第三十五話 VSフィノ親衛隊その2
喫茶店の前。
フィノ親衛隊の二人は脳筋が戻るのを待っていた。
「妙だな……ですわ」
「どったのー?」
うんこ座りで水晶の動画を見ながらビッチは返事をした。もの凄くどうでも良さそう。
「リストリアが遅すぎる……ですわ」
「手こずってんのかもね~、すばしっこそうなのもいたし、店んなかじゃ魔法ぶっ放すわけにもいかねーでございますしぃ……おほっ、この子カワイ~! チェックチェック……」
「加勢に行くべきかもしれんな……ですわ」
「うぇ~? 脳筋助けに行くくれーならママ活おばさんと遊んでる方が小遣いもらえる分まだマシっしょ、そもそも待ってりゃいいって言ったのギャパリーさんじゃ~ん?」
「…………どうやら、判断ミスだったようだ。立てユリリン、リストリアは敗北した。敵は四人とも無傷だ……ですわ」
「んあ?」
店の中からシェスカ、エスニャ、シュノセル、プリメーラが現れた。
ビッチは「にひっ!」と笑い声をもらして立ち上がる。
「シェスカちゃ~ん! ちゃおちゃお~! 今からあっしと遊ぼ~ね~! っつか今カノジョとかっていんの?」
「金棒を担いだ女が店に入っていったはずだが、どうした? ……ですわ」
「あの人なら私らが倒したッスよ? 今行ってあげれば助かるかもしんないッスね~」
「ケケケ、ワタシは無能だが、さすがにそんなウソには騙されんよ。奴と戦ったにしてはキミたちは綺麗すぎる。恐らくしびれ薬でも嗅がされたかな……ですわ」
「当たらずも遠からずってとこッスかね。どうでもいいけど、敵の前で自分のこと無能とか言わない方がいッスよ? その時点で嘘つきだってことがバレるッス」
「別にウソではないよ、ずいぶんとひねくれた考え方をするものだな……よし、キミもフィノ様に忠誠を誓うと良い、その瞬間、海よりも深い愛と朝日よりもまばゆい光がその悪しき心を浄化してくださるだろう……ですわ」
「そういうの間に合ってるッス。私レンさん派ですし」
「神をも恐れぬ異端者め……ならば予定通り君たちの血をフィノ様に捧げるとしよう。やるぞ、ユリリン……ですわ!」
「あいさー!」
親衛隊二人が構えた瞬間だった。
「シェスカ様! こっちも予定通りいくッス!」
「分かったわ! エスニャ! 行くわよ!」
シェスカたち四人は二手に分かれ逃げ出した。
「ユリリン! ワタシは小さいのを追う。キミはシェスカ君を! ですわ!」
「おけおけー! シェスカにゃ~ん! 待ってぇ~~ん♡」
◇
「プリメーラさん! 追って来てるのはどっちッスか!?」
「仮面の下半分がない方でござるな!」
「りょーかいッス! このまま誘導してやっちまうッスよ!」
「HAHAHAHA! 腕が鳴るでござる!」
作戦は単純なものだった。
強者二人と四人で戦うよりも、分断して二対一で戦う方が有利であるという考えだ。
シュノセルとプリメーラは町人をするするとかわしながら駆け、やがて広い空き地に逃げ込んだ。
「はぁ……はぁ……飲み食いした後にこれだけ走ると効くッスね……」
「今日の試験はさんざんでござったからなぁ~。ここで拙者の実力を見せるとしよう! おっと、こんなところに伝説の剣が……」
落ちていた木の棒を嬉しそうに拾ったプリメーラ。
「そんなもので戦うつもりかキミは……ですわ」
「おっ、来たッスね。たしか、ギャバンさんだったッスかね?」
「ギャパリーだ。まぁ、組織で活動するための偽名だがな……ですわ」
「一応挑発のつもりだったんスけどね。言われてみりゃ確かに偽名っぽいッス」
「HAHAHA! 真名を隠し闇をまとうは拙者も同じ! だが同類としてこれ以上貴殿の悪行を見過ごすわけにはゆかぬ! 一太刀……一太刀にて汝を屠る!」
「ケケケ、挑発はキミの方が上手いな……ですわ」
「……あっ、ちょっとイラっと来たッスよ。ライトニングサーベル! くらえっ!」
雷の剣を作り出したシュノセルが走り込んで剣を振った。
しかしギャパリーは片手でそれを掴んで止めた。
「ライトニングサーベルを受け止めた!? まさかあんたも――」
「そう! 同じ魔力性質さ! ライトニングスネイク! 食らいつけ! ですわ!」
ギャパリーの指輪から雷の魔力がふき出し、蛇の姿に変わりシュノセルの腹に噛み付いた。
「あぎゃあああ!」
体中から煙をあげ地に落ちるシュノセル。
「同じ性質とはいっても、術の威力次第ではこうなる。覚えておきたまえ……ですわ」
「シュノ殿!」
木の棒を振りかぶってプリメーラが助けに入ろうとするが……。
「ケケ、しゃあっ!」
なんとギャパリーの舌が魔族のように伸び、プリメーラの持っていた棒に巻き付いた。
「うっそぉ!? それマジでござ――あばばばばばば!」
雷の魔力を流し込まれ気絶するプリメーラ、大の字で倒れてしまった。
「……あ、あんた本当に人間ッスか?」
ギャパリーの足元で倒れていたシュノセルが顔だけ上げて聞く。
「人間だよ、これは気の力を利用した肉体操作術だ。私は気も魔力も両方鍛えているのさ……ですわ」
「くっ……ライトニングハンド!」
ギャパリーの足を掴んで魔法を発動させるシュノセル。
しかしまるでダメージはない。
「そうだ、こんな風に魔法だけでは通用しない状況というのが現実にはある。だからこそ魔導士には魔法以外の武器が求められるのだ。三回生にもなればこんな課題も出てくる……ですわ」
シュノセルの頭を踏みつけるギャパリー。
足を掴んでいた手から力が抜けていく。
だがそれでも、シュノセルはその小さな手を離すことはしなかった。
「ライトニング……ハンド!」
「学ばない奴だなキミも。何度やってもワタシにキミの魔法は通用せんよ。それどころかどんどん威力が落ちているじゃないか。もうやめたまえ、魔力が枯渇すれば最悪死に至る……ですわ」
何度も何度もシュノセルの頭を踏みつけるギャパリー。
「ぐへっ、がへっ……はぁ……はぁ……ライトニング……ハンド……」
「……?」
決してあきらめないシュノセルの姿勢にギャパリーは違和感を覚えた。
このチビは意地だの根性だので無駄だと分かっていることをいつまでも続けるような奴だろうか?
そんなタイプには見えなかった。
「なにを企んでいる……ですわ」
もちろんシュノセルは答えない。
歯を食いしばって攻撃魔法を続けている。
やはり何かおかしい。
不審に思い踏みつけた頭から足を離すと、
「へへっ、あんたの無能って自己評価……ホントだったみたいッスね!」
そこではアホ毛が元気に踊っていた!
「邪王飛天流奥義! 真っ直ぐいってぶっ飛ばす!」
「!?」
大きな声がした方にギャパリーが振り向くと、先ほど気絶させたはずのデカい女がもの凄い勢いで走って来ていた。
「くっ、ライトニング――」
「HAHAHAHAHA-!!!」
魔法はもう間に合わなかった。
プリメーラはスピードを一切落とさずに全力の体当たりをぶちかました。
「ぐっっはぁ!!!」
突進に技術はほとんど必要ない。
威力を決めるのは速度と体重である。
恵まれた体格と下半身のバネを合わせ持つプリメーラのそれはと~~っても強烈だ。
「……ぐっ、ごほっ、がはぁ……」
何メートルも弾き飛ばされたギャパリーの体はとても起き上がれる状態ではなかった。
あまりの衝撃に呼吸すらも上手くいかない。
「普通に戦っても厳しいのは分かってたんで、コレ狙ってたんスよね。プリメーラさんの丈夫さなら時間稼ぎすりゃ不意打ち可能だったんで――おっ、伝説の武器発見ッス!」
苦しむギャパリーに満面の笑みで近付いていく、小さな悪魔。
落ちていたを石を手に持って、
「やっ、やめっ――」
ガツン! とギャパリーにトドメをさした。
「強いのは間違いなくそっちだったけど……私らとケンカするには育ちが良すぎたッスね」
そう言って、シュノセルは奪った財布から中身を抜いた。
◇
「うぇいうぇいうぇ~~い! シェっスカちゃ~ん、お待ちになってぇ~~ん、あひゃひゃひゃ!」
町の通りを必死で逃げるシェスカとエスニャ。
「ちょっと! あいつあの走り方でどうしてあんなに速いのよ!?」
「身体能力の差ですかねぇ? わ、私もう限界……」
「もう少し頑張れ! 引きこもってばっかりいるからそうなるのよ!」
可愛らしい女の子走りで猛追してくるビッチ。明らかに遊んでいた。
「ぜはぁ、ぜはぁ、も、もう走れません、お腹が痛いぃぃ……」
「もう! 冒険者志望がそんなことでどうするの!」
エスニャは脇腹をおさえながらうずくまってしまった。
シェスカとビッチも同時に足を止める。
「ふぅ、まぁいいか……シュノたちからは大分離れられたし」
「かけっこは終わりなカンジ~? っつかサ、オタクちゃんヤバくね?」
「……あんたはちょっと休んでなさい」
「で、ですが……」
シェスカは剣を抜いてビッチに向けた。
「エスニャには借りがあるからね、ここで返すわ」
「そそそ、オタクちゃんは休んでなよ~ん。シェスカちゃんはあっしとイイコトしよ?」
言いながらビッチは仮面を外して素顔を見せた。
美形と言えなくもないが化粧が濃すぎて嘘くさい。
「いいのかしら? 顔見せちゃって」
「おけおけ~。ちゃけた話~、あの陰キャ共に付き合ってるだけみたいなカンジだしぃ、こんなん付けてたら女の子口説けなくね? みたいな~」
「軽い奴……」
「フィノちゃんに関してはマジだよん? 十回以上振られてるけどねー!」
「そりゃそうでしょうね、私もあんたみたいな女は大嫌いよ」
「ふふん! その大嫌いな女にこれからシェスカちゃんはお持ち帰りされちゃうんだけどなぁ~?」
ビッチはクネクネと腰を振りながら歩き近付く。
舐めた態度にイラついた様子でシェスカは斬りかかった。
「アブねっ! や~~ん」
ヘラヘラした笑顔でビッチは剣をかわす、二度三度と剣を振るもかすりもしなかった。
「くそっ! ウォーターバレット!」
「おおっと!?」
高速で発射された水の弾丸すらも急な加速で逃げられてしまった。
まるで猫のように柔軟で素早い動きをする。
「はやいっ……!」
「あひゃひゃ! あっし運動は超絶得意だからね~、そりゃフィノちゃんほどじゃないけどさ……ルーキーのシェスカちゃんじゃ勝つの無理っぽくね? みたいな~」
シャっと動いたビッチは剣を持つシェスカの腕を掴んだ。
「!?」
「マジで動けばこんくらい速いよ~?」
「はっ、はなしてっ!」
いくら暴れてもビッチの手から逃れることは出来ない。
動きだけでなく腕力にも大きな差があった。
「もう諦めなってば、可愛がってあげるからさぁ……」
耳元で囁くビッチ。
シェスカにぐいっと顔を寄せ、唇をゆっくりと近付けていく……見ていたエスニャがちょっと興奮していた。
「いっ、いや……」
「うふふ……いただきまぁ~す……ぐえっ!?」
ガツン! とビッチの脳天に衝撃が走った。
「ぐおおお~~!? いっでぇええええ……だっ、ダレだぁ!?」
キレながら振り向くもんだからビッチの厚化粧にヒビが入ってしまった。
「ユーリ! あんたまた浮気したんだって?」
「げっ!? てめーは……」
「あなた……」
シェスカはその人物をよく知っていた。
フィノに会いに行くと必ずと言っていいほどそばにいる、フィノ、レンに次ぐ学院三番手の実力者、東国の剣を操る熱血魔導士……。
「ミランジェ!」
「せっっかくフィノっち誘っておやつの予定だったのに! 泣きつかれるうちの身にもなってみろ!」
「うげっ!」
ミランジェは鞘に納めたままの刀でビッチをぶん殴る。
あまりの威力に吹っ飛ぶビッチ、顔面から壁に叩きつけられずり落ちた。
壁には真っ赤な鼻血のあとが縦に……。
「ミ、ミランジェ……その辺にしてやったら?」
ちょっとかわいそうになってきたシェスカ。
「ん? いや実はさ~、こいつの彼女から半殺しにして連れてきて欲しいって頼まれちゃったんだよね。こういう奴許せないジャン? へらへらちゃらちゃらした態度でフィノっちに粉かけてるのは我慢するにしてもさ!」
どちらかと言えばそっちの方で怒ってるみたいだった。
ミランジェはダウンしていたビッチの体をひょいと担いだ。
「はっ、はなせっ! ゴリラ女!」
「誰がゴリラだ尻軽女!」
「てめーのカッコ見てから言えやぁ! 大差ねーぞぉ!?」
「うちはフィノっち一筋ピュアハートだからいいんだよ!」
「パチこいてんじゃねー! てめーがフィノちゃんに似てるグラドルの本買ってるってことは――いだぁっ!?」
ゲンコツでビッチを完全に黙らせたミランジェ、シェスカとエスニャに爽やかな笑顔を見せると、
「ゴメンねー二人とも。っつーわけで、こいつちょっと借りてくわ~」
そう言って帰っていった。
「…………なんか、なんとかなっちゃったわね」
「そうですねぇ……」
助かったのはいいが自分の力で凌いだわけではない、複雑な心境のシェスカだった。
「はぁ、とりあえずシュノたちの方に行きましょ。苦戦してるようだったら助けてあげなきゃ……」
うなずいたエスニャが立ち上がり、二人は来た道を引き返すのだった。
◇
一方、こちらはフィノを愛でる会のアジト。
「お~♪ お~♪ わ~れ~ら~がフィ~ノさぁ~ん♪」
仮面の少女たちが両手足をうねうねと動かす不思議なダンスを踊っていた。
身も心もフィノの触手になりきって魂の救済を得る神聖な儀式である。
「ふふふ……そろそろ親衛隊が敵を捕らえて戻ってくる頃ですわね。たっぷりとその魂を救済して差し上げなくては……」
手を後ろで組んだリーダーが儀式を見ながらつぶやいた、しかし……。
「リーダー! リーダー! 大変! 大変ですわ!」
「なんですの! 大切な祈りの最中ですのよ!?」
儀式は中断され、乱入してきた少女が注目される。
「親衛隊が……親衛隊の三人が全滅しましたわ!」
「ぬわんですってぇ!?」
「ギャパリーさんは大きなタンコブが出来て戦闘不能……ユリリンさんは拉致られ、リストリアさんは喫茶店のおトイレで泣き声と排泄音を交互に鳴らしていらっしゃいましたわ……」
「そ、そんな、あの三人をもってしても……」
あまりのショックにふらつくリーダー。
まさかこうなるとは思ってもみなかった。
「リーダー! どうするんですの!?」
「魔族よ! 敵はきっと血に飢えた魔族だったのよ!」
「ヒィィィィ……コワイ……コワイですわ……」
「あぁ! フィノさん! ワタクシたちをお守りくださいまし……」
「ふふ……ふふふふ……もう遅い……我々は皆殺しの運命ですわ! あは、あはははは……」
「静粛に! 皆さん静粛に!」
どうにか持ち直したリーダーが手をパンパンと叩いて場を鎮める。
「で、ですがリーダー、これからどうするおつもりですの?」
「どうって……フィノさんの名のもとに浄化(殺す)するしかないでしょう。あれを使う時が来たようですわね」
リーダーは部屋の奥に安置されていた石像に近付いていく。
「それは……皆の寄付金で作らせたフィノさんの像……?」
「ふっふっふ……今まで黙っていましたが、これはただの可愛らしいフィノさんの石像ではありませんの……」
リーダーはフィノの石像を抱きしめる。
「目覚めよ、我らが女神よ、目覚めよ、救世の聖女よ……」
ビシッ! と石像に亀裂が入った。
「目覚めよ、破壊の神よ、目覚めよ――」
亀裂は全身に広がり、表面の石が割れ落ち、中からは真紅のボディが……。
「目覚めよ! 我らが"フィノ"さん!」
爆発したかのように石像の表面がはじけ飛んだ。
中から現れたのは、フィノにそっくりの赤いボディを持ったスライムだった。
「モ、モンスター!?」
「うふふ、スライム族最強種、ビッグバンスライムですわ。催眠術で自らをフィノさんだと思い込ませ、専用の型によってこの美しい姿を与えました……」
「ビッグバンスライムですって!? あのドラゴンすら殴り殺すと言われる……」
「そう! そのビッグバンスライムですわ!」
「あぁ、なんと神々しいお姿……」
「これが我らの守り神にして最終兵器ですわ!」
「で、ですがリーダー! こんなものを戦わせたらフィリスの町はとんでもないことになってしまうのでは?」
「知らね、ですわ。警備隊か教員連中が最後は止めますわよ、きっと」
「た、たしかに……」
「ふふ、うふふふふふふ……さぁ、フィノさん……我らを敵にまわしたことを、愚かな反逆者たちに後悔させるのです……」
フィノにそっくりな赤いスライムは、渡された水晶の映像を見てターゲットの姿を学習していく――。




