第三十話 真の敵はキノコ
再び過去に戻ったミランジェ、自室のベッドから体を起こしため息をついた。
(敵はあの女だけじゃなかったか……)
考えていたのは、シェスカが持っていたキノコのこと。
あんなものがある限りフィノはつねに危険と隣り合わせである。
真剣に迫られたらあっさり落ちるフィノのチョロさにもちょっとショックだった。
(もっと過去に戻れるようにしときゃあ、栽培される前にぶっ潰せたんだがなぁ……)
しかし希望もあった。
リリィがミランジェの村でキノコの栽培を始めたのはここ最近の話だ。
(取り扱ってたのはドリーちゃんのお店だったよな)
たしか過去に見た覚えがある。
その時シェスカも一緒にいたような……。
(今日はまだ店に並ぶ前だったはずだ。早めに動けばどうにか出来るか)
ベッドの上であぐらをかきながら手順を思い浮かべていく。
1、ドリーの店にあるキノコをどうにかする。
2、シェスカにも手を打っておいた方が良いだろう。お祭りデートは阻止せねばならない。
3、あらためてリリィを倒す。
(よし! 完璧だ。これでいこう)
元々あれこれ考えて行動するのは苦手なので、結論を出すのは早かった。
◇
腹ごしらえをしてからドリーの店までやって来たミランジェ。
フード付きのローブに仮面という出で立ち。
これなら正体がバレる危険はない。
どう見ても不審人物だけど。
「邪魔するぜぇ~」
「い、いらっしゃい」
引きつった笑顔で迎えるドリー。
この恰好では警戒するなという方が無理だ。
大股で店の中を歩く不審人物は積まれていた薄い本の前で立ち止まった。
「よぉよぉ、マスターよぉ。あんたんトコの店じゃこんなハレンチな商品扱ってンのかい? これアレじゃねぇのぉ? しょーぞーけん? の侵害とか言うヤツだろぉ」
チンピラ女をよそおってドリーのおびき出しを図る。
けっこう素かもしれない。
「……どれのことかしら?」
力の入った顔でカウンターから出て来たドリー。
いざとなれば一戦交える覚悟である。
「これこれ、これだよ」
手招きするミランジェ。
ドリーが横まで来たタイミングで――
「よっ!」
素早く背後にまわり手刀一発。
一撃で気絶させることに成功。
ドリーも油断していたわけではないのだが、戦闘経験に天と地ほどの差があった。
「ごめンな、ドリーちゃん。この償いはいつか必ずするよ」
軽い動きでカウンターを飛び越えたミランジェ。
目的の物はすぐ見つかった。
仕切りの入った箱にキノコが並んでいる。
「こ、こんなモンがあるからあの子が……!」
怒りの感情を炎に込めキノコを焼却。
ミランジェを地獄に落としたアダルトグッズはあっけなく灰に変わった。
(これで残りはウチの村で栽培されてる分だけだな)
用が済めば長居は無用だ。
もう一度カウンターを飛び越え店を出ていく、のだが、
「……フン!」
帰り際にパチンと指を鳴らすミランジェ。
すると積まれていた薄い本がまとめて焼き尽くされた。
「勝手にあの子をエロ本のネタにすんじゃねーっつの」
どちらかと言えば、レンとカップリングされていることに腹が立つミランジェだった。
◇
「むーっ! んーっ!」
両手足を縛って猿轡をかませたシェスカを彼女の部屋に放り込むミランジェ。
(ゴメンな。今日だけは大人しくしておいてくれ)
「んんーー!」
涙目で懸命に助けを呼ぼうとするシェスカに心の中で謝る。
いきなり仮面ローブの不審者に拘束される恐怖は計り知れないものがあるだろう。
だが彼女の叫びが誰かに届くことはなく、ミランジェは乱暴に扉を閉めた。
(ついでに部屋を封印しておくか)
躊躇なく結界まで張った。
シェスカへの恨みもちょっとあったかもしれない。ちょっとだけ。
(よし……これで後はヤツを倒すだけだ……)
リリィほどの相手とまた戦うのか……と考えたら少し面倒になってくる。
感情のままに突っ走った初戦とは違い、一度勝っているので気もすんでいた。
だが力を抜いて勝てる程甘い相手ではない。
仮面を取り頬を叩いた後、ミランジェは再びリリィの元へ向かって行った。
◇
ミランジェとリリィが二度目の戦いを始めた頃――
「まさか私が一撃でやられるなんてね……不覚だわ」
椅子に座ったドリーが落ち込んだ様子で言った。
「私の同人誌以外に、盗まれた物とかはありませんかねぇ?」
店の中をキョロキョロ見回すエスニャ。
それともう一人。
「見た感じ店は荒らされてないよね。強盗じゃないのかな?」
フィノは心配そうにドリーを見ている。
「店の金は手付かずだったわ。フィノちゃんの同人誌に手を出した理由は分からないけど、用心してね……」
心配そうに言うドリーに、フィノは力こぶを作り笑顔で答える。
「大丈夫! あたしは負けないよ!」
力強い言葉にドリーは微笑む。
「……ですが、ドリーさんがそこまで言うなんて、それほどまでの相手だったんですか?」
「ええ……人間の集中には波があってね。たとえ一点を見つめていても途切れてしまうタイミングってあるものなんだけど、そんな一瞬を突かれたの……あれは力が強いとか動きが速いとかそれ以前の問題。どうしようもない差を感じたわ。姿を隠していたことを考えると、きっと名のある武道家のハズ……」
大柄な体を恐怖で震わせながらドリーは言った。
実力のある者ほど相手との力量差を正しく理解できるものである。
その読みは間違っていない。
「そ、そこまでですか……ワールドクラスの賞金首という可能性もありますね……」
「エスニャさん、ワールドクラスってなぁに?」
「懸賞金が一千万を超えた犯罪者は国際的に情報が共有されるようになります。これを一般的にワールドクラスと呼ぶんです」
「そうなんだ……ありがとう」
「いえいえ」
なんだか話が大きくなっているが、その正体は未来からやって来た色々とこじらせてる中年女である。
とんでもなく強いのは間違ってないけど。
「そうだ、あなたたち明日のお祭りには行くの?」
「あたしはレンのライブに行く予定でしたけど……」
「私は……まぁ……暇と言えば暇ですね」
「芝居でも観ない? チケットが二枚あるのよ。カレと行く予定だったんだけど、こんなことがあっちゃね……」
「お芝居! あたし行きたいです!」
「ならあげるわ。デート、楽しんできてね♪」
「でっ!!?」
すっとんきょうな声をあげたエスニャ。
「あら、エスニャちゃん……そういうことなのね……?」
「な、な、な?」
やたらするどいおっさんである。
「今朝買ってったキノコ……チャンスがあったら試してみてね」
「うおおおおおお!?」
「キノコってなぁに?」
「ふぉおおおおおお!?」
なんだか、またもやミランジェにとって、ひじょ~~~にマズイ流れになっていた。
◇ ◇ ◇
翌日。
どうにかリリィを倒し、ボロボロになって町に戻ったミランジェ。
宿屋の前で信じられない光景を見た。
「なんだ……ありゃあ……」
腕を組んだ状態で歩くフィノとエスニャだった。
もちろん宿から出てきたところである。
ミランジェは震える手で上着のポケットをあさり、真実の眼を取り出した。
そして、二人を見た。
エスニャは――『9』
フィノは――――『7』
「ちくしょおおおおお!!!」
力いっぱい真実の眼を地面に叩きつける。
「七ぁ!? 七回だとぉ!? ふざっけんじゃねェぞぉ!!!」
げに恐ろしきはエスニャの精力である。
常人の限界をはるかに超えていた。
そちらの世界では超人と言っても過言ではないだろう。
フィノの体力でなければついていくことは出来なかったはずだ。
「大体ナニモンだあの女はぁ!?」
過去に会ったことはあるはずだが忘却の彼方である。
ミランジェにとってエスニャの印象はそれくらい薄いものだった。
「くそ……くそ……くそぉ……」
やり直しの失敗が確定し、手の甲にある月の紋様が輝き始めた――
◇ ◇ ◇
自室で目覚めたミランジェ。
またこの朝に戻ってきてしまった。
「ふぅー……落ち着け……落ち着け……」
悔しさと絶望で気が狂いそうだった。
もしかしたら、自分は永遠にこの日を繰り返すのかと考えてしまう。
「落ち着け……誰だ……ありゃ誰だ……」
目をつむり胸に手を当てる。
ここで冷静さを失えば、本当に時の牢獄に囚われてしまうだろう。
(思い出した……そういやいたな、あんな先輩。名前は……エスニャ……)
忘れていたのも当然だ。
まともに会話した記憶すらなかった。
(あの二人が一緒にいたのは分からなくもないが、キノコはどうした……? 町にある分は全部始末したはず……)
ドリーの店以外にキノコを卸していないことは、二度目に戦った時にリリィから確認を取っている。
(ウチが行くよりも早く買ったのか? くそっ、情報が足りない)
レンやシェスカのことは覚えていたがエスニャの存在はまったくの想定外である。
最初にやり直した時、フィノの口からエスニャという単語が出なければ今でも名前は思い出せなかったはずだ。
(このさい他はすべて後回しだな。まずはエスニャにキノコが渡ることを阻止しないと……)
飛び起きて服を着替え、急いで部屋を出た。
◇
物陰からドリーの店を見張るミランジェ。
もちろん仮面ローブで正体を隠している。
どこからどう見ても立派な不審者である。
(来たな……)
狙い通り現れたのはエスニャと、
(そうか、朝から出かけてた理由はこれか……たしかそんなこと言ってたな)
大きな荷物を抱えたフィノだった。
「エスニャさん、どこまで運べばいいのかな?」
「このお店です。ドリーさんという方が――あっ、出てきましたね」
開店前の店から出て来たドリー。
そのままエスニャとフィノに挨拶し、三人は店の中へ入っていった。
(当然だけどやり取りは店の中か、どうすりゃいい……いつ出て来るか分かんねーし、モタモタしてたら他の対応が間に合わなくなる……クソッ! かったりィな……)
しばし考え込んだ後、ミランジェは指の骨を鳴らしながら、ドリーの店に近付いていった。
◇
「素敵な表紙だね。ちょっと恥ずかしいけど……読んでみてもいい?」
「ダメです。恥ずかしさで私が死にます。殺さないでください」
「そっかぁ……」
フィノは残念そうに持っていた同人誌を置いた。
「それにしても、エスニャちゃんがこんな有名人と友達だとは思わなかったわね」
商品棚を整理しながらドリーが言った。
「ええ、フィノさんとは最近……実はレンさんとも」
「あらヤダ、スーパーアイドルとまで? やるわね」
「あっ、レンの人形だ! かわいいなぁ。ドリーさん、これ売ってもらえませんか?」
「ええ、もちろん。フィノちゃん、オマケで安くしておくから、またお店に来てね?」
「ハイ! かならず来ます!」
「おや? ドリーさん。カウンターの奥にあるキノコは何ですか?」
エスニャがそう言った時だった。
店の扉が乱暴に開かれる。
無言で入店してきたのはフード付きローブに仮面という恰好の不審者だ。
「……ごめんなさいね。まだ開店前なのよ。外で待っていてもらえるかしら?」
エスニャとフィノを守るようにドリーが近付いて行くが、不審者は目にも止まらぬ速さで手刀を振った。
それはドリーのあごをかすめ、一撃で意識を奪った。
「ドリーさん!」
叫んだフィノが襲い掛かるも、ひらりとかわされてしまう。
そして不審者は炎の球を作り出すとカウンターの奥に投げつけた。
「ま、魔導士!?」
燃える商品にフィノとエスニャの視線が移った瞬間、すでに不審者の姿は消えていた。
◇
店から飛び出した不審者――ミランジェは町中を走っている。
エスニャの手に渡る前にキノコを焼き、消化に手間取るようあえて火を残してきた。
後は人目に付かぬところで着替えてしまえばいい――のだが、誤算が一つだけあった。
「待て!」
「チッ!」
凄い勢いでフィノが追いかけてきている。
エスニャが土の魔法であっさり火を消してしまったのはミランジェにとっての想定外。
(なにやってんだ……なにやってんだよウチは……)
走りながらうんざりしてくる。
魔法を使って町を脱出することも考えたが、メリルが町全体に張っている感知結界の中で大きな力を使うのはリスクが高い。
リリィに対抗できるだけの力を持っていて、イマイチ能力が分からないメリルを敵にまわすことは避けたかった。
結果、この追いかけっこだ。
だがそれも長くは続かない。
ミランジェとフィノの距離はどんどん詰まって来る。
本来の肉体ならばともかく、今使っているのはまだ修行不足だった十代の時の体だ。
単純な走力ではフィノに分があった。
「くそっ!」
隠れる場所を求め、路地裏に入るもそれがアダとなった。
行き止まりである。
「あなたはいったい誰なの? どうしてドリーさんの店を襲ったんだ!」
出口をふさぐように立ち、拳を構えるフィノ。
(やるしか……ないのか……)
傷付けずに倒せるほどフィノは甘く無い。
かといって逃げることも出来ない。
力いっぱい魔力をぶつけることが出来たリリィ戦がどれだけ楽だったかと思う。
ミランジェとフィノ。
避けられない戦いが、始まった。




