第三十九話 呪術師
山の麓までやってきて、フィノとリンネは馬車から降りた。
「モンスターの群れが通ったにしては……荒らされてないんだね……」
「リンネ先生、早く行きましょう」
「じゃあ……走りながら話そうか……」
一瞬でその場から姿を消す二人。
「ひどい臭い……」
走りながらフィノがつぶやく。
「確かにね……私でも分かるくらいには酷い……でもこれは……モンスターじゃなくて……」
「人間の、死んだ人間の臭いだ……!」
フィノの表情が険しさを増し、走る速度が上がる。
「敵はアンデッド……この死臭から察するにゾンビかな……念のため聞くけど……もともと山にはいないよね……?」
加速したフィノに平然とリンネは付いていく。
「今まで山にゾンビなんて出たことありません!」
「だよね……そもそもゾンビってのは……人間やモンスターの死骸に……浮遊霊が憑りついたもの……古戦場ならともかくこんな山じゃね……」
しばらくして、山道を走る二人の目にゾンビが映った。
「二体か……片方任せていい……?」
「はい!」
ゾンビが二人に反応するより先に、勢いを付けたフィノの飛び蹴りが一体を破壊した。
「アアアアア!」
残ったもう一体がフィノに襲いかかるが、指の骨を鳴らしながらリンネが駆け込む。
リンネはゾンビの足を払い、側頭部に手を掛けると力いっぱい地面に叩きつけた。
腐った頭が潰れる、いやな音がした。
「相手がゾンビであることは……これで確定……こいつらは大量発生することはあっても……集団で何処かを襲うなんて聞いたこと無いから……操ってる奴がいるってことだね……」
倒したゾンビを見下ろして言うリンネ。
「モンスターを操るなんて出来るんですか!?」
「高位の魔族には出来る奴もいるらしいよ……モンスターの大群を率いた魔族に滅ぼされた国もある……」
「……でも、どうしてこの山に……」
「さぁね……間違いないのは……思ってたより状況は悪そう――」
話の途中、突如日の光が遮られた。
「上!」
フィノとリンネは互いに声を出して横に飛んだ。
次の瞬間、二人が立っていた場所に巨大な岩石が落ちる。
「ひゃはは! よく避けたなぁ、根暗女!」
笑いながら近付いて来たのは筋肉質の大男だった。
分厚い刀身の剣を担いでいる。
「あ~あ……あのゾンビ……調べようと思ってたのに……岩で潰れちゃったね……」
わざとらしく無視したリンネ、男から目を背けるフリをして周囲を確認。他に敵の気配はない。
「リンネ先生、あの人も――」
「分かってるよ……死体だろ?……どうしてゾンビがあんな元気そうに喋ってるのかは謎だけど……」
大男はリンネを見て剣を構えた。
「そのうちぶっ殺しに行く予定だったが、まさかてめーの方から来るとはな。手間が省けたぜ。俺ァついてる」
「キミ誰?……死人に恨まれる覚えは……いくらでもあるけど……そんなデカい人と関わった記憶ないんだよね……人違いじゃないの~?」
「へへへ……まぁ分からねぇよなぁこのナリじゃ。アルガスって名前に覚えはねぇか?」
その名を聞いた途端、リンネは黙って考え込む。
「リンネ先生……? 知ってる人ですか?」
「あぁ……うん……以前私が捕まえた賞金首だね……とっくに処刑されたから……ゾンビになってても不思議じゃないけど……でもあの人はたしか……私より小さな人だったはずなんだけどね……」
大男はリンネの言葉を聞くと同時に動き、
「生き返ったんだよ! こんなに強い体を貰ってなぁ!」
丸太のように太い腕で、剣を振るった――。
◇
「え、この髪染めてるの?」
ルルの目が大きく見開かれる。
「ここだけの秘密ですわよ」
微笑みながらエリザは言った。
体の調子は悪くないのだが、ベッドから起き上がろうとすると全身が酷く痛むので、いまだ寝たきりである。
「わかった、ルルとエリザの秘密だね」
ルルは嬉しそうにパンをちぎってエリザに食べさせている。
パンはどんどん小さくなり、やがて最後のひとかけらも無くなった。
「すごい、五個目も食べちゃった」
「その気になれば……もぐもぐ……二十はいけますわ」
「もっと持ってくる」
ルルは小走りで部屋を出ていった。
(これじゃあまるでペットですわね)
口の中のものをごくんと飲み込んでエリザは考える。
(そろそろリンネかニケが動き出す頃だけど、あのハイズという女の能力はどうにかして伝えないと……)
しかし、逃げ出すどころかルルから情報を引き出すことすらほとんど出来てはいなかった。
あまりの情けなさにため息が出てしまう。
どうしたものか……と天井をながめていると、こちらに近付く足音が聞こえて来た。
「うらやまし~にゃあ、悩み事があって~」
神経を逆なでするような甘えた声。
「っ! 貴女は!」
ニヤニヤとしながら入って来たハイズをにらみつける。
魔法で攻撃しようとしたが、それも激痛に邪魔された。
「ぐっ!……うぅ……」
「キャハハ、ムリムリ。たぁっぷり時間を掛けて"呪って"おいたから、あと半日くらいは何も出来ないんだぁにゃあ~ん」
ハイズはさっきまでルルが座っていた椅子に腰を下ろし、見せつけるように足を組む。
「呪い……それがあの妙な力の正体……」
呪術というものについて、話に聞いたことはあったが実際に見たのは初めてである。
怪しいオカルト程度にしかエリザは考えていなかった。
「人間の行動を掌握できるなんて、ステキな力だと思わにゃい?」
「吐き気がしますわね」
「にゃふっ♪」
「ゾンビを操っているのもその力の延長ですか? いったい何を企んでいますの?」
「う~~~ん、にゃんだろぉ???」
ふざけた態度にいちいち腹が立つ。
「っつーかあの白髪から何も聞き出さなかったのかにゃ? 大した脳みそ入ってないからいくらでも情報引き出せたと思うんだけど、エリザちゃんってやっぱ頭悪いの~?」
こいつを一発殴れるのなら呪いで死んでもいいかもしれない。
覚悟を決めたエリザが拳を握りしめたところで、バスケットにパンをたくさん入れたルルが戻って来た。
「ハイズ、壊れたゾンビを直すんじゃなかったの」
「そろそろエリザちゃんが起きるころかにゃって」
「エリザにひどいことしないで」
「そのつもりだったけど~、ちょいと状況が変わったのよ」
ハイズはパンを取ってかじりつく。
「もしかして、お姉ちゃん来たの?」
「来たね、今アルガスと戦ってるけど、壊されるのも時間の問題かにゃ。余計なオマケも付いてきてるし」
「そいつが、セスなの?」
セスという名を口にした時、それまであまり感情を見せなかったルルが強い殺意を発したことにエリザは驚いた。
「違うけど~、手下みたいなモンかも知れないにゃあ?」
「アルガスを置いといたの、ルルたちが登って来た道だよね」
ルルはバスケットを置いて部屋から出ていった。
その後ろ姿を、エリザは心配そうに見つめていた。
◇
「チッ! ちょこまか動きやがって!」
大きな剣を片手で軽々と扱うアルガスだったが、なかなかフィノとリンネを捉えることが出来ずにいた。
フィノは高い身体能力を最大限に活かし、リンネはユラユラと動きアルガスを翻弄する。
「生きてた頃より動きが悪いね……まぁ仕方ないかな……いくら強くても……他人の体じゃあね……」
「黙れ!」
踏み込んだ横なぎの一刀を沈むように避けるリンネ。
そして大振りの後の隙を突くべくフィノが間合いを詰める。
「バカが!」
想定済みだったアルガスの蹴りがフィノの腹部にめり込んだ。
が、アルガスの表情が驚愕の色に染まる。
普通の少女であれば死んでもいてもおかしくない威力の蹴りを、フィノは顔色一つ変えずに受け止めていたからだ。
「な……なんだと!?」
フィノはアルガスの足を両手でしっかり掴むと、
「うおおおおお!」
「なにぃ!?」
高く持ち上げてから強く地面に叩きつけた。
「ぐはっ!」
体を強く打ってもアルガスが剣を手放すことは無かったが、勝負はすでについていた。
「くくく……たった一度の人生で二度も死ぬってのは……どんな気持ちなのかな……」
薄く研ぎ澄まされた土の魔力によって、鋭い刃と化したリンネの手刀が、倒れたアルガスの首を一撃ではねた。
「倒しちゃってよかったんですか? 捕まえれば何か教えてもらえたかも」
少しだけ不満を混ぜた声でフィノが聞く。
ゾンビとはいえ、心を持った相手を殺すことには抵抗があった。
「これでいいよ……情報の真偽を確かめてる時間はないし……拷問するにしたって……ゾンビ相手じゃね……」
「……はい」
「ひとつ確実なのは……死んだ人間の魂を適当な死体に入れて操るなんて……余程のクズじゃなきゃやらないってことかな……もっと急いだ方が良いかもね……ゾンビになったエリザ先輩と再会とか……考えるのも嫌だし……」
もう一度フィノが返事をして、二人が駆けだそうとしたところで、軽快に山を下りてくる少女が一人。
「女の子!?」
驚くフィノと無言で構えるリンネ。
やって来た白髪の少女、ルルは二人を交互に見る。
「フィノはどっち?」
「……? あたしだけど」
きょとんとして答えるフィノに、何でもないことのようにルルは告げる。
「殺しに行くからセスの居場所を教えて、邪魔するならお姉ちゃんのことも許さない」
唐突に出て来た母親の名前。
それはあまりにも突然で、短い言葉の中に情報が詰まりすぎていた。
フィノは混乱する頭を落ち着かせ、なんとか理解しようと努力する。
「…………まず、これだけは教えて。山にはおじいさんと、金髪の女の人が来たと思うけど、どうしたの?」
「おじいさんなんてしらない、あの小屋には誰もいなかったし、エリザならそこで寝てるよ」
「……そっか」
「お姉ちゃん、セスはどこ?」
「分からないよ……お母さんは生まれてすぐのあたしをじっちゃんに預けて、どこかに行っちゃったんだ」
フィノの話を信じたのか疑っているのか、真顔で黙るルルの表情からは読み取れない。
「お嬢ちゃん……私からもいいかな?……ゾンビを操っているのは……キミじゃないよね?」
「ちがうよ、それはハイズ」
リンネの問いにルルは素直に答える。
「その人は……今どこかな……?」
「エリザと一緒にいるよ」
「他に仲間はいないんだね?」
「うん、ゾンビだけ」
そこまで聞いて、リンネは土の魔力を使い、手のひらの上にリスのようなゴーレムを作り出した。
「フィノちゃん……なんだか深い事情がありそうだから……キミはこの子と話していると良いよ……私はエリザ先輩を回収してくるから……」
「一人で大丈夫ですか?」
「うん……むしろ一人の方が私は動きやすいから……心配しないでね……こいつがいれば……何かあっても場所は分かるから……」
リンネの手から飛び降りたリスはフィノの体を駆け上がり肩へ。
「はい、ありがとうございます」
フィノの返事にうなづいて、リンネは山小屋を目指し地を蹴った。
◇
「こう言っちゃ悪いけど……フィノちゃんがいると邪魔だからな……」
フィノといた時よりもさらに早く、リンネは山道を走る。常人の目には黒い影のようなモノにしか映らないだろう。
「相手はアルガスを従えるほどの実力者……エリザ先輩じゃ歯が立たないのも納得……人間の子供と一緒にいたのなら魔族ではないはず……正直得体が知れない……あの子を庇いながら戦う余裕はなさそう……」
独り言をつぶやきながら、通りすがりにゾンビの首をはねていくリンネ。
一番恐れていたのは、戦闘中にフィノが敵に情けをかけてしまうこと。
場が混乱すれば全滅もあり得るのだ。
「あれか……フィノちゃんの家は……」
山小屋が見えたところで木の陰に隠れ、ハチのようなゴーレムを作り出した。
偵察と暗殺を兼ねる毒を仕込んだタイプだ。
「これで死んでくれると……楽なんだけどね……」
ハチを送り込もうとした、まさにその瞬間。
『ウゴクナ!』
甲高い女の声が響いた。
(これは……)
声のした方を向こうにも体が動かない。
一瞬で全身が石化してしまったかのよう。
「せぇっかくヤドリギさんがミーの元に帰って来たのに、邪魔だにゃ~~って思ってたんだけどぉ、都合よく分かれてくれて助かったにゃ。おかげさまで……ツマンなくなった」
呪術師ハイズはリンネにステッキを向けながら、失望したようにそう言った。
(……! 動く!)
体の自由が戻ったリンネは、ハチをハイズに投げつけるように飛ばし、後ろに飛んで距離を作った。
「うわ! 虫! 虫!」
ハイズはわざとらしく慌て、ステッキでハチを叩き落とした。
(こいつが……ゾンビを操っていた術者……今のはまさか……)
落としたハチを笑顔で何度も踏みつけているハイズを見ながら、リンネはじっくりと、魔力を練り上げていく――。




