第三十六話 赤いフィノ
とんがり帽子をかぶった美少女魔導士、ヴァリンは今とても困っていた。
(声……かけた方がいいのかなぁ? アレ……)
なんとなくフィリスの町を散歩していたら見つけてしまった。
赤いゼリー状のボディを持つ人型のモンスター。
(フィノ……だよな?)
その姿は友人にとても良く似ていた。というかそっくりだ。
そんなモンスターが人間の服を着て、町中をニパっとした笑顔で堂々と歩いている。
最初は無視しようかとも思ったのだが、どうしても気になってしまい尾行中である。
(誰か話しかけてくんないかな……)
と思うが難しそうである。
すれ違う誰もが「ひっ!?」とか「げっ!?」とか言って道を空けているからだ。
(……仕方ないなぁ)
どうやら自分がいくしかないようだ。
小走りで追いかけ、隣に並ぶと下手くそな笑顔を作った。
「ち、ちわっす。あの、お名前うかがっていいすか?」
赤いフィノの足がピタッと止まる。
首を少しだけ動かしてヴァリンを見た。
表情は笑顔のままだ。
「ア、ア……アタシ、ハ、フィノ、ダ、ナンノ、ヨウ、ダ」
「すんません、なんでもないです……」
次の言葉を考える前に謝っていた。
熱いものを触った時にとっさに手を離すような無意識の反応だ。
赤フィノは笑顔のまま前を向くと、再び歩き始めた。
(…………よし、見なかったことにしよう)
危険そうなものには近づかない関わらない。
この世で最も賢い考え方のひとつである。
◇
ミランジェに助けられたシェスカとエスニャは喫茶店の前まで戻ってきていた。
「シュノたちがいない……助けにいかないと!」
「……あっ、待ってください。二人とも来ましたよ」
エスニャが指さした先を見ると、手を大きく振りながらシュノセルが走って来ていた。後ろには笑顔のプリメーラも。
「シェスカ様ー! ケガはないッスか!?」
「ええ、まぁね」
「HAHAHA! 親衛隊と言っても拙者らの敵ではなかったでござるな!」
「手加減はされてたみたいッスけどね」
「へっ? マジにござるか?」
「トドメをさすチャンスはいくらでもあったッスから。ギャパリーさんが良い人で助かったってのが正直なトコなんで」
「こっちも運が良かったわ……けどこれで――」
話しながらなんとなくエスニャを見たシェスカ。
「エスニャ?」
まるで時が止まってしまったかのように硬直し、一点を見つめている。
いったい何を見たのかと、三人もそちらに目をやる。
「………………なにあれ?」
とても見覚えのある知らないモノがそこにいた。
赤くてブヨブヨした体を持ったフィノだ。
「う~む、あれはフィノ殿でござるか?」
「そんなわけないでしょ!」
「……そもそも人なんスかね? アレ」
シュノセルが首をかしげた。アホ毛がハテナマークを作っている。
「うむ、ならば拙者が様子を見てこよう!」
何故か楽しそうなプリメーラ。
「フィノ(?)殿! あいや~、今日は良い天気にござるな!」
赤フィノは笑顔のままプリメーラを見ている。
「と~こ~ろ~で~、今日のフィノ殿はずいぶんとお赤くていらっしゃるでござるな? 辛い物でも食べたでござるか?」
「プリメーラ、ハッケン、キュウサイヲ、オコナウ」
赤フィノはぎゅっと拳を握りしめた。
「ん?」
「ッ!? プリメーラ! 逃げろー!」
シェスカの叫びが届くよりも早く、赤フィノは拳を振るった。
「どぉーしてでござるかーーー!!!?」
天高く殴り飛ばされたプリメーラはキラリと星になって消えた。
「…………落ちてこないッスね」
「落ちてきませんねぇ……」
「落ちてこないわね」
ぽけ~っと空を見上げている三人。
心の底から驚いた時、人間は逆に冷静になるのだ。
思考は停止するけれど。
「シェスカ、エスニャ、シュノセル、ハッケン、キュウサイヲ、オコナウ」
名を呼ばれたことで三人は我に返った!
次は自分が星になる番だと簡単にイメージできたからだ。
「じょじょじょじょ冗談じゃないッスよ!」
「もう! これもあいつらの仕業ね!?」
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない――」
一目散に逃げ出す三人。
死を感じたことで潜在能力が引き出され信じられないほどのスピードで走ることが出来た。
特にエスニャは素晴らしく、ビッチに追いかけられていた時とは比較にもならないほどの速度が出ている。
「ターゲット、トウソウ、ツイセキヲ、ハジメル」
二パっとした顔のまま、赤フィノもまた駆け出した。
◇
「もう無理ッス! 学院に逃げましょう! フィノさん(本物)か先生たちに助けを求めるしかないッスよ!」
町中を全力で逃げる三人。
珍しく泣きそうな顔になっているシュノセル。アホ毛もしおれていた。
「言われなくったって考えてるわよ! もう少し待って!」
「物理的な死か社会的な死の二択ですよ!? こんな酷い選択ありますか!?」
「死ぬくらいなら恥かく方がマシッスよ!」
「他人事だと思ってー!!!」
くだらない言い争いをしている三人の後ろを赤フィノが追いかけてきている。
すでに人型のボディを人間よりも使いこなしていた。
さすが最強のスライムだ。
半べそをかきながら必死で走る三人は曲がり角を曲がった。
するとそこには――
「ヴァリン!?」
「おっ? なんだお前らか~」
とんがり魔導士をかぶった先輩魔導士がいた。
シェスカとエスニャの顔がぱぁっと明るくなる。
「助かりました! 今妙なモンスターに追われてるんですよ! お礼は後でするんでどうにかしてはいただけませんかねぇ!?」
これまでの人生でも最速に近い早口でエスニャが言った。
「お、おお……」
ヴァリンの返事を聞く前にシェスカとエスニャは逃げていってしまった。
「あっ、行っちまった……妙なモンスターって言ったか? まさか……」
そのまさかだった。
彼女たちが逃げて来た曲がり角から猛烈な勢いで現れたのは先ほど危険を感じて離れた赤いフィノだ。
「わっ!? お前は――」
「ジャマダ」
ハエでも払うかのように拳を上に振った赤フィノ。
「結局こうなるのかぁーー!!!」
天高く飛ばされたヴァリンは星となって消えた。
「ふぃー……どうやらやり過ごせたみたいッスね……」
曲がり角の近くに並んでいたタルの中からひょこっと顔を出したシュノセル。
二人がヴァリンを見つけたタイミングで潜り込んでいたのだ。
「シェスカ様、短い間だったッスけど、あなたにお仕えした時間……悪くなかったッスよ……!」
ぱちんと手を合わせ祈りを捧げた。
と同時に、隣のタルがガタっと動いた。
「…………あっ、めちゃくちゃ嫌な予感がするッス!」
こういう予感は大抵当たる。
アホ毛がはちきれんばかりに暴れ回っていた。
ぽんっと隣のタルから顔を出したのはニパっとした顔の……。
「やっぱりッスかぁあああ~~~!!!」
シュノセルもまた、星となって消えた。
◇
「ヴァリンに続いてシュノまで……」
飛んでいったシュノセルを見上げながらシェスカがつぶやいた。
それなりの距離を全力疾走してきたので呼吸が荒い。
「はぁ……はぁ……ヴァリンさんでも勝てないなら……はぁ……私たちでどうこうできる相手ではありません……」
下を向いて呼吸を整えるエスニャ、膝がガクガク震えていた。
「そうね……でもこれだけ逃げればそう簡単には……」
ドスン、ドスンと何かを破壊するような音が聞こえて来た……。
「……シェスカさん、もしかしてこの音……」
破壊音はだんだん大きくなって来ている。
「…………うそでしょ」
ズガン! と近くの壁に大きな穴が開いた。
そこから顔を出したのは、天使のような笑顔の刺客だ。
「なるほど……入り組んだ町でも、まっすぐ来れば早いですよね……」
「感心してる場合か! 逃げるわよエスニャ!」
「で、ですけど足がもう……」
「エスニャ、シェスカ、ハッケン、キュウサイヲ、オコナウ」
「そこまでだ!」
凛とした女性の声が響いた。
直後に数人の兵士が現れ、赤フィノに槍を向ける。
「町の警備兵……? た、助かったぁ……」
「君たち! ケガはないか?」
力が抜け、近くの壁に寄りかかったシェスカたちに隊長と思われる女性が話しかけて来た。
赤い制服の上から、動き安さを重視した軽い鎧を着ている。
「なんとかね……」
「そうか、怖かっただろう? 後は私たちに任せろ」
女性は自らも槍を持ち赤フィノの方へ。
「モンスターがいると通報があって来てみたが、人間型のスライムか、初めて見るタイプだな。いったいどうやって町に入り込んだ……?」
少し考えてから、おかしなことに気付いた。
「あれ? お前たち、どこにいった?」
連れてきたはずの部下は一人残らず消えていた。
「………………え、援軍を――」
答えにたどり着いた瞬間、急接近した赤フィノのアッパーが隊長を吹っ飛ばした。
「今行くぞお前たちぃいいいいい!!!」
何も出来ぬまま、隊長も部下たちを追って星となった。
「……なんて使えないのかしら」
思わず本音が出ちゃったシェスカだがこのままだと次は自分の番である。
「エスニャ! 逃げるわよ!」
しかしエスニャは走ろうとはしなかった。
折り畳み式のナイフを取り出して赤フィノを見据えている。
「私はもう動けません……あなただけでも逃げてください……こんな私でも、パンチ一発分くらいなら時間を稼げますから……」
「このバカ! カッコつけてないで動けっ! 逃げるのよ!」
笑顔を見せて、エスニャは続ける。
「シェスカさん、最後にひとつだけ、お願いを聞いていただけませんかねぇ? 無事逃げ延びることが出来たら……私の部屋にある本をすべて処分してほしいんですよ……こんなことを頼める友達は……ふふっ……恥ずかしい話あなたしかいないもので……」
「エスニャ……」
「ターゲット、エスニャ、キュウサイヲ、オコナウ」
無慈悲にも赤フィノはエスニャを狙う。
「エスニャっ!」
「くっ……」
殺人的な威力の拳を奇跡に避けることが出来た。
だが体力を使い果てしているエスニャはバランスを崩し転んでしまう。
「ム? ナンダ、コレハ?」
転んだ勢いでエスニャが隠していた持ち物――粛清を受けるきっかけにもなった薄い本が落ちてしまった。
赤フィノは薄い本を拾いまじまじと見つめている。
「コレハ、アタシ、カ?」
『らぶらぶ♡まじっく』と書かれた表紙には一糸まとわぬフィノとレンが熱い口付けを交わす姿が描かれている。
二人を包む赤い触手はハートの形になっていた。
「アタシト、コイツハダレダ? レン?」
食い入るように本を読む赤フィノ。
「ナニ? アタシノマタカラ、ヘンナモノガハエテ、ホォ……」
何かを急速に学習していく最強のスライム。
最後まで読み終わり本を閉じると、
「レン、アタシノヨメ、ドコダ?」
その場にいない誰かを求め、旅立っていった。
「…………助かったのかしら、私たち」
「そう……みたいですねぇ……」
◇
ちょうどその頃、フィノを愛でる会のアジトでは……。
「うふふふふふ……今度こそ、今度こそ反逆者はギッタギタのメッタメタですわ!」
最後の切り札も失敗に終わったのだが、そのことをまだ知らない彼女たちはすっかり浮かれていた。
「うぇうぇ~~い! カンパーイですわ!」
「今日はフィノさんの祝福を受ける時ですわー」
「このソーセージ……うんめぇ~~ですわ!」
床に座って宴会をしている少女たち。
上品に仮面を少しだけずらして飲食する。
「ふふふ……皆さん、あまりはしゃぎ過ぎないよう――おや?」
突然、バシン! と力強く入り口が開かれた。
薄暗かった部屋が一気に明るくなる。
「何奴!?」
「エスニャを襲ったのは貴様らだな? 学院長の指示で調査に来た」
「あーっ!? お、お前は!」
指の骨を鳴らしながら涼しい顔で乗り込んできたのは、唯一フィノを追い詰めた幼き天才、レンだ。
「チビガキッ!」
「出ましたわねっ!」
「キーッ! 悪魔の子めッ!」
ささっとレンの周りを取り囲む仮面の少女たち。
「ふふふ、まさか貴女が来るとは……流石に単独でというのは我らを甘く見過ぎでは?」
「逆だな、貴様ら如き本来私が来るまでもないんだ。派手女一人でも十分だろう」
「かっ、かっわいくねーガキですわね!!!」
「ころすっ! ころすぅ!」
「こンのクソガキィーーー!」
一斉に襲い掛かる少女たちだったが、このクソガキはとんっでもなく強かった。
流れるように動き、手刀一発で次々に気絶させていく。
「ば、ばかな……ここまでとは……」
「貴様が頭だな? もう諦めろ」
「なぜ……なぜこの場所が分かったんですの?」
「密告があった。当然名前は出せんがな」
「くっ……にゃんこさんとは別の裏切り者……いったい誰が――ぐあっ!」
リーダーもまた一撃で沈んだ。
「……それにしても、酷い部屋だな」
呆れた様子で辺りを見るレン。
壁には隠し撮りされたフィノの写真が何枚も貼られ、彼女をモデルにした人形や絵画も部屋中にある。
「レン、ひとりで大丈夫?」
入り口からひょこっと本物のフィノが顔を出した。
「やめろフィノ! 来るな! 貴様は見ない方が良い!」
レンが止めるも少し遅かった。
入ってきてしまったフィノの瞳からはふっと光が失われ、ぽてっと倒れた。
「フィノっ!? フィノーー!!!」
こうして、フィノを愛でる会は壊滅したのだった。




