第二十九話 憤怒の炎
鳥の声に起こされて、ミランジェの意識は徐々にはっきりとしていく。
ここはフィリス魔導学院、学生寮の一室。
(ああ……そういや、こんな部屋で暮らしてたな……)
掛け布団をはいでゆっくりと上半身を起こした。
そして自分の手のひらを見る。
(…………キレイだ……)
十代の体である。
輝かしい日々がこれからもずっと続いていく……そう信じていた頃の手だった。
手をくるっとひっくり返すと、未来から戻ってきた証である月の紋様があった。
「ククク……戻って来たなぁ」
勢いよくベッドから下りて窓を開け、当時の服に着替える。
部屋から出ようとしたところで、机の上にある真実の眼を見つけた。
かつての師であるリンネから受け取った魔道具。
学院をやめると伝えた時、唯一引き止めなかった彼女だが、誰よりも寂しそうにしていたのを覚えている。
「また世話になるよ、先生」
そうつぶやいて、真実の眼を上着のポケットに入れた。
◇
「ミランジェ? こんな朝早くに起きるなんて珍しいね」
部屋から出てすぐに話し掛けられた。
フィノだ。
「ッ! あ……ああ、今日は……特別さ……」
「あはは、なんか喋り方変じゃない?」
無邪気に笑うフィノの姿を見て、涙が出そうになってしまった。
ずっと心の中に焼き付いていた、天使のような笑顔。
二十年ぶりの再会だった。
「たしかに変かもな、ハハハ……」
当時の喋り方など覚えていない。
ごまかすのは大変そうだ。
「君は……フィノっちはこんな早くから起きてたんだな。どこに行くんだ?」
「今日はエスニャさんから頼まれて荷運びの手伝い。書いた本をお店に出すんだって。エスニャさんすっごく絵が上手なんだよ。ミランジェは?」
「ウチは……戦わなきゃいけない奴がいてさ」
「そうなんだ! 昨日二回生に上がったばかりなのにもう課題を進めるんだね。あたしも頑張らないとどんどん置いて行かれちゃうな。それじゃあ、あたしもう行くね」
「ああ、気を付けてな」
「ホントに変だな~、今日のミランジェ。ちょっとレンみたいだよ」
笑いながらフィノが去っていく。
ミランジェはなんとなく、その後ろ姿を真実の眼でのぞいた。
ゼロの数字が見える。
(守るよ、今度こそな!)
決意を新たに、ミランジェも歩き出した。
◇
町を出て故郷へ戻ったミランジェ。
この時間軸では数か月ぶりということになるが、精神的には十年以上離れていた。
しかし、懐かしいという感情はわいてこない。
「ここだったな、あの女が住んでたのは……」
忘れもしない、憎い仇の住む家である。
後になってすべてを知った時には怒りで気が狂いそうだった。
それは、今も。
ミランジェがくいっと手を振り上げる。
すると真紅の炎が噴火のように吹き上がり、目の前の家を焼き尽くす。
「待て、待て、待て。いきなり何をする? 陰茎茸がすべて燃えてしまったではないか」
黒い翼をはためかせ、炎の中からリリィが現れた。
服や髪が所々コゲているが真顔である。
「ハッハッハ! 出やがったな、クソ魔族!」
ミランジェはリリィを見て攻撃的に笑う。
そして、黄金に輝く炎を生み出し投げつけた。
「ぐあっ!?」
リリィに取り付いた炎は発光しながらどんどん勢いを増していく。
「ああっ! ぐあああああああ!」
魔力無効化をこころみるも炎が広がる速度の方が遥かに早い。
しかし、リリィは突然、炎もろともふっとその場から消えた。
「あ? 転移……いや、結界を作って隠れたのか、逃がすかよ!」
魔力の残滓を感知し結界をこじ開けようとするミランジェだったが、
「別に逃げたわけではない、炎を隔離する必要があっただけだ」
空中に割れ目が出現し、そこからリリィがぬうっと現れた。相変わらずの真顔。
「う~む、あの電気兎の仲間かと思ったが、村ごと焼き尽くすような術を平気で使用するあたり無関係のようだな」
「ああ、知らねーよそんな奴は」
「これまで出会ったヒトの中で、お前が一番狂っているな。いきなりあんなものを投げつけられたのは初めてだ」
「ありゃアイサツ代わりだ。テメーはひと思いに殺さねェ……じわじわと炙り殺してやるよ!」
「いったいお前は何者だ? それだけの力をどうやって得た?」
「今から死ぬテメーに説明する意味はねーな」
手を合わせ魔力を練り始めるミランジェ。
「やれやれ、やはり戦闘は避けられんか。オイ、場所を変えるぞ。ここでは村の女が大勢死ぬ」
そう言って飛び去っていくリリィ。
ミランジェは炎で大きな鷹を作ると、
「飛べ!」
その上に乗って後を追った。
◇
「よし、ここなら女が犠牲になることはないだろう」
周囲を山に囲まれた荒れ地にリリィは着地した……直後である。
彼女を目指し、甲高い音をたてながら急降下する炎の鷹。
「あまり舐めるなよ小娘。"聖女の潮吹き"」
優しく地面をなでると、そこに亀裂が入り大量の水が勢いよく噴き出す。
「テメーの死に場所はここか」
消火される寸前の鷹から飛び降りたミランジェが着地した。
「そうではない。ここならば我も――」
――全力が出せるからだ。
「"十倍の十倍の十倍"」
一瞬で、リリィは自らの分身を発生させた。
大空を大量のリリィたちが埋め尽くす。
「どうだ、小娘。これでも戦う気か?」
リリィたちの一人がミランジェに言う。
本体の姿はいつの間にか分身たちにまぎれ消えていた。
ミランジェは黙って空を見ている。
これは絶望的な光景だった。
トップクラスの戦士や魔導士が束になってもまるで通用しないだろう。
しかしミランジェは――
「ウチがいまさら……こんなモンで引くと思ったか!!!」
両手をぶつける様に合わせ魔力を爆発させた。
「おおおおおおおおおおおおおお!」
体中から青白い炎が発生し上昇、頭上で形を成していく。
青の炎は長い長い竜の姿へと変化した。
炎の竜は体を波打たせその巨体からは信じられないほどのスピードで空中を暴れ回る。
爪で引き裂き、牙で潰し、まとめて飲み込み焼き殺す。
リリィたちも抵抗しているがまるで歯が立たない。
「たとえ魔族であろうと魂は一つだ。魔力の絶対量は変わらねェ。なのにそれだけの数に分散しちまうと一人が扱える術は相当限られてくるだろ? だったら対応が難しい威力の術で一気に焼いちまえばいいだけのことだ。並の使い手ならそれで詰みなんだろうが、ウチにゃ通用しねーぞ!」
最後のリリィを炎竜がブレスで焼き尽くした。
ミランジェは竜を魔力に戻し回収、辺りを見回す。
(奴の魔力を感じねー…………終わりか? いや、こんなあっさりヤれるほどヌルいわけねェ……転移や結界を使えば魔力のニオイが残るがそれも無し……なら――)
家一軒程もある炎球を作り出し空高く投げ飛ばした。
「そこらに隠れてやがんな!」
炎球は上空まで昇り大爆発。
数えきれないほどに分かれた炎のかたまりが流星のように大地に降り注ぐ。
「――むっ、これはたまらん」
岩陰にいたリリィが防御魔法を展開させるが、
「よぉ、出て来たな」
「――!」
魔力を感知したミランジェは早かった。
鋭い蹴りがリリィの腹に入る、
「ごばぁっ!」
と同時に蹴られた部位が爆発。
「一時的に魔力を封印して隠れるなんて器用なマネするもんだな。だが爆撃に慌てて動いたとこを見ると魔力がなきゃ再生も出来ねーンだろ? 作戦は失敗だったな」
腹部の再生に入ったリリィを見ながらミランジェは笑みを見せる。
「そのツラ焼き飛ばすのは最後にしてやる。もっともっと苦しみな」
体を元通りにしたリリィ、ここに来てなお、その表情は崩れない。
「……大した奴だなお前は。単独で我をここまで追い詰めたヒトは五百年前の勇者以来だ」
「この程度で? 勇者様も大したことねーンだな」
「よく言う、ここからが本番だ。我もお前を女ではなく敵として扱おう」
「そりゃどうも」
「その前にひとつ聞きたい。お前に術を教えたのは影使いエリーヌではないか? 魔力の扱いがとてもよく似ている」
ミランジェは黙り、答えなかった。
「肯定と受け取ろう。そうか、奴は生きているのか。魔王の側近とお前にどんな縁があるのか楽しみだよ」
金色の瞳を光らせ、リリィは新たな術を発動させた。
◇
一方その頃……。
「どうぞ、入って」
自室にいたフィノは一人の客を迎え入れていた。
「……お邪魔するわ」
用意された椅子に白いワンピースの美少女が腰かけた。
うっすらと化粧もしている。
「シェスカ、焼き菓子食べる? 買ったけど食べきれなくて……」
「いい、お昼が食べられなくなっちゃうし」
「そう? じゃあミランジェにあげようかな」
お菓子の包みを置いてベッドに座るフィノ。
「そ、そんなことより、明日って……なんか予定とか入ってない?」
ほんのり頬を染めたシェスカが落ち着かない様子で聞く。
「うん? 空いてるよ」
不思議そうにフィノは首をかしげる。
「じゃ、じゃあ、私と……祭りに行かない? 二人組でまわるのが……普通らしいから……」
手をぎゅっと握りしめながら、絞り出すようにシェスカは言った。
「うん! いいよ! レンのライブがあるから、どっちにしろお祭りには行こうと思ってたんだ」
にぱっと笑って答えるフィノ。
返事を聞いたシェスカはガタっと音をたてて立ち上がる。
「ほんと!? 絶対よ! ウソだったら許さないから! 他の誰かと三人でってのも無し!」
「分かった。それじゃあ二人で、ね」
喜びを隠しきれないシェスカに、微笑みながら付き合うフィノ。
一見幸せそうだが…………ミランジェにとってはひじょ~~~にマズイ流れになっていた。
◇
「"穴という穴を味わいし姫よ"」
腕を刃に変化させたリリィと炎の剣を持ったミランジェがぶつかり合う。
「"我が声を聞け、欲動の化身よ、ここに贄を用意した"」
戦いながら大魔術の詠唱を続けるリリィ。
「"今、いにしえの契約に従い汝を解き放たん"」
一旦距離を取り手を高く掲げた!
「現れ出でよ! "陰茎王"!」
「キタネーもん呼び出そうとしてんじゃねェエエエエエエ!!!」
天に出現した黒い魔法陣を、ミランジェが撃ち出した炎弾が破壊した。
「なぜ、知っている?」
「なんとなく察しはつくんだよ!」
次弾を発射するミランジェ。
黄金に輝く炎弾がリリィに向かい高速で飛ぶ。
「ふむ、村で食らった炎だな」
翼を広げ空中へ避難するが、
「逃がすかぁッ!」
ピッとミランジェが腕を振ると炎の弾道が変わる。
リリィは大空に弧を描くよう逃げるが、それでも炎弾は追尾を続けた。
「撃ち出した炎を薄い魔力の糸で操っているのか、ならば、"性悪キューピッドのハサミ"」
空中で急停止し振り返るリリィ。
迫りくる炎弾に手を向け術を発動した。
コントロールを失った炎はあさっての方向に飛び背後の山へ着弾、爆音からやや遅れてやってくる熱風が二人の髪と服を激しく揺らした。
「やや節約気味だな。そろそろ限界が近いか?」
「そりゃテメーも同じだろ? 炎そのものをどうにかしなかったのが良い証拠だ……」
空中から真顔で見下ろすリリィとやや疲れた顔で見上げるミランジェ。
二人の戦いは数時間に及び、すでに陽が沈みかかっていた。
互いに察する、決着の時は近い。
「これは魔王にくれてやるためのとっておきだったのだがな」
「……地獄で会わせてやるよ。そこで好きなだけやってろ」
両者が最後に選んだ魔法は、くしくも同系統のものだった。
黒く、まがまがしい雰囲気の弓を作り出すリリィ。
対するミランジェは炎で弓を作り出す。
同時に構え、弦を引く。
リリィの手には闇の魔力を凝縮した漆黒の矢が。
ミランジェは……。
「ぐっ……」
炎で矢を作ろうとしたところで顔が歪んだ。
もう魔力がほとんど残っていない。
「……自分の力だけでって思ったけど、このままじゃ勝てねーな。悔しいけど使わせてもらうよ」
時を越える前、師から預かった魔力を矢に変えていく。
それは人間の魔力だけでは決して作ることの出来ない、黒い炎の矢となった。
準備が整った両者は申し合わせたかのように、
「"暗黒の矢"」
「これが最後の魔法だ! いっけェエエエエエエ!!!」
最強の術を放った!
莫大なエネルギーが圧縮された魔力の矢は、ミランジェとリリィの間で接触、大爆発を起こし、周囲を破壊しながら二人を飲み込んだ――
◇ ◇ ◇
まぶしい光に照らされて、ミランジェは意識を取り戻した。
「…………あっ!?」
戦闘中だったことを思い出し、あわてて立ち上がる。
広いクレーターの中で眠ってしまっていたらしい。
朝日が強く輝いている。
「勝ったのか……」
近くには黒コゲになったリリィが気絶していた。
最後の撃ち合いの時、わずかにだがミランジェが押し勝っていた。
「……いってェ……」
重たい体を引きづるようにリリィへ近付いていく。
トドメを差すならば、今。
「強かったな、あんた」
リリィの体はゆっくりとだが再生が始まっていた。
ミランジェはわずかに回復した魔力で小さな火球を作る。
これを叩きつければすべてが終わる。
「……………………やめた!」
キュッと火球を握りつぶして、ミランジェはにぃっと笑う。
「テメーの息の根止めんのは、ウチが自分の力だけで勝った時だ。それまでは生かしておいてやるよ。こんだけやられりゃしばらく悪さも出来ねーだろ」
帰ろう、あの子の所に……。
そうつぶやいて、リリィに背を向けた。
◇ ◇
どうにかフィリスの町に帰還したミランジェ。
傷付いた体だったので大分時間がかかってしまった。
「なんだありゃ……」
お祭りで浮かれまくる若者たちを見て固まった。
正確にはそのなかにまぎれている二人組をだ。
「シェスカ、たこ焼き食べる?」
「食べる、食べさせて!」
「え~? はい、あ~ん……」
「ん、おいひい」
ベンチに座ったフィノとシェスカだった。
なんかやたらと距離が近い。
そんなにくっ付かなくてもいいだろうというくらいにはくっ付いてた。
「じゃ、じゃあ今度は私の番ね、ハイッ」
「はむっ、おいひ~♡」
「フィッ……フィノ! ソースついてるわよ!」
ちゅっ、とフィノのほっぺに付いたソースを舐めとったシェスカ。お顔が真っ赤である。
食べさせる時にわざとソースを付けた疑惑があった。
「わぁ、ありがとう」
「べっ、べつにこれくらいどおってことないわ!」
歯が粉砕しそうになるほど強く歯ぎしりしながらそれを見ているミランジェ。
遠い記憶を探るとたしかにこうなる可能性はあった。
以前の時間軸でフィノを誘った直後、シェスカもまたフィノを誘いに来ていた。
昨日フィノをほっぽりだしてしまった時点で、彼女たちのデートは成立してしまうのである。
「……フィノ! 騒がしくってなんか疲れちゃったわ。もう少し落ち着いたとこいかない?」
「大丈夫? もう学校に戻ろうか」
「違う! じゃなくって……い、いいとこ知ってるのよ。町の時計塔なんだけど……」
下手くそな誘導を始めるシェスカ。
ミランジェには狙いがすぐに分かった。
フィリスの町には言い伝えがある、祭りの日に時計塔の下で告白するとそのカップルは永遠に結ばれるという……。
(まさか……まさか……!)
いともたやすく乗せられたフィノがシェスカと共に時計塔の方角へ歩いて行く。
ミランジェは体の痛みも疲労も忘れ、気付かれぬように後を追った。
そのまま二人は時計塔へ。
ミランジェは尾行がバレぬよう遠くで様子を見る。
(何話してやがんだ! くっそ……こっからじゃ分かんねェ……)
ぎゅっと目をつむってフィノになにかを話しているシェスカ。やはり真っ赤である。
フィノはきょとんとした顔でしばらく聞いていたが、照れくさそうに頭をかきだした。
(なんだ!? なんなんだよ!?)
さらに何やら話している二人。
やがて、のぼせたような顔でシェスカは何かを取り出した。
(なっ!? あっ、アレは!!!)
あざやかな赤い色のキノコだった。
確かあれはリリィが栽培していた――
(あっ……あああ……)
心の中を絶望が支配していくのが分かる。
震える足をどうにか動かし、ミランジェは移動する二人の後を追った。
◇
フィノとシェスカが宿へ消えてからどれくらいになるだろうか。
幽鬼のように青白い顔をしたミランジェはただ二人が出て来るのを待っていた。
ほどなくして、二人が出て来る。
ミランジェは震える手で上着のポケットをあさり、真実の眼を取り出した。
そして、二人を見た。
シェスカは――『5』
フィノは――――『1』
である。
「ちっ……ちくしょう……」
膝をついたミランジェ。
やり直しの失敗が確定し、手の甲にある月の紋様が光りはじめた。
「ちくしょおおおおおおおおおお!!!」
慟哭と同時に、ミランジェの魂は再び過去へ旅立っていった……。




