第三十八話 エリザと白髪の少女
夕日が照らす山道を、一陣の風が駆け抜ける。
美しい金髪をなびかせ走る彼女の名はエリザ。
フィリス魔導学院の学院長補佐である。
「ガアアアアアア!」
待ち構えていたかのように襲い来るモンスター。
本能のままに動き回る死体、ゾンビだ。
「ハッ!」
スピードを落とさずレイピアを抜き、ゾンビの脳天を貫く。
すぐさま引き抜き、何事もなかったかのようにエリザは走る。
(これで七体目……いったいこの山で何が……)
嫌な予感がする。
山全体をただよう腐臭に顔をしかめながら、エリザはさらに加速した。
素早く山を駆け上がり、小屋の前までやって来た。
足を止め呼吸を整える。
学院からここまでずっと走って来たので流石にこたえた。
「ふぅー……」
大きく息を吐きながら、近くにゾンビがいないことと、小屋が荒らされていないことを確認。
扉の前まで歩き、ノックをする。
「ワタクシの名はエリザ! フィリス魔導学院の者ですわ!」
少し待つが返事はなかった。
扉を破って中に入ろうとした時――"ソレ"は後ろからやって来た。
「おかしーにゃあ、ぜぇんぜん予定にない人が来ちゃったんだけどぉ」
不意に聞こえた甘ったるい声。
背筋を走る悪寒。
動揺を悟られないようにしながら、エリザは振り返る。
「フィリスってこっからちょっと離れたところにある町だよにゃあ? こんなトコまで何しに来たのかな~? ん? ん?」
エリザは一言も発さずにレイピアを構えた。
十代半ばの少女の姿をした"ソレ"が敵であることは直感で理解できたからだ。
「たまたま通りかかったのか、誰かに頼まれてきたのか、それだけでも教えてくれにゃいかな? かな?」
造られたように整った顔、小柄なわりにやたら大きな胸と太もも、縫い目だらけの手足、不自然に光る虹色の髪。
この世のすべてを見下すような笑顔で話しかけてくる。
「なぁんも喋んないね、殺して中身に聞かなきゃダメかにゃ? キャハハ!」
巨大な害虫に話しかけられているような強い嫌悪感。
風の魔力をまとい、臨戦態勢となったエリザがいまだに手を出さない理由は、近付いて来るもう一人に気付いていたから。
「……ハイズ、その金髪がお姉ちゃんなの?」
現れたのは、色素の抜けた白い髪を二つ結びにした幼い女の子だった。
「キャハ! ぜぇんぜん違うにゃ。こんな綺麗なお姉さんとヤドリギさんを間違えるのはとっても失礼……キラキラの宝石と太陽くらいには存在としての規模に差があるんだぁにゃあ~ん」
「あっそ」
白髪の少女は興味なさげに返事をし、ハイズと呼んだ女から目をそらしエリザを見た。
「で、この人は? 殺すの?」
「おっと、殺しちゃダメダメ。生かしておけばヤドリギさんが戻って来るかもだし、二人で頑張って捕まえよー! 手持ちのゾンビに任せてたら一生かかっても追いつけなさそうだからにゃあ~……ん? もう死んでるのに一生って表現はおかしいかにゃ? キャハ! キャハハハ!」
壊れたように笑いながら、ハイズは小さなステッキを取り出して、
『ウゴクナ!』
と、エリザに向けた。
◇ ◇
朝、フィノは学院長室に呼び出された。
「……失礼します」
中で待っていたのは椅子に座った老婆――学院長と、その使い魔であるニケ、それからフィノの担当教員であるリンネだ。
普段は笑顔で声をかけてくる三人だが、表情は一様に暗い。
あまり良くない話をされるのだということはすぐに分かった。
「フィノ……落ち着いて聞いてほしいの」
学院長はゆったりとした口調で話し始める。
同時にニケがフィノの後ろにまわり、出口をふさぐように立った。
「あなたが住んでいた山にね、モンスターの集団が現れたらしいの。昨日入って来た情報よ」
「……え……たっ、大変! じっちゃんが!」
あわてて出ていこうとしたフィノをニケが止めた。
「待つんじゃフィノ! 最後まで話を聞け! 気持ちは分かるが、落ち着け……」
なだめられ、フィノは学院長へ振り返る。
「……昨日情報を得てすぐに、足の速いエリザを救出に向かわせたの」
「エリザ先生を……」
「けれど、夜が明けても帰ってはこなかった」
言葉を失うフィノに、学院長は重く丁寧に話す。
「エリザの実力は良く知っているから断言するけれど、そこらのモンスターを相手に不覚を取るような子ではありません。何か想定外の……強大な相手にぶつかったと見ていいでしょう」
「――あたしに、何が出来ますか?」
力強い目と声で、フィノはそう言った。
その切り替えの早さと精神力にニケは驚き、リンネは微笑む。
「……早急に事態の把握と救助を行う必要があるけれど、高位の魔族が敵であるという可能性もある……以上のことから、私はリンネを送ろうと考えています。個としてはこの国で最高の戦力です。相手の力量によっては教員でも彼女の足を引っ張ってしまうから、単独でね」
だけど……と学院長は続ける。
「フィノ……あなたにだけは同行を許そうと思うの。もちろん当事者を連れて行くなんて普通ならありえない話だけれど、そこは個人的な……信頼の証だと思って欲しい。どうかしら?」
「行きます! 行かせてください!」
学院長はフィノの目を見つめ、やがて納得したように、無言でうなづいた。
◇
町の外で馬車を待たせているから、すぐに準備をして向かうように。と言われ、フィノはいったん部屋に戻った。
ミランジェと選んだ可愛らしい服を脱ぎ、動きやすさと丈夫さを重視した道着に着替える。
最近伸びてきた髪を後ろで縛って、残っていた焼き菓子をまとめて口に放り込んだ。
これで一日くらい食べずとも動けるだろう。
準備が終わると、合掌して数秒祈りを捧げた。
心は不思議なくらい落ち着いていて、戦闘は十分に可能だと自覚することが出来た。
根拠はないが、祖父とエリザは無事であるという確信があった。
「じっちゃん……エリザ先生……今から行くよ」
覚悟を決めて部屋から出ると、意外な人物がそこにいた。
「スズ?」
いつも目立たず、誰かの陰に隠れている気弱な友人。
そんな彼女が、今まで一度も見たことのない真剣な顔でフィノを待っていた。
「これを持っていってください。私の故郷に伝わる特別な塗り薬です。少しくらいの傷ならばこれだけでも十分に……」
「……ありがとう」
困惑しつつもフィノは傷薬を受け取った。
フィノとリンネが戦いに行くことは、生徒たちはおろか他の教員にすらまだ伝えられていないと聞いていた。
フィノが次の言葉を発するよりも早く、スズはぺこりとお辞儀をしてどこかへ行ってしまった。
◇
町から街道に出ると、馬車から顔を出したリンネを見つけた。こっちを見て片手をプラプラと振っている。
フィノが急いで乗り込むとすぐに馬車は動き出した。
「落ち着いてるね……ニケはずっと心配してたけど……やっぱりキミは強いよ……いろんな意味で……」
座席の上で膝を抱えながらリンネは話す。
「泣いたり、焦ったりしてもどうにもならないですから」
隣に座り、組んだ手に視線を落としながらフィノは返事をした。
「大半の人はそれに気付けないし……理解してる人でも割り切って動くのはかなり難しい……自然とそうしていられるのは……超人的と言っていいよね……優秀だよ……」
フィノはそれ以上答えず、
「こういうことって、よくあるんですか? みんなに内緒で戦いに行くって」
と話題を変えた。
「うん……たまにあるよ……強力な魔族が人を食っただとか……ワールドクラスの賞金首が町に入り込んだとか……そういう時……政府はなるべく軍を動かしたくないから……まずは学院長に話が来て……今は私が秘密裏に処理する……学院に莫大な税金が投入されてる理由の一つがソレ」
「どうして? だったら軍隊なんて何のために……」
「ヤバイのと戦わせたら軍人がた~くさん死ぬからね……盗賊団くらいだったらいいんだけど……本物のバケモノを相手に……駒としての教育しかされてない人たちが太刀打ち出来るワケないんだよ……そんな時のために……学院では個人の才能を伸ばして……戦闘に特化した人間を育てているの……」
「そうやって、この国の平和は守られてきたんですね」
「そういうことだね…………フフ……ホントはこれ言っちゃマズいんだけど……学院長はさ……将来的にはフィノちゃんを私の後任にするつもりだよ……普段からあれこれと小さな仕事を頼まれるでしょ?……優秀な子には学生の頃から目を付けて……そんな風に適性を図ってるんだ……」
「……あたしに、そういう仕事は向いてないと思います」
「うん……私もそう思ってた……どちらかと言えばレンちゃんの方が合ってるかな……でも学院長はやっぱり……フィノちゃんを一番にと考えてる……今回一緒に行くことになったのも……信頼の証だと思って欲しいなんて言ってたけど……キミからの信頼を失いたくなかったってのが正直なところさ……黙ってて後でバレたら言い訳が立たないからね……」
「あはは……リンネ先生こそ、そんな話してバレちゃったらどうするんですか」
「代わりがいないからね~……私がクビになることは無いから大丈夫……」
控えめに笑うフィノに、リンネはニヤッとして親指を立てた。
「さて……緊張もほぐれたし……少し打ち合わせをしておこうか……今日は先生と生徒じゃなくて……共に戦う仲間だからね……」
「……はい、よろしくお願いします」
◇
一方その頃……。
「あ、起きた」
ベッドに寝かされていたエリザは目を覚ました。
すぐに体を起こそうとしたが、全身の痛みに顔がゆがむ。
「ごめんね、思い切りぶっちゃって。お姉さんスゴくつよかったから、手加減できなかった」
幼い白髪の少女は、申し訳なそうな態度をまったく見せずに謝った。
椅子に座って真顔でじっとエリザを見つめている。
気を失っている間ずっとこうしていたのだろうか。
見たところ、部屋の中にいるのはこの少女だけのようだった。
「…………ここはどこですの?」
「話せたんだ、ずっと黙ってたからお人形さんかと思った」
再び黙るエリザ。
少女は不思議そうに首をかしげた後、「あっ」と声をもらしてから口を開く。
「ここはね、ルルのお姉ちゃんが住んでる家なんだって。会いに来たけど誰もいなかったから、勝手に使ってるの」
「ルルというのは貴女の名前ですか?」
「そうだよ、お姉ちゃんはフィノっていうの、知ってる?」
「……知りませんわ」
フィノに妹がいたという話は聞いたことが無い。
分からないことだらけではあったが、上手くやれば情報をかなり引き出せそうだった。
次にどう切り出すかを考えていると、ルルはエリザの金髪をさわり始める。
「お姉さんの髪キレイだね、色が付いてるの、うらやましいな……ねぇ、もっとお話ししよ? 人間と話したこと、あまりないんだ」
こうしていると、ただの子供と接しているかのようだった。
敵であることは間違いないのだが、どう扱ったらいいものか困ってしまう。
「……ワタクシの名はエリザです。それで? ルルさんは何の話がしたいんですの?」
何故だか、普通に話してしまうエリザだった。
ルルの固まった表情が少し、柔らかくなった。




