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うねうね☆マジック!  作者: うさおう
一本目! 魔導士たちの学校
3/109

第三話 血染めの入学式



 フィリス魔導学院、学院長室。

 数回ノックをしてからフィノは中に入った。


 部屋の両隣にある木製の大きな棚には本やワインのボトルが並んでいて、正面にはやたら大きな机が一つ。

 机の向こうにある豪華な椅子には白髪の老婆が座っていた。

 

「ようこそ、フィノ……よく来てくれましたね。会いたかったわ……」


 とても嬉しそうに、穏やかな口調で老婆が言った。


「あなたが学院長さんですか。どうしてあたしを?」


 フィノは一番気になっていたことをまず聞いてみた。


「あなたが特別な才能を持っているからよ。たぐいまれな『樹』の魔力性質。記録の中だけに存在していた幻の属性……六十年以上生きて来たけれど、出会ったのはあなたが初めて。セスに生まれたばかりのあなたを抱かせてもらった時は心が躍ったわ……」

「この力で、あたしは何かの役に立てるんでしょうか」


 学院長の言い方ではなんだか凄そうだが、フィノの魔力で出来たことはミランジェの体を弄んだだけである。

 学院長は笑顔で手招きをしてフィノを近くに寄せ、話を続ける。


「どうかしら……樹の属性はとても珍しいから、どんな魔法があるのかも分からないのよね――ああ、そうそう……『ラッシュヴァイン』の魔導輪(まどうりん)は受け取ってくれたかしら? ミランジェに預けておいたのだけど」


 魔導輪とは魔法を使うための指輪のことだろうか、確かに山を下りる時にミランジェから渡された。

 これですか? と言ってフィノは指輪を見せた。


「そうそれ。数年前に発掘した冒険者から買い取ったの。あなたに進呈するわ。どうせ他に使い手もいないしね。魔法を発動させることは出来た?」

「で……出来たは出来たんですけど……えっと……その……えと……ミランジェが……」


 フィノは頬を赤く染めてもじもじしている。

 ミランジェのあんな姿をどう説明しろというのか。


「……? まぁ、それはミランジェの方から聞くとしましょうか。学院の事は入学式までまだ日があるから、それまでにゆっくり覚えるといいわ。辞めたくなったらいつでも相談してね? なんなら私の養子になっても良いのだから……」


 学院長はとてもフィノに優しい。

 だがそれは恐らく、フィノの貴重な才能を愛しての事。

 良くしてくれるのは嬉しいが、そう考えるとフィノは少し複雑である。


「あの、さっきここから出て来た水色の髪の女の子――レンの事なんですけど、聞いてもいいですか?」


 ニケには関わるなと言われてしまったが、レンの事はさっきからずっと気になっていた。


「レン……あの子は傭兵業をしている友人の子でね……家業を継がせるために、幼い頃から厳しい教育をしてきたそうなのだけど、反抗期……なのかしら? 最近は手を焼いているらしくて、しばらく預かってほしいって頼まれたのよ」

「傭兵……か」

「魔導士としての才能ならば素晴らしいものを持っているようなんだけれど……心の方がね……ここで年の近い友達でも出来れば、何か変わるかもしれないのだけれど」


 微笑みながら、そう言って学院長はフィノを見つめた。


(あたしになれって……言ってるのかな? レンの友達に……)


 とは言っても、さっきのあの様子では話し掛けることも難しい。

 ニケが止めなければ、今頃こうして学院長と話をする事も出来なかったかもしれない。

 反応に困ったように目をパチクリさせているフィノを見て、学院長はくすくすと笑った。





「お! フィノっち! おつかれ~」


 学院長室を出たフィノを待っていたのは、ミランジェとニケ。

 

「ミランジェ、起きたんだ」

「そんなことより聞いたよ、フィノっち! レンとかいう奴にケンカ売られたんだって? ぶん殴っちまえばよかったじゃん」


 ミランジェの言葉を聞いて、「これこれ……なにを言うのじゃ」とニケが呆れたように言う。


「はは、それがさ。体の自由を奪われちゃって何も出来なかったんだ」

「そうなの? キタネーな……次会ったらこっちから仕掛けないと!」

「生徒間での私闘は禁止じゃぞー。やるなら許可を取って訓練場でやれ」


 まるで自分の事のように怒るミランジェ。

 そんなミランジェに、あっけらかんとした顔でフィノは――


「それがさ、レンと…………友達になることになっちゃった」


 と、言った。





「フィノ、ここがお主の部屋じゃ。まずは明かりか」


 ニケに案内され学生寮の部屋までやって来たフィノ。

 ミランジェは学院長に報告があるというので別れて来た。

 既に日は落ちていて、部屋の中は暗い。


「明かりって……どうすればいいの?」

「ちょい待っとれ。今火を付ける」


 そこまで聞いてフィノは、んっ? となった。

 ニケは犬である。

 火を付けるって……どうやって?

 腕を組んで頭の上にクエスチョンマークを出していると、テーブルの上のランプに火が灯る。


「……ええええ!?」


 フィノ、本日二度目のビックリ。

 ランプの光によって現れたニケの姿は犬ではなかった。


「くっくっく……驚いたか?」


 そこにいたのは一人の女の子。

 白い髪の毛に小さな牙が目立つ。

 身長はフィノより少し大きい。160センチくらいだ。

 胸当てとスカートのみなので露出が高い。おなかが冷えそう。

 犬耳と尻尾、鈴の付いた首輪だけはそのままだった。


「に……人間だったんですか!?」

「いいや、わしは犬神という種族でな。二つの姿を持っておる」

「へ、へ~~~……」


 声の高さからメス(?)だという事は分かっていたが、それでも驚きは隠せない。世の中は不思議なことがいっぱい!


「ところでフィノ、本気なのか? レンと友達になるなどと」


 部屋にあったベッドに腰掛けてニケは聞いてくる。他人のベッドに勝手に座るな。


「えへへ……なんかそういう流れになっちゃって……」

「笑い事ではないぞ? さっきもわしが止めねばどうなっておったか……」

「大丈夫、次は負けない」


 笑みを浮かべ、まっすぐな瞳でフィノは言う。


「負けない……か、レンは強いぞ? 特待生となったあやつを迎えに行ったのはわしじゃが、わしがフィリスの者だと分かった途端仕掛けてきおってな……少し戦ってみて分かったが、あやつの実力は既にここの学生連中よりも上じゃ。もし本気で暴れ出したら教員クラスでも抑えきれんかもしれん」


 それを聞いても、フィノは一切表情を変えずに言う。


「それでも――あたしは負けないよ」





 翌朝、太陽と共に目覚めたフィノ。

 ベッドの上で、んー! っと伸びをしてから起床。

 窓を全開にして、光と朝の空気を全身で感じる。


(山じゃない……あたし、遠くの町にいるんだな)


 学生寮は大きな三階建ての建物で、フィノの部屋は三階。

 窓からは学園内の様子や、外に広がるフィリスの街並みを眺めることが出来た。

 昨日から、見るもの触れるものすべてが新鮮。

 新たな人生の始まりを感じる。

 未知への予感に心が弾む。

 

 早起きした学生が数人、もう外に出てきて鍛錬を始めていた。

 剣を振っている者、魔法の練習をしている者、ひたすら学園の敷地内を走っている者。

 人それぞれの一日が始まっている。

 そんな魔導学院の朝を、フィノは窓から笑顔で見ていた。





 フィノが着替えを済ませたタイミングで、部屋のドアがこんこんとノックされる。

 返事をして出て行こうとするが、ドアはフィノが触れる前に勝手に開いた。


「おっはー、フィノっち。朝ごはん行かない? 食堂案内してあげるよ。んで食べ終わったらさ、ちょっとうちの修行に付き合ってよ」


 図々しく部屋に入って来たのはミランジェ。

 出会ったばかりの、初めて出来たフィノの友達。

 相変わらずスカートが短く派手な格好。

 動きやすいからなのか、目立ちたいからなのかは分からない。あるいはその両方かもしれない。

 服装だけを見れば派手好きの若い娘なのだが、腰から下げているのは立派な刀。

 彼女も戦いの世界で生きる人間だ。


「うん! あたしも丁度何か食べに行こうって思ってたんだ」


 そう返事をして、フィノはミランジェと共に部屋を出て行った。





 寮を出たフィノとミランジェは、学園の敷地内を歩いていく。

 ミランジェに案内され、一階建ての広い建物に入った。


「ここが学食だよ。とりあえずここと寮の場所を覚えておけば死ぬ事はないかなー」


 学生食堂の中はとても広く、六人用のテーブル席がびっしりと並んでいる。百人以上は同時に座ることが出来そうだ。

 奥にはカウンターがいくつかあって、他の学生が数人並んでいる。


「まだ早いからすいてるね~。ここは値段も安いよ……ってフィノっちは特待生だから食費も学校から出るんだっけ?」

「うん、一日三回は手帳を見せれば無料にしてもらえるってエリザ先生が言ってた」

「うへー羨ましー! だったら食べまくっちゃいなよ」

「一食千ディーナ分までって制限があるから、沢山は無理かなぁ」


 楽しくお喋りをしながら、二人はカウンターの列に並ぶ。

 カウンターではメニューから欲しいものを選ぶと、それをすぐにトレイに乗せて持ってきてくれる。

 お金は先払いだ。

 

 二人は朝食を買うと近くのテーブル席に向かい合って座った。

 フィノはパンが二つと、サラダに魚料理という組み合わせ。

 ミランジェは数種類の焼き菓子とパンケーキ、そこにだばだばとハチミツをかけている。糖分の暴力。


「それ、何飲んでるの?」


 ミランジェが買ってきたドリンクを見てフィノが聞いた。茶色の液体の中に黒い塊がういている。


「タピオーカースタミナドリンクだよ。最近町で流行っててさ。うちもハマってんだ。体に付いたら痒くなるのが難点だけど……」


 いったい原料は何なのだろう?

 液体の中の黒い塊を見ながらフィノが考えていると、すぐ隣から声を掛けられた。


「ミランジェ、その食生活を続けとったら病気になるぞ?」


 現れたのはニケ。人間モード。

 今日は革製のバッグを持っていた。


「ヘーキヘーキ、うち何食っても太んねー体質だから」

「ニケさん。おはよう」


 そういう問題かぁ? と言って苦笑した後、ニケはフィノの隣の席に座った。

 そしてバッグから二枚の紙を取り出すと二人に渡す。


「おはようフィノ。部屋に行ってもおらんかったからこっちに来たんじゃが、ミランジェもいたなら丁度よいわ。昨日フィノとレンが来たことで今年の新入生が揃ったからのー。入学式の通知を配っとるんじゃ」


 片手に持ったフォークで食事をしながら、ミランジェは渡された紙を読み始める。マナー悪っ!


「もぐもぐ……んー、五日後ってことは分かったけど……詳しいことが全然書いてないじゃん。各自念入りに準備をってのも意味不明。なに持ってきゃいいワケ?」

「詳しいことは立場上言えんのじゃ。わしから言えるのは――『何があってもいいようにしておけ』……じゃな。他の連中にも伝えねばならんのでわしはもう行くぞ。じゃあなフィノ」


 いたずらっぽく笑顔を見せてから、ニケは立ち上がり去っていった。

 

「何があっても……か」


 パンをちぎりながらフィノがそう呟いた。


「ふ~ん、面白いじゃん。入学試験の時みたいにガッカリさせないでよね」


 ニヤッとして、ミランジェは言った。





 入学式までの五日間、フィノはミランジェと過ごした。

 共に食事をし、体術修行に付き合うかわりに魔力の扱いを学ぶ。時には町に出て遊びもした。

 学園内でたまにレンを見かけることはあったのだが、どう声を掛けるべきか考えている間にタイミングを逃してしまう。

 そして――あっという間にその日はやって来た。





 入学式当日。

 フィノたち新入生は、学園の中でも外れの方にある建物に集められていた。


「ミランジェー! おはよう!」

「う~っす。フィノっちは指輪だけか……ま、そうだよね」


 あまり広くはない部屋に集められた新入生たち、数十人という規模のため狭い。

 ぎゅうぎゅう詰めという程でもないが、全員が床に座れるほどのスペースは無いので皆立っている。

 部屋の中に目に付くような物は特になく、床には怪しい魔法陣が描かれている。

 とてもこれから入学式をやるとは思えない、部屋の中は新入生たちの不満と不安の混じった話し声でざわざわとしていた。


 皆警戒しているのか、それぞれが武器や特殊な能力を持つ魔道具で武装しているため、軽装なフィノはやや浮いている。

 ミランジェも当然刀を持ちこんでいた。


「ねぇフィノっち……どいつがレンなの?」


 ミランジェが聞いてきた。その声音には敵意が乗っている。

 フィノは少し周囲を見てから答えた。


「……いた。 あそこにいる水色の髪の女の子だよ」


 部屋の隅にレンはいた。

 フィノ同様、持ち込んでいる装備は魔法の指輪のみ、腕組みをして背を壁に預けている。


「あいつか……どんな奴かと思ったら一番のチビ助じゃん」

「ケンカしちゃダメだよ? ミランジェ」

「分かってる。でも警戒はしといた方がいいっしょ?」

「ま、まぁ……」


 そんな話をしていると、部屋のドアが開く。


 そこから現れたのは……三人。

 一人は白髪の老婆――学院長。

 二人目は見事な金髪の美人――エリザ。

 そして三人目は、長く伸びた黒髪で顔が隠れた謎の女。

 エリザと女はともに黒いマントを羽織っている。教員の証だろうか。


 新入生たちが静かになるのを待ってから、黒髪の女は話始めた。


「みなさん……初めまして……今日から……みなさんの担当教員となる……リンネと申します……好きな食べ物は人間の肉です…………あっ、これジョークですよぉ? ……うふっ! うくくくく…………」


 新入生たちは誰も笑わないが、リンネと名乗った教員は一人で笑い転げている。

 少し間を開けてから、今度は学院長が口を開いた。


「……え、ええとね。リンネは少し変わった子ですが、フィリスメイジの称号を持つ立派な先生です。担当教員というのは、定期的な面談や試験官などを受け持つ教員のことですね。困ったことがあったら遠慮なく頼ってください」


 うち……他のセンセが良かったな……

 隣にいるミランジェの呟きがフィノの耳に届いた。

 ちょっとだけ同意出来てしまうフィノ、ちょっとだけ。


 次に口を開いたのは……エリザ。


「それでは、皆さんの入学式を始めたいと思いますわ。これより『ルール』を説明いたします」


 ルール? いったい何のことだろう。

 困惑する新入生たちを一切気にかけずエリザは続ける。


「と言ってもルールは簡単です。『十日間生き延びる事』……もしくは、ここにいる『リンネを捕まえる事』、捕まえるというのは触れるだけで十分です。それで入学式を終わらせることが出来ますわ」


 質問をしようと手をあげたミランジェを無視して、リンネは部屋の床に描かれた魔法陣に触れる。


「うふっ……ふふ……では……始めますね……」


 一瞬、魔法陣が光を放ち、フィノたちは意識を失った――





「――ウソ……だろ……」


 爽やかな風がミランジェの髪を揺らす。

 目の前の光景を受け入れられず、呆然と立ち尽くす。


 自分は確か室内にいたはずだ。

 隣には友人であるフィノがいた。

 部屋の中は人が多く息苦しかった。

 だが今は違う。

 ミランジェが立っていたのは、見晴らしのいい草原だった。


「ど……どこですかここ? わたしたちどうなったの!?」

「入学式じゃなかったのかな……?」


 近くには先程見た顔が十人ほど、フィノやレンの姿は見えない。

 皆不安そうにしている。

 ミランジェは大きく深呼吸、出来る限り頭を動かす。


(落ち着け……落ち着け……エリザ先生はルールがどうとか言ってた……これは……これが『入学式』なんだ……)


 だが、状況はミランジェが落ち着くのを待ってはくれなかった。


「きゃあああああああああああああ!!!!!!」


 悲鳴、皆一斉にそちらを向く。


「う……あ……」


 思わずミランジェは口を押さえる。

 視界に飛び込んできたのは……異形の怪物によってバラバラに引き裂かれた同期の姿。

 

 ミランジェは、混乱し激しく揺れ動く思考の中で、入学試験後にサインをさせられた、死すらも覚悟のうえである……という契約書の事を思い出していた――

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