良い……アテになる記録も無ければデータの取りようもない……」
お手上げだと言わんばかりにリンネは肩をすくめる。
「記録ではなく経験から気が付く部分はないのか? 実際に呪術師と戦った貴様にしか分からんこともあるだろう」
本からリンネに視線を移すレン。
リンネはしばらく、思案げにうつむいてから、
「…………そうだね……私が食らった呪いは……声を利用して力を届けてるとか言ってたかな……みんなの便秘がもし呪いによるものなら――」
「呪術を発動するための"何か"が、この町の何処かにあるんですかね?」
ずっと黙っていたスズが割り込んだ。
「そうだけど……私の台詞盗っちゃダメだよスズちゃん……」
「あぅ、ごめんなさい、先生」
スズは頭を下げて謝るが、「あんたはいちいち話が長い上に遅いんだよ」と顔に書いてあった。
「スズちゃんには後でお仕置きをするとして……仮にハイズが今……この町に潜んでいて……その"何か"で呪いを広げているのだとしたら――」
「そうか! 媒介を通して呪いをかけるのなら、その"何か"の近くにいる者ほど症状が重く、早く進行するはず!」
今度はレンが割り込んだ。
「凄いよレン! だったら症状が重い人たちを調べていけば……ってどうすればいいのかな?」
ぱちっと手を合わせて褒めるフィノ。
「さぁな、そこまでは分からん」
「ねぇ、リンネ先生? あっ――」
しょんぼりとしてすねちゃってました。
本を人差し指でいじくりながらボソボソと「別に早く喋ろうと思えば喋れるもん……これはわざとだもん……」とかつぶやいてた。
目に見えそうなくらい陰気な空気が出てる。
「あっ、あたしは頭悪いから、リンネ先生のしっかりとした説明聞きたいなぁ!」
と苦しそうにフィノがフォローを入れて、
「…………そう?……じゃあ教えてあげようかな……フフ……」
元に戻った!
いい歳した大人が子供に気を使わせるなよ……と言いたげにスズとレンがその様子を見ていたが口には出さない。
空気の読める女の子たちである。
「レンちゃんが気付いたように……声に代わる"何か"を中心として……呪いがばらまかれていると考えるのが普通……この先も単純に考えるなら……中心の近くに住んでいる人ほど……便秘の重症化率が高いはずだよね……」
へらっとした口元を見せながら、要点に入る。
「だったらさぁ……町の公衆トイレに張り付いて……みんなの『平均排便時間』を調べていけばいいんじゃないのぉ~~?」
時が凍った。
三人の少女はたしかに一瞬停止したのだ。
「…………誰が調べるんだ?」
絞り出すように言ったレン。動揺で目が泳いでる。
「いや……キミたちしかいないでしょ……」
リンネの人差し指がレンに。
「やはり呪いなどくだらんオカルトだ! 付き合っていられるか、私は降りるぞ! じゃあな!」
立ち上がったレンの腕をフィノが掴んだ。がしっと。
「レン……」
それ以上語らず、フィノは震える瞳で訴える。
逃げちゃうの?
あたしにはレンしかいないのに。
こんなこと他の誰にも頼めないよ。
あたしたち友達だよね?
一緒に来てくれるって言ったじゃない。
あれは嘘だったの?
あたし、すごく嬉しかったんだよ。
「く~~~~!」
真っ赤な顔で葛藤するレン。
プライドと愛情の狭間で揺れる揺れる。
ちなみにスズはとっくに部屋から消えてしまっていた。
足音どころか衣擦れの音さえ気づかせない恐るべき神技だ。
「~~~分かった……手伝ってやる……!」
負けた、その眼にはかなわない。
レンの言葉を聞いて、フィノはにぱぁっと、今までで一番の笑顔を見せるのだった。
◇
そしてそして次の日。
町人たちの平均排便時間なるものを調べるため、フィリスの町にいくつもある公衆トイレの一つにレンはやってきていた。
(何故だ? どうしてこうなった……)
好きでやっているわけではないとは言え、仮にもトップクラスの人気を持つ美少女アイドルである。
それなりの金額は稼いでいる。
十一歳という括りならば世界で一番の金持ちかもしれない。
加えて戦闘能力も素晴らしい。
そんじょそこらの戦士やモンスターでは攻撃をかすらせることすら出来はしないだろう。
美形。金。強さ。
大抵の人間が欲しがり羨むすべてを手にした美少女。
そんな彼女が、今。
「く! くく……く~~~!」
悔しさに歯ぎしりをしながら、トイレの前でどこの馬の骨とも知れぬ誰かの排泄音を盗み聞きしている!
惨めだった。
本当に惨めだった。
フィノの触手に敗北した映像が全世界に流出した時もここまで惨めな思いはしなかった。
あの時は自らの油断と未熟が招いた結果だと納得も出来た。
だがこれは。
こればかりは。
臭いが、キツイ。
何を食ったのか何となく想像できてしまうところが吐き気をもよおす。
(終われ、早く終わってくれ……)
もうそれだけを考えていた。永遠にも等しい拷問のような時間。
だが、明けない夜はないのだ。
ズボンを上げる音が聞こえ、トイレの扉は開かれた。
「えっ!? きっ、君は……間違いない! アイドルのレンちゃんじゃないか! ど、どうしておじさんのトイレなんかのぞいて……はっ!? まさかおじさんのこと……こ、困るなぁ~さすがに歳の差が――」
くわっ!!!
っと殺気のこもった顔に変わるレン。
「ひゃあああああああ!」
逃げ出していくおじさん。
レンは殺気立った表情のまま、体感で計った時間をメモするのだった――。
◇
「あ、レンだ」
公衆トイレの前で腕を組み、新たな排便者を待っていると、無邪気で無感情な声がした。
「……貴様か」
メンドくさそうな態度のレン。
トテトテと近付いて来たのは、レンよりちょっとだけ背が高い白髪の女の子。
フィノの妹であるルルだ。
ぽりぽりと焼き菓子を食べていた。
「なにやってんの?」
当然の疑問だが答えるのは難しい。
というか答えたくない。
「貴様には関係ない。子供は帰れ」
「自分だってこどものくせに」
これだからガキは嫌いなのだ。とレンは黙る。
ルルは無言でレンの隣に立つと小さな包みを取り出して、
「レンも食べる?」
「いらん」
「あっそ」
そして沈黙。ちょっと気まずい。
一方そんなことはお構いなしとばかりにルルはぼーっとお菓子を食べている。
どうせ話すことなど無いのだから、どこかに行ってしまえばいいのに。と思うのだが、どうにも切り出し辛い。
彼女がここまでルルの扱いに困っているのには理由がある。
初めて会った日、二人はそりゃあもう激しくぶつかり合った。
「誰このチビ、なんでお姉ちゃんにそんな偉そうなの?」
その言葉が開戦の合図だった。
格闘能力のみならフィノを上回るルルに対してレンは苦戦。
魔力のほとんどを使いどうにか勝つことは出来たのだが、『強き者は誰であれ認める』という主義を持つレンはルルを無視することが出来なくなった。
「ねぇ、これ何が楽しいの?」
「楽しくてやっているわけではない!」
結果、このお子様の扱いに困っている。
「遊ぶなら他所でやれ! 私はこれでも忙しいんだ!」
「ルルだっていそがしいよ」
「なんだと?」
「レンの生態観察」
「私か!」
「現在のぞきの準備中」
「違う!」
「ちがうんだ」
その時、ルルが食べようとした焼き菓子がぽろっと落ちてしまった。
「もったいない、食べちゃえ」
「汚いから落としたものを食うな! というかどれだけ買って持ち歩いてるんだ!? 食事が摂れなくなるからほどほどにしておけ! エリザとフィノに言いつけるぞ!」
「チクリ野郎」
「くーーっ!」
そんなやり取りをしている二人の近くを、平たい箱を持ったちっさいのが通りかかった。
「下剤ー! 下剤いらないッスか~? 特別に仕入れた最強のやつッス~、お安くしとくッスよ~」
キラっとルルの瞳が好奇心で輝いた。
「小さな商人さんだ、面白そうだからいってくる」
吸い寄せられるように後を付いて行ってしまった。
ほっと一安心したレンは再びトイレの監視に戻るのだった。
◇
相変わらずトイレ前で仏頂面のアイドル・レン。
顔はいつも通りだが足元が明らかにイラついている。パタパタ。
賢明な者が避けていく中、ダルそうな動きでやって来るとんがり帽子の女の子。
「お~す、レンじゃん。何やってんの? 待ち合わせか?」
「ヴァリンか。いや、ちょっとな……」
ふ~ん、と言いながらレンの脇を通ったヴァリンはそのままトイレに入ろうとする、が。
「な、なぁんだよぉ?」
じ~っと見つめるレンの視線が気になったようだ。
「気にするな、入るならさっさと入れ」
「気になるっつの! も~、待ってんならお前が先入れよ」
「別に待っているわけじゃない」
「ったく、わけわかんねーガキだぜ」
ぱたんと閉まるトイレの扉。
すっとレンが近付く。
「だ~~~! やっぱ無理!」
すぐに開いたトイレの扉。
さっとレンが身を引くと、勢いよく飛び出したヴァリンが走り去っていった。
(柄にもなく細かいことを気にする奴だな)
こんなことをするにしても出来れば相手は選びたい。
見ず知らずのおっさんとかよりはヴァリンの方が百倍マシだったので、逃げてしまったのは残念だ。
「レン殿! レン殿ー! 難しい顔してなぁにやってんでござるか? 便秘? 今流行りの便秘にござるか?」
うわ出た……。とげんなりするレン。
一番来てほしくなかった女。
「HAHAHAHA! まぁさかウンコしようと思って来たらレン殿に会えるとは! 今日は運が良いでござるな~ぁウンだけに!」
黙れ。話しかけるな。消えてくれ。
そう念じながら思いっきり顔をそらして全力で無視するレン。
雑魚と関わる気がないレンにとって、声をかけてくるファンというのは面倒なだけの存在である。
基本的には無視を決め込むのだが、この女は特別苦手としていた。
「あ、そうだ。珍しい茶葉を見つけたんで買っといたでござるよ。ホゥレホゥレ。いい香りでござるぞ~? 笑って~」
つ~んと顔をそらしているレンの前で茶葉の入った袋を揺らす。
正直珍しい茶葉にはかなり興味あったが意地で無視を続けた。
というかこんな所で香りもクソもないだろう。
いやクソはあるか。
「う~ん、今日はいつにも増して機嫌が悪いでござるなぁ。はぁ、出すもん出して帰るかなぁ」
やめろ。茶葉を持ったままトイレに入ろうとするんじゃない。
「は~どっこいしょと……おろ? どうしてトイレに入ろうとした時だけ拙者の方を向くんでござるか?」
黙れ。すぐに扉を閉めろ。
「…………あっ」
これほどろくでもないことを思い付いたな、と分かる「あっ」も珍しい。
「HAHAHAHA! んも~そういうことならもっと早く言うでござるよレン殿!」
「やめろ! 離せ! 何のつもりだ貴様!」
「拙者がウンコしてるトコ見たいんでしょ? ぐへへ、おいでおいで」
「くそっ! このデカ女、意外と力が……」
「そういうのマンガで読んだことがあるでござる! スカ……スカ……なんだっけ?」
「いい加減にしろ! アイスエイジ!」
ビッキーンとトイレごと女を凍結させたレン。
「や……やってしまった……」
これでは排便時間の調査どころではない。
レンはガクンと肩を落として思う、呪術師に会ってみたいなどと、考えなければよかった……。




