第四話 教員クラスの実力
ミランジェたちが立つ草原に現れたのは、まさに異形の怪物。
蛇の下半身に、筋肉質な人間の上半身。
長い髪を垂らした頭部、顔は般若の面のよう。
四本生えている腕の先端は鋭利な刃物になっていて、真っ赤な血がしたたり落ちている。
「モ……モンスター……」
近くにいた同期の誰かが、絞り出すようにそう呟いた。
「自信がある奴は手伝えッ! そうじゃないならすぐに逃げろォッ!」
周りの同期たちに向かって大声を出しながら、ミランジェはファイアーボールの魔法をモンスターに撃つ。
モンスターは放たれた火球を回避すると、地面を這いずりミランジェに向かった。かなりの速度。
(速い! これじゃ動き回っても意味ねーか!)
刀を鞘から抜き両手で握る。足を開き下半身に力を入れた。徹底抗戦の構え。
「うおおおッ!」
モンスターの四本腕から繰り出される斬撃をミランジェは刀一本でさばいていく。
「グギャッ!」
しばし切り結んだ後、モンスターは苦しそうな声をだしてから少し下がる。
四本あった腕の一つが地面に落ちていた。
それと同時にミランジェは強く踏み込んでモンスターに向かって行く。
右手に刀を、左手には魔力を集中させながら。
「ファイアーボール!」
放たれた火球がモンスターの下半身を焼き飛ばした。
そして刀で残った腕と首を胴体から切り飛ばす。
「はぁっ……はぁ……」
モンスターが絶命したのを確認した直後、ミランジェは刀を落としその場に座り込んだ。
肩で大きく呼吸し、息を整えながら周囲の様子を探る。
「――くそっ! 全員逃げやがった……自信無いなら逃げろって確かに言ったけどさぁ……」
その場にいたのはミランジェだけ。
モンスターが複数だった場合、生き残ることは難しかっただろう。
少し休んでから立ち上がり、倒したモンスターの死骸を見た。
(初めて見るモンスターだな。かなり強かったし……そもそもどこなんだここ……アレキアじゃない可能性もあるのか)
ミランジェはフィリスの町があるアレキア共和国の生まれであるが、こんなモンスターは見た事が無い。
(何らかの方法で飛ばされた……入学式とか言ってたけど実質試験だなこりゃ。クリア条件はあの暗そうな先生を捕まえるか、しばらく生き残ることだっけ……いずれにせよフィノっちを探して合流した方がいいな)
ぐるっと周りを見てみると、すぐそこに森を発見。
それ以外には何も見当たらない。ただ広大な草原が続いているだけだ。
(あいつらあそこに逃げ込んだのか……食べるものもあるかもしれないし、期日まで身を隠すには丁度いいかもね)
そう考え、ミランジェは刀を拾うと森に向かって歩き出した。
◇
森の中、ひと際太くて立派な木の枝に、黒いマントを羽織った女魔導士が腰かけていた。
黒くて長い前髪で隠されてしまって、顔を見ることは出来ないが、ニヤリとした口元だけは確認できる。
彼女の名はリンネ、フィノたち新入生の担当教員だ。
「うふふふ……フィノちゃんは凄いな……身体能力はトップクラスの武道家と比較しても遜色ナシ……山ごもりでもして鍛えたのかな? うふっ……ここのモンスターじゃ相手にならないね……」
リンネの目の前には板のような形をした水晶が浮いている。
そこに映し出されていたのは、モンスターと戦っているフィノ。
他の生徒たちを守るように立ち回っている。
「世にも珍しい樹の魔力性質……最初はそれだけかと思ったけど……大きな可能性を秘めた子なのかもしれないな……」
仲間を守るフィノを見て、嬉しそうにぶつぶつと独り言を呟くリンネ。
そのまま少し眺めてから、リンネが水晶に手を触れると、今度はそこにミランジェが映し出された。
モンスターを倒しながら森の中を歩いている。
「うっふ……やるねぇミランジェちゃん……どんどん動きが良くなっていく……尻上がりな子だな……トップの成績で入試に受かっただけのことはあるね。まぁ、あんなのは誰でも受かるんだけど……炎の性質を持った人って何するにも全力だからなぁ……」
独り言の声量は次第に大きくなっていく。
風貌からしても危ない魔女にしか見えない。
「他の子たちはまだタマゴだから……目立てないのは仕方ないとして……最後はもう一人の特待生……レンちゃんか……魔力の性質はたしか……んっ? んん~~~?」
水晶に顔を近付ける。何も映し出されていない。
「…………レンちゃんに付けていた盗撮用ゴーレムがやられたか? ……魔力は感じるな……潰されたわけじゃない……動きを封じられているのか……様子を見に行くべき……か? 普通に考えたらレンちゃんの罠だけど……」
リンネを探し出す、というのも入学式に含まれている。
教員である彼女の方から動くわけにはいかない。だが……
「万が一のトラブル……という事もありうる……別に"ここ"で生徒が死ぬ分には問題ないんだけど……万が一がね……これでも担当教員だし……レンちゃんにもしもの事があってからでは……遅い……」
口元から笑みを消し、リンネは木の枝から飛び降りた。
そして着地と同時に地面を強く蹴り、一瞬でその姿を消した。
◇
同じ森、別の場所。
赤い体毛を逆立てた熊のモンスターが、牙をむき出しにして目の前の敵を威嚇する。
赤熊の前で真剣な表情をしているのは……フィノだ。
「また初めて見るモンスターだ……」
拳を構えながら冷静に呟く。
フィノが一歩間合いを詰めたのを見て、赤熊は突進を始めた。
爪を立て、丸太のように太い腕から攻撃が繰り出される。
これをフィノはひらりとかわし、強烈な威力の蹴りを赤熊に打ち込んだ!
蹴り飛ばされた赤熊の巨体は地面を転がり、大きな音を立てて木に激突。
慌てて起き上がると一目散に逃げて行った。
「よし! もう出てきていいよ!」
振り返ったフィノがそう言うと、木の陰から女の子が数人現れる。
「た、助けてくれてありがとう……」
「助かったよ! あんた強いね、怪我はない?」
「怖かった~。いきなりあんなのと戦うなんて無理だよ……お礼にこれあげるね」
「キミかわいいね~、何歳? 名前は? 恋人いる?」
「肌綺麗だね……さわっていい? えいえいっ」
皆フィノを囲んで礼を言う。
一緒に飛ばされてきた同期たちだ。
「え……えっと……飛ばされてきたみんなであっちに集まってるから、とりあえず今はそこに行ってみて。何かあったら大声で叫べばあたしが行くから」
もみくちゃにされながらもフィノはどうにか伝える。
同期たちは、「はぁ~い!」と返事をすると、指示された方角に向かって行った。
「ふぅ~……モンスターより厄介だな……」
何故か脱がされそうになっていた服を直す。髪にはピンクのリボンが付けられていた。
「さて、はやくミランジェかレンを見つけないと……」
目を瞑り、研ぎ澄まされた感覚で周囲の音やニオイを探る。
同期たちは基本的に実戦経験が浅い。
モンスターだらけのこの森で、犠牲を最小限に抑えるためにはミランジェやレンとの協力が不可欠だ。
「見つけた! あっち!」
カッと目を開いたフィノ。
方角を確認すると、野生の獣のように素早く駆け出して行った。
◇
森に入ったミランジェは、襲い来るモンスターを返り討ちにしながら進む。
最初の草原から数えて、戦闘回数は既に五を超えていた。
体力的にもそうだが、魔力の消耗も激しい。
そして何より……不安な気持ちが彼女の心を支配する。
(逃げろなんて、本当に言わなきゃよかったな……誰でも良いから出てきてよ……)
体が弱れば精神にも悪い影響が出る。
そろそろどこかに隠れ休息をとるべきか、そう考えながら歩いていると――
「ミランジェ!」
声を掛けられた。
聞き覚えのある、強くてあったかい声。
「フィノっちー! あ~ん怖かったよー!」
森の奥からやって来たのフィノだった。
ミランジェは泣きながら走り寄ってフィノに抱き付く。
「よしよし、ミランジェなら大丈夫だって信じてたよ?」
「ぐすん……あと三日間一人だったら死んでた……寂死しちゃってた……」
「モンスターよりそっちか。もう大丈夫。他のみんなで集まってるから合流しよう。ミランジェがいてくれればあたしも心強いし!」
「うん…………あれ? このリボンどしたの?」
「あ、えっと……さっき助けた女の子に付けられちゃって」
「うちの嫁にツバ付けやがったのか……! どこの女だ……見つけ出して斬る……」
「……何言ってんの?」
あっという間に普段の調子に戻ったミランジェ。
心と体が同時に軽くなった。
二人はその場でしばらく会話した後、同期たちが集まっている場所へ向かい始めた。
「ミランジェ、レンを見かけなかった?」
「いいや、森に入ってからずっと一人だったし……あいつ見つけてどうすんの?」
「レンだっていきなりこんなところに飛ばされて困ってるはずだよ。合流すればきっと助け合える」
「……話聞いてる限り、大人しく協力なんてする奴じゃなさそうだけど……」
「う~ん、どうにか説得して……って、あれは……」
フィノが何かを見つけ、二人は足を止める。
「モンスターの死体だ……」
発見したのは、草原でミランジェが倒したのと同じ種のモンスター。
首の骨がねじ折られ、顔が後ろを向いてしまっている。
「頭以外は無傷……ってことは一瞬で首をひねられたんだ……うちはあんなに苦労したってのに……」
「レンがやったのかな?」
「あの先生かレンのどっちかじゃない?」
「…………ミランジェ、あっちにも死体がある」
フィノがもう一体を発見。
「こいつも首がねじられてる、同じ奴にやられたのはほぼ間違いないか……」
「モンスターを倒しながら、こっちの方向に行ったんだね」
「追うの?」
「うん、行ってみる。ミランジェはどうする?」
「うちも行くよ。危ない奴だったらマズいし……」
「ありがとう」
笑顔と共に、フィノは短く礼を言った。
そして二人は森の奥を目指し、モンスターの死体をたどりながら歩き始めた。
◇
森の中ではあるが、あまり木のない開けた場所。
そこにやってきたのは教員リンネ。
「あった……私の盗撮ゴーレム……やっぱりレンちゃんか……おびき出されたかな? うふっ……」
リンネが向かって行く先には一匹のリスがいた。
リスは時間が止まってしまったかのように固まって動かない。
よく見れば、リスの体を薄い氷の膜が覆っている。
「逃げる間もなく……一瞬で凍らされている……そこいらじゅうが濡れてるし、広範囲系の魔法だな……やる事も考える事も新入生のレベルじゃない……くふふふ……」
相変わらずボソボソと独り言を呟きながら、リンネはリスに手を触れた。
するとリスの体がバラバラに分解され、リンネの手に吸収されていく。
「回収完了……さぁ、誘いにのってあげたよ? 出ておいで~」
ぐるっと視線を回してから、彼女にしては大きな声を出して言った。
直後――
「ファイアーボール!」
「おぉお!?」
近くの茂みからミランジェが飛び出してきた。と、同時にリンネに向かって火球を撃つ。
素早く反応したリンネは飛びのいて火球を回避。
だが茂みから飛び出してきたのはミランジェ一人ではなかった。
「だりゃあ!」
それはフィノ、一足飛びでリンネに近付き拳を振る。
ゆらりとした動きでフィノの拳をリンネはかわした。
「チェッ……不意打ち失敗か……だったら正面からヤルっきゃねーな!」
「倒したモンスターを並べていたのは先生だったんですね」
刀を抜いたミランジェとフィノが並んだ。
「ん? ん? モンスター……? 私じゃないけど……まぁ……いいか……今は……二人と遊んであげよう……うふふ……私を捕まえられるかな~?」
両手を地面に付けるリンネ。
その手をゆっくり上げると、地面からは等身大の土人形が二体生成された。
「ストーンゴーレムと……クレイゴーレム……さぁ……行きなさい……」
合図と共に二体はフィノとミランジェに向かって走る。
目の前に来たクレイゴーレムにフィノは素早く近付き拳を打ち込んだ。
「ありゃ!?」
クレイゴーレムはぐにゃりとへこんで衝撃を吸収、すぐに元の姿に戻ってしまった。
それを見てニヤリとするリンネ。
「くふふっ……実戦ではないから……分かりやすい正解を用意したけれど……何秒で気が付くかな……?」
「ファイアーボール!」
打撃の通じないクレイゴーレムをどうするべきかとフィノが考えていたら、横から飛んできた火球によってクレイゴーレムは焼き払われた。
「ミランジェ! ありがとう!」
「フィノっち! こっちをお願い!」
「まかせて!」
ミランジェを攻撃していたストーンゴーレムを、フィノは蹴り一発でバラバラに。
リンネはさらに口角をあげ笑う。
「ふふっ! 合格! 次は私が直接相手をしようかな……?」
迫りくる二人を前に、リンネは一歩も引かずに指の骨を鳴らして構える。
三者がぶつかり合う――その瞬間だった!
「っ!?」
何かを察知し真上に跳んだリンネ。
「え……なんで?」
「ミランジェ! 足元!」
フィノの言葉を聞いて、下を確認するミランジェ。
「な……なにこれ……」
足元に広がっていたのは……氷の世界。
辺り一帯は凍り付き、フィノとミランジェの下半身も氷の膜に覆われていた。
動くことが――出来ない。
「あの一瞬で術の攻撃範囲を見切って飛んだか、流石はフィリスメイジだな」
少女の声だった。
無感情に発せられたその言葉は、空中で鳥型のゴーレムに乗っていたリンネに向けられている。
腰まで伸びた水色の髪を揺らしながら、彼女はゆっくりと歩いてきた。
鳥ゴーレムから飛び降り、凍った地面に着地してから、リンネは少女を見て口を開く。
「んー……私の盗撮ゴーレムの状況から……こういう魔法を持っているのは分かっていたからね……完全な不意打ちだったら……不可能な反応だったよ……レンちゃん……」
レンは自由を奪われたフィノとミランジェの間を通って、リンネに向かい歩く。
「ちょ……ちょっとちっさいの! なんでうちらまで巻き込むのさ!」
「レン……」
ミランジェとフィノを無視してレンは歩く。
そして鋭くつりあがった目でリンネを捉えると、両手を開いて構えを取った。
「せっかくの機会だ。相手をしてもらおうか……先生」
レンの言葉を聞くと同時に、リンネは人型のゴーレムを生成。
リンネとレン、二人の戦いが始まった――